【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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86話 星蜜焼き

 ベローの迷宮古物店を出ると、大通りの喧騒が戻ってきた。

 古物店の中は少し薄暗く、古い木材と金属の匂いが濃かった。

 外へ出ると、今度は焼き菓子や肉、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。

 

「いかがでしたか?」

 

 ゲオルグが尋ねてきた。

 

「面白かったです。ダンジョン産の品って、もっと何でもすごいものばかりなのかと思っていました」

「実際には、使いどころを選ぶものも多いのです」

「そうみたいですね。でも、ああいう品を見ると、ダンジョンがこの街を支えているんだなって感じがしました」

「ええ。まさにその通りです」

 

 ゲオルグは満足そうに頷いた。

 そうして歩き出して少しした頃、ゲオルグがふと足を緩めた。

 

「アウラ様。少し小腹が空いてはいませんか?」

「小腹ですか?」

 

 言われてみれば、甘い匂いや焼いた生地の匂いを嗅ぎ続けていたせいか、少し何か食べたくなっていた。

 

「そうですね。少しだけ」

「でしたら、おすすめの甘味がございます」

「ほほう」

 

 その言葉に、俺の反応速度は少し上がった。

 

「よろしければ、ご案内いたします」

「お願いします」

 

 即答してしまった。

 まあ、せっかくの街歩きだ。

 甘味の一つくらい食べてもいいだろう。

 ゲオルグに案内され、俺は大通りから少し外れた、露店の多い一角へ向かった。

 

 

 

 歩きながら、ふと思い出す。

 そういえば、俺にはワープがある。

 登録地点を作っておけば、その場所へ移動できる。

 この辺りで登録しておけば、後で街へ出ることもできるのではないだろうか。

 

 もちろん、勝手に外へ出るのはよくない。

 よくないのだが。

 

 自室を登録しておく。

 この辺りも登録しておく。

 そうすれば、自室と街の間をこっそり行き来できる。

 つまり、夜にでも南通りへ……。

 

 まぁ、取り敢えず登録だけならいいだろう。

 うん、街に来るのが楽になるって事でね?

 歩きながら意識を集中して、道の端の方をワープの登録地点にしておく。

 以前と同じように、特に何も起きないが登録ができたという確信がある。

 よし、これでいつでもここに来られるぞ。

 

 そんな俺の内心など知る由もなく、ゲオルグは落ち着いた足取りで進んでいく。

 やがて、人だかりのある店が見えてきた。

 甘く香ばしい匂いが漂ってくる。

 その店の前には多くの客が並んでおり、店の外にも簡易の席がいくつか並んでいた。

 テラス席のようなものらしい。

 

「こちらです」

「結構並んでますね」

「人気の店ですから」

 

 ゲオルグはにこりと笑った。

 

「もしよろしければ、私が買ってまいります。アウラ様はこちらの席でお待ちいただけますか?」

「いいんですか?」

「ええ。列に並ぶのは慣れておりますので」

 

 慣れているのか。

 ということは、結構来ているのだろうか。

 

「では、お願いします」

「かしこまりました。私のおすすめでよろしいでしょうか?」

「はい、それでお願いします」

 

 ゲオルグは軽く一礼すると、列の方へ向かった。

 俺は近くの空いている席のそばに立ち、周囲を眺めることにした。

 この辺りは甘味や軽食の店が多いようだ。

 露店も多い。焼き菓子、果実を串に刺したもの、揚げた生地に蜜を絡めたもの。

 香ばしい匂いと甘い匂いが混ざり合い、さっきまでとはまた違う賑わいがあった。

 

 子ども連れの家族が楽しそうに菓子を分け合っている。

 若い冒険者らしき男女が、串菓子を食べながら笑っている。

 商人風の男が、紙包みに入った菓子をいくつも買っていく。

 

 平和だ。

 ついこの間まで魔物や襲撃に怯えていたことを思うと、妙に不思議な気分になる。

 そんなことを考えていた時だった。

 

「わわっ」

 

 横から何かがぶつかってきた。

 

「おっと」

 

 俺は軽くよろめいたが、転ぶほどではなかった。

 しかし、相手の手元から何かが落ちる。

 べちゃり、と甘そうなものが地面に落ちた。

 

「あああああっ! 買ったばっかの星蜜焼きがぁー!」

 

 悲痛な叫びが上がった。

 声の主は、俺と同じくらいの背丈の少女……のように見えた。

 ただし、顔はほとんど見えない。

 

 なぜなら、その人物は妙な兜を被っていたからだ。

 

 兜の左右に、横へ突き出た突起がある。

 その先には硝子のような覗き窓がついているが、こちらから中は見えない。

 まるでシュモクザメの頭を無理やり兜にしたような、奇妙な形だ。

 頭の上半分を覆っていて、見えているのは口元だけだった。

 

