【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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74話 これからのこと

 結局、ティナには庭に出るのをやめてもらった。

 ティナはしばらく疑わしそうにこちらを見ていたが、俺がそれ以上何も言わないと分かると、諦めたように小さく息を吐いた。

 

「……まあ、いいわ。あんたがそこまで言うなら、今はやめておく」

「それがいいと思う」

「何があったのかは気になるけどね」

「気にするな。世の中には知らない方がいいこともある」

「何よそれ」

 

 ティナは呆れたように言ったが、それ以上は追及してこなかった。

 そういうところ、本当に助かる。

 相手が本気で話したくなさそうにしている時、無理に踏み込まない。

 ティナにはそういう距離感がある。

 口は少しきついが、根っこのところはかなり優しいのだ。

 

「それより」

 

 ティナは俺を見上げるようにして、少し真面目な顔になった。

 

「ちょっと話しておきたいことがあるんだけど」

「話?」

「ええ。ここに来る道中の馬車の中には他の人も居たし、昨日はお風呂だの、ドレスだの、歓迎会だので、最近あまり落ち着いて話せなかったでしょ」

「ああ……まあ、そうだな」

 

 思い返すと、最近はかなり濃い日々だった。

 いや、濃すぎる。

 俺の異世界生活、何だかずっと濃い気がする。

 もっとこう、のんびりスローライフみたいなものはなかったのか。

 まあ、女神そっくりの体になって、ハイレグアーマーを装備している時点で、スローライフからはかなり遠い気がするが。

 

「朝食まではまだ少し時間があると思うし、私の部屋で話さない?」

「ああ、いいぞ」

 

 そう答えると、ティナは軽く頷き、自分の部屋の扉を開けた。

 

 

 

 ティナの部屋は、俺に用意された部屋と同じ造りだ。

 昨日着せられたらしい服が、椅子の背に丁寧に掛けられていた。

 ティナはそれを見て、少しだけ顔をしかめる。

 

「……あの寝間着、着心地は悪くなかったけど、落ち着かなかったわ」

「ああ、分かる」

 

 思わず即答してしまった。

 昨日の寝間着を思い出す。

 淡い水色で、柔らかくて、妙に可愛いやつだ。

 

 着心地は良かったんだが、どうにも可愛すぎて落ち着かなかった。

 自分でも驚くくらい似合っていたのが、なおさら落ち着かなかった。

 

 ティナはベッドの端に腰を下ろした。

 そして、隣をぽんぽんと軽く叩く。

 

「ほら、座って?」

「ああ」

 

 俺も少し間を空けて、ティナの隣に腰を下ろす。

 ティナはしばらく黙っていた。

 言葉を選んでいるようだった。

 いつものティナなら、思ったことをわりとすぐ口にする。

 少なくとも、俺相手には遠慮なく言ってくる。

 そのティナが少し間を置いているということは、それなりに大事な話なのだろう。

 

「アウラ」

「うん」

「あんた、今後どうするの?」

 

 まっすぐな問いだった。

 俺はすぐには答えられなかった。

 今後どうしたいのか。

 その問いは、単純なようでいて、かなり難しい。

 

「どう、っていうと……」

「ここで匿ってもらえることになったのは良いわよ。そこは本当に助かったと思ってる」

 

 ティナはそう言ってから、少し眉を寄せた。

 

「クラウス様達は悪い人たちには見えない。少なくとも、今すぐ私たちを追い出すようなことはしないと思う」

「うん」

「でも、それで終わりじゃないでしょ」

 

 ティナの声は落ち着いていた。

 責めているわけではない。

 ただ、目を逸らしてはいけないことを、ちゃんと見ようとしている声だった。

 

「あんた、いつまでここにいるつもりなの?」

「それは……」

「ほとぼりが冷めるまで、って言うのは簡単よ。でも、それが一か月先なのか、一年後なのか、十年後なのか分からないじゃない」

 

 ティナは少しだけ声を低くした。

 

「あんたを狙ってる相手が諦めなかったらどうするの? このままずっと匿ってもらうつもり?」

「……うっ」

 

 痛いところを突かれた。

 まさに、俺が考えないようにしていたことだ。

 いや、正確に言えば、少しは考えていた。

 でも、考えたところで答えが出ないから、意識の隅へ追いやっていた。

 

 ブルム家に匿ってもらえる。

 とりあえず安全な場所に来られた。

 それは確かに大きい。

 

 だが、それは「解決」ではない。

 ただ、一時的に身を隠しているだけだ。

 俺は小さく息を吐いた。

 

「……そうなんだよな」

 

 呟くように言う。

 

「教会の連中だって、聖女が戻らない限り探索は続けるだろうし」

「……でしょうね」

 

 シエルのことを思い出す。

 明るくて、元気で、どこか抜けているようにも見える少女。

 だが、教会にとって彼女は、ただの少女ではない。

 聖女。

 人々から信仰を集め、金を集め、教会の権威を高める存在。

 そういうものとして見られていたのなら、逃げたからといって簡単に諦めるとは思えない。

 

「あとはオーロック門で襲ってきた仮面の男は、魔剣や鎧を欲しがっていた。あいつにとっては、聖女そのものより装備の方が目的なのかもしれない」

「……あの変な鎧を?」

「変な鎧って言うな。俺もそう思うけど」

「思ってるんじゃない」

「思ってるけど、あれを着て助かってる身としては言われると傷つくんだよ」

「あんた面倒くさいわねぇ」

 

 ティナは呆れたように言ったが、少しだけ口元が緩んでいた。

 その小さなやりとりで、少しだけ空気が軽くなる。

 だが、すぐに俺たちは真面目な話へ戻った。

 

「ここに来る道中に遭遇した魔導国家らしき連中も、分からないことが多い」

 

 俺は記憶を探る。

 ライラという女と、ライラが「先輩」と呼んでいた男。

 あいつらは俺たちの事を、使い魔を使って調査していた。

 マルルゥがライラを引きずり出さなければ、そのまま身を隠していたのではないか?

 少なくとも、最初から殺しに来たという感じではなかった気がする。

 魔物をけしかけたのだって、俺の魔剣や鎧の性能を見るためだったような感じがする。

 

「ライラって女はマルルゥが引きずり出したから戦闘になったけど、たぶん元々はこっちを調べていただけなんじゃないかと思う」

「調べていただけ、ね」

「もちろん、それだけでも十分怖いけどな」

 

 俺は苦笑する。

 

「あのライラって女と一緒にいた男も、聖女の剣と鎧を調べたい、手に入りそうなら欲しい、みたいなことを言っていた。だから、魔導国家にとっては、聖女本人というより、剣や鎧が目的なのかもしれない」

「つまり」

 

 ティナが腕を組む。

 

「教会は聖女……と勘違いしてあんたを追っていて、仮面の男と魔導国家もあんたの剣と鎧に興味がある」

「……うん」

「仮面の男も魔導国家の人間なのかしら?」

「どうだろう……。でもあんなのが魔導国家の人間なら、まともな国ではなさそうだな」

 

 整理すると、かなりひどい。

 俺は異世界に放り込まれ、成り行きで冒険者になった。

 その結果、教会、怪しい仮面男、魔導国家らしき連中に狙われている。

 普通の新人冒険者が背負う問題ではない。

 

 俺がシエルと同じ顔ということで色々と面倒な事に巻き込まれている。

 女神の奴は一体何だって、自分と同じ顔の存在をこっちの世界に送り込んでいるんだ。

 頭を抱えたくなった。

 そんな俺を見て、ティナは大きなため息をつく。

 

「剣や鎧を差し出したら、もしかしたら見逃してくれる相手もいるかもしれない」

 

 ティナは続ける。

 

