【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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82話 敏感すぎる

「す、すごい……」

 

 ティナは、自分の手を見つめたまま呆然としていた。

 先ほど放ったウィンドカッター。

 

 いや、あれをウィンドカッターと呼んでいいのか分からない。

 いつもの鋭い風の刃というより、暴風を無理やり一方向に叩きつけたような魔法だった。

 それでも、威力だけならこれまでのティナの魔法とは比べものにならなかった。

 

「こんなに魔力が溢れてるなんて……!」

 

 ティナの声には、驚きと戸惑いが混ざっていた。

 自分の中に、これほどの力があるとは思っていなかったのだろう。

 そんなティナを見て、マルルゥはにこにこと笑っている。

 

「さぁ、薬が効いてる間にどんどん魔法の訓練しないともったいないよー」

「え、ええ」

「さっき言った通り、形が崩れないように気をつけながら、魔力を最大限まで込めて撃ち込んでね。はいはい、どんどんやってー」

 

 言い方は軽い。

 だが、内容はかなり厳しい。

 

 魔力を最大限まで込める。

 それでいて、魔法の形を崩さない。

 

 普通なら魔力切れを恐れてできない訓練だ。

 だが今のティナは、薬の効果で魔力炉が活性化している。

 ウィンドカッター程度なら、何発撃ってもすぐに魔力が満ちるらしい。

 つまり、普段ならできない無茶な反復練習ができるということだろう。

 ティナは顔を引き締め、杖を導魔柱へ向けた。

 

「ウィンドカッター!」

 

 再び風が集まり、導魔柱へ向かって飛ぶ。

 先ほどよりは少しだけ形が整っている。

 だが、まだ刃というより、勢いの強い風の塊に近い。

 導魔柱にぶつかると、また空気がびり、と震えた。

 

「うん。さっきより良いけど、まだまだ形が安定してないね」

 

 マルルゥはすぐに指摘する。

 

「魔力を増やすと、魔法の形が膨らんじゃってる。出力を変えても形を維持できるように、常に意識しないと駄目だよー」

「形を維持……」

「そうそう。まずは最大出力に慣れること。そこから魔力の量を可変させていく練習だね」

 

 マルルゥは、先ほどまでティナの反応を見て笑っていた時とは違い、真面目な顔になっていた。

 

「魔法使いは、魔力というリソースをいかに効率よく、最大限有効に使えるかが鍵だからね」

「リソース?」

「限りあるものってこと。魔力が多いからって、無駄に垂れ流してたらすぐに息切れする。いつでもどこでも、今の自分に出せる最大の効率を、最小の消費で出せるようにしておかないといけない」

 

 マルルゥは指を一本立てた。

 

「だから、身体に覚えさせるんだよ。感覚でね」

 

 おお。

 マルルゥがちゃんと先生をしている。

 言っていることも、いつもと違ってまともだ。

 ティナは真剣に頷き、もう一度杖を構えた。

 

「ウィンドカッター!」

 

 今度は、先ほどより少し薄く、鋭い風が放たれた。

 導魔柱に当たる音が、先ほどとは少し違う。

 鈍く叩きつけるというより、表面を切るような鋭さがある。

 

「今のは少し良いね」

 

 マルルゥが頷く。

 

「でも、最後に魔力が散ってる。撃ち出す瞬間だけじゃなくて、導魔柱に届くまで形を保つ意識を持って」

「届くまで……」

「そう。魔法は撃ったら終わりじゃないよ。自分の魔力が形を持って飛んでいくんだから、最後まで気を抜かない」

 

 ティナは小さく息を吸い、もう一度撃った。

 風が走る。

 今度は少し細い。

 だが、その分、形は崩れにくいように見えた。

 

「うん。いいよ。次は同じ形のまま、少しだけ魔力を増やしてみようか」

「ええ!」

 

 ティナの声に、少し熱がこもる。

 最初は薬のまずさで涙目になっていたが、今は違う。

 自分の魔法が変わっていくのが分かるのだろう。

 その顔には、悔しさと面白さが混ざっていた。

 

 いいなぁ。

 こういうのは、見ていて少し羨ましい。

 自分の力が伸びていく実感。

 昨日できなかったことが、少しずつできるようになっていく感覚。

 

