【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ベローの迷宮古物店を出ると、大通りの喧騒が戻ってきた。
古物店の中は少し薄暗く、古い木材と金属の匂いが濃かった。
外へ出ると、今度は焼き菓子や肉、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。
「いかがでしたか?」
ゲオルグが尋ねてきた。
「面白かったです。ダンジョン産の品って、もっと何でもすごいものばかりなのかと思っていました」
「実際には、使いどころを選ぶものも多いのです」
「そうみたいですね。でも、ああいう品を見ると、ダンジョンがこの街を支えているんだなって感じがしました」
「ええ。まさにその通りです」
ゲオルグは満足そうに頷いた。
そうして歩き出して少しした頃、ゲオルグがふと足を緩めた。
「アウラ様。少し小腹が空いてはいませんか?」
「小腹ですか?」
言われてみれば、甘い匂いや焼いた生地の匂いを嗅ぎ続けていたせいか、少し何か食べたくなっていた。
「そうですね。少しだけ」
「でしたら、おすすめの甘味がございます」
「ほほう」
その言葉に、俺の反応速度は少し上がった。
「よろしければ、ご案内いたします」
「お願いします」
即答してしまった。
まあ、せっかくの街歩きだ。
甘味の一つくらい食べてもいいだろう。
ゲオルグに案内され、俺は大通りから少し外れた、露店の多い一角へ向かった。
歩きながら、ふと思い出す。
そういえば、俺にはワープがある。
登録地点を作っておけば、その場所へ移動できる。
この辺りで登録しておけば、後で街へ出ることもできるのではないだろうか。
もちろん、勝手に外へ出るのはよくない。
よくないのだが。
自室を登録しておく。
この辺りも登録しておく。
そうすれば、自室と街の間をこっそり行き来できる。
つまり、夜にでも南通りへ……。
まぁ、取り敢えず登録だけならいいだろう。
うん、街に来るのが楽になるって事でね?
歩きながら意識を集中して、道の端の方をワープの登録地点にしておく。
以前と同じように、特に何も起きないが登録ができたという確信がある。
よし、これでいつでもここに来られるぞ。
そんな俺の内心など知る由もなく、ゲオルグは落ち着いた足取りで進んでいく。
やがて、人だかりのある店が見えてきた。
甘く香ばしい匂いが漂ってくる。
その店の前には多くの客が並んでおり、店の外にも簡易の席がいくつか並んでいた。
テラス席のようなものらしい。
「こちらです」
「結構並んでますね」
「人気の店ですから」
ゲオルグはにこりと笑った。
「もしよろしければ、私が買ってまいります。アウラ様はこちらの席でお待ちいただけますか?」
「いいんですか?」
「ええ。列に並ぶのは慣れておりますので」
慣れているのか。
ということは、結構来ているのだろうか。
「では、お願いします」
「かしこまりました。私のおすすめでよろしいでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
ゲオルグは軽く一礼すると、列の方へ向かった。
俺は近くの空いている席のそばに立ち、周囲を眺めることにした。
この辺りは甘味や軽食の店が多いようだ。
露店も多い。焼き菓子、果実を串に刺したもの、揚げた生地に蜜を絡めたもの。
香ばしい匂いと甘い匂いが混ざり合い、さっきまでとはまた違う賑わいがあった。
子ども連れの家族が楽しそうに菓子を分け合っている。
若い冒険者らしき男女が、串菓子を食べながら笑っている。
商人風の男が、紙包みに入った菓子をいくつも買っていく。
平和だ。
ついこの間まで魔物や襲撃に怯えていたことを思うと、妙に不思議な気分になる。
そんなことを考えていた時だった。
「わわっ」
横から何かがぶつかってきた。
「おっと」
俺は軽くよろめいたが、転ぶほどではなかった。
しかし、相手の手元から何かが落ちる。
べちゃり、と甘そうなものが地面に落ちた。
「あああああっ! 買ったばっかの星蜜焼きがぁー!」
悲痛な叫びが上がった。
声の主は、俺と同じくらいの背丈の少女……のように見えた。
ただし、顔はほとんど見えない。
なぜなら、その人物は妙な兜を被っていたからだ。
兜の左右に、横へ突き出た突起がある。
その先には硝子のような覗き窓がついているが、こちらから中は見えない。
