【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
「では、庭の訓練場へ移動しよう」
クラウスがそう言った。
その声は、先ほどまでハイレグアーマーを見ていた時よりも、楽しそうだった。
鎧の検分は終わった。
少なくとも、俺としては終わったと思いたい。
だが、クラウスの興味はまだ終わっていなかった。
次は魔剣だ。
机の上に置かれていた、白骨を束ねたような柄を持つ魔剣。
俺がこの世界に来てから、何度も命を救われた武器。
そして、どう考えても普通ではない武器。
「ゲオルグ、試し斬り用の的を用意してくれ」
「かしこまりました」
ゲオルグが一礼する。
「カルス、お前も来い」
「承知しました」
カルスは短く答えた。
その返事に迷いはない。
さっきまで静かに控えていたのに、呼ばれた瞬間、少しだけ空気が変わった気がした。
剣を持つ者の気配というか、戦うことに慣れた人間の雰囲気がある。
俺はクラウスたちと共に庭へ向かった。
案内されたのは、今朝ラルフが訓練していた場所だった。
屋敷の庭の一角にありながら、地面はしっかり踏み固められている。
端には木人や盾、訓練用の武具などが置かれていた。
朝の光の中、ゲオルグの指示を受けた使用人たちが、いくつかの的を用意していた。
分厚い木材。
古びた盾。
革鎧を着せた藁人形。
そして、薄い金属板を貼り付けた試験用の的。
それを見て、少し不安になる。
これ普通に斬るものなのか?
試し斬りなのだから斬るのだろう。
だが木材や藁人形はまだ分かるとして、盾や金属板まで用意されているのは少しおかしくないか。
俺の常識では、剣で金属を斬るのは普通ではない。
この世界では違うのだろうか。
いや、さすがに普通ではないはずだ。
普通だったら盾の意味がない。
「まずは、この木材からだな」
クラウスが言った。
「これは訓練用に使っている硬い木だ。普通の剣で斬ろうとすれば、かなり力も技術もいる」
「は、はい」
俺は魔剣を抜いた。
鏡のような刀身が朝の光を反射する。
その瞬間、リリアが小さく息を呑んだ。
「綺麗……」
素直な感嘆の声だった。
剣を褒められるのは、鎧を褒められるよりはまだ耐えられる。
いや、別にこの魔剣を俺が作ったわけではないのだが。
それでも、さっきみたいに「アウラが着ると綺麗ですわ!」と真正面から言われるよりは精神的に楽だ。
俺は木材の前に立った。
軽く構える。
剣術のスキルの恩恵なのだろう。
どう構えればいいのか。
どこへ振ればいいのか。
どの角度で刃を入れればいいのか。
頭で考える前に、体が知っている。
俺は息を吐き、魔剣を振る。
すっ、と手応えがほとんどなかった。
斬った、という感覚すら薄い。ただ、剣を通しただけ。そんな感覚だった。
一瞬遅れて、木材が斜めにずれた。
そのまま、上下に分かれて地面へ落ちる。
音を立てて倒れた木材を見て、リリアが目を輝かせた。
「す、すごいですわ!」
リリアの声が弾む。
クラウスは大きく頷き、ユリウス先生は目を細めた。
「抵抗が、ほとんどなかったように見えましたね」
「ええ。斬った感じはあまりないですね」
俺は自分の手を見下ろす。
いくら剣術スキルの恩恵があるとはいえ、これほど抵抗がないのは、やはり剣の性能だろう。
俺の腕だけで木材が豆腐みたいに斬れるなら、それはそれで怖い。
「次は盾だ」
クラウスが言う。
用意されたのは、古い盾だった。
表面には傷が多く、縁の金具も少し曲がっている。
長く使われたものなのだろう。
「これは使い古したものだが、中に薄い鉄板が入っている。普通の剣で無理に斬れば、刃の方が痛む」
「これを斬るんですか?」
「ああ。無理なら傷をつける程度で構わん」
そう言われても……。
とは言え、さっきの感覚からすると、たぶん斬れる。
