【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
訓練場の中央で、カルスが静かに佇んでいる。
ただ立っているだけだ。
剣に手を添え、こちらを待っているだけ。
それなのに、さっきまでとは空気が違って見えた。
食堂の端で控えていた時。
夜の離れを見回っていた時。
クラウスの後ろに静かに立っていた時。
そのどれとも違う。
今のカルスは、完全に剣を持つ人間の顔をしていた。
必要なら迷わず斬る。
そんな気配が、静かな立ち姿の奥にある。
いや、これは立ち合いだ。
勝ち負けを決める模擬戦ではない。
カルスも、こちらを傷つけるつもりはないはずだ。
分かっている。
分かってはいるのだが。
真剣である。
しかも俺が持っているのは、盾や鉄板すら何の手応えもなく斬ってしまう魔剣だ。
カルスが持っているガルディオンも、どうやっても傷つかず折れないという魔剣らしいが、あれだけ綺麗に盾や鉄板が斬れた後だと、不安になってくる。
魔剣同士の立ち合いだ。普通に怖い。
俺は内心で盛大にため息をつきながら、それでも意を決してカルスのもとへ歩いていった。
距離が近づく。一歩。また一歩。
剣の間合いに入る少し手前で、カルスが静かに頭を下げた。
「アウラ様、魔法や身体強化はなし、あくまで剣のみでの立ち合いで。よろしくお願いいたします」
「は、はい。よろしくお願いします」
俺も慌てて頭を下げる。
カルスはゆっくりとガルディオンを鞘から抜いた。
無骨な形の剣だった。
装飾らしい装飾は少なく、派手さはない。
だが、刃には鈍い光が宿っている。
見た目は地味なのに、どこか存在感がある。
ガルディオン。
頑丈さだけならクラウスのコレクションでも一番、という魔剣。
それをカルスが持つと、妙に様になっていた。
俺も腰の魔剣に手をかける。
白骨を束ねたような柄。
鏡のような刀身。
趣味がいいとは言い難い見た目。
けれど、手に取ると、不思議なくらい馴染む。
頼むぞ、剣術スキル。
俺は魔剣を抜き、構えた。
その瞬間、体の中で何かが切り替わる。
さっきまでの不安が消えるわけではない。
怖いものは怖い。真剣で立ち合うなんて、普通に考えれば正気の沙汰ではない。
だが、剣を構えた途端、呼吸が勝手に整った。
足の位置、肩の力、腰の向き、刃の角度。
すべてが、あるべき場所へ収まっていく。
考えたわけではない。
体が知っている。
どこに立てばいいのか。
どこからなら届くのか。
どこまで踏み込めば危険なのか。
まるで、誰かに後ろから体を調整されているような感覚だった。
中身の俺はこんなものを知らないのに、体だけが最適解を知っている。
カルスはその様子を見て、わずかに目を細めた。
「では、始めます」
「はい」
返事をした瞬間、空気が張り詰めた。
先に動いたのは、俺だった。
大きく踏み込むわけではない。
あくまで、刃が届くか届かないかの浅い一歩。
そこから、牽制の一刀を放つ。
カルスの肩口へ向けた斬撃。
もちろん、本気で斬るつもりはない。
いつでも止められるように、細心の注意を払っている。
だが、刃の筋は鋭く通った。
カルスはそれを受けなかった。
半歩、体を斜めにずらす。
ただそれだけで、俺の剣は空を切った。
無駄がない。大きく避けない。
必要な分だけ外す。
そして、そのまま次の動きに繋げられる位置にいる。
やっぱり、相当できる人だ。
俺はすぐに二撃目を出す。
今度は角度を変え、横から胴へ。
カルスはまた受けない。
足を引き、刃の外側へ抜ける。
三撃目。
今度は下から斜めに切り上げる。
カルスの剣がわずかに動いた。
刃を合わせるのではなく、ガルディオンの腹で軌道を軽くそらす。
ガチン、という音はしない。
ほんの小さな金属音が鳴っただけだ。
まともに受けていない。
剣の向きだけを変えられた。
その瞬間、カルスが一歩踏み込んでくる。
反撃。
来るタイミングは読めていた。
俺は体をひねる。
カルスの刃が、俺の肩先をかすめるように通り過ぎた。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
だが、避けられる。
剣筋が見える。
どこへ来るのか、どう外せばいいのか、体が分かっている。
カルスの次の一撃は、すぐに来た。
踏み込みからの突き。
いや、違う。
これは誘いだ。
