【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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9話 女物デビューと、ギルド長からの招集

 部屋に戻った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

 白鹿亭二階、ティナと俺の部屋。

 ベッドが二つと小さな机、椅子が一脚。窓の外には、ほとんど沈みきった夕陽の名残が赤く滲んでいる。

 

 さっきの食堂の出来事が、何度も頭の中でリピート再生されていた。

 

(……うぅ、忘れたくても忘れられない……明日からどうしたらいいんだ……)

 

 椅子に腰を下ろし、ベッドの端に腰掛けたティナと目を合わせないようにしながら、ぎゅっと膝を抱える。

 スカートがめくれて、ノーパンが全開になった新人冒険者。

 人生の黒歴史、更新速度が速すぎる。

 

「……ねえ」

 

 沈黙を破ったのは、ティナのほうだった。

 

「さっきのこと、いつまでも気にしてたってしょうがないわよ?」

 

「……気にするなというほうが無理だろう」

 

「まあ、そうだけど」

 

 ティナが苦笑する。

 あのあと、誰も露骨にはからかわなかった。女将がうまく場を締めてくれたし、ティナの「見てないわよね!?」の一喝も効いたと思う。

 それでも、あの場にいた連中の何人かは、きっと一生忘れないだろう。俺だって忘れられる気がしない。

 

(……今後、白鹿亭で椅子の上に立つことは一生ないな)

 

 心に固く誓ってから、俺は息を吸い込んだ。

 ここまで恥をかいて、得られた教訓はひとつ。

 

 ──下着は大事。

 

「……ティナ」

 

「なに?」

 

 ベッドに座る彼女のほうを向き、できるだけ真面目な顔を作る。

 

「折り入って、頼みたいことがある」

 

「……急にどうしたのよ。怖いんだけど」

 

 ティナの眉がぴくりと動く。そりゃそうだろう。

 さっきまで床にめり込みたい顔をしていた女が、いきなり真顔で切り出したのだ。

 

 俺は、ごくりと喉を鳴らした。

 

「……明日、下着を買いに行きたい」

 

「……は?」

 

「できれば……一緒に来てくれると助かる」

 

 一瞬、時間が止まった気がした。

 ティナのまばたきが、ゆっくり二回。

 その後で、額に手を当てて深くため息をつく。

 

「……あんたねぇ」

 

「自分でも情けないと思っている」

 

「それなら自分で買いに行きなさいよ」

 

 ごもっともだ。

 ごもっともだが──

 

「……どこで、何を買えばいいのか分からないんだ」

 

 素直に白状する。

 この世界の女性用下着事情なんて、知るわけがない。

 そもそも、今まで女の下着売り場に足を踏み入れたことすらない。

 

「サイズも分からない。種類も分からない。値段の相場も分からない」

 

「……」

 

「“普通”が分からないんだ。頼れるのは、同室の先輩くらいで」

 

 言いながら、自分でもなかなか情けない台詞だと思う。

 ティナはしばらく黙っていたが、その視線は逃げずに俺の顔を見ていた。

 やがて、ぽつりと口を開く。

 

「……あんた、今まで自分で買いに行ったことないの?」

 

「……ない」

 

 正確に言えば「そもそも女物を買ったことがない」だが、そこは省略する。

 

 ティナの表情が、少しだけ変わった。

 呆れと、驚きと、それから──何かを納得したような色。

 

「……なるほどね」

 

 その一言が、妙に重く胸に落ちる。

 ティナは、もう一つため息を吐いてから、肩をすくめた。

 

「……分かったわよ。仕方ないから付き合ってあげる」

 

「……本当か」

 

「そのかわり、ちゃんと自分で選びなさいよ。全部こっち任せにするのは無し」

 

「努力する」

 

「努力じゃなくて、するの」

 

 容赦ないツッコミ。

 だが、その言い方はどこか保護者じみていて、不思議と安心感があった。

 

「ありがたい。助かる」

 

「どうせそのうち必要になるものだしね。下着も、替えの服も」

 

 ティナが言う「必要になる」の中には、きっと「ちゃんと人前に出られる格好をしてほしい」という願いも含まれているのだろう。

 キラーボアを一刀両断したことより、椅子の上での大事故のほうが印象に残っているに違いない。

 

 その晩、ベッドに横になってからも、しばらく目は冴えたままだった。

 粗いリネンが肌に触れるたびに、意識がそこに引き戻される。

 

(明日……ちゃんとした下着が手に入れば、少しはマシになるだろうか)

 