「でも、それで本当に安全になる保証なんてない。むしろ、剣や鎧がない状態で敵と戦うことになるかもしれない」

「まあ……そうだな」

「だから、渡そうだなんて思わないでよね」

 

 ティナは少し強い口調で言った。

 

「あんたが傷つくところなんて、見たくないんだから」

 

 その言葉に、俺は一瞬、何も言えなくなった。

 ティナは、少しだけ気まずそうに視線を逸らす。

 言ってから照れたのかもしれない。

 

 けれど、その言葉は冗談ではなかった。

 本気で心配してくれている。

 俺のことを。俺が死なないように。

 ……やっぱり、ティナは良いやつだな。

 そう思ったら、胸の奥が少し温かくなった。

 

 俺のことなんて放っておけば、危険な目に遭わずに済んだかもしれない。

 それでも、二人は一緒に来てくれた。

 危険だと分かっていても、見捨てずにいてくれた。

 感謝しかない。

 

「もちろん、俺だって死にたくないから、剣や鎧を渡すつもりはないよ」

「本当でしょうね?」

「本当だって」

 

 俺は頷く。

 

 そもそも、渡すつもりがない以前に、あの鎧はよく分からない。

 ステータス画面から装備を外すことはできる。

 外すと、ぱっと消えてどこかに収納されたようになる。

 逆に装備する時も、ステータス画面から選ぶと、どこからともなく勝手に装備される。

 だが、自分の手で普通の服のように脱ぐ方法は知らない。

 あれって装備解除以外の方法で脱げるのだろうか。

 継ぎ目とかなさそうだから外せるのか疑問だが。

 

 シエルなら、脱ぎ方を知っているのだろうか。

 彼女なら俺よりも魔剣やハイレグアーマーと長いこと付き合ってるんだ。

 そういうことも含めて知っている可能性はある。

 

 いや、それ以前に。

 シエルとは、一度ちゃんと話した方がいい。

 今後どうするのか。

 教会のこと、聖女としての立場、魔剣と鎧のこと。

 他にも色々と聞きたいことはある。

 流されるままここまで来たが、いつまでも曖昧にしたままではいられない気がする。

 

 シエルは悪い奴ではない。

 むしろ、素直で明るい良い子だと思う。

 ただ、肝心なところでふわっとしている気がする。

 本人も教会に利用されていた側なのだろうし、どこまで事情を知っているのかは分からないが、聞かない理由にはならないだろう。

 

「とりあえず」

 

 ティナは指を一本立てた。

 

「当面の間、ここで匿ってもらえるとしても、やっておいた方が良いことは考えておきましょ」

「というと?」

「まずは相手の情報を集めることじゃない?」

 

 ティナは真面目な顔で言った。

 

「誰が狙っているのか。どこまで情報が漏れているのか。教会、髑髏仮面の男、魔導国家、それぞれ何を知っているのか」

 

 なるほど。

 確かに、それは必要だ。

 

「アウラ、あなたは自分のことを聖女じゃないって言うけど、聖女だと勘違いしている奴らがいるんでしょ」

「ああ」

「だったら、どうして聖女を追っているのかも知らないといけない。相手の正体が本当に魔導国家なのかもそう。オーロック門であんたを襲った仮面の男だって、正体は分かっていないわけだし」

 

 分かっているのは、怪しい髑髏仮面をつけていて、俺の魔剣とハイレグアーマーを狙っていたということくらいだ。

 

「どうやって調べたらいいのかは分からないけど」

 

 ティナは続ける。

 

「まずは魔導国家がどういう国なのかとか、そういう分かるところから調べていくのが良いんじゃないかしら」

「情報収集か」

「そう」

 

 確かに、今の俺たちは知らなさすぎる。

 敵のことも。

 この世界のことも。

 自分たちが巻き込まれている問題の大きさも。

 分からないまま逃げ続けるのは怖い。

 なら、まず知るところから始めるべきなのだろう。

 

