【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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81話 まずい薬

 翌朝。

 いつも通りに目を覚まし、身支度を整えてから部屋を出る。

 昨日は、妙に長い一日だった。

 あれこれありすぎて、昨日の朝の出来事がずいぶん前のことのように感じる。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、ちょうど向こうから出てきたマルルゥと鉢合わせた。

 

「おはよー」

 

 マルルゥは大きなあくびをしながら、片手をひらひら振ってくる。

 銀色の髪はいつものように綺麗に整っているが、目元は眠そうだ。

 

「おはよう。何だか眠そうだな」

「まーね。ずっと薬の調合をしてたからさぁ」

 

 マルルゥは目をこすりながら言った。

 

「薬の調合?」

「そうそう。ほら、前に話したでしょ。ティナとカイトの訓練に使う薬」

「ああ……そういや言ってたな」

 

 すっかり忘れていた。

 タルちゃんの宿に泊まった時に、そんなことを言っていた気がする。

 

「この街でも材料を追加で買ってきたから、効果が大きくなるように調整してたんだよ」

「へえ、やっぱ大きい街だと薬の材料も売ってるんだなぁ」

 

 一昨日の夜に外へ出ていた時に材料を買ってきたんだろう。

 となると、その買い出し中に何かあったんだろうか。

 本人が話さない以上、ここで無理に聞くことはしないが……。

 

「それで、訓練で使う薬ってどんなのなんだ?」

 

 俺が聞くと、マルルゥはふっふーんと得意げに笑った。

 

「薬は二つ作ってるよ。まず一つはティナ用」

「ほー、二つも」

「こっちは魔力炉の動きを一時的に良くして、フルパワーで魔力を生成できるようにする薬。まあ、要するに魔力の前借りができるって感じ。薬が切れた瞬間、死ぬほどしんどくなるけど、効いてる間は魔法の訓練がすごく捗るんだよね」

「死ぬほどしんどくなるの……?」

 

 さらっと嫌なことを言ったな。

 

「初級の魔法くらいなら、撃ち放題ってくらい魔力が生まれるよ」

「そ、そうなんだ……」

 

 死ぬほどしんどいというパワーワードを無視できれば、とんでもない薬なのだろう。

 ティナ……頑張れよ。

 

「もう一つはカイト用。こっちも魔力を一時的に増やすんだけど、目的はカイトが自分の魔力を感じられるようにすることかな。体内の魔力を感じやすくなるように、感覚を敏感にする調整をしたよ」

「ほー」

「ただ、こっちは初めて作ったから、どれくらい効くかわかんない。カイトで実験だね!」

 

 マルルゥはにっこり笑った。

 

「実験ってお前……」

 

 カイト。

 お前も頑張れよ……。

 

「アウラは魔法を使えてるけど、身体強化を使えないっていうのがよく分からないから、ボクとしてはお手上げだね」

「そうなのか?」

「うん。何かきっかけがあればいいのかもしれないけど、その辺は実際に身体強化を使って戦ってる人に聞いた方が早いと思うよ。コツとか教えてもらえるかもしれないし」

「うーん……」

 

 昨日、シエルから聞いた話を思い出す。

 俺たちのスキルで使える魔法と、この世界の魔法では根幹が違うかもしれない。

 シエルは長いこと練習しても、この世界の魔法を使えなかったと言っていた。

 そうなると、身体強化も同じなのかもしれない。

 

 スキル一覧に身体強化っぽいスキルがあればいいのだが、今のところ見た覚えはない。

 隠しスキルのように、何か条件を満たすと出てくる可能性はあるが……。

 現状ではステータスを上げるようなスキルを取っていくしかないのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、食堂の前まで来た。

 

「まあ、考えるのは後にするか。まずは飯だ飯」

「さんせー」

 

 マルルゥは眠そうな顔のまま頷いた。

 

 

 

 食堂に入ると、すでに皆が揃っていた。

 

「おはよう」

 

 俺が声をかけると、ユリウス先生をはじめとして、皆がそれぞれ返事をしてくれる。

 マルルゥは眠そうなのを隠そうともせず、大きなあくびをしながら席に座った。

 

「ふぁ……」

 

 その様子を見て、ユリウス先生が穏やかに声をかける。

 

「おはようございます。マルルゥさん、眠そうですね。昨日も少し眠そうでしたが、ちゃんと眠れていますか?」

 