 俺の剣術なんかはスキルで一気に体へ叩き込まれたようなものだ。

 便利ではあるのだが、こうして段階を踏んで掴んでいく姿を見ると、少しだけ眩しく見えた。

 マルルゥはティナが導魔柱へウィンドカッターを撃ち続けているのを見て、満足そうに頷いた。

 そして、今度はカイトの方へ視線を向ける。

 

「はい。じゃあ次はカイトね」

「は、はいっ!」

 

 カイトは返事をしたものの、明らかに肩が跳ねていた。

 その視線は、マルルゥの腰のバッグへ向いている。

 さっきティナが飲んだ薬の衝撃が、まだ記憶に新しいのだろう。

 

「ぼ、僕もあの薬を飲むんですか……?」

「大丈夫。ティナとは違う薬だからね!」

「違う薬……」

「ティナのは魔力炉を最大限まで活性化させる効果だけど、こっちは色々混ぜてるから、味も効果も少し違うよ」

 

 カイトの顔がこわばる。

 そりゃそうだ。

 ティナの反応を見た後で、薬を飲めと言われれば誰でも警戒する。

 

「効果が違うんですか?」

「君の場合は、身体強化を使えるように、自分の魔力を認識させる効果だね」

 

 マルルゥはバッグから小瓶を取り出した。

 中には、ドブ色の液体に、さらにヘドロのような何かを混ぜ込んだようなものが入っていた。

 ……何だあれ。

 ティナの薬と同じようにひどい見た目だ。

 

「まあ、面倒くさい説明は飲んでからでいいや。はい、ぐいっと行っちゃおうか」

「ひぇ……こ、これを飲むん……ですか?」

 

 カイトが瓶を受け取り、顔を引きつらせる。

 

「そーだよー。ティナのよりちょっと粘度が高いから、飲みにくいかも」

「粘度……」

「とはいえ、味はティナのと違うから、美味しいかもしれないよ」

「本当ですか?」

「ボクは飲んだことないから知らないけど」

「えぇ……」

 

 カイトは瓶を見つめる。

 ティナも、訓練の手を止めて心配そうに見ていた。

 

「カイト、無理しなくても……」

「いや、大丈夫」

 

 カイトは首を振った。

 

「強くなりたいから」

 

 その声は小さかったが、しっかりしていた。

 カイトは本気で強くなろうとしている。

 なら、ここで逃げるわけにはいかないのだろう。

 

 カイトは大きく息を吐いた。

 そして、瓶の蓋を開ける。

 

「いきます」

 

 ごくり、と喉が鳴る。

 カイトは意を決したように、小瓶の中身を一気に飲み始めた。

 ごく、ごく、と喉を鳴らしながら、ドブ色の液体が減っていく。

 見ているだけで喉が詰まりそうだ。

 だが、カイトは途中で止まらなかった。

 最後まで飲み干すと、ぷはーっと息を吐いた。

 

「……あれ?」

 

 カイトが目を瞬かせる。

 

「ちょっとどろっとしてて飲みにくかったですけど、味は思ってたより数倍飲みやすかったです」

「えっ」

 

 ティナが信じられないものを見るような顔をした。

 

「嘘でしょ」

「本当だよ。少し草っぽい感じはあったけど、思っていたほどじゃなかった」

 

 カイトはほっとしたように笑う。

 マルルゥは、つまらなさそうな顔になった。

 

「なーんだ。もうちょっと不味いと思ったんだけどなぁ」

 

 そして、小さく舌打ちする。

 

「お前、どれだけ不味いの作ろうとしてたのさ……」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 

「まー、いいや」

 

 マルルゥは気を取り直したようにカイトの前へ立つ。

 

「徐々に身体の中にある魔力を認識できるようになるはずなんだけど、どうかなー。身体が熱くなるとか、身体の奥に違和感があるとか、何か感じない?」

 

「身体が熱いとかは特に……」

 

 カイトは自分の胸や腕を見下ろす。

 

「ん、あ、あれ?」

「お、来た?」

「身体の中に、何かあるような……」

 

 カイトは不思議そうな顔で、自分の腹のあたりへ手を当てた。

 

「何か、細い流れみたいなものが……体の中を通ってる感じがします」

「そうそう。それが君の身体の中を走っている魔力だよ」

 

 マルルゥは満足そうに頷いた。

 

「魔力を増やして、身体を少し敏感にしたから感じ取れるようになったんだね。カイトには、薬を使わなくてもそれを感じられるようになってもらうよ」

「薬を使わなくても……」

「そう。薬はあくまできっかけ。毎回薬に頼ってたらお金がいくらあっても足りないし、身体にもよくないからね」

 

 そこはまともなことを言うんだな。

 

「まずは魔力に方向性を持たせるよ」

 

 マルルゥはカイトの右手を指さした。

 

「右手を出して」

「はい」

 

 カイトが右手を前に出す。

 

「ここに魔力を感じてる?」

「えっと……少しだけ」

「よし。じゃあ、全身に散ってる魔力が右手に集まるように意識して。水が流れるみたいに、体の中から右手へ集める感じ」

 

 カイトは目を閉じた。

 集中しているのだろう。

 しばらくすると、カイトの表情が変わった。

 

「か、身体の中にある何かが、手に集まってるような感じが……!」

「そうそう。それでいいよ」

 

 マルルゥはにこにこしている。

 

「そのまま、右手に集まってる魔力に命令を出す」

「命令?」

「そう。右に動けって考えてみて」

「右に……」

 

 カイトの右手が、ぴくりと動いた。

 

「おおっ」

 

 カイトが驚く。

 

「か、勝手に手が動く感じが……!」

「いいねいいね」

 

 マルルゥは満足そうに頷いた。

 

「これが身体強化の基礎だよ。魔力に命令を出して、身体の補助をさせていく」

「魔力に命令を……」

「慣れてくると、自分の身体の能力を底上げして動くことができる。足に巡らせれば踏み込みが速くなるし、腕に巡らせれば剣を振る力も上がる。全身にうまく巡らせれば、動き全体が変わるよ」

「す、すごい……」

 

 カイトは自分の右手を見つめながら、感心したように呟いた。

 その顔には、確かな手応えがあった。

 俺はその様子を見ながら、少し考える。

 魔力に命令を出して、身体の補助をさせる。

 これが、この世界の身体強化の基礎。

 

 理屈だけ聞けば、魔力のある俺にもできそうな気がするんだけどなぁ。

 魔力というリソースは同じでも、出力方法が俺とこっちの世界の住人で違うとか?

 いや、そもそも俺が魔力だと思っているもの自体、こちらの世界の魔力とは別物だったりして……。うーん、考えてもわからん。

 まずは、カイトが掴みかけているこの感覚を見ておこう。

 

「はい、じゃあどんどん魔力に命令を出して、全身を動かしていくよー」

「はい!」

 

 カイトは真剣に頷いた。

 それからしばらく、マルルゥはカイトに魔力の動かし方を教えていった。

 

 右手、左手、足、腰。

 カイトは一つずつ、魔力を集めたり散らしたりしながら、その感覚を確かめていく。

 最初はぎこちなかった。

 右手に魔力を集めようとして肩に力が入ったり、足に巡らせようとして逆にふらついたりしている。

 だが、少しずつ変わっていく。

 マルルゥが言う。

 

「力で動かそうとしない。魔力を動かすんだよ」

「はい」

「今のは筋肉で無理にやってる。魔力が置いていかれてる」

「え、ええと……」

「体の中の流れを追って。水路を作る感じ。右足に流す、止める、左足に流す。はい、もう一回」

 

 かなり細かいが、ちゃんと教えようとしている。

 なんだかんだ言って、教える時は真面目なんだよなぁ。

 思っていたより、ずっとちゃんと訓練をしている。

 

 しばらくして、マルルゥはカイトに軽く木剣を振らせた。

 カイトは言われるまま、右手に魔力を集める。

 そして、軽く木剣を振った。

 びゅっ、と音がした。

 昨日の訓練で見た振りより、少しだけ鋭い。

 本人もそれに気づいたのか、目を丸くする。

 

「今、少し速く……!」

「そう。ほんの少しだけど、魔力が動きを補助したね」

 

 マルルゥは頷いた。

 

「でも、今のは右手だけ。全身でやらないと動きがちぐはぐになるし、無理に続けると変なところを痛めるから、まずは感覚を掴むところから」

「はい!」

 

 カイトの返事には力があった。

 ちゃんと成果が見えたからだろう。

 カイトは嬉しそうだった。

 それを少し離れた場所から見ていたリリアが、感心したように息を漏らした。

 

「マルルゥはすごい人なんですのね」

 

 リリアは隣のユリウス先生を見上げる。

 

「エルフの方には初めてお会いしましたけれど、皆、あんなふうに魔法が上手なんでしょうか?」

 

 ユリウス先生はにこりと笑った。

 