 ハイレグアーマーと、ノーパンリネン。

 二択のどちらも地獄という現状から、一歩でも抜け出せるなら、それに越したことはない。

 天井を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 翌朝。

 白鹿亭の食堂には、焼きたてのパンとスープの匂いが満ちていた。

 

 テーブルには黒パン、薄切りのハムらしき物に、野菜のスープ。

 シンプルだが、空腹には十分すぎる朝食だ。

 

「おはようございます!」

 

 先に席に着いていたカイトが、パンをくわえたまま手を振る。

 ティナが「行儀悪い」と眉をひそめ、カイトが慌ててパンを皿に戻した。

 

「アウラさん、よく眠れましたか?」

 

「……まあ、それなりに」

 

(リネンの攻撃で何度か起こされたが、とは言わないでおこう)

 

 パンをかじり、スープを一口飲む。

 胃がゆっくりと温まっていく感覚が、少しだけ気持ちを落ち着かせた。

 

「今日の予定ですけど」

 

 カイトがパンをちぎりながら言う。

 

「僕は午前中にギルドへ行ってきます。キラーボアの解体と査定が終わってるかどうか確認したいですし、何か簡単な依頼がないか見ておこうと思って」

 

「分かった」

 

「ティナとアウラさんは……」

 

「この子の買い物よ」

 

 ティナがさっくりと言った。

 

「下着と、替えの服と、日用品。女物の店を回るから、あんたは関係なし」

 

「か、関係なしって……僕も付いて行っちゃ駄目なの?」

 

 カイトが情けない顔をする。

 

「ダーメ。女同士で行ったほうが楽なの。あんたがついて来たって、下着売り場なんか入れないでしょ」

 

「う……」

 

 図星らしく、カイトが言葉に詰まる。

 

「それに、あんたはあんたでやることあるでしょ。ギルドで手続きとか、依頼の確認とか」

 

「……はい」

 

 しゅんと肩を落としてスープをすする姿は、本当にいい子だ。

 下心がないとは言わないが、あっても健全レベルだろう。

 

 朝食を食べ終え、三人で宿を出る。

 街はすでに活気づいており、行商人の声や荷車の軋む音が通りに混ざっていた。

 

「じゃあ、ギルドの前でお昼頃に待ち合わせしませんか?」

 

 カイトが提案する。

 

「解体の件も、その頃には大体片付いてると思いますし」

 

「分かったわ。あんたはあんたでちゃんと働いてきなさいよ」

 

「うん! じゃ、またあとで!」

 

 カイトはギルドの方向へ駆けて行った。

 俺とティナは、反対側の通りへ足を向ける。

 

 

 

「女物の店が多いのは、こっちの通りよ」

 

 ティナに案内されて着いたのは、布地の看板が目立つ一角だった。

 服飾店、靴屋、装飾品店が並び、その中に「婦人衣料」の文字を染め抜いた布看板がひとつ。

 

 扉の横には、胴体だけの木製人形が立っており、可愛いワンピースや胸当て付きの服が飾られている。

 

(……完全に“女性向け”の店だな)

 

 場違い感がすごい。

 だが、引き返す選択肢はない。

 

「ほら、行くわよ」

 

 ティナに袖を引かれ、扉をくぐる。

 

 中は思っていたより広かった。

 壁には色とりどりの布が掛けられ、棚には畳まれたシャツやスカート。

 奥のほうには、布で仕切られた試着スペースらしきものも見える。

 

 そして、店の中央付近の棚──

 色とりどりの布小物が、きちんと仕切られた箱に並べられていた。

 

(……あれが、下着コーナーか)

 

 胸の奥が、変な意味でどきどきする。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 奥から、明るい声が聞こえた。

 現れたのは、二十代半ばくらいの女性店員。栗色の髪を後ろでまとめ、柔らかい笑顔を浮かべている。

 

「今日はどういったご用件で?」

 

「この子の下着と、替えの服を見たいの。初心者冒険者用っていうか、動きやすいやつ」

 

 ティナが手際よく要件を伝える。

 店員は「はいはい」と頷き、俺をじろりと観察した。

 

「……細いけど、変に痩せてるわけじゃないわね。胸もちゃんとあるし」

 

「ちょっ……」

 

 さらっと言われて、顔が一気に熱くなる。

 ティナが「でしょ」とどこか得意気に頷くのがまた腹立たしい。

 

「とりあえず、普段用の胸当てと下穿きね。冒険者さんなら、動いてもずれにくいのがいいわよね」

 

 店員が棚から数枚の布を取り出して見せてくる。

 伸縮性のありそうな布でできた胸当て、腰に巻くバンド型のもの、簡素なショーツのようなもの。

 