そのまま避ければ、次の横薙ぎが来る。
心眼のスキルが、警鐘のように告げてくる。
俺は反射的に大きく身を引いた。
その直後、俺がいた場所を、カルスの剣が横に払った。
やっぱりフェイントだった。
「む……」
カルスの表情が、ほんのわずかに動いた。
驚いた、というほどではない。
けれど、予想外だったのだろう。
今のに引っかかっていたら、たぶんガルディオンの腹か柄で軽く打たれていた。
危ない危ない。
心眼がなかったら、そのまま食らっていたかもしれない。
訓練場の端で見ていたクラウスが、低く声を漏らした。
「ほう……」
その横でリリアが両手を握りしめている。
「アウラ、すごいですわ……!」
ユリウス先生も目を細めていた。
「身体強化なしで、あの反応ですか……」
聞こえている。
聞こえているが、返事をしている余裕はない。
カルスはまだ構えを崩していない。
こちらを見る目が、少しだけ変わった。
さっきまでは様子見だった。
今も本気ではないだろうが、俺への警戒度が一段上がった気がする。
なら、こちらも少しだけ踏み込んでみるか。
無茶はしない。
本気で斬るわけでもない。
ただ、一段だけ速度を上げる。
俺は息を吸って足に力を込める。
踏み込んで剣を振る。
一撃目は、右からの横薙ぎ。
カルスは身を沈めて避ける。
二撃目は、そのまま体を回して左から返す。
独楽のように回転する動き。
自分でやっているはずなのに、流れに乗った体が勝手に次の動きを選んでいく。
カルスは一歩下がる。
三撃目。
回転の勢いを殺さず、上段から斜めに落とす。
その刃筋が、カルスの肩口へ向かう。
もちろん、当てるつもりはない。
寸前で止める。
そう思った瞬間、カルスの剣が動いた。
ガルディオンが、俺の魔剣を受けた。
ガチッ、と金属と金属が噛み合う音が訓練場に響く。
さっき盾を斬った時とは違う。
何の手応えもなく通り抜けた時とは違う。
そこに、確かな抵抗があった。
止められた。
俺はすぐに力を抜き、剣を引く。
そのまま後ろへ跳び、距離を取った。
カルスも追ってこない。
互いに間合いを外し、再び構える。
一瞬の静寂。
俺の心臓が、やけに大きく鳴っていた。
怖い。
だが、少しだけ楽しい。
そう思ってしまった自分に、少し驚く。
戦いたいわけではない。
痛いのも怖いのも嫌だ。
でも、今の動きが通じたこと。
カルスが一瞬だけ本気で対応したように見えたこと。
それが、少しだけ嬉しかった。
「ふむ、それくらいで良いだろう」
クラウスの声が響いた。
「二人とも止まれ」
その声で、カルスはすぐに剣を下ろした。
俺も慌てて魔剣を引き、構えを解く。
ほっと息を吐くと、体の力が少し抜けた。
思った以上に神経を使っていたらしい。
真剣同士の立ち合いなんて、もう二度とやりたくない。
カルスはガルディオンを納め、こちらへ一礼した。
「ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
俺も慌てて頭を下げる。
クラウスが近づいてきた。
「アウラ、お前なかなかやるじゃないか」
「い、いえ。剣のおかげみたいなところもありますし」
「それだけではないだろう」
クラウスはそう言って、カルスへ視線を向ける。
「太刀筋を見るに、かなり完成された動きだったように見えたが……カルス、どうだった?」
カルスは少し考えるように目を伏せた。
そして、真面目な顔で答える。
「アウラ様の剣筋は、非常に洗練されています」
その言葉に、俺は少しだけ背筋を伸ばした。
「踏み込み、間合いの取り方、刃筋、回避の判断。どれも高い水準にあります。少なくとも、基礎を知らない者の動きではありません」
「ほう」
クラウスの目が細くなる。
「そこまでか」
「はい」
カルスは頷く。
「特に、私の誘いに乗らなかった点は見事でした。あのまま半歩踏み込んでいれば、こちらの返しが入っていたと思います」
やっぱり、あれはそういう動きだったのか。
俺は内心で冷や汗をかく。
心眼が反応しなければ、たぶん見事に引っかかっていた。
「さらに、最後の三連撃も見事でした。回転の勢いを殺さず、次の刃へ自然につなげていた。あれほど淀みなく連撃を繋げる者は、そう多くありません」
「お前ほどの者がそこまで言うとはな」
クラウスは感心したように俺を見る。
「アウラ、お前は本当に不思議な娘だな」
「あはは……そ、そうでしょうか」
カルスはさらに続けた。
「しかし力と速度には、まだ伸びしろがあるように感じました」
「力と速度、ですか」
「はい」
カルスは淡々と言う。
「アウラ様の技は正しい。剣は届くべき筋を通っています。ですが、身体の出力があと一歩足りない」
身体の出力。
その言葉が、妙に腑に落ちた。
「例えば、先ほどの三連撃。動きそのものは美しいものでした。ですが、もし力と速度があと少し乗っていれば、私も最後の一撃を受けるのではなく、距離を取らざるを得なかったでしょう」
「つまり、技は良いが体が追いついていない、ということか」
クラウスが言うと、カルスは頷いた。
「そのように見えます。もちろん、今回はお互いに身体強化を使っておりませんし、刃が当たらぬよう細心の注意を払いながらの立ち合いでした。本気でのアウラ様の動きを見たわけではありません。ですので、断言はできませんが」
カルスは俺を見る。
「少なくとも、剣術そのものは高い水準にあります。鍛えるべきは、技を支える身体と、動きの出力かと」
淡々と語るカルスの言葉に、俺は感心してしまった。
あの短い立ち合いで、そこまで分かるものなのか。
だが、カルスの言葉には心当たりがあった。
ヴァンの動きや、骸骨仮面の男と戦った時に感じたこと。
あいつらは、強い。単純に強い。
剣術だけの問題ではない。
体の速さ、力、反応、踏み込みの重さ。
そういう基礎的な部分が、俺より上だった。
魔力による身体強化の有無もあるだろうが、単純なステータスの差も大きい気がする。
俺は剣術スキルのおかげで、剣術としてはかなり完成された動きができる。
体が勝手に最適解を選んでくれる。
けれど、俺自身の筋力や敏捷が足りていなければ、その最適解を十分な速度と力で実行できない。
技はある。
でも、体が追いつかない。
剣術スキルを活かしきれていないというか、動きに見えない枷があるようなものなのかもしれない。
……これ、以前スキル一覧で見た魔力操作を取っていたら、身体強化も使えたのかな。
スキルポイントが増えたら、魔力操作を取るのもありかもしれない。
いや、まずはシエルに聞いてみよう。
もっと良いスキルがあるかもしれないし。
そんなことを考えていると、リリアがぱっと駆け寄ってきた。
「アウラ、すごいですわ!」
リリアは目をきらきらさせていた。
「さっきの動き、とても綺麗でしたわ! くるっと回って、剣が光って、まるで舞っているみたいでした!」
「あ、ありがとうございます」
「素敵な鎧だとは思っていましたけれど、動くともっと可愛く見えますわ!」
可愛く……可愛いかなぁ……これ。
俺は一瞬、言葉を失った。
さっきの立ち合いを見て、出てくる感想がそれなのか。
いや、リリアらしいと言えばリリアらしい。
リリアはそのまま勢いよくクラウスへ振り返った。
「ねえ、お父様! わたくしも、アウラの鎧みたいなものがほしいですわ!」
「い、いやぁ……」
クラウスの顔が引きつった。
「お前にはまだちょっと早いというか……色々と問題があると思うんだ、な」
「問題?」
「問題だらけだ」
クラウスはきっぱり言った。
俺も内心で頷く。
問題だらけである。
リリアはむっと頬を膨らませた。
「では、次のお誕生日のプレゼントにしてくださいませ!」
「いや、だからだな……」
「髑髏だとちょっと怖いので、お花を象ってみたらどうかしら? 腰にある骨のチャームも、羽に変更してみたら、もっと可愛いと思うの!」
リリアは目を輝かせたまま、今度は俺を見る。
「アウラ、どうかしら!」
「い、いやぁ……どうでしょうか……」
俺は思わずクラウスを見る。
クラウスは引きつった笑顔で、ゆっくりと首を横に振っていた。
ですよねー。
俺もそう思います。
「ねえお父様! わたくし、次の春迎えの舞踏会では、これを着てみたいわ!」
「舞踏会?」
「この鎧、とっても格好良くて可愛いもの!」
リリアは完全に本気だった。
俺は慌てて口を挟む。
「えー……っと、これはこんな見た目ですが、一応鎧ですし、舞踏会で着るのは……どうなんでしょうか?」
遠回しに、やめておいた方が良いと伝えたつもりだった。
だが、リリアは全く聞いていなかった。
「これを着て踊ったら、きっと皆びっくりするわ!」
「それは、びっくりすると思います」
「でしょう! だって、こんなに目立って素敵な衣装、見たことないもの!」
目立つ。
それは間違いない。
春迎えの舞踏会とやらがどういうものかは知らないが、リリアが花と羽根のハイレグアーマーもどきを着て踊ったら、間違いなく参加者全員の記憶に残るだろう。
たぶん、別の意味で。
クラウスは額を押さえた。
「お前はまたそういう……そりゃ、皆びっくりはするだろうな……」
深々と息を吐く。
「リリア。やめておけ。これは舞踏会に着ていく衣装ではない」
「ええっ、どうしてですの!?」
「どうしても何もない」
クラウスの声は少し強かった。
ぴしゃりと言われて、リリアの顔がしょんぼりと沈む。
その変化は、思ったより大きかった。
さっきまであんなに目を輝かせていたのに、急に肩が落ちる。
「……お母様がいらっしゃったら」
リリアは小さく呟いた。
「きっと、わたくしらしくて素敵ねって、言ってくださったと思います……」
その場の空気が、一瞬止まった。
クラウスの表情が、わずかに強張る。
リリアはそれ以上何も言わず、うつむいたまま屋敷の方へ歩いていった。
小さな背中だった。
さっきまで、あんなに明るく笑っていたのに。
その背中が、急に年相応の子どものものに見えた。
「リリア様」
ユリウス先生がすぐに前へ出る。
そして、クラウスへ視線を向けた。
「クラウス様。私がついていきます」
「先生……悪いが頼む」
「ええ、お任せください」
ユリウス先生は一礼すると、リリアの後を追っていった。
訓練場に、少しだけ気まずい沈黙が残る。
そういえば、クラウスの奥さんをまだ見ていなかった。
食事の席にもいなかった。
屋敷の中でも、それらしい人には会っていない。
何か理由があるのだろうとは思っていたが。
クラウスはしばらくリリアの背中を見送っていた。
そして、俺へ向き直る。
「すまないな」
「いえ……」
「せっかく良いものを見せてもらったのに、こんな空気にしてしまった」
クラウスは苦笑しようとして、うまく笑えなかったような顔をした。
それから少し間を置いて、静かに言う。
「お前たちには、しばらくこの屋敷で過ごしてもらうことになる。だから、少しだけ話しておく」
「はい」
「妻は、少し前に病で亡くなってな」
やはり、そうだったのか。
俺は言葉を失った。
「リリアも最近は元気になってきたと思っていたんだが、何かあると、ああやって思い出してしまう」
クラウスは小さく息を吐く。
「母親に似て、明るくてな。思いついたことをすぐ口にして、周りを振り回すところもそっくりだ」
その声には、懐かしさと痛みが混ざっていた。
「だから余計に、時々どう接すればいいのか分からなくなる」
クラウスの大きな手が、わずかに握られる。
「親として情けない話だがな」
「そんなことは……」
俺はすぐには言葉を続けられなかった。
簡単に分かります、なんて言えない。
慰めの言葉を軽く口にするのも違う気がした。
でも、さっきのリリアの背中は、頭から離れなかった。
あの歳で母親を亡くす。
それがどれほど辛いことなのか、俺には本当の意味では分からない。
だが、リリアが気丈に振る舞っていることだけは分かる。
あんなに明るく笑って、俺たちにも無邪気に話しかけてくれて。
けれど、その奥には、まだ癒えていない寂しさがあるのだ。
「少し気にかけてやってくれると助かる」
クラウスがそう言った。
俺は姿勢を正す。
「はい。もちろんです」
俺に何ができるかは分からない。
貴族の家の事情に踏み込めるほど、俺はこの世界のことを知らない。
リリアの寂しさを埋められるとも思わない。
それでも。
あの子がまた笑えるように、ほんの少しでも力になれるなら。
それくらいは、したいと思った。
その後、立ち合いはそこでお開きになった。
俺は控室へ戻り、ハイレグアーマーを解除して普段着に着替えた。
ようやく普通の服に戻ると、心の底から安心する。
やっぱり布地が多い服は良い。
安心感が違う。
魔剣は返してもらえた。
ただし、クラウスからは念を押された。
「本館内では、くれぐれも召喚するなよ」
「もちろんです」
いや、俺だって好き好んで本館で魔剣を呼び出すつもりはない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は魔剣を腰に下げた。
重さは、相変わらずほとんど感じない。
けれど、今日見たものと聞いたもののせいで、少しだけその存在が重く感じられた。
それは、ただの武器の重さではない気がした。