【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
部屋に戻った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。
白鹿亭二階、ティナと俺の部屋。
ベッドが二つと小さな机、椅子が一脚。窓の外には、ほとんど沈みきった夕陽の名残が赤く滲んでいる。
さっきの食堂の出来事が、何度も頭の中でリピート再生されていた。
(……うぅ、忘れたくても忘れられない……明日からどうしたらいいんだ……)
椅子に腰を下ろし、ベッドの端に腰掛けたティナと目を合わせないようにしながら、ぎゅっと膝を抱える。
スカートがめくれて、ノーパンが全開になった新人冒険者。
人生の黒歴史、更新速度が速すぎる。
「……ねえ」
沈黙を破ったのは、ティナのほうだった。
「さっきのこと、いつまでも気にしてたってしょうがないわよ?」
「……気にするなというほうが無理だろう」
「まあ、そうだけど」
ティナが苦笑する。
あのあと、誰も露骨にはからかわなかった。女将がうまく場を締めてくれたし、ティナの「見てないわよね!?」の一喝も効いたと思う。
それでも、あの場にいた連中の何人かは、きっと一生忘れないだろう。俺だって忘れられる気がしない。
(……今後、白鹿亭で椅子の上に立つことは一生ないな)
心に固く誓ってから、俺は息を吸い込んだ。
ここまで恥をかいて、得られた教訓はひとつ。
──下着は大事。
「……ティナ」
「なに?」
ベッドに座る彼女のほうを向き、できるだけ真面目な顔を作る。
「折り入って、頼みたいことがある」
「……急にどうしたのよ。怖いんだけど」
ティナの眉がぴくりと動く。そりゃそうだろう。
さっきまで床にめり込みたい顔をしていた女が、いきなり真顔で切り出したのだ。
俺は、ごくりと喉を鳴らした。
「……明日、下着を買いに行きたい」
「……は?」
「できれば……一緒に来てくれると助かる」
一瞬、時間が止まった気がした。
ティナのまばたきが、ゆっくり二回。
その後で、額に手を当てて深くため息をつく。
「……あんたねぇ」
「自分でも情けないと思っている」
「それなら自分で買いに行きなさいよ」
ごもっともだ。
ごもっともだが──
「……どこで、何を買えばいいのか分からないんだ」
素直に白状する。
この世界の女性用下着事情なんて、知るわけがない。
そもそも、今まで女の下着売り場に足を踏み入れたことすらない。
「サイズも分からない。種類も分からない。値段の相場も分からない」
「……」
「“普通”が分からないんだ。頼れるのは、同室の先輩くらいで」
言いながら、自分でもなかなか情けない台詞だと思う。
ティナはしばらく黙っていたが、その視線は逃げずに俺の顔を見ていた。
やがて、ぽつりと口を開く。
「……あんた、今まで自分で買いに行ったことないの?」
「……ない」
正確に言えば「そもそも女物を買ったことがない」だが、そこは省略する。
ティナの表情が、少しだけ変わった。
呆れと、驚きと、それから──何かを納得したような色。
「……なるほどね」
その一言が、妙に重く胸に落ちる。
ティナは、もう一つため息を吐いてから、肩をすくめた。
「……分かったわよ。仕方ないから付き合ってあげる」
「……本当か」
「そのかわり、ちゃんと自分で選びなさいよ。全部こっち任せにするのは無し」
「努力する」
「努力じゃなくて、するの」
容赦ないツッコミ。
だが、その言い方はどこか保護者じみていて、不思議と安心感があった。
「ありがたい。助かる」
「どうせそのうち必要になるものだしね。下着も、替えの服も」
ティナが言う「必要になる」の中には、きっと「ちゃんと人前に出られる格好をしてほしい」という願いも含まれているのだろう。
キラーボアを一刀両断したことより、椅子の上での大事故のほうが印象に残っているに違いない。
その晩、ベッドに横になってからも、しばらく目は冴えたままだった。
粗いリネンが肌に触れるたびに、意識がそこに引き戻される。
(明日……ちゃんとした下着が手に入れば、少しはマシになるだろうか)
ハイレグアーマーと、ノーパンリネン。
二択のどちらも地獄という現状から、一歩でも抜け出せるなら、それに越したことはない。
天井を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝。
白鹿亭の食堂には、焼きたてのパンとスープの匂いが満ちていた。
テーブルには黒パン、薄切りのハムらしき物に、野菜のスープ。
シンプルだが、空腹には十分すぎる朝食だ。
「おはようございます!」
先に席に着いていたカイトが、パンをくわえたまま手を振る。
ティナが「行儀悪い」と眉をひそめ、カイトが慌ててパンを皿に戻した。
「アウラさん、よく眠れましたか?」
「……まあ、それなりに」
(リネンの攻撃で何度か起こされたが、とは言わないでおこう)
パンをかじり、スープを一口飲む。
胃がゆっくりと温まっていく感覚が、少しだけ気持ちを落ち着かせた。
「今日の予定ですけど」
カイトがパンをちぎりながら言う。
「僕は午前中にギルドへ行ってきます。キラーボアの解体と査定が終わってるかどうか確認したいですし、何か簡単な依頼がないか見ておこうと思って」
「分かった」
「ティナとアウラさんは……」
「この子の買い物よ」
ティナがさっくりと言った。
「下着と、替えの服と、日用品。女物の店を回るから、あんたは関係なし」
「か、関係なしって……僕も付いて行っちゃ駄目なの?」
カイトが情けない顔をする。
