【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
夜風が、思った以上に冷たくて気持ちよかった。
昼間は人と視線と羞恥で暑かった石畳も、今はゆるく熱を冷ましている。
南門へ向かう通りを三人で歩きながら、俺は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
(……ああ、ちゃんと汗と獣の匂いが流れてる。風呂って偉大だな)
──が、その感動は、三歩ごとにぶった切られる。
(擦れる……!)
粗いリネンのチュニックとスカートが、ノーブラ・ノーパンの身体に容赦なく当たる。
一歩ごとに、胸と太ももの付け根あたりをざりっと撫でてくる感触が走り、背筋に妙な鳥肌が立った。
「……うっ」
思わず変な声が漏れそうになって、慌てて口を閉じる。
歩幅を小さくしてみたり、膝の曲げ方を変えてみたり、いろいろ試すが──
(どの歩き方をしても、どこかが擦れる。なんだこの拷問仕様……)
たぶん、横から見ればかなり不自然な歩き方になっているはずだ。
「ねえ」
案の定、隣からじとっとした声が飛んできた。
「さっきも言ったけど、歩き方変じゃない?」
「だいじょうぶだ。問題ない」
「どこがよ」
ティナが眉をひそめる。俺はできるだけ真顔を保った。
(問題しかないが、内容が内容なだけに言えない……下着が欲しいなんて、口が裂けても言えない……)
前を歩いているカイトが、時々ちらっと振り返っては、耳まで赤くして視線を泳がせている。
(ああ、やっぱり変に見えてるんだろうな……頼むから慣れてくれ、俺の身体)
そんなことを考えているうちに、カイトがぱっと顔を上げて指さした。
「あ、見えてきましたよ! あれが“白鹿亭”です!」
南門へ続く大通りから少し外れた場所に、木造二階建ての宿がぽつんと建っていた。
看板には白い鹿の絵。入り口の扉の上には小さなランタンが灯り、窓からは暖かい光と、人の話し声が漏れてくる。
(……想像してたより、ちゃんとした宿だな)
正直、「安くて飯がうまい宿」と聞いて、もう少し薄暗いものを思い浮かべていた。
だが白鹿亭は、ほどよく磨かれた木の扉と、手入れされた花の鉢が入口に並んでいて、どこか家庭的な雰囲気がある。
ギシ、と扉を押して中に入る。
すぐ右手が小さな受付、その奥が食堂。左手の奥に階段が続いている。
「おかえり」
カウンターの奥から、低めの女の声が響いた。
現れたのは、四十代くらいに見える女性だった。
髪は後ろでざっくりとまとめられ、腕まくりされたシャツからは、しっかり鍛えられた筋肉が覗いている。
いかにも「昔冒険者やってました」といった肩の厚さだ。
「ただいまです、女将さん!」
カイトが嬉しそうに手を振る。
「今日も三泊でお願いします! あ、実は今日は──」
女将さんの視線が、カイトから俺のほうへ移った。
じろり、と上から下まで見られる。
さっき風呂場の番台で見られたときとは違って、今の服装は“そこそこ普通”なはずなのだが──
今度は腰に下げた剣で視線が止まった。
「……へえ」
女将さんが目を細める。
「変な意匠の剣だね。髑髏なんて縁起でもないけど……相当良さそうな作りだね」
柄の髑髏飾りに移る視線。
「それに……あんた」
今度は俺の顔をまじまじと見てくる。
「ずいぶんと美人な子だね。そっちが目立ちすぎて、逆に剣のほうが霞んでるよ」
「……それはどうも」
褒められているのか、いじられているのか、よく分からない。
とりあえず中立的な返事をしておく。
「この子、今日ギルドで登録したばかりの新人冒険者なんです!」
カイトが慌てて説明を補った。
「名前はアウラさんで──」
「今日、かい?」
女将さんの眉が少し上がる。
「へえ、今日登録して、その足でここに来たってわけか」
「ああ。右も左も、まだ大して分からないがな」
「新人なら歓迎してあげないとね」
女将さんは口元をにやりとさせた。
「部屋はいつものね? カイトは二階の一番手前。ティナはその隣。……で、アウラ」
じっと俺を見て、顎で二階を指す。
「あんたはティナと同じ部屋でいいかい? 女同士のほうが、何かと安心だろ」
「ティナが良ければ」
「別にいいわよ」
ティナもあっさり頷く。どうやら女将さんへの信頼は厚いようだ。