斬れてしまう気がする。
構えるとまた体が勝手に落ち着いていく。
踏み込み。
腰の回転。
刃の角度。
全部、体が知っている。
俺は魔剣を振り下ろした。
かつん、と硬い音がするかと思った。
だが、何の手応えもなかった。
盾は、少し遅れて左右に割れた。
中に入っていた金属板ごと、綺麗に切断されている。
その場にいた全員が、一瞬黙った。
リリアですら、声を出さなかった。
クラウスの表情が変わる。
先ほどまでの好奇心に満ちた顔ではない。
武具を見る者の、真剣な顔だった。
「……こりゃ、すごいぞ」
クラウスは割れた盾へ近づき、断面を確認する。
その声には興奮が混じっていたが、同時に、少しだけ警戒の色もあった。
「刃が通ったというより、物が分かたれたような断面だ。力任せに叩き割ったものじゃない。抵抗がほとんどないまま、盾と鉄板が切断されている」
ユリウス先生も隣に立ち、断面を覗き込む。
「刃に魔力をまとわせて斬る武器はありますが、これは少し違いますね。斬撃の瞬間に、対象の抵抗を無視しているようにも見えます」
対象の抵抗を無視。
何それ怖い。
自分で使っておいて何だが、結構危ないんじゃないのか、これ。
俺は手の中の魔剣を見る。
刀身には、相変わらず傷ひとつない。
盾と鉄板を斬ったというのに、刃こぼれもしていない。
当然のように、綺麗なままだ。
「魔剣についても、何か分かっていることがあれば教えてほしいんだが、良いか?」
クラウスにそう言われ、俺は以前確認した魔剣の情報を思い返す。
「ええと……貰った時に聞いた話だと、軽量化、破壊不能、魔喰い、成長、侵食。それから召喚、だったと思います」
自動戦闘やらもあるが、その辺りは説明も面倒なので省略しておく。
あとは特殊効果として一人にはしないよ♥という、よく分からない効果も書いてあった気がするが、もちろんそれも無視をする。
「魔喰い?」
ユリウス先生が反応する。
「魔法や魔力を喰って無効化するような効果、だと思います」
「魔力を喰う……」
魔導国家らしき男が使っていた魔剣にも、魔喰いの効果があった。
マルルゥの魔法を無効化していたことを考えると、たぶんそういう効果なのだろう。
ユリウス先生の目が、知的好奇心にきらりと光った。
ちょっと怖い。
「成長と侵食というのは?」
「すみません。そこは私にもよく分かりません」
これは本当に分からない。
成長は使っていくうちに強くなる、みたいな意味かもしれない。
だが、侵食はよく分からない。
俺のステータスには、侵食度1と表示されていた。
使い手に何かしら影響が出るものなのかもしれない。
ただ、現時点ではよく分からないし、自分に何か変化が起きているようにも感じない。
うーん、この辺もシエルなら何か知ってるかもしれないし、あとで聞いてみよう。
あまり深く考えないようにしていたが、こうして口に出すと、改めて不穏な効果名だと思う。
「軽量化、破壊不能、魔喰い、成長、侵食、召喚……」
クラウスが低く繰り返した。
その顔から、先ほどまでの単純な興奮が少し消えている。
「アウラ」
「はい?」
「お前に魔剣や鎧を与えた、その知り合いとは、一体何者なんだ?」
当然の疑問だ。
これだけ異常な剣と鎧を見れば、誰だってそう思う。
これを持っていた人物は何者なのか。
なぜ俺に渡したのか気にならないほうがおかしい。
クラウスは魔剣と俺を交互に見た。
「これほどの剣と鎧を持ち、しかもそれをお前に渡した。普通の人物ではあるまい」
その目は、さっきまでの武具好きの目ではなかった。
ドゥル=ブルムを治める男爵としての目。
そして、元冒険者として、危険なものを見極めようとする目だった。
「なぜ、お前にこれだけの装備を渡した?」
「それは……」
女神から貰ったと言っても信じてもらえないだろうし、そもそもアレって何なんだ?