「あとは、そうね」

 

 ティナは少しだけ言いにくそうに視線を逸らした。

 

「私もだけど、もっと力を付けたいわ」

「ティナが?」

「ええ」

 

 ティナは膝の上で手を握る。

 

「今のままじゃ、私もカイトも足手まといでしかない」

「そんなことは──」

「あるわよ」

 

 俺が言いかけると、ティナはすぐに遮った。

 その声には、いつもの意地っ張りな強さだけではない、悔しさが混じっていた。

 

「マルルゥが言う通りよ。私たちはもうちょっと戦えるようにならないといけない」

 

 マルルゥ。

 その名前が出て、俺は少しだけ胸の奥がざわついた。

 今朝見たマルルゥの姿が、頭をよぎる。

 

「あんたの腕が凄いのは知ってる」

「いや、俺自身が凄いというより装備が……」

「それでもよ」

 

 ティナは俺を見る。

 

「でも、だからって、私たちみたいな銅級の冒険者の腕なんていらない、とは思ってほしくないの」

 

 その声は、少し震えていた。

 

「友達が困ってるなら、助けたいじゃない」

 

 ティナはそこで、ぷいっと顔をそむけた。

 

「よ、余計なお世話かもしれないけど」

 

 その横顔を見て、俺はしばらく何も言えなかった。

 

 ティナは、強くなりたいと言った。

 自分たちが足手まといだと分かっているから。

 それでも、友達を助けたいから。

 何というか、本当に良いやつだ。

 

 俺はベッドから立ち上がり、ティナの前に向き直った。

 

「ティナ」

「何よ」

 

 まだ少し顔をそむけたまま、ティナが返事をする。

 俺は深く頭を下げた。

 

「余計なお世話なんてことない。ティナにも、カイトにも、本当に助けられてる」

「ちょ、ちょっと」

「いつもありがとう」

 

 そう言うと、ティナが慌てたように動く気配がした。

 

「や、やめなさいよ。急に真面目に頭なんか下げないで」

「でも、本当に感謝してるから」

「だから、別に……」

 

 ティナは言葉に詰まった。

 そして、少しだけ赤くなった顔で、ぼそりと言う。

 

「別に、私がやりたいだけだから」

 

 ああ。

 やっぱりティナは、良いやつだ。

 

「それでも、ありがとう」

「……もう、分かったわよ」

 

 ティナは照れ隠しのようにそっぽを向いた。

 その姿が少しおかしくて、俺は小さく笑った。

 この世界に来てから、ろくなことばかりではなかった。

 

 女神のミスで変な体になって。

 変な鎧を着ることになって。

 わけの分からない敵に狙われて。

 命の危険も何度もあった。

 

 それでも。

 

 ティナやカイトと出会えたことは、間違いなく良かったことだと思う。

 俺は自分自身だけではなく、二人を守るためにも、もっとしっかりしなければならない。

 

 剣の腕も。

 判断力も。

 この世界の知識も。

 全部、足りない。

 そんなことを考えていると、不意に扉が控えめに叩かれた。

 コンコン、という小さな音。

 

「失礼いたします」

 

 扉の向こうから聞こえたのは、ミレイユの声だった。

 

「朝食のご用意ができました。食堂までお願いいたします」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 俺が返事をすると、扉の向こうでミレイユが一礼したような気配がした。

 もうそんな時間か。

 思ったより長く話していたらしい。

 

「行きましょうか」

「そうだな」

 

 ティナが立ち上がる。

 俺もそれに続いた。

 カイトやシエルも起きているだろうか。

 マルルゥは……まだ寝ているのだろうか。

 

 気にはなる。

 だが、今は朝食だ。

 俺たちは部屋を出て、食堂へ向かった。

 

 

 

 離れの食堂に着くと、すでに何人かが席についていた。

 