「よし。じゃあ荷物を置いておいで。夕飯はもうすぐできるから、部屋を見たらすぐ食堂においで」
言われるがまま、俺たちは階段へ向かった。
部屋は二人部屋。簡素だが清潔で、木の床と二つのベッド、小さな机と椅子がひとつ。
窓からは、傾ききった夕陽の名残がオレンジ色に差し込んでいた。
「荷物と言っても、あんたそんなに持ってないでしょ」
「……まあ、そうだな」
言われてみれば、今の俺の所持品は剣と、報酬の入った袋くらいだ。
荷物を置く作業は、ほぼ精神的なものに等しい。とりあえず腰の剣を壁際に立てかけておく。
「じゃ、さっさと食堂行きましょ。お腹空いた」
「ああ」
腹が鳴るタイミングは、世界が変わっても一緒らしい。
食堂に行くと、すでに数人の客が席についていた。
テーブル席がいくつも並び、奥にはカウンター。その向こうで、女将さんと若い店員が忙しなく皿を運んでいる。
革鎧を脱いだ冒険者たちが、ジョッキを傾けたり、皿をつついたりしている。
商人らしき男たちが、上着を脱いでくつろいでいる姿も見える。
ざわざわとした声と、料理の匂い。腹が再び主張を始めた。
「こっち、こっち!」
カイトが手を振る。入口近くの四人掛けの席が、空けてあった。
腰を下ろすと同時に、ほどなくして料理が運ばれてくる。
「お待ちどうさま。今日はホーンラビットと野菜のオーブン焼き、歩く茸のスープ、黒パン。それから、山菜のマリネ」
女将さんが言いながら皿を並べていく。
香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
皿の上には、見たことのない野菜が混ざった彩り豊かな焼き物。
鶏肉に似た肉と、緑と黄の野菜がところどころ焦げ目をつけている。
スープには、傘の大きな茸がごろりと入っていた。
「……すごいな」
思わず声が漏れる。
「こんな料理、食べたことがない」
「え?」
カイトが首を傾げる。
「普段、どんなの食べてたんですか?」
「どんなの、と言われると……」
口をついて出たのは、いつもの食卓の記憶だった。
「米とか。味噌汁とか。焼き魚に、卵焼きとか」
言った瞬間、二人の動きが同時に止まった。
カイトが「え?」という顔をし、ティナが目を細める。
「こめ……? みそ……?」
「……遠い国の食べ物だ」
苦し紛れにそう付け加える。
「白い粒の穀物を炊いて食べるんだ。味噌汁は……豆を発酵させた調味料を溶かしたスープ、だな」
「はっこう……?」
カイトが不思議そうな顔をしている。
「……まあ、豆を使ったスープだ、そういうものだと思っておいてくれ」
説明すればするほど墓穴を掘りそうだったので、そこで打ち切った。
ティナが、じっとこちらを見つめる。
「……ふーん。遠い国、ね」
ティナが意味ありげに呟き、視線を皿へ落とした。
とりあえず、出された料理を口に運ぶ。
肉は表面がカリッと焼かれ、中は柔らかい。
野菜は、噛むとほのかな苦味と甘みが広がった。
(……うまい)
味付けは素朴だが、素材にちゃんと力がある。
スープに浸した黒パンも、噛むほどに旨味がにじむ。
「どう? アウラさん、口に合います?」
カイトが不安そうに聞いてきた。
「ああ。とても美味い」
「よかったー!」
満面の笑顔。料理をほめられて喜ぶ子ども、という感じだ。
その笑顔につられて、少しだけ心がゆるむ。
しばらくすると、女将さんが空いたジョッキを片付けがてら、俺たちのテーブルに近づいてきた。
「どうだい、新人さん。うちの飯は」
「とても美味い。腹が喜んでいる」
「そりゃ結構」
女将さんはにやりと笑うと、ふと何かを思いついたように手を叩いた。
「よし、いい機会だ。ちょっといいかい、アウラ」
「……なんだ?」
「そこ、立ってごらん」
唐突に言われ、飲んでいたスープを危うくこぼしそうになる。
「なんで立つ必要が?」
「挨拶だよ、挨拶。新人が入ったら、顔見せのひとつもしておいたほうがいい。あんたみたいに目立つ見た目なら、なおさらね」
女将さんは、食堂の真ん中あたりを指さした。
「その椅子の上に立ちな。みんなから見えたほうが早いからね」
(……勘弁してほしい)
心の中で頭を抱えたが、ここで断ったら逆に目立ちそうだ。
観念して席を立ち、椅子の上にそっと乗る。