まるでシュモクザメの頭を無理やり兜にしたような、奇妙な形だ。
頭の上半分を覆っていて、見えているのは口元だけだった。
身体も同じような素材の鎧に覆われていた。
丸みのある部分と鋭角な部分が妙に混ざり合った、かなり特殊なデザインだ。
何だあの兜。
視界は広そうだけど、絶対ぶつけるだろ。
「あ、ごめんね! 全然前を見ずに食べてたよー」
兜の少女は、見えている口元だけで笑った。
その横にいた女性が、慌てたようにこちらへ頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。お怪我はありませんか?」
長い黒髪の女性だった。
年齢は二十歳くらいだろうか。
フードは被っていないが、俺と同じような地味なローブを羽織っている。
顔立ちは整っているが、表情はかなり困り切っていた。
「ああ、いえ。こちらこそ周りを見ていて、注意が散漫になっていました。怪我もありませんし、お気になさらず」
俺がそう言うと、女性はほっとしたように息を吐いた。
「す、すみませんでした……。フィアさん、ちゃんと前を見てくださいよぅ。ただでさえ、勝手に行動してドルガさんに怒られそうなのに、これ以上の面倒事は嫌です……」
女性は涙目になりながら、兜の少女に言う。
「あはは、バレなきゃ大丈夫だってー!」
「絶対バレますよぉ……」
「ちょっとこぼれちゃったけど、まだ残ってるし。リゼットも食べようよ」
「そういう問題じゃないです!」
どうやら、兜の少女の方がフィア。
黒髪の女性がリゼットらしい。
そのリゼットが、悲鳴に近い声を出す。
うーん。
最初は姉妹かと思ったが、どうも違う。
むしろ、フィアにリゼットが振り回されているように見える。
フィアは手に残っている星蜜焼きを見下ろし、それから俺を見る。
「君、これ掛からなかった?」
「多分大丈夫だと思うけど……」
一応、ローブの裾を見下ろしてみる。
あ、下の方に、赤い蜜が少しついていた。
べったりというほどではないが、地味なローブの裾に赤い跡ができている。
「ああ、ごめーん! ちょっと溢れたのが掛かっちゃったみたい」
「いえ、このくらいなら」
「ちょっと待ってて」
フィアはそう言うと、隣にいたリゼットのローブの裾を掴んだ。
「えっ」
次の瞬間、フィアはリゼットのローブの裾で、俺のローブについた蜜を拭き始めた。
「ちょ、ちょおおおっと!? フィアさん!? な、何で私のローブで拭くんですか!」
「いやほら、そこにあったからさー」
「私のローブも汚れたんですけどぉ!?」
「はい、綺麗になったよー。ごめんね!」
フィアはからからと笑う。
リゼットは本気で涙目になっていた。
「あ、ありがとうございます……?」
礼を言うべきなのか、謝るべきなのか分からない。
フィアは気にした様子もなく、俺を見上げた。
兜のせいで目元は見えないが、何となく楽しそうなのは分かる。
「君って、ここの街の人?」
「いや、最近ここに来たばかりです」
「そうなんだ!」
フィアは嬉しそうに声を弾ませた。
「じゃあ、ここの甘味は食べた? 星蜜焼き、すっごく美味しいよ。特に木苺蜜味が最高だから、食べてみてよー!」
「そうなんですね。今一緒に来た人に並んでもらっているんです」
「おお、じゃあ木苺蜜味が良いって教えてあげるといいよ」
フィアは親指を立てた。
「良かったら、これ食べてみる?」
そう言って、手元に残っていた星蜜焼きを差し出してくる。
「あ、いえ。気持ちだけいただいておきます」
「そっかそっか。じゃあ、絶対木苺蜜味だよ。朝からこの辺の甘味を食べ歩いてるけど、ここのがダントツで一番美味しいねー」
「朝から?」
リゼットが小さく項垂れた。
「本当に朝からずっと食べてるんです……。もう何軒目かも分かりません……」
「次はあっちの方にある蜜絡み揚げを食べるつもりなんだけど……」
フィアが別の店を指さそうとした、その時だった。
「何をしている」
低い声がした。
大きな声ではない。
だが、不思議と人混みのざわめきの中でも、はっきりと耳に届いた。
俺は声の方を見る。
人混みの奥に、一人の男が立っていた。
灰色の髪を後ろで束ね、灰色の瞳をしている。
年齢は四十代くらいだろうか。
手には杖。
肩には落ち着いた色のマントを羽織っている。
眉間には深い皺が刻まれ、苛立ちを隠そうともしていなかった。