魔剣や鎧だって、貰ったというより押し付けられたようなものだ。
チートがほしいとは言った。
しかし何の目的があって、俺にこれを与えたのかも分からない。
何で俺をこの世界に飛ばしたのか。
何でこの体にしたのか。
何でこのハイレグアーマーと魔剣を持たせたのか。
それは、俺の方が聞きたいくらいだった。
「すみません。それは……言えません」
そう答えると、クラウスはしばらく黙って俺を見ていた。
責めているわけではない。
だが、軽く流しているわけでもない。
庭の空気が、少しだけ重くなる。
リリアが不安そうに俺とクラウスを見比べた。
「お父様……」
小さな声だった。
その声に、クラウスはふっと息を吐く。
「……そうか」
やがて、クラウスはゆっくり頷いた。
「言いたくない、あるいは言えない理由がある、ということだな」
「……はい」
「ならば、今は聞かん」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
「ありがとうございます」
「ただし」
クラウスは魔剣へ視線を落とす。
「これほどのものを渡す相手だ。善意だけで動いたとは限らん。お前にこれを持たせた理由があるはずだ」
その言葉に、胸の奥が少しざわついた。
俺にこれを持たせた理由。
そんなもの、俺の方が聞きたい。
だが、クラウスの言うことは分かる。
しかしあの女神の顔を思い出すと、ただのノリでくれたような気がしないでもない。
「……気をつけます」
俺はそう答えるしかなかった。
少し沈んだ空気の中、リリアがぎゅっと両手を握った。
「でも」
リリアの声がした。
全員の視線が彼女へ向く。
リリアは少しだけ緊張したように背筋を伸ばしていた。
だが、その目はまっすぐだった。
「その剣と鎧がアウラのところに来たから、アウラは今ここにいるのですわよね?」
「え?」
思わず聞き返す。
「危ないものかもしれませんけれど……でも、そのおかげでアウラが助かったこともあるのですわよね?」
リリアは俺を見る。
その顔には、怖がりながらも、どうにか明るい方へ話を持っていこうとするような一生懸命さがあった。
「でしたら、きっと悪いことばかりではありませんわ!」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
理屈として正しいかどうかは分からない。
だが、その言葉で、重くなりかけていた空気が少しだけ和らいだ。
クラウスが苦笑する。
「リリアは前向きだな」
「お父様が怖い顔をなさるからですわ」
「こ、怖い顔……そうか?」
「そうですわ!」
リリアはむっとしたように頬を膨らませる。
その様子が少し可愛らしくて、俺は思わず肩の力が抜けた。
「ありがとうございます、リリア様」
「ふふ、気にしないで!」
リリアは満足そうに笑った。
何というか、この子は凄いな。
本人はたぶん無自覚なんだろうが、場の空気を読んで、良い方へと導いたような気がする。
「さて」
クラウスが軽く咳払いをした。
「話を戻そう。先ほど、召喚と言ったな」
「はい」
「呼べば手元に来る、ということか?」
「そう聞いています。ただ、いつも腰に下げているので、自分から呼んだことはまだなくて」
「試したことはないのか?」
クラウスが意外そうに言う。
「ありません。普段はここにありますし」
俺は腰の魔剣を軽く叩いた。
言ってから、少しだけ不安になる。
ステータス画面で見た限りでは、呼べば来るらしい。
だが、実際にやったことはない。
これで来なかったら、かなり恥ずかしい。
「見せてもらうことはできますか?」
ユリウス先生が言った。
その顔は、さっきまでの重い空気をすっかり忘れたように、知的好奇心で輝いている。
クラウスも同じような顔をしていた。
リリアも興味津々という顔だ。
……この親子、本当に似ているところがあるな。
「試したことがないので、できるか分かりませんけど……やってみましょうか」
「ええ、ぜひ!」
ユリウス先生がめちゃくちゃ良い笑顔で頷いた。
完全に研究者の顔だ。
俺は魔剣を少し離れた地面に置いた。
それから、皆の元へ戻る。
距離は十歩ほど。
魔剣は地面の上に置かれている。
これで手元に来れば、確かにすごい。
逆に来なかったら、ただの気まずい時間が流れる。
頼むから来てくれよ。
俺は心の中で魔剣に呼びかける。
手元に来い。
……。
…………。
来ない。
え、来ないの?
それとも、声に出さないといけない感じか?