 そういえば、昨日の夕食の時もマルルゥはあくびばかりしていた。

 今朝もこんな調子なら、心配されても仕方ない。

 マルルゥは椅子にもたれながら、ゆるく手を振った。

 

「へーきへーき。昨日はちょっと薬の調合してて、寝不足なだけだよー。普段はちゃんと眠れてるから大丈夫」

「薬の調合、ですか」

 

 ユリウス先生の目が少しだけ興味深そうに細められる。

 

「一体どのような薬を調合されたのですか?」

「んー、魔力炉の活動を一時的に上げる薬とかだよ。ティナとカイトの訓練に使おうと思ってさー」

「ほう、魔力炉の活動を一時的に……」

 

 ユリウス先生は、明らかに興味を引かれた顔になった。

 

「もし差し支えなければ、使用される際に私も見学させていただいてもよろしいでしょうか。そのような薬は、なかなかお目にかかれるものではありませんから」

「別にボクはいいけど……」

 

 マルルゥは眠そうにティナとカイトを見る。

 

「ティナとカイトは?」

「私も別に大丈夫です」

「僕も大丈夫です!」

 

 二人はすぐに答えた。

 シエルは皆の反応をきょろきょろ見た後、少し遠慮がちに手を上げる。

 

「あ、あの。じゃあ、私も見てもいいですか?」

「好きにしたらいいよー」

 

 マルルゥは適当に返事をする。

 ユリウス先生は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとうございます。実際に見させていただけるのは幸運です」

「ふふーん、でしょー」

 

 マルルゥは少し得意げに胸を張る。

 

「ここまでできる人は、なかなかいないよー。本当だったらこの薬だってすごい金額なんだから、その辺アウラはちゃんと理解して、ボクにもっと変な魔法を見せてよね」

「変な魔法って……」

 

 だが、シエルの話を聞いた後だと、少し分かる気もした。

 俺たちの魔法と、この世界の魔法は根幹が違うかもしれない。

 そう考えると、マルルゥから見た俺の魔法は、かなり異質なのだろう。

 

「まあ、見せるくらいならいつでもいいけどさ」

「本当?」

「ただ、俺も威力がどれくらい出るのかよく分かってないんだ。見せるなら、街の外とかでやった方がいいかも」

 

 空間制御は、弄れば弄るほど、元に戻る時のエネルギーが激しくなる気がする。

 下手にぐにぐに弄って、周囲を丸ごと巻き込むなんてことはしたくない。

 

「外、かー……」

 

 マルルゥの声が、少しだけ落ちた。

 ほんのわずかだ。

 だが、確かに表情が浮かないものになった。

 

「何だ。外に出るのが嫌なのかよ?」

 

 俺が聞くと、マルルゥは小さく首を振る。

 

「そういうわけじゃないけど……うん、魔法を見るのはまた今度でいいや。しばらくはゆっくりしたいし、ね」

 

 そう言って、マルルゥは話を打ち切った。

 その時、ちょうどミレイユたちが朝食を運んできてくれた。

 焼きたてのパンの香りが広がり、話題は自然とそこで途切れる。

 

 俺はマルルゥを横目で見る。

 やはり、何かがある。

 いつも通りに見える表情。だが、時々ほんの少しだけ、引っかかる。

 そんな違和感を覚えたまま、朝食の時間が始まった。

 

 

 

 朝食を食べ終えてしばらくすると、ユリウス先生とリリアが離れにやってきた。

 

「面白い薬が見られると聞いてやってきましたわ!」

 

 リリアは目をきらきらさせていた。

 その手には、小さな杖が握られている。

 そういえば、ここに来た時も、リリアは庭で魔法の練習をしていた。

 ユリウス先生と一緒に、何やら魔法の訓練をしていたのだ。

 

 リリアはどんな魔法を使うのだろうか。

 そんなことを考えていると、マルルゥが露骨に面倒くさそうな顔をした。

 

「はー……子供も来るなら断っておけばよかった……」

 

 小さな声だった。

 だが、俺には聞こえた。

 お前も年上なんだから、子供にもっと優しくしてやれよ。

 リリアは気づいていないようで、わくわくした顔のままマルルゥを見ている。

 ユリウス先生は、マルルゥの呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、穏やかな表情のまま話を進めた。

 