 身体も同じような素材の鎧に覆われていた。

 丸みのある部分と鋭角な部分が妙に混ざり合った、かなり特殊なデザインだ。

 

 何だあの兜。

 視界は広そうだけど、絶対ぶつけるだろ。

 

「あ、ごめんね! 全然前を見ずに食べてたよー」

 

 兜の少女は、見えている口元だけで笑った。

 その横にいた女性が、慌てたようにこちらへ頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい。お怪我はありませんか?」

 

 長い黒髪の女性だった。

 年齢は二十歳くらいだろうか。

 フードは被っていないが、俺と同じような地味なローブを羽織っている。

 顔立ちは整っているが、表情はかなり困り切っていた。

 

「ああ、いえ。こちらこそ周りを見ていて、注意が散漫になっていました。怪我もありませんし、お気になさらず」

 

 俺がそう言うと、女性はほっとしたように息を吐いた。

 

「す、すみませんでした……。フィアさん、ちゃんと前を見てくださいよぅ。ただでさえ、勝手に行動してドルガさんに怒られそうなのに、これ以上の面倒事は嫌です……」

 

 女性は涙目になりながら、兜の少女に言う。

 

「あはは、バレなきゃ大丈夫だってー!」

「絶対バレますよぉ……」

「ちょっとこぼれちゃったけど、まだ残ってるし。リゼットも食べようよ」

「そういう問題じゃないです!」

 

 どうやら、兜の少女の方がフィア。

 黒髪の女性がリゼットらしい。

 そのリゼットが、悲鳴に近い声を出す。

 

 うーん。

 最初は姉妹かと思ったが、どうも違う。

 むしろ、フィアにリゼットが振り回されているように見える。

 フィアは手に残っている星蜜焼きを見下ろし、それから俺を見る。

 

「君、これ掛からなかった?」

「多分大丈夫だと思うけど……」

 

 一応、ローブの裾を見下ろしてみる。

 あ、下の方に、赤い蜜が少しついていた。

 べったりというほどではないが、地味なローブの裾に赤い跡ができている。

 

「ああ、ごめーん! ちょっと溢れたのが掛かっちゃったみたい」

「いえ、このくらいなら」

「ちょっと待ってて」

 

 フィアはそう言うと、隣にいたリゼットのローブの裾を掴んだ。

 

「えっ」

 

 次の瞬間、フィアはリゼットのローブの裾で、俺のローブについた蜜を拭き始めた。

 

「ちょ、ちょおおおっと!? フィアさん!? な、何で私のローブで拭くんですか!」

「いやほら、そこにあったからさー」

「私のローブも汚れたんですけどぉ!?」

「はい、綺麗になったよー。ごめんね!」

 

 フィアはからからと笑う。

 リゼットは本気で涙目になっていた。

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 礼を言うべきなのか、謝るべきなのか分からない。

 フィアは気にした様子もなく、俺を見上げた。

 兜のせいで目元は見えないが、何となく楽しそうなのは分かる。

 

「君って、ここの街の人?」

「いや、最近ここに来たばかりです」

「そうなんだ!」

 

 フィアは嬉しそうに声を弾ませた。

 

「じゃあ、ここの甘味は食べた? 星蜜焼き、すっごく美味しいよ。特に木苺蜜味が最高だから、食べてみてよー!」

「そうなんですね。今一緒に来た人に並んでもらっているんです」

「おお、じゃあ木苺蜜味が良いって教えてあげるといいよ」

 

 フィアは親指を立てた。

 

「良かったら、これ食べてみる?」

 

 そう言って、手元に残っていた星蜜焼きを差し出してくる。

 

「あ、いえ。気持ちだけいただいておきます」

「そっかそっか。じゃあ、絶対木苺蜜味だよ。朝からこの辺の甘味を食べ歩いてるけど、ここのがダントツで一番美味しいねー」

「朝から?」

 

 リゼットが小さく項垂れた。

 

「本当に朝からずっと食べてるんです……。もう何軒目かも分かりません……」

「次はあっちの方にある蜜絡み揚げを食べるつもりなんだけど……」

 

 フィアが別の店を指さそうとした、その時だった。

 

「何をしている」

 

 低い声がした。

 大きな声ではない。

 だが、不思議と人混みのざわめきの中でも、はっきりと耳に届いた。

 俺は声の方を見る。

 人混みの奥に、一人の男が立っていた。

 

 灰色の髪を後ろで束ね、灰色の瞳をしている。

 年齢は四十代くらいだろうか。

 手には杖。

 肩には落ち着いた色のマントを羽織っている。

 眉間には深い皺が刻まれ、苛立ちを隠そうともしていなかった。

 

 周囲の賑わいから、その男だけが少し浮いて見える。

 何というか、冒険者というより、学者か魔術師のような雰囲気だ。

 だが、ただの学者とも違う気がする。

 