女将さんはカウンターのほうへ一歩下がると、腹の底から声を張り上げた。
「みんなー! ちょっと聞いておくれ!」
ざわざわしていた食堂が、少しだけ静かになる。
ジョッキを持った手が止まり、何人かがこちらを振り向いた。
「今日ね、この子がギルドで冒険者登録したんだよ!」
女将さんが俺を親指で示す。
「右も左も分からない新人さ。見てのとおり可愛いだろ? 宿の娘と思って、仲良くしてやっておくれ!」
「お、おい……」
小声で抗議するが、もう遅い。
冒険者たちの視線が、一斉にこちらへ集まった。
「うお、本当に美人じゃねぇか」
「なんだあの目の色……エルフか?」
「いや人間だろ。でもめちゃくちゃ可愛いな」
「あんな美人、そうそういないぞ」
好き勝手な声が飛んでくる。
「ほら、一言」
女将さんが顎で合図する。
逃げ場はない。
俺は喉の渇きを誤魔化すように息を吸い、できるだけ平静な声で言った。
「……アウラだ。今日、冒険者登録をしたばかりで、この街のことも、冒険者のことも、まだよく分かっていない」
言いながら、自分で自分の言葉に苦笑しそうになる。
「迷惑をかけることもあるかもしれないが……できれば、仲良くしてくれると助かる。よろしく頼む」
ちらほらと笑い声が起きた。
「まかしときな」
「まあ、よろしくなー!」
「困ったことあったらギルドで声かけな!」
「何でも聞いていいわよ~」
悪意のない声が多い。少しだけ肩の力が抜けた、そのときだった。
「女将さーん! 依頼の品、持ってきましたけど、ここ置いていいですかー!」
外に通じる扉が、勢いよく開いた。
夜の風が、食堂の中へ一気に流れ込んでくる。
その瞬間──
ふわり、と。
スカートが、綺麗なくらい見事に、めくれ上がった。
視界の端で、自分の腰から下の布がひらりと裏返るのが見えた。
(ちょ、待っ──!!)
ノーパン。
何もない。守るものは一枚もない。
食堂の空気が、一瞬で固まった。
「…………」
「…………」
「…………」
ジョッキを持ち上げたままの手が止まり、口に運ぶ寸前のスプーンが宙で静止している。
扉を開けたばかりの冒険者が、荷物を抱えた姿勢のまま硬直していた。
誰も何も言わない。
ただ、全員の視線が同じ一点に集中している、ということだけが、痛いほど伝わってきた。
「~~~っ!!」
頭の中で、何かが盛大に爆発する音がした。
反射的にスカートを押さえ、しゃがみ込む。椅子の上で膝を抱え込むという、ますますひどい姿勢になった。
(なんでだ! なんで今日に限ってノーパンなんだ! いや、今日に限って、じゃない! 今がノーパン初日だ! 最悪のタイミングで初日を迎えた!!)
顔から火が出そうだった。実際、耳まで熱くなっているのが分かる。
「お、お、おい……」
誰かが、かすれた声で呟く。
「……今、見え……」
「黙れ!!」
ティナの怒号が飛んだ。
椅子から飛び降りる勢いで立ち上がり、周囲を睨みつける。
「見てない! いいわね!? 今のは誰も見てない! 分かったら飯に集中しなさい!」
「は、はい!!」
複数の声が揃った。
食堂中の冒険者たちが、一斉に皿やジョッキへ視線を落とす。
だが耳まで赤くなっていることは、隠しきれていない。
「……ごめんよ、アウラ」
女将さんが、申し訳なさそうな顔をしていた。
「扉、もうちょっと静かに開けるよう言っとくべきだったね……」
「い、いえ……その……」
何をどう返せばいいのか分からない。
とりあえず椅子からそっと下り、スカートを押さえたまま、自分の席に戻る。
テーブルに座った瞬間、カイトと目が合った。
彼はというと──鼻の頭まで真っ赤だった。
「ア、アウラさん……その……」
「今のは忘れろ」
即答した。
「いいな。墓まで持っていけ」
「は、はい!!」
カイトが背筋を伸ばして敬礼した。そんな真面目な返事はいらない。
ティナはというと、眉間に深い皺を刻みながら、ぐるりと周囲を睨み回していた。
「……ほんっと、あんたの周りって、騒がしいわね」
「俺のせいじゃない……と思いたい」
思いたいが、原因になっている確率が高すぎて反論しきれない。
(……明日こそ、絶対に下着をどうにかする)
新たな決意が、今日一番の強度で胸に刻まれた。
白鹿亭の食堂には、気まずさと笑いと、ほんの少しの同情が入り混じった空気が漂っていた。