 ユリウス、カイト、そしてシエル。

 マルルゥの姿は、やはりなかった。

 

 気にはなったが、今は無理に確かめることはできない。

 とりあえず、後で様子だけ見ておこう。

 

「おはようございます、アウラさん、ティナさん」

 

 ユリウスがにこやかに挨拶してくれた。

 朝から爽やかだ。

 何というか、周囲にきらきらした空気をまとっている気がする。

 

 昨日も思ったが、整った顔立ちをしている。

 物腰も柔らかく、声も穏やかだ。

 

 貴族相手に家庭教師をしているくらいだから、もともと良い家の出だったりするのだろうか。

 言動には気をつけた方がいいかもしれない。

 

「おはようございます!」

 

 シエルも元気に挨拶する。

 彼女は普段通りに見えた。

 一方、カイトはというと。

 

「お、おはようございます」

 

 珍しく、眠そうではなかった。

 いつもなら朝は少しぼんやりしている印象があるのだが、今日は妙に背筋が伸びている。

 落ち着かないように視線を動かし、椅子の上で少しそわそわしていた。

 

 まあ、貴族家の離れで朝食を取るなんて、普通に考えれば緊張する。

 俺も昨日から感覚が麻痺しているだけで、本来ならもっと緊張しているべきなのかもしれない。

 

 食堂は、本館の大きな食堂に比べれば小さい。

 だが、それでも十分に立派だった。

 

 磨かれた長いテーブル。

 落ち着いた色の椅子。

 窓から差し込む朝の光。

 白い布の上に並べられた食器。

 席につくと、ミレイユともう一人の使用人の女性が、静かに料理を運んできてくれた。

 

 焼きたてらしいパン。

 薄く切られた燻製肉。

 野菜の入った温かいスープ。

 小皿に盛られた果物。

 

 豪華すぎるというほどではないが、一つ一つが丁寧だ。

 朝食としては十分すぎる。

 

「いただきます」

 

 思わず元の世界の感覚で呟いてから、パンを手に取る。

 香ばしい匂いがした。

 外側は少し固めだが、中は柔らかい。

 スープにつけると、じんわりと温かさが染み込んで、かなり美味しい。

 ……やっぱり良い飯は人を幸せにする。

 

 そんなことを考えていると、ユリウスがこちらへ視線を向けていることに気がつく。

 

「そういえば、今日はクラウス様と一緒に、アウラさんの剣や鎧を見せていただけると聞いております」

「あ、はい」

 

 昨日の時点で分かっていたことだが、改めて言われると緊張する。

 

「私もクラウス様ほどではありませんが、魔道具の類を見るのが好きなんです」

 

 ユリウスは楽しそうに微笑んだ。

 

「楽しみにしていますね」

「あはは……」

 

 乾いた笑いしか出なかった。

 楽しみにされているのか~……。

 俺は内心で遠い目をしながら、話題を変えることにした。

 

「そういえば、ユリウス様はリリア様の家庭教師をされていると仰ってましたが」

「はい」

「どういったことを教えていらっしゃるんですか?」

 

 そう尋ねると、ユリウスは柔らかく笑った。

 

「ユリウス様、は少し固いですね」

「え?」

「よろしければ、先生と呼んでください。先生と呼ばれるのが好きなんです」

 

 爽やかな笑顔でそんなことを言われた。

 この人、見た目は爽やかなイケメンなのに、少し独特なところがあるな。

 

「はぁ……では、ユリウス先生、と」

「ええ、それで結構です」

 

 ユリウス先生は満足そうに頷いた。

 

 ティナはというと、何とも言えない目でユリウス先生を見ていた。

 たぶん、「この人、変わってるわね」と思っている。

 俺も少し思っている。

 

「それで、リリア様に何を教えているか、でしたね」

「はい」

「今リリア様にお教えしているのは、魔法、読み書きや計算、歴史、地理、礼儀作法などでしょうか。他にも色々と細かい所はありますが、大体はそんな所です」

「へぇ……色々教えてるんですね」

 