「薬によって魔力炉が活発になるということは、魔法を使う訓練になりますよね。外で行いますか?」

「そうだねー。ティナには魔法をバシバシ使ってもらうし、外の方がいいね。いい場所ある?」

 

 その問いに、リリアがぱっと顔を輝かせた。

 

「ええ、もちろんですわ! 魔法を使うのであれば、わたくしの使っている訓練場を使ってくださいませ!」

 

 リリアは楽しそうだ。

 対照的に、マルルゥは明らかにテンションが下がっている。

 

「ああ、そう……。じゃあ、そこに行こうか」

 

 声にやる気がない。

 リリアはまったく気にしていないようで、嬉しそうに案内を始めた。

 

 

 

 リリアとユリウス先生に連れられて、俺たちは庭へ向かった。

 朝の光の中、庭の草木は少し湿っている。

 空気はまだひんやりしていたが、日差しは柔らかい。

 案内されたのは、庭の端にある一角だった。

 ここに来た時にも見た場所だ。

 

 地面はしっかり踏み固められ、周囲には地面に突き刺さるように立てられた金属の筒があった。

 何本か並ぶその筒は、ただの的にしては妙に頑丈そうに見える。

 マルルゥはそれを見ると、少しだけ興味を示した。

 

「ああ、導魔柱があるなら訓練にはちょうどいいねー」

「でしょ!」

 

 リリアがぱあっと嬉しそうな顔をする。

 

「お父様が、わたくしのために設置してくださったんですの! これでいつも魔法の練習をしているんですわ!」

「へー、そうなんだ」

 

 マルルゥの返事は興味なさげだった。

 リリアが少しだけ物足りなさそうな顔をする。

 いや、もうちょっと反応してやれよ。

 俺は金属の筒を見ながら首を傾げた。

 

「どうまちゅうって何なんだ?」

 

 俺が聞くと、ユリウス先生が説明してくれる。

 

「導魔柱とは、簡単に言えば訓練用の的のようなものですね」

「的ですか?」

「はい。魔法を受け止め、余剰魔力を地中へ逃がす安全装置のようなものですね。魔法の照準や威力確認にも使えます。つまり、ただの的ではなく、訓練場用の魔法設備と考えていただければ分かりやすいかと」

「へ~、便利なものがあるんですね」

 

 なるほど。

 的であり、安全装置でもあるということか。

 マルルゥが補足するように言った。

 

「地面に固定して使うものだから、設置にも手間がかかるし、けっこう高いから、個人の家で持ってる人は少ないと思う」

「そんなに高いのか」

「そりゃそうだよ。魔力を地中へ逃がすために、地面の下にもそれなりの仕掛けを埋め込む必要があるからね。設置した後は簡単に移動できないし、場所も取るし。基本的に大きなギルドの訓練場にしかないよ」

 

 イメージ的には魔法の避雷針みたいなもんなのかな。

 

 地面の下に埋め込むとなると、個人で持つのは難しそうだ。

 リリアのためにこれを用意しているあたり、やはりブルム家は相当しっかりしている。

 

「あとは、一度に多くの魔力を浴びると、魔力を逃がす許容量を超えて壊れたりするから、メンテナンスにもお金が掛かるんだよねぇ。まー、でも普通に使ってる分には、大丈夫だと思うけど」

 

 ユリウス先生が頷いた。

 

「ええ、その通りです。しかし導魔柱を壊すほどの魔法となると、上級魔法を短時間で何度も当てるか、大魔法でも使わない限り、まずありえません」

 

 ユリウス先生はにこりと笑う。

 

「ですので、安心して練習できますよ」

「へー、そういうもんなのか」

 

 なら、遠慮なく魔法をぶっ放せるというわけか。

 いや、俺はぶっ放さないけど。

 万が一壊したらと考えると、ゾッとする。

 

 マルルゥは腰のバッグから、二つの小瓶を取り出した。

 一つは灰色の混じった緑色……というか、正直かなり濁った色をした液体。

 もう一つは真っ黒な液体だった。

 どちらも、飲み物としてはかなり不安になる見た目である。

 

 マルルゥは小瓶を軽く振る。

 しゃかしゃか、と中で何か細かな粒のようなものが舞った。

 

「うわ……」

 

 ティナの顔が引きつる。

 それはそうだろう。

 俺だって飲めと言われたら全力で断る。

 マルルゥはそんなティナへ、二つの小瓶を差し出した。

 