「サイズ測ってもいいかしら?」

 

「……必要なら」

 

 観念して頷く。

 店の奥、布で仕切られた半個室のようなスペースに通される。

 

「ティナも一緒にいる?」

 

「もちろん。放っておいたら、変なの選びそうだし」

 

「おい」

 

 抗議は無視された。

 

 簡易の台の上に立たされ、薄い布一枚の上から巻尺を当てられる。

 胸の下、胸の上、腰のあたり。

 

「ん……動かないでね」

 

「……っ」

 

 冷たい金属の感触が、やたらとはっきり伝わってくる。

 自分で触るのとは違う。誰かに測られている、という事実が、妙な方向に意識を持っていく。

 

「へぇ、思ったよりあるわね」

 

「ちょっ……そういう感想は、いちいち言わなくていい」

 

 ティナが横で吹き出した。

 

「恥ずかしがってる……」

 

「うるさい」

 

 どうにか測定は終わり、数値を見た店員が納得したように頷く。

 

「じゃあ、この辺りのサイズね。動きやすさ重視なら、紐で結ぶタイプより、幅広の胸当てのほうがいいわよ」

 

 そう言って渡された胸当ては、できるだけ飾り気のないものを選んだつもりなのに、布の柔らかさと形の良さが逆に存在感を主張してくる。

 

「色はどうする? 白が一番合わせやすいけど、こういう落ち着いた色も似合いそう」

 

 店員が、淡いベージュや薄い青を見せてくる。

 ティナがすかさず口を挟む。

 

「この子、何色でも似合うと思うけど」

 

「やめろ」

 

「だって事実でしょ? 顔がいいと何着せても様になるのよね~」

 

 からかい半分、本気半分の視線が刺さる。

 羞恥のあまり、逆に冷静になってくるのが不思議だ。

 

「……じゃあ、白と、この色と……その暗い色を一つ」

 

「三組ね。洗い替え考えたら、あと一、二組あってもいいけど?」

 

「……財布と相談だな」

 

 キラーボアの報酬が入るとはいえ、無限ではない。

 ここで一気に散財するわけにはいかないのだ。

 

「じゃあ、とりあえず三組にしておきましょうか。下穿きも同じ色で揃えとく?」

 

「任せる」

 

 もはや細かいデザインを気にする余裕はなかった。

 

 下着のほかに、薄手のインナーシャツと、少し丈夫そうなスパッツもすすめられる。

 冒険中はスカートよりズボンのほうが安全だろう。今後の方針も含めて、必要最低限を選んでいく。

 

「──それにしても」

 

 会計前、店員がぽつりと漏らすように言った。

 

「ほんと、あなたみたいな子は久しぶりね」

 

「……どういう意味だ?」

 

「顔も体つきも綺麗だし、髪も肌も手も、全部ちゃんとしてる。どこぞの貴族様がお忍びで来ました、って言われても信じちゃうわよ」

 

「っ……」

 

 反応に困る評価だ。

 ティナが横目でちらりとこちらを見ている。

 訂正しようか一瞬迷ったが、色々と見てつかれていたし、結局飲み込んだ。

 

 支払いを済ませ、店員が袋を差し出そうとしたところで、ティナが手を挙げた。

 

「ねぇアウラ。せっかくだから、いま着替えていったほうが楽じゃない?

 そのリネンの服、見るからに擦れて痛そうだし」

 

「……そうしたほうが、いいかもしれない」

 

 正直、すぐにでもこの布地の悪意から解放されたい。

 

 店員も明るく頷いた。

 

「もちろんいいわよ。試着室も空いてるし、すぐ着替えちゃいなさいな」

 

 案内された奥の小部屋で、俺は袋を開いた。

 

 柔らかい布の感触が指に触れた瞬間、思わず息が漏れる。

 

(……こんなに違うのか)

 

 胸当てはしっとりと身体に沿い、締め付けも痛くない。

 ショーツは驚くほど軽く、肌を撫でるだけでほっとするような優しさがあった。

 

 粗いリネンを脱ぎ捨て、新しい下着とインナー、スパッツを順に身につけていく。

 

(……ああ、これは……楽だ……)

 

 思っていた以上の快適さに、身体の奥から力が抜けるようだった。

 

 外に出ると、ティナがじろっと見て、そして口角を上げる。

 

「……似合ってるじゃない。前よりずっと普通っぽいわよ」

 

「前より、じゃなくて……やっと人間になれたみたいだな……」

 

 店員もぱっと花が咲いたような笑顔になる。

 