「ダーメ。女同士で行ったほうが楽なの。あんたがついて来たって、下着売り場なんか入れないでしょ」
「う……」
図星らしく、カイトが言葉に詰まる。
「それに、あんたはあんたでやることあるでしょ。ギルドで手続きとか、依頼の確認とか」
「……はい」
しゅんと肩を落としてスープをすする姿は、本当にいい子だ。
下心がないとは言わないが、あっても健全レベルだろう。
朝食を食べ終え、三人で宿を出る。
街はすでに活気づいており、行商人の声や荷車の軋む音が通りに混ざっていた。
「じゃあ、ギルドの前でお昼頃に待ち合わせしませんか?」
カイトが提案する。
「解体の件も、その頃には大体片付いてると思いますし」
「分かったわ。あんたはあんたでちゃんと働いてきなさいよ」
「うん! じゃ、またあとで!」
カイトはギルドの方向へ駆けて行った。
俺とティナは、反対側の通りへ足を向ける。
「女物の店が多いのは、こっちの通りよ」
ティナに案内されて着いたのは、布地の看板が目立つ一角だった。
服飾店、靴屋、装飾品店が並び、その中に「婦人衣料」の文字を染め抜いた布看板がひとつ。
扉の横には、胴体だけの木製人形が立っており、可愛いワンピースや胸当て付きの服が飾られている。
(……完全に“女性向け”の店だな)
場違い感がすごい。
だが、引き返す選択肢はない。
「ほら、行くわよ」
ティナに袖を引かれ、扉をくぐる。
中は思っていたより広かった。
壁には色とりどりの布が掛けられ、棚には畳まれたシャツやスカート。
奥のほうには、布で仕切られた試着スペースらしきものも見える。
そして、店の中央付近の棚──
色とりどりの布小物が、きちんと仕切られた箱に並べられていた。
(……あれが、下着コーナーか)
胸の奥が、変な意味でどきどきする。
「いらっしゃいませ~」
奥から、明るい声が聞こえた。
現れたのは、二十代半ばくらいの女性店員。栗色の髪を後ろでまとめ、柔らかい笑顔を浮かべている。
「今日はどういったご用件で?」
「この子の下着と、替えの服を見たいの。初心者冒険者用っていうか、動きやすいやつ」
ティナが手際よく要件を伝える。
店員は「はいはい」と頷き、俺をじろりと観察した。
「……細いけど、変に痩せてるわけじゃないわね。胸もちゃんとあるし」
「ちょっ……」
さらっと言われて、顔が一気に熱くなる。
ティナが「でしょ」とどこか得意気に頷くのがまた腹立たしい。
「とりあえず、普段用の胸当てと下穿きね。冒険者さんなら、動いてもずれにくいのがいいわよね」
店員が棚から数枚の布を取り出して見せてくる。
伸縮性のありそうな布でできた胸当て、腰に巻くバンド型のもの、簡素なショーツのようなもの。
「サイズ測ってもいいかしら?」
「……必要なら」
観念して頷く。
店の奥、布で仕切られた半個室のようなスペースに通される。
「ティナも一緒にいる?」
「もちろん。放っておいたら、変なの選びそうだし」
「おい」
抗議は無視された。
簡易の台の上に立たされ、薄い布一枚の上から巻尺を当てられる。
胸の下、胸の上、腰のあたり。
「ん……動かないでね」
「……っ」
冷たい金属の感触が、やたらとはっきり伝わってくる。
自分で触るのとは違う。誰かに測られている、という事実が、妙な方向に意識を持っていく。
「へぇ、思ったよりあるわね」
「ちょっ……そういう感想は、いちいち言わなくていい」
ティナが横で吹き出した。
「恥ずかしがってる……」
「うるさい」
どうにか測定は終わり、数値を見た店員が納得したように頷く。
「じゃあ、この辺りのサイズね。動きやすさ重視なら、紐で結ぶタイプより、幅広の胸当てのほうがいいわよ」
そう言って渡された胸当ては、できるだけ飾り気のないものを選んだつもりなのに、布の柔らかさと形の良さが逆に存在感を主張してくる。
「色はどうする? 白が一番合わせやすいけど、こういう落ち着いた色も似合いそう」
店員が、淡いベージュや薄い青を見せてくる。
ティナがすかさず口を挟む。
「この子、何色でも似合うと思うけど」
「やめろ」
「だって事実でしょ? 顔がいいと何着せても様になるのよね~」
からかい半分、本気半分の視線が刺さる。
羞恥のあまり、逆に冷静になってくるのが不思議だ。
「……じゃあ、白と、この色と……その暗い色を一つ」
「三組ね。洗い替え考えたら、あと一、二組あってもいいけど?」
「……財布と相談だな」
キラーボアの報酬が入るとはいえ、無限ではない。
ここで一気に散財するわけにはいかないのだ。
「じゃあ、とりあえず三組にしておきましょうか。下穿きも同じ色で揃えとく?」
「任せる」
もはや細かいデザインを気にする余裕はなかった。
下着のほかに、薄手のインナーシャツと、少し丈夫そうなスパッツもすすめられる。
冒険中はスカートよりズボンのほうが安全だろう。今後の方針も含めて、必要最低限を選んでいく。
「──それにしても」
会計前、店員がぽつりと漏らすように言った。
「ほんと、あなたみたいな子は久しぶりね」
「……どういう意味だ?」
「顔も体つきも綺麗だし、髪も肌も手も、全部ちゃんとしてる。どこぞの貴族様がお忍びで来ました、って言われても信じちゃうわよ」
「っ……」
反応に困る評価だ。
ティナが横目でちらりとこちらを見ている。
訂正しようか一瞬迷ったが、色々と見てつかれていたし、結局飲み込んだ。
支払いを済ませ、店員が袋を差し出そうとしたところで、ティナが手を挙げた。
「ねぇアウラ。せっかくだから、いま着替えていったほうが楽じゃない?
そのリネンの服、見るからに擦れて痛そうだし」
「……そうしたほうが、いいかもしれない」
正直、すぐにでