【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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8話 白鹿亭へようこそ──そして事件は起きた

 夜風が、思った以上に冷たくて気持ちよかった。

 

 昼間は人と視線と羞恥で暑かった石畳も、今はゆるく熱を冷ましている。

 南門へ向かう通りを三人で歩きながら、俺は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 

(……ああ、ちゃんと汗と獣の匂いが流れてる。風呂って偉大だな)

 

 ──が、その感動は、三歩ごとにぶった切られる。

 

(擦れる……!)

 

 粗いリネンのチュニックとスカートが、ノーブラ・ノーパンの身体に容赦なく当たる。

 一歩ごとに、胸と太ももの付け根あたりをざりっと撫でてくる感触が走り、背筋に妙な鳥肌が立った。

 

「……うっ」

 

 思わず変な声が漏れそうになって、慌てて口を閉じる。

 歩幅を小さくしてみたり、膝の曲げ方を変えてみたり、いろいろ試すが──

 

(どの歩き方をしても、どこかが擦れる。なんだこの拷問仕様……)

 

 たぶん、横から見ればかなり不自然な歩き方になっているはずだ。

 

「ねえ」

 

 案の定、隣からじとっとした声が飛んできた。

 

「さっきも言ったけど、歩き方変じゃない?」

 

「だいじょうぶだ。問題ない」

 

「どこがよ」

 

 ティナが眉をひそめる。俺はできるだけ真顔を保った。

 

(問題しかないが、内容が内容なだけに言えない……下着が欲しいなんて、口が裂けても言えない……)

 

 前を歩いているカイトが、時々ちらっと振り返っては、耳まで赤くして視線を泳がせている。

 

(ああ、やっぱり変に見えてるんだろうな……頼むから慣れてくれ、俺の身体)

 

 そんなことを考えているうちに、カイトがぱっと顔を上げて指さした。

 

「あ、見えてきましたよ! あれが“白鹿亭”です!」

 

 南門へ続く大通りから少し外れた場所に、木造二階建ての宿がぽつんと建っていた。

 看板には白い鹿の絵。入り口の扉の上には小さなランタンが灯り、窓からは暖かい光と、人の話し声が漏れてくる。

 

(……想像してたより、ちゃんとした宿だな)

 

 正直、「安くて飯がうまい宿」と聞いて、もう少し薄暗いものを思い浮かべていた。

 だが白鹿亭は、ほどよく磨かれた木の扉と、手入れされた花の鉢が入口に並んでいて、どこか家庭的な雰囲気がある。

 

 ギシ、と扉を押して中に入る。

 すぐ右手が小さな受付、その奥が食堂。左手の奥に階段が続いている。

 

「おかえり」

 

 カウンターの奥から、低めの女の声が響いた。

 

 現れたのは、四十代くらいに見える女性だった。

 髪は後ろでざっくりとまとめられ、腕まくりされたシャツからは、しっかり鍛えられた筋肉が覗いている。

 いかにも「昔冒険者やってました」といった肩の厚さだ。

 

「ただいまです、女将さん!」

 

 カイトが嬉しそうに手を振る。

 

「今日も三泊でお願いします! あ、実は今日は──」

 

 女将さんの視線が、カイトから俺のほうへ移った。

 

 じろり、と上から下まで見られる。

 

 さっき風呂場の番台で見られたときとは違って、今の服装は“そこそこ普通”なはずなのだが──

 今度は腰に下げた剣で視線が止まった。

 

「……へえ」

 

 女将さんが目を細める。

 

「変な意匠の剣だね。髑髏なんて縁起でもないけど……相当良さそうな作りだね」

 

 柄の髑髏飾りに移る視線。

 

「それに……あんた」

 

 今度は俺の顔をまじまじと見てくる。

 

「ずいぶんと美人な子だね。そっちが目立ちすぎて、逆に剣のほうが霞んでるよ」

 

「……それはどうも」

 

 褒められているのか、いじられているのか、よく分からない。

 とりあえず中立的な返事をしておく。

 

「この子、今日ギルドで登録したばかりの新人冒険者なんです!」

 

 カイトが慌てて説明を補った。

 

「名前はアウラさんで──」

 

「今日、かい?」

 

 女将さんの眉が少し上がる。

 

「へえ、今日登録して、その足でここに来たってわけか」

 

「ああ。右も左も、まだ大して分からないがな」

 

「新人なら歓迎してあげないとね」

 

 女将さんは口元をにやりとさせた。

 

「部屋はいつものね? カイトは二階の一番手前。ティナはその隣。……で、アウラ」

 

 じっと俺を見て、顎で二階を指す。

 

「あんたはティナと同じ部屋でいいかい? 女同士のほうが、何かと安心だろ」

 

「ティナが良ければ」

 

「別にいいわよ」

 

 ティナもあっさり頷く。どうやら女将さんへの信頼は厚いようだ。

 

「よし。じゃあ荷物を置いておいで。夕飯はもうすぐできるから、部屋を見たらすぐ食堂においで」

 