 素直に感心した。

 貴族の子どもというのは、思った以上に学ぶことが多いらしい。

 

 リリアはまだ幼い。

 それでも、そういったことを少しずつ学んでいるのだろう。

 そう考えると、ふと自分のことが気になった。

 

 俺は、この世界の歴史を知らない。

 地理も礼儀作法も知らない。

 魔法に関しても、スキルや装備で何とかなっているだけで、ちゃんと基礎から学んだわけではない。

 そして、読み書き。

 読むことはできる。

 話すこともできる。

 

 これはたぶん、女神の恩恵なのか何かなのだろう。

 正確な仕組みは分からないが、話したり読んだりする時は、勝手に脳が翻訳してくれているような感覚がある。

 

 だが、書くことはできない。

 見聞きして話す事までは出来るのに、文字を書くところまではサポートされていない。

 ここまでするなら、文字も書けるようにしとけよ! と女神に文句の一つも言いたくなる。

 

 今まであまり意識していなかった。

 その場その場で何とかなっていたからだ。

 

 だが、今後もこの世界で生き続けるなら。

 文字を書けないというのは、かなりまずいのではないだろうか。

 必要な場面はいくらでもある。

 

「あの、ユリウス先生」

「はい、何でしょう」

「その……この辺りの文字の書き方が分かるものなどはないでしょうか?」

 

 ユリウス先生は少し首を傾げた。

 

「文字の書き方、ですか?」

「はい。実は、この辺りの文字には疎くて。話したり読むことはできるんですが、書くことがまだできなくて」

 

 言ってから、少し不安になる。

 話せるし読めるのに、書けない。

 普通に考えると、かなり変かもしれない。

 だが、ユリウス先生は変に笑ったりはしなかった。

 むしろ、真面目に考えるように頷いてくれる。

 

「なるほど。地域や種族によって文字の習得に差があることは珍しくありませんし、読むことと書くことでは必要な訓練も異なりますからね」

 

 おお、何か自然に受け入れてくれた。

 

「それでしたら、昔リリア様が使われていた練習用の書き板や手本が、いくつか残っていると思います」

「本当ですか?」

「はい。もしよろしければ、時間の合う時にでもお教えいたしますよ」

 

 爽やかなイケメンスマイル。

 歯がきらりと光ったような気さえする。

 この人、めちゃくちゃ良い人っぽいな。

 

「良いんですか?」

「もちろんです。学びたいという方に教えるのは、教師として嬉しいことですから」

「では、ユリウス先生がよければ、ぜひ教えていただきたいです」

「ええ。では、リリア様が使われていたものを探しておきますね」

「ありがとうございます!」

 

 ありがたい。

 この世界で生きていくことを考えたら、文字の書き方を知らないままではまずい。

 それに、文字だけではない。

 歴史や礼儀だってそうだ。

 俺はこの世界のことを、何も知らない。

 

 今までその場しのぎで生きてきた。

 目の前の問題に対処して、流されるまま進んできた。

 それでも何とかなっていたのは、装備の力と、周りの人たちのおかげだ。

 

 だが、これからもそれだけでいいのだろうか。

 

 この世界で生きるなら。

 この世界で誰かを守ろうとするなら。

 知らないままではいられない。

 

 そもそも、この世界とは何なのか。

 あの女神は何を考えて、俺やシエルを女神の姿でこの世界に送り込んだのか。

 そして、なぜハイレグアーマーなのか。

 最後の疑問だけ、少し方向性が違う気もするが、俺にとってはかなり重要な問題である。

 

 疑問は尽きない。

 尽きないが、とりあえず今は。

 俺は朝食のパンをむしゃむしゃと食べた。

 

 考えすぎても仕方がない。

 まずは食べる。

 腹が減っていては、まともな判断もできない。

 

 そういうことにしておこう。

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