「じゃあ、まずはティナから行こうか」

「えっ」

「この二つを一気に飲んでね。先にこっちの灰色の方を一気に飲んで、すぐに黒い方を一気」

「こ、これを飲むの?」

 

 ティナの眉間に深いシワが寄る。

 

「そう。一気ね。灰色のを飲んだら、すぐ黒い方」

 

 うわぁ。

 あれ、薬だったのか。

 見た目だけなら、完全にドブ色の液体である。

 

「うぅ……でも、これを飲めば……」

 

 ティナは小瓶を見つめながら震えている。

 

「そうそう。魔力が一時的に溢れ出るから、魔法を使い放題さ」

 

 マルルゥは楽しそうに言う。

 

「それに、自分の魔力炉の限界も知ることができる。一時的にとはいえ、自分の魔力の最大出力を体験できるわけだね」

「最大出力……」

「最終的に目指す場所を見るってことだよ。ティナがどの程度のポテンシャルを秘めているのか、それによってボクの育成方針も変わるからね」

 

 マルルゥはにっこり笑った。

 

「美味しくないと思うけど、吐かずに飲んでね」

「吐かずに……」

「ちなみに、それ二本分の材料で──」

 

 マルルゥがティナの耳元で何かを囁く。

 ティナの顔から、すっと血の気が引いた。

 

「ええっ!? そ、そんなにするの、これが!?」

「うん、そうだよー」

 

 マルルゥは悪い笑顔で頷く。

 

「まあ、今回はボクの手持ちも使ってるから、実際にはそこまでかかってないけど。もし吐いたりしたら、材料を買うお金が足りないから、代わりは作れないんで」

 

 そこで、マルルゥはさらに笑みを深めた。

 

「まずくても頑張って飲んでね?」

「うぅ……」

 

 ティナの顔が青い。

 可哀想だ。

 だが、ここで俺にできることはない。

 強いて言えば、心の中で応援するくらいだ。

 頑張れ、ティナ。

 

「じゃあ、はい。一気に飲んでー」

 

 マルルゥが軽い調子で言う。

 ティナは大きく息を吐いた。

 そして、意を決したように灰色の小瓶の蓋を開ける。

 次の瞬間、ティナはその中身を一気に口へ流し込んだ。

 

「んんんんんんっ!!!!」

 

 ティナの目に、即座に涙が浮かぶ。

 飲み込めないらしい。

 頬が少し膨らみ、口の中で液体をどうにかしようとしている。

 その表情が、何とも言えない。

 

「ぶっ、あはははははは!」

 

 マルルゥが腹を抱えて笑い出した。

 リリアとシエルはおろおろしている。

 

「だ、大丈夫ですの!?」

「ティナさん、無理しないで……でも飲まないといけないんですよね!?」

 

 カイトは拳を握って声を上げた。

 

「ティナ、頑張れ!」

 

 ユリウス先生は、少し離れた位置から興味深そうにティナを観察していた。

 この人、優しい顔をしているのに、こういう時は研究者みたいな目をするな。

 カイトの声が届いたのか、それとも覚悟を決めたのか。

 ティナは目を見開いた。

 そして、口の中のドブ色の液体を一気に飲み込む。

 

「んぐっ!」

 

 間髪入れず、黒い方の瓶の蓋を開ける。

 今度は迷わなかった。

 黒い液体も、一気に飲み干す。

 次の瞬間。

 

「おああああああああああっ!!」

 

 ティナが苦悶の表情を浮かべながら、その場に膝をついた。

 いや、倒れ込むように地面へ手をついた。

 

「だ、大丈夫なんですの……? 薬ってこんなに苦しいものなんですの!?」

 

 リリアが青ざめる。

 

「あははは! ひ、必死な顔過ぎて面白すぎるっ」

 

 マルルゥは地面をばしばし叩きながら、涙を浮かべて笑っていた。

 ユリウス先生が苦笑する。

 

「味については、改善の余地がありそうですね」

「ボクは飲まないから別によくない?」

「……なるほど」

 

 何この状況。

 そう思っていると、ティナががばっと顔を上げた。

 

「おええええ、まっっっっっっっっず!!!!」

 

 庭中に響くような叫びだった。

 ティナの顔が年頃の女の子がしちゃいけない顔をしている。

 マルルゥは再び笑うのを再開し涙を拭いながら、ティナへ親指を立てる。

 