「そうですね。エルフの方々は、魔法や弓が得意だと聞いたことがあります」

「やはりそうなんですのね」

「ただ、私もエルフの方にお会いしたのは、マルルゥさんで二度目です。以前お会いしたエルフの方も、魔法が得意な方でした」

 

 その言葉に、マルルゥがぴくりと反応した。

 カイトへ説明しながらも、耳だけはこちらを向けていたらしい。

 

「へえ。ボク以外にも、森から出てくるエルフがいるなんて珍しいね」

 

 マルルゥは少し意外そうに言う。

 

「基本、ボクらエルフは排他的で、頭の固い連中ばかりなのに」

「そのエルフの方も、同じようなことを仰っていましたね」

 

 ユリウス先生は穏やかに答えた。

 

「森を出るような変わり者だから、どこか似ているのかもしれないねぇ」

 

 マルルゥはくすりと笑った。

 その笑い方は軽かった。

 だが、どこか懐かしむようにも見えた。

 

 エルフかー。

 そういえば、アストルでもドゥル=ブルムでも、マルルゥ以外のエルフは見ていない。

 割と珍しいのかもしれないな。

 

 マルルゥはすぐにカイトの方へ戻った。

 カイトは右手をゆっくり動かしながら、魔力の流れを確かめている。

 その真剣な顔を見て、マルルゥがふと目を細めた。

 

「ねえ、カイト」

「はい、なんですか?」

 

 カイトが顔を上げる。

 次の瞬間、マルルゥは何気ない動作でカイトの横へ寄った。

 そして、カイトの耳元に、ふっと息を吹きかけた。

 

「ほわぁぁぁあああああっ!?」

 

 カイトが飛び上がった。

 本当に飛び上がった。

 そのまま足をもつれさせ、地面に思いっきりすっ転ぶ。

 

「ちょ、ちょっとカイト!?」

 

 ティナが慌てて駆け寄る。

 シエルも「大丈夫ですか!?」と顔を青くして駆け寄った。

 俺も何が起きたのか分からず、カイトの方へ歩み寄った。

 カイトは耳を押さえたまま、目を白黒させて震えている。

 

「み、耳が……耳が……ッ!」

 

 耳がどうしたんだ?

 

「カイト、大丈夫!?」

「だ、大丈夫……けど、今の……」

 

 カイトは涙目になりながら、地面に座り込んでいる。

 シエルは慌ててその前にしゃがみ込むと、カイトの顔を覗き込んだ。

 

「え、えっと……怪我はなさそうです。魔力の流れも乱れたりはしていないみたいですが……」

 

 マルルゥはその様子を見て、ゆっくり頷いた。

 そして、どこからともなく小さなメモ帳とペンを取り出す。

 さらさら、と何かを書き込んでいく。

 

「うーん。やっぱり敏感にする薬の成分が多かったかな? 耳に息を吹きかけただけでこれなら、次に作る時はもう少し控えた方がいいのかも……」

 

 そこで、マルルゥは少し考えた。

 

「いや、ボクは飲まないから別にいっか」

 

 ぱたん、とメモ帳を閉じる。

 

「よくないわよ!」

 

 ティナが叫んだ。

 

「カイトで何の実験してるのよ!」

「えー、でも効果はわかったでしょ?」

「わかったけども!」

 

 ティナはカイトを支えながら、マルルゥを睨んでいる。

 カイトはまだ顔を真っ赤にし耳を押さえて、ぷるぷる震えている。

 何か、見てはいけないものを見てしまった気分になる。

 リリアが心配そうに一歩踏み出す。

 

「あ、あの、カイトは大丈夫なんですの?」

 

 その瞬間、ユリウス先生がすっとリリアの前に立った。

 片手で、そっとリリアの視界を遮る。

 

「リリア様、これは見てはいけません」

「えっ?」

「さあ、そろそろ今日の授業を始めましょう」

「で、でもカイトが……」

「大丈夫です。おそらく命に別状はありません」

「おそらく!?」

 

 リリアは不安そうにしていたが、ユリウス先生は穏やかな笑みを崩さず、そのままリリアを促していく。

 リリアは何度もこちらを振り返りながら、ユリウス先生に連れられて離れていった。

 庭には、ティナの怒った声と、カイトの小さな呻き声、シエルの心配そうな声、マルルゥの楽しそうな笑い声が残る。

 俺はその場で、しばらく何も言えなかった。

 

 何これ。

 

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