【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
シエルから教会についての話を聞いているうちに、だいぶ時間が経っていた。
教会の上層部の連中。
回復魔法を使える者たちのこと。
そして、シエルを追っているであろう、シエルの護衛の者たち。
最初は、スキルについて軽く相談するつもりだった。
だが、話しているうちにどんどん内容が重くなっていき、気づけば二人とも少し疲れていた。
「……少し休むか」
「そうですね。私も少し喉が渇いてしまいました」
シエルが苦笑する。
ずっと部屋で向かい合って話していたせいか、少し空気もこもっている気がした。
俺たちは一度部屋を出て、廊下の奥にある談話スペースへ移動することにした。
そこは離れの中でも、客人がくつろげるように用意された場所らしい。
窓際に小さなテーブルと椅子が置かれていて、柔らかな布張りの長椅子もある。
窓の外には、夕方に近づきつつある庭が見えた。
日中の明るさはまだ残っているが、光は少しずつ柔らかくなっている。
木々の影も、昼より長く伸びていた。
そこへミレイユが来て、温かいお茶を用意してくれた。
小さな焼き菓子まで添えられている。
ありがたい。
頭を使ったあとの甘いものは、体に染みる。
「何かございましたら、お呼びくださいませ」
「ありがとうございます」
ミレイユは静かに一礼すると、その場を離れていった。
俺とシエルは椅子に座り、しばらく黙ってお茶を飲んだ。
「……いやぁ」
俺は小さく息を吐く。
「聞けば聞くほど、教会って面倒くさいな」
「面倒くさいです」
シエルは即答した。
普段のふわふわした調子とは違い、妙に実感のこもった返事だった。
「まあ、その……なんだ。……おつかれさま」
「ええ……本当に。色々疲れましたね」
シエルはお茶を両手で包むように持ち、少し遠い目をした。
話を聞いているだけの俺でも疲れたのだ。
実際にその中で生きていたシエルは、もっと疲れていたのだろう。
俺は焼き菓子をひとつ口へ運ぶ。
ほろりと崩れる生地の中に、木の実の香ばしさと、ほんのりとした甘さがあった。
うん、美味い。
貴族の家の菓子、さすがだな。
そんなくだらないことを考えながら、少しだけ気持ちが落ち着いてきた時だった。
廊下の奥から、足音が聞こえてきた。
誰かがこちらへ向かってくる。
何となくそちらを見ると、ティナとカイトが並んで歩いてくるのが見えた。
二人を見た瞬間、俺はすぐに察した。
空気が違う。
カイトはいつもより少し浮かれている。
顔が緩んでいるというか、何というか、全体的にわかりやすい。
ティナはティナで、いつもより少し大人しい。
けれど、表情は柔らかい。
口元が緩まないように我慢しているようにも見える。
ああ、楽しかったんだな。
見れば一発でわかる。
青春っぽいオーラが出ている。
いいなぁ、俺も彼女を作ろう。
青春してやるんだ……。
問題は、今の俺が女の身体だということだが。
「アウラさん! シャロンさん! 戻りました!」
こちらに気づいたカイトが、ぱっと明るい声を上げた。
ティナはその隣で、少し照れたように視線を逸らす。
「た、ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい」
俺とシエルがそう返すと、カイトはにこにこしながら近づいてきた。
「すごく楽しかったです! 街の露店を見て回ったんですけど、食べ物も色々あって」
「へえ、何か美味いものあったか?」
「はい! 串焼きも美味しかったですし、甘い焼き菓子みたいなのもありました。あと、果物を薄く切って蜜をかけたものもあって、それがすごく美味しくて」
「いいなそれ、美味そうだな」
「美味しかったですよ!」
カイトは楽しそうに話す。
いつも素直なやつだが、今日は特にわかりやすい。
相当楽しかったのだろう。
ティナは横で少し恥ずかしそうにしていたが、カイトが話すたびに小さく頷いている。
「あと、ダンジョン産の魔道具を売っている露店もありました」
「露店でそんなものまで売ってるのか?」
「ちゃんとしたものは高いらしいですけど、使い道がよくわからないものとか、壊れているかもしれないものとかは、安く並んでいることもあるみたいです」
「なるほどなぁ」
ドゥル=ブルムは、やはりダンジョンの街でもあるのだろう。
魔道具が普通に露店の話題に出てくるあたり、なかなか面白そうだ。
「それで、見て回っていたら、ティナが──」
「ちょ、ちょっとカイト!」
カイトが何か言いかけたところで、ティナが慌てて止めた。
何だ。何があった?
めちゃくちゃ気になる。
カイトはティナに止められ、少し口ごもりながら笑っている。
良いことがあったのは間違いなさそうだ。
しかし、ティナの顔が赤いので、ここで追及するのはやめておいた方が良さそうだ。
俺は大人なんでね。元の年齢的には。
「あ、そうだ」
ティナはごまかすように、持っていた小さな袋を差し出してきた。
「その……出かけたから、ちょっとしたお土産」
「お土産?」
「うん。二人に」
ティナは少しだけ視線を泳がせる。
「その……今日は、色々ありがとう。出かけられたのも、あんたたちが背中を押してくれたからだし」
そう言って、ティナは俺とシエルにそれぞれ袋を渡してきた。
「本当にちょっとしたものだけど」
「いや、ありがとな」
「ありがとうございます、ティナさん」
シエルは嬉しそうに袋を受け取った。
ティナはさらに赤くなる。
「じゃ、じゃあ、私は着替えてくるから!」
「僕も荷物を置いてきますね!」
二人はそう言うと、それぞれ自分の部屋の方へ向かっていった。
去っていく後ろ姿まで、何となく浮かれている。
いやぁ、良かったなぁ。
俺はしみじみと頷いた。
「二人とも、楽しそうで良かったですね」
シエルがにこにこしながら言う。
「だなー」
良かった。
それは本当にそう思う。
だが、それはそれとして、羨ましい気持ちがむくむくと湧き上がってくる。
甘酸っぱい青春。
俺にもそういうイベントが欲しい。
人間とは欲深い生き物である。
「そういや、ティナから貰ったお土産、何だろうな」
俺は気持ちを切り替えるように袋を見た。
丁寧に紐で結ばれた小さな袋だ。
中身が割れ物ではないことを確認しながら、そっと開けてみる。
中に入っていたのは、髪留めだった。
小さな飾りがついた、可愛らしいデザインの髪留め。
派手すぎるわけではないが、細工が細かく、光を受けると少しだけきらりとする。
色合いも落ち着いていて、普段使いしやすそうだ。
「わあ、かわいい髪留めですね」
シエルが身を乗り出して覗き込む。
「アウラさんに似合いそうです」
「そうか?」
「はい。ほら、貸してください」
「え、今?」
「もちろん」
シエルは当然のように手を差し出してくる。
俺は少し迷ったが、髪留めを渡した。
するとシエルは立ち上がり、俺の後ろへ回る。
慣れた手つきで髪をすくい、軽くまとめていく。
指が髪の間を通る感触が少しくすぐったい。
そういえば、ティナの髪も上手に整えていたな。
教会で子どもたちの面倒を見ていたと言っていたし、こういうことには本当に慣れているのだろう。
「少し動かないでくださいね」
「ああ」
シエルが髪留めをつける。
かちり、と小さな音がした。
「できました」
シエルは満足そうに頷く。
「うん。似合っています。ティナさんって、センスが良いですね」
そう言われ、俺はそろそろと髪に触れた。
髪がきちんとまとまっている。
確かに、動く時には便利そうだ。
かわいい髪留めか。
いやぁ……嬉しいんですけどね?