「最高! 今の反応、すっごく面白かった!」

「まずすぎて吐くかと思った……! あんた、こんなもん飲ませて殺す気!?」

 

 ティナは涙目で叫ぶ。

 だが、そこでふと動きを止めた。

 

「あ、あれ……?」

 

 自分の胸のあたりに手を当てる。

 

「体の奥から魔力が……」

 

 マルルゥは涙を拭きながら、ようやく少し真面目な顔になった。

 

「魔力炉が活性化してるのさ。ほら、導魔柱に向かってウィンドカッターに全魔力を乗せて撃ってごらん」

「全魔力を……?」

「そう。今の君ならすぐに魔力が満ちる、全部使ってもすぐに全回復さ」

 

 ティナはまだ半信半疑の顔だった。

 だが、杖を握り直し、導魔柱へ向ける。

 

 空気が少しだけ変わった。

 ティナの周囲に、風が集まる。

 いつもの小さな風ではない。

 足元の草が揺れ、ティナの髪がふわりと持ち上がった。

 

「ウィンドカッター!」

 

 ティナが叫ぶ。

 次の瞬間、風が唸った。

 凝縮された風が、導魔柱へ向かって走る。

 いや、走るというより、暴風が一直線に叩きつけられたようだった。

 いつものティナの魔法とは明らかに違う。

 風のうねりが目に見えるような錯覚すらある。

 それが導魔柱に直撃した瞬間、びり、と空気が震えた。

 導魔柱が低い音を立てる。

 しかし、魔法は柱に触れたところで、霧が晴れるように散っていった。

 

「こ、これ……!」

 

 ティナが目を見開く。

 リリアも両手を胸の前で握りしめていた。

 

「すごいですわ! 初級魔法でも、こんなに強くなるんですのね!」

 

 ユリウス先生はすぐにリリアへ向き直る。

 

「リリア様、今のは薬による一時的な出力です。真似をして無理に魔力を込めてはいけませんよ」

「分かっていますわ。でも、すごいですわね……!」

 

 シエルも驚いたように言う。

 

「すごい風でしたね」

 

 カイトはティナを見て、興奮したように頷いた。

 

「ティナ、すごいよ!」

 

 ティナはまだ自分の手を見つめていた。

 自分で放った魔法なのに、信じられないといった顔だ。

 マルルゥが満足げに笑う。

 

「そうだよ。ウィンドカッターみたいな初級魔法でも、魔力を最大出力で放てばあんな感じになるんだよ」

 

 マルルゥはティナの横に立ち、導魔柱を指さした。

 

「そしてこれが、今の君の魔力炉の最大出力。薬で無理やり引き上げてるけど、君の魔力炉が出せる上限を体に覚えさせるのが目的なんだ」

「体に、覚えさせる……」

「そう。今の君なら、ウィンドカッターくらいなら何発撃っても魔力は切れない。次は、魔力を最大まで溜めて、ウィンドカッターを放つ前に魔力を薄く広げる」

 

 マルルゥは杖を持っていない手で、空中に線を描くように動かした。

 

「一点にまとめるんじゃなくて、刃の形を意識する。風をただ押し出すんじゃなくて、薄く、鋭く、裂く形にするんだよ。さっきのは魔力を込めたのは良いけど、形が歪でただの強い風になっちゃってたからね」

 

 おお。

 ちゃんと魔法を分かりやすく説明している。

 さっきまでティナの反応を見て爆笑していた同じやつとは思えない。

 ユリウス先生も、マルルゥの説明を聞きながら真剣に頷いていた。

 

「なるほど。出力だけでなく、形状制御を意識させるわけですね」

「そ。出力が上がっただけで雑に撃っても、魔力の無駄だからね。せっかく一時的に魔力を増やしてるんだから、普段できない練習をした方がいいでしょ」

「理にかなっていますね」

 

 ユリウス先生は感心したように言った。

 リリアはティナの方を見て、目を輝かせている。

 シエルもカイトと小声で何かを話していた。

 ティナは、まだ少し涙目だった。

 たぶん薬の味のせいだ。

 だが、その目には先ほどとは違う光が宿っていた。

 自分の魔法が、あれほどの威力になる。

 その事実が、ティナの中で何かを変えたのかもしれない。

 

 マルルゥはティナにいたずらっ子のような笑みを向けると、声をかける。

 

「さあ、今日は文字通り倒れるまで撃ち続けてもらうからね」

 

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