 言われるがまま、俺たちは階段へ向かった。

 部屋は二人部屋。簡素だが清潔で、木の床と二つのベッド、小さな机と椅子がひとつ。

 窓からは、傾ききった夕陽の名残がオレンジ色に差し込んでいた。

 

「荷物と言っても、あんたそんなに持ってないでしょ」

 

「……まあ、そうだな」

 

 言われてみれば、今の俺の所持品は剣と、報酬の入った袋くらいだ。

 荷物を置く作業は、ほぼ精神的なものに等しい。とりあえず腰の剣を壁際に立てかけておく。

 

「じゃ、さっさと食堂行きましょ。お腹空いた」

 

「ああ」

 

 腹が鳴るタイミングは、世界が変わっても一緒らしい。

 

 

 

 食堂に行くと、すでに数人の客が席についていた。

 テーブル席がいくつも並び、奥にはカウンター。その向こうで、女将さんと若い店員が忙しなく皿を運んでいる。

 

 革鎧を脱いだ冒険者たちが、ジョッキを傾けたり、皿をつついたりしている。

 商人らしき男たちが、上着を脱いでくつろいでいる姿も見える。

 ざわざわとした声と、料理の匂い。腹が再び主張を始めた。

 

「こっち、こっち!」

 

 カイトが手を振る。入口近くの四人掛けの席が、空けてあった。

 腰を下ろすと同時に、ほどなくして料理が運ばれてくる。

 

「お待ちどうさま。今日はホーンラビットと野菜のオーブン焼き、歩く茸のスープ、黒パン。それから、山菜のマリネ」

 

 女将さんが言いながら皿を並べていく。

 香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

 

 皿の上には、見たことのない野菜が混ざった彩り豊かな焼き物。

 鶏肉に似た肉と、緑と黄の野菜がところどころ焦げ目をつけている。

 スープには、傘の大きな茸がごろりと入っていた。

 

「……すごいな」

 

 思わず声が漏れる。

 

「こんな料理、食べたことがない」

 

「え?」

 

 カイトが首を傾げる。

 

「普段、どんなの食べてたんですか?」

 

「どんなの、と言われると……」

 

 口をついて出たのは、いつもの食卓の記憶だった。

 

「米とか。味噌汁とか。焼き魚に、卵焼きとか」

 

 言った瞬間、二人の動きが同時に止まった。

 

 カイトが「え?」という顔をし、ティナが目を細める。

 

「こめ……? みそ……?」

 

「……遠い国の食べ物だ」

 

 苦し紛れにそう付け加える。

 

「白い粒の穀物を炊いて食べるんだ。味噌汁は……豆を発酵させた調味料を溶かしたスープ、だな」

 

「はっこう……?」

 

 カイトが不思議そうな顔をしている。

 

「……まあ、豆を使ったスープだ、そういうものだと思っておいてくれ」

 

 説明すればするほど墓穴を掘りそうだったので、そこで打ち切った。

 ティナが、じっとこちらを見つめる。

 

「……ふーん。遠い国、ね」

 

 ティナが意味ありげに呟き、視線を皿へ落とした。

 

 とりあえず、出された料理を口に運ぶ。

 肉は表面がカリッと焼かれ、中は柔らかい。

 野菜は、噛むとほのかな苦味と甘みが広がった。

 

(……うまい)

 

 味付けは素朴だが、素材にちゃんと力がある。

 スープに浸した黒パンも、噛むほどに旨味がにじむ。

 

「どう? アウラさん、口に合います?」

 

 カイトが不安そうに聞いてきた。

 

「ああ。とても美味い」

 

「よかったー!」

 

 満面の笑顔。料理をほめられて喜ぶ子ども、という感じだ。

 その笑顔につられて、少しだけ心がゆるむ。

 

 

 

 しばらくすると、女将さんが空いたジョッキを片付けがてら、俺たちのテーブルに近づいてきた。

 

「どうだい、新人さん。うちの飯は」

 

「とても美味い。腹が喜んでいる」

 

「そりゃ結構」

 

 女将さんはにやりと笑うと、ふと何かを思いついたように手を叩いた。

 

「よし、いい機会だ。ちょっといいかい、アウラ」

 

「……なんだ?」

 

「そこ、立ってごらん」

 

 唐突に言われ、飲んでいたスープを危うくこぼしそうになる。

 

「なんで立つ必要が?」

 

「挨拶だよ、挨拶。新人が入ったら、顔見せのひとつもしておいたほうがいい。あんたみたいに目立つ見た目なら、なおさらね」

 

 女将さんは、食堂の真ん中あたりを指さした。

 

「その椅子の上に立ちな。みんなから見えたほうが早いからね」

 

(……勘弁してほしい)

 

 心の中で頭を抱えたが、ここで断ったら逆に目立ちそうだ。

 観念して席を立ち、椅子の上にそっと乗る。

 