どうも、男だった頃のことを考えると、少しだけむずがゆい。
可愛い髪留めを貰って喜ぶ俺。
……深く考えるのはやめよう。
でも、ティナがわざわざ俺のために選んで買ってきてくれたものだ。
それを嫌だと思うほど、俺もひねくれてはいない。
髪をまとめるのにも便利だし、後でちゃんとお礼を言っておこう。
俺がそんなことを考えていると、シエルも自分の袋を開けていた。
「私の方は……わぁ」
シエルの顔がぱっと明るくなる。
「いい香り」
「何だった?」
「香り袋ですね」
シエルが取り出したのは、小さな布袋だった。
可愛らしい模様が刺繍されている。
落ち着いた色合いの布に、小さな花の模様が入っていて、手のひらに収まるくらいの大きさだ。
シエルがそっと鼻に近づける。
「ハーブの香りでしょうか。落ち着く匂いです」
「へえ。確かに良い匂いだな」
俺も少し嗅がせてもらう。
甘すぎない、優しい香りだった。
草木の匂いに、ほんの少し花の香りが混ざっているような感じだ。
「枕元に置いて眠ると、よく眠れるんですよね」
シエルは嬉しそうに香り袋を両手で包んだ。
「あとでティナさんにお礼を言わないと」
「そうだな」
俺は髪留めに触れながら頷く。
ティナも、ちゃんと考えて選んでくれたのだろう。
俺には髪留め。
シエルには香り袋。
どちらも高価なものではないかもしれない。
でも、そういう問題ではない。
わざわざ選んでくれたことが嬉しいのだ。
こういうの、いいな。
そんなことを思ってしまうあたり、俺もだいぶこの世界での生活に慣れてきたのかもしれない。
その後、俺たちはそれぞれ自分の部屋へ戻り、少し休むことにした。
昼からずっと話したり動いたりしていたせいか、体より頭が少し疲れている。
俺はベッドに腰掛け、髪留めを外して手のひらに乗せた。
小さな髪留め。
こうして見ると、本当に可愛らしい。
俺が男だった頃なら、たぶん自分で使うものとしては見なかっただろう。
だが、今の俺には必要なものでもある。
頭ではわかっているつもりなんだが、歓迎会の時のドレスとか、こういった可愛い小物を持たされると、どうも女性になってしまったんだなぁという現実を、改めて突きつけられる気がする。
……まあ、少し嬉しいのも本当だが。
そうしてしばらく髪をまとめる練習をしていると、夕食の時間が近づいてきたので部屋の外へ出た。
廊下に出て、ふと考えた。
そういえば、マルルゥは昼食にも来ていなかった。
朝方に戻ってきてから、ずっと寝ているのだろうか。
さすがに、夕食くらいは声をかけた方がいい気がする。
あいつのことだから、腹が減れば勝手に出てくるかもしれない。
だが、あの朝の様子を思い出すと、何となく放っておけなかった。
俺はマルルゥの部屋へ向かって、ドアを軽くノックする。
「おーい、晩飯の時間だぞ」
コンコン、ともう一度叩く。
少し間があった。
中で、何かが動く気配がする。
布が擦れるような音。
それから、小さな足音。
やがて扉が開いた。
「ふぁーい……ご飯?」
そこにいたのは、マルルゥだった。
銀色の髪は少し乱れている。
目も半分閉じている。
服も微妙に着崩れていて、完全に寝起きだった。
「お腹すいたから、食べよっかなー」
そう言って、マルルゥはふわぁ、と大きなあくびをした。
いつもの気の抜けた調子。
少なくとも、朝方に見た疲れ切った顔ではない。
泣きそうな子どものような雰囲気も、今は見えなかった。
ぐっすり眠っていたのだろうか。
全身から「寝起きです」と主張している。
俺は思わず、まじまじとマルルゥを見てしまった。
「なーに?」
マルルゥが首を傾げる。
「ご飯に行くんじゃないの?」
「ああ、いや……なんでもない」
今のマルルゥは、いつも通りに見える。
いや、いつも通りに見せているだけかもしれない。
朝の顔を思い出すと、そう簡単に安心していいのかはわからない。
だが、本人が何も言わないなら、こちらから無理に突くべきではないだろう。
今、聞いてほしくないのかもしれない。
もし話したくなったら、その時に話してくれるかもしれない。
俺は、普段通りに接することにした。
「じゃあ、食堂に案内するよ」
「んー」
マルルゥはまた小さくあくびをしながら、俺の後についてくる。
「どんなご飯かなー。甘いものあった?」
「あー、果物とか出してもらえたよ。美味しかった」
「果物か~。ボクは焼き菓子とかの方がいいなぁ。あと美味しいお茶も欲しいからお願いね」
「いや、俺に言うなよ」
そんなやり取りをしながら、俺たちは食堂へ向かった。
いつも通りっぽい。
少なくとも、今はそう見える。
それ以上は何も聞かず、俺はマルルゥと一緒に廊下を歩いた。
窓の外では、夕方の光が少しずつ薄れていく。
長かった一日が、ようやく終わろうとしていた。