周囲の賑わいから、その男だけが少し浮いて見える。
何というか、冒険者というより、学者か魔術師のような雰囲気だ。
だが、ただの学者とも違う気がする。
「うげっ」
フィアが分かりやすく嫌そうな声を出した。
「だ、だから言ったじゃないですかー!」
リゼットはフィアの後ろに隠れた。
いや、隠れる相手を間違えていないか。
男はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
人混みの中なのに、周囲の人間が自然と道を空けているように見えた。
「フィア。何をしている」
「いやほらー……ちょっとお腹すいたから、ご飯を、ね?」
「遊びで来ているわけではない」
男は冷たく言った。
「さっさとしろ」
「はいはーい」
フィアは全然反省していない声で返事をする。
男の視線が、次にリゼットへ向いた。
「お前も、こいつをちゃんと見ていろ」
「は、はいぃぃぃ!」
リゼットは怯えたように背筋を伸ばした。
何だなんだ。
この三人は冒険者のパーティーか何かなのだろうか。
しかし、フィアとリゼットに比べて、この男は明らかに空気が違う。
仲間というより、監督役のようにも見える。
男は俺へ一瞬だけ視線を向けた。
灰色の瞳が、フードの下の俺を観察するように細められる。
ほんの一瞬だった。
だが、妙に背筋が冷えた。
男は特に何も言わず、すぐに踵を返した。
そして、人混みの中へ歩いていく。
「ほ、ほらー。だからドルガさんに怒られるって言ったじゃないですか……」
リゼットが半泣きで言う。
「まーまー、美味しいの食べられたからいいじゃん!」
「よくないですぅ……」
どうやら、あの男はドルガというらしい。
俺は少し気になって、フィアに声をかけた。
「あの人は、仲間か何かなんですか?」
「そうだよー」
フィアはあっさり答えた。
「あいつ、真面目すぎて面倒くさいんだよねー」
「フィアさん、聞こえたらまた怒られますよ!」
「大丈夫大丈夫。……あ、食べないと置いてかれる」
フィアは手に残っていた星蜜焼きを一気に口へ放り込んだ。
「うーん、おいしー。っと、置いてかれる! リゼット、行くよー!」
「ああもう、ちょっと待ってくださいー!」
フィアは俺へ片手を振る。
「じゃあねー! 木苺蜜味、絶対食べてねー!」
「し、失礼します~」
俺が「ああ」と返事をする頃には、フィアは人混みへ駆け出していた。
リゼットも慌ててその後を追う。
変な兜の少女と、涙目の黒髪女性。
そして、灰色の髪の男。
三人は嵐のように現れ、嵐のように去っていった。
何だったんだろう、あの三人。
冒険者にしては、かなり変な組み合わせだったような……。
そう考えていると、ゲオルグが戻ってきた。
「お待たせしました」
手には、紙皿のような器が二つ。
その上に、焼き菓子が乗っている。
赤い蜜がとろりとかかり、甘酸っぱい香りがふわりと漂ってきた。
「こちらがおすすめの星蜜焼き、木苺蜜味でございます」
「ありがとうございます」
俺は器を受け取った。
星蜜焼きは、手のひらほどの大きさだった。
薄く焼いた生地を星形に折り、上から赤い蜜がかけられている。
ところどころに小さな果肉のようなものも見えた。
近くの席に座り、さっそく一口食べてみる。
まず、焼きたての香ばしさが広がった。
外側は少しだけさくっとしていて、中はふんわり柔らかい。
そこに、木苺の甘酸っぱい蜜が絡む。
甘い。
だが、ただ甘いだけではない。
木苺の酸味があるおかげで後味が重くなく、香ばしい生地とよく合っている。
確かにフィアの言う通り、凄く美味しい。
「……これ、美味しいですね」
思わず素直な感想が口から出た。
「そうでしょう」
ゲオルグは少し嬉しそうに頷いた。
「この店の星蜜焼きは、生地の焼き加減が良いのです。木苺蜜も甘すぎず、香りがよろしい」
「詳しいですね」
「外に出た際は、よく食べに来るんですよ」
ゲオルグはそこで、少しだけ声を落とした。
「……皆には内緒ですがね」
そう言って、口元に人差し指を当てる。
しー、という仕草だった。
意外とおちゃめだな、ゲオルグ。
普段は隙のない執事のような立ち振る舞いをしているのに、こういう顔もあるらしい。
俺はもう一口、星蜜焼きを食べる。
甘酸っぱい蜜の味と、街の喧騒。
そして、さっき出会った妙な三人組。
久しぶりの街歩きは、思っていた以上にいろいろなものを運んできた。