これ、皆が固唾を呑んで見ている状況で声に出して失敗したら、かなり恥ずかしいぞ。
だが、ここまで来てやらないわけにもいかない。
俺は軽く咳払いした。
「来い」
そう言った途端。
右手に、魔剣が握られていた。
「おぉ!?」
思わず声が出た。
飛んできたんじゃない。
ただ、一瞬前まで離れた場所にあったはずの魔剣が、最初からそこにあったかのように、俺の右手に握られていた。
手元に来るというより、手元にある状態へ書き換わったような感覚だ。
「すごいですわー!」
リリアがぱっと顔を輝かせる。
「気がついたらアウラの手にありましたわ!?」
「おいおいおい……これは、すごすぎるだろう!」
クラウスも目を輝かせている。
さっきまでの重い空気はどこへ行ったのか。
完全に武具好きの顔に戻っている。
いや、戻るのが早い。
ユリウス先生はというと、信じられないものを見たような顔をしていた。
「瞬時に移動してくるとは一体どういう……いや、そもそも移動ではなく、位置の再定義……? それとも所有者との結びつきを基準に……」
何か自分の世界に入り込んでしまった。
知識人が本気で考え込み始めると、少し怖い。
一方で、カルスだけは違っていた。
彼は黙って魔剣を見ている。
その目には、さっきまでより明確な警戒が宿っていた。
当然かもしれない。
手元にないはずの剣が、一瞬で戻ってくる。
それはつまり、武器を奪っても意味がないということだ。
敵から見れば、かなり厄介な武器だろう。
「カルス」
クラウスが呼ぶ。
「はい」
「お前から見てどうだ」
「そうですね……武器屋に売った後、離れた場所で手元に呼んだら、大金を稼ぎつつ剣を手元に残せそうですね。数回やったらお尋ね者かもしれませんが」
「……そりゃそうだろ。って違う、そういうことを聞いてるんじゃない」
カルスでも冗談言うんだな。
と思ったが……あれ、顔が大真面目だ。これ冗談で言ってるわけじゃなさそうだな。
この人意外と天然だったりするのかもしれない。
「失礼しました。そうですね……強力な魔剣かと」
カルスは魔剣を見ながら言う。
「それに受けるべき剣ではありません」
その言葉に、場の空気が少し引き締まる。
「普通の盾や鎧で止めるのは危険です。魔剣以外では刃を合わせるのも避けた方が良いでしょう。受けるのではなく、避ける。あるいは斬らせる前に制するべき剣です」
カルスは淡々と言う。
「さらに、今の召喚が常に可能なのであれば、武器を奪う、あるいは落とさせるという対処も意味を持ちません」
その言葉に、背筋が少し冷えた。
実戦職がそう評価するほどの剣。
俺はそんなものを、普段から腰に下げて振り回していたのか。
「狙われる理由が、分かったな」
先ほどまで興奮していたクラウスが、ふっと笑みを消して言った。
「この剣も鎧も、ただの珍品ではない。戦場に持ち込まれれば、使い方次第で流れを変えかねん」
俺は魔剣を見る。
鏡のような刀身には、朝の光と、ハイレグアーマー姿の俺が映っていた。
恥ずかしい鎧だとか、趣味の悪い剣だとか、そういうことばかり考えていた。
だが、これは本当に危険なものなのだ。
だから狙われる。だから欲しがる者がいる。
そう考えると、手の中の魔剣が急に重く感じられた。
実際の重さは変わっていないはずなのに。
「アウラ」
クラウスがこちらを見る。
「お前が何を持っているのか、どこまでできるのか。それを把握しておく必要がある」
「それは……そうですね」
「そこでだ」
クラウスの視線が、カルスへ向いた。
嫌な予感がした。
「次は、実際に動いた時の様子を見たい」
「動いた時、ですか?」
「ああ。魔剣の切れ味は十分分かった。鎧もただの飾りではないことは分かった。だが、実際に装着者が動いた時、どのような戦い方になるのかは見てみなければ分からん」
クラウスは楽しそうに、しかし真剣な顔で言った。
「カルス」
「はい」
「お前が相手をしてやれ」
「承知しました」
カルスが当然のように頷いた。
待ってほしい。
何でそんな自然に話が進むんだ。
「いや、あの」
俺は思わず声を上げた。
「安心しろ。カルスはこう見えても、剣で名の知れた冒険者の弟子でな。この辺りではかなり腕が立つ。それに……こいつを貸すからな」
クラウスがそう言って、いつの間にか手に持っていた剣をカルスに差し出した。
無骨な見た目の剣だ。
華やかさはない。
だが、ただの剣ではなさそうだった。
「こいつはダンジョン産の魔剣でガルディオンという。派手な能力はないが、どうやっても傷つかず、折れず、切れ味も落ちん。頑丈さだけなら、俺のコレクションでも一番だ。万一の時に事故を防ぐために持たせる」
そう言うと、カルスは魔剣を受け取り、静かに腰へ下げた。
いや、そういう問題なのか。
いくら頑丈だからって、カルスと手合わせするのは普通に怖いのだが。
カルスは静かに剣に手を添える。
その動きに無駄がない。
さっきまで控えていた時とは空気が違う。
完全に、戦う人の雰囲気だった。
「危険と判断した場合は、すぐに止めます」
カルスが淡々と言う。
「アウラ様も、無理に打ち込む必要はございません。こちらの動きに対して、普段通りに反応していただければ十分です」
普段通りって言われても困るんですけど……。
そう思った時には、カルスが訓練場の中央へ静かに歩き出していた。
逃げ場は、なさそうだった。