「やっぱり! ほら、言った通りね。何でも似合うんだから」

 

 顔から火が出そうになりながらも、俺は細く息を吐いた。

 

(……これで、やっとまともに歩ける)

 

 袋を持ち替えた瞬間、身体の軽さに驚くほどだった。

 

 

 

 ギルドの前に戻ってきた頃には、太陽はかなり高く上がっていた。

 石畳に人々の影が短く落ち、昼のざわめきが一段と大きくなっている。

 

「カイト、来てるかしら」

 

 ティナがあたりを見回したそのとき。

 

「あ、アウラさん! ティナ!」

 

 ギルドの扉が開き、中からカイトが飛び出してきた。

 

「待たせちゃいましたか?」

 

「いいえ、今来たところよ」

 

 ティナがそう答えると、カイトはほっとしたように笑った。

 

「えっと、その……まずはこれ!」

 

 そう言って差し出されたのは、小さな革袋が三つ。

 どれもずっしりとした重みがある。

 

「キラーボアの解体と査定が終わりました! 肉と皮、牙と骨、脂も込みで、結構いい値段になって……ギルドの人と相談して、三等分にしてもらいました!」

 

「もう終わったのか。早いな」

 

「ちょっと大変だったみたいですけど、リーネさんたちが頑張ってくれたみたいです」

 

 俺とティナはそれぞれ袋を受け取る。

 中で硬貨が触れ合う音が、現実感を伴って指に伝わった。

 

(……これで、当面の宿代と飯代と……下着代の元は取れたな)

 

 改めて、キラーボアには頭が上がらない。できればもう遭遇したくはないが。

 

「それと──」

 

 カイトの表情が、少しだけ引き締まる。

 

「リーネさんから伝言です。もし時間があるなら、今からギルド長と話をしてもらえませんか、って」

 

「ギルド長と」

 

 予想していた言葉ではあった。

 実際に告げられると、胸の奥がきゅっと冷える。

 

「キラーボアの件もそうですけど……その……アウラさんの装備のことも、いろいろ確認したいみたいで」

 

「まあ、そうでしょうね」

 

 ティナが小さく頷く。

 

「オーロックの森の入口付近にキラーボアが出たなんて、そうそうある話じゃないし。それを新人が仕留めて持ち込んだってなれば、ギルドとしては放っておけないでしょ」

 

「もちろん、無理なら別の日でもいいそうです。ただ、今なら応接室が空いてるから、よければって」

 

 カイトが不安そうに俺の顔をうかがう。

 

 断ることもできるだろう。

 だが、ここでギルドの申し出を避け続けるのは、長期的に見て得策ではない。

 

(……どうせ、いずれは向き合うことになる)

 

 キラーボアの異常な出現。

 勝手に動く剣と鎧。

 自分の意思とは別のところにある力。

 

 全部を正直に話す必要はない。

 だが、何もかも隠して生きていけるほど、この世界は甘くない気がする。

 

「……分かった」

 

 俺は静かに頷いた。

 

「今からなら時間はある。話を聞いてくる」

 

「本当にいいの?」

 

 ティナが確認するように尋ねてくる。

 

「逃げ回っても、疲れるだけだからな。どうせなら早めに済ませておいたほうがいい」

 

「ふーん。……ま、ついて行ってあげるわよ」

 

 ティナが肩をすくめる。

 カイトも力強く頷いた。

 

「僕も一緒に行きます!」

 

「お前たちまで一緒に来る必要は──」

 

「あるわよ」

 

 ティナが即座にかぶせる。

 

「キラーボアのことだって、あたしたちが証人なんだから。あんた一人に全部押し付ける気はないわ」

 

「そ、そうですよ。僕たちの依頼でもあったんですし!」

 

 言い切る二人の顔は、どちらも真剣だった。

 

 言葉を失いそうになる。

 この世界に来て、まだ一日も経っていない。

 それなのに、もう「一緒に行く」と当然のように言ってくれる人間がいる。

 

(……ずるいな)

 

 胸の奥が少しだけ、痛くて温かい。

 

「じゃあ──三人で行こうか」

 

「ええ」

 

「はい!」

 

 ギルドの扉へ向かって歩き出す。

 

 森の中とは違う意味で、これからまた何かが起こる予感がする。

 誤解が増えるのか、少しは減るのか、それはまだ分からない。

 

(……できれば、ハイレグアーマーとノーパンの新人以外の印象が増えるといいんだが)

 

 半ば本気、半ば自虐的にそう願いながら、俺は扉の取っ手に手をかけた。

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