「うげっ」

 

 フィアが分かりやすく嫌そうな声を出した。

 

「だ、だから言ったじゃないですかー!」

 

 リゼットはフィアの後ろに隠れた。

 いや、隠れる相手を間違えていないか。

 男はゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 人混みの中なのに、周囲の人間が自然と道を空けているように見えた。

 

「フィア。何をしている」

「いやほらー……ちょっとお腹すいたから、ご飯を、ね?」

「遊びで来ているわけではない」

 

 男は冷たく言った。

 

「さっさとしろ」

「はいはーい」

 

 フィアは全然反省していない声で返事をする。

 男の視線が、次にリゼットへ向いた。

 

「お前も、こいつをちゃんと見ていろ」

「は、はいぃぃぃ!」

 

 リゼットは怯えたように背筋を伸ばした。

 何だなんだ。

 この三人は冒険者のパーティーか何かなのだろうか。

 しかし、フィアとリゼットに比べて、この男は明らかに空気が違う。

 仲間というより、監督役のようにも見える。

 

 男は俺へ一瞬だけ視線を向けた。

 灰色の瞳が、フードの下の俺を観察するように細められる。

 ほんの一瞬だった。

 だが、妙に背筋が冷えた。

 

 男は特に何も言わず、すぐに踵を返した。

 そして、人混みの中へ歩いていく。

 

「ほ、ほらー。だからドルガさんに怒られるって言ったじゃないですか……」

 

 リゼットが半泣きで言う。

 

「まーまー、美味しいの食べられたからいいじゃん!」

「よくないですぅ……」

 

 どうやら、あの男はドルガというらしい。

 俺は少し気になって、フィアに声をかけた。

 

「あの人は、仲間か何かなんですか?」

「そうだよー」

 

 フィアはあっさり答えた。

 

「あいつ、真面目すぎて面倒くさいんだよねー」

「フィアさん、聞こえたらまた怒られますよ!」

「大丈夫大丈夫。……あ、食べないと置いてかれる」

 

 フィアは手に残っていた星蜜焼きを一気に口へ放り込んだ。

 

「うーん、おいしー。っと、置いてかれる! リゼット、行くよー!」

「ああもう、ちょっと待ってくださいー!」

 

 フィアは俺へ片手を振る。

 

「じゃあねー! 木苺蜜味、絶対食べてねー!」

「し、失礼します~」

 

 俺が「ああ」と返事をする頃には、フィアは人混みへ駆け出していた。

 リゼットも慌ててその後を追う。

 

 変な兜の少女と、涙目の黒髪女性。

 そして、灰色の髪の男。

 三人は嵐のように現れ、嵐のように去っていった。

 何だったんだろう、あの三人。

 冒険者にしては、かなり変な組み合わせだったような……。

 そう考えていると、ゲオルグが戻ってきた。

 

「お待たせしました」

 

 手には、紙皿のような器が二つ。

 その上に、焼き菓子が乗っている。

 赤い蜜がとろりとかかり、甘酸っぱい香りがふわりと漂ってきた。

 

「こちらがおすすめの星蜜焼き、木苺蜜味でございます」

「ありがとうございます」

 

 俺は器を受け取った。

 星蜜焼きは、手のひらほどの大きさだった。

 薄く焼いた生地を星形に折り、上から赤い蜜がかけられている。

 ところどころに小さな果肉のようなものも見えた。

 

 近くの席に座り、さっそく一口食べてみる。

 

 まず、焼きたての香ばしさが広がった。

 外側は少しだけさくっとしていて、中はふんわり柔らかい。

 そこに、木苺の甘酸っぱい蜜が絡む。

 

 甘い。

 だが、ただ甘いだけではない。

 木苺の酸味があるおかげで後味が重くなく、香ばしい生地とよく合っている。

 確かにフィアの言う通り、凄く美味しい。

 

「……これ、美味しいですね」

 

 思わず素直な感想が口から出た。

 

「そうでしょう」

 

 ゲオルグは少し嬉しそうに頷いた。

 

「この店の星蜜焼きは、生地の焼き加減が良いのです。木苺蜜も甘すぎず、香りがよろしい」

「詳しいですね」

「外に出た際は、よく食べに来るんですよ」

 

 ゲオルグはそこで、少しだけ声を落とした。

 

「……皆には内緒ですがね」

 

 そう言って、口元に人差し指を当てる。

 しー、という仕草だった。

 意外とおちゃめだな、ゲオルグ。

 

 普段は隙のない執事のような立ち振る舞いをしているのに、こういう顔もあるらしい。

 俺はもう一口、星蜜焼きを食べる。

 

 甘酸っぱい蜜の味と、街の喧騒。

 そして、さっき出会った妙な三人組。

 久しぶりの街歩きは、思っていた以上にいろいろなものを運んできた。

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