 女将さんはカウンターのほうへ一歩下がると、腹の底から声を張り上げた。

 

「みんなー! ちょっと聞いておくれ!」

 

 ざわざわしていた食堂が、少しだけ静かになる。

 ジョッキを持った手が止まり、何人かがこちらを振り向いた。

 

「今日ね、この子がギルドで冒険者登録したんだよ!」

 

 女将さんが俺を親指で示す。

 

「右も左も分からない新人さ。見てのとおり可愛いだろ? 宿の娘と思って、仲良くしてやっておくれ!」

 

「お、おい……」

 

 小声で抗議するが、もう遅い。

 冒険者たちの視線が、一斉にこちらへ集まった。

 

「うお、本当に美人じゃねぇか」

「なんだあの目の色……エルフか?」

「いや人間だろ。でもめちゃくちゃ可愛いな」

「あんな美人、そうそういないぞ」

 

 好き勝手な声が飛んでくる。

 

「ほら、一言」

 

 女将さんが顎で合図する。

 

 逃げ場はない。

 俺は喉の渇きを誤魔化すように息を吸い、できるだけ平静な声で言った。

 

「……アウラだ。今日、冒険者登録をしたばかりで、この街のことも、冒険者のことも、まだよく分かっていない」

 

 言いながら、自分で自分の言葉に苦笑しそうになる。

 

「迷惑をかけることもあるかもしれないが……できれば、仲良くしてくれると助かる。よろしく頼む」

 

 ちらほらと笑い声が起きた。

 

「まかしときな」

「まあ、よろしくなー!」

「困ったことあったらギルドで声かけな!」

「何でも聞いていいわよ~」

 

 悪意のない声が多い。少しだけ肩の力が抜けた、そのときだった。

 

「女将さーん! 依頼の品、持ってきましたけど、ここ置いていいですかー!」

 

 外に通じる扉が、勢いよく開いた。

 夜の風が、食堂の中へ一気に流れ込んでくる。

 

 その瞬間──

 

 ふわり、と。

 スカートが、綺麗なくらい見事に、めくれ上がった。

 視界の端で、自分の腰から下の布がひらりと裏返るのが見えた。

 

(ちょ、待っ──!!)

 

 ノーパン。

 何もない。守るものは一枚もない。

 

 食堂の空気が、一瞬で固まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ジョッキを持ち上げたままの手が止まり、口に運ぶ寸前のスプーンが宙で静止している。

 扉を開けたばかりの冒険者が、荷物を抱えた姿勢のまま硬直していた。

 

 誰も何も言わない。

 ただ、全員の視線が同じ一点に集中している、ということだけが、痛いほど伝わってきた。

 

「~~~っ!!」

 

 頭の中で、何かが盛大に爆発する音がした。

 反射的にスカートを押さえ、しゃがみ込む。椅子の上で膝を抱え込むという、ますますひどい姿勢になった。

 

(なんでだ! なんで今日に限ってノーパンなんだ! いや、今日に限って、じゃない! 今がノーパン初日だ! 最悪のタイミングで初日を迎えた!!)

 

 顔から火が出そうだった。実際、耳まで熱くなっているのが分かる。

 

「お、お、おい……」

 

 誰かが、かすれた声で呟く。

 

「……今、見え……」

 

「黙れ!!」

 

 ティナの怒号が飛んだ。

 椅子から飛び降りる勢いで立ち上がり、周囲を睨みつける。

 

「見てない! いいわね!? 今のは誰も見てない! 分かったら飯に集中しなさい!」

 

「は、はい!!」

 

 複数の声が揃った。

 食堂中の冒険者たちが、一斉に皿やジョッキへ視線を落とす。

 だが耳まで赤くなっていることは、隠しきれていない。

 

「……ごめんよ、アウラ」

 

 女将さんが、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「扉、もうちょっと静かに開けるよう言っとくべきだったね……」

 

「い、いえ……その……」

 

 何をどう返せばいいのか分からない。

 とりあえず椅子からそっと下り、スカートを押さえたまま、自分の席に戻る。

 

 テーブルに座った瞬間、カイトと目が合った。

 彼はというと──鼻の頭まで真っ赤だった。

 

「ア、アウラさん……その……」

 

「今のは忘れろ」

 

 即答した。

 

「いいな。墓まで持っていけ」

 

「は、はい!!」

 

 カイトが背筋を伸ばして敬礼した。そんな真面目な返事はいらない。

 

 ティナはというと、眉間に深い皺を刻みながら、ぐるりと周囲を睨み回していた。

 

「……ほんっと、あんたの周りって、騒がしいわね」

 

「俺のせいじゃない……と思いたい」

 

 思いたいが、原因になっている確率が高すぎて反論しきれない。

 

(……明日こそ、絶対に下着をどうにかする)

 

 新たな決意が、今日一番の強度で胸に刻まれた。

 

 白鹿亭の食堂には、気まずさと笑いと、ほんの少しの同情が入り混じった空気が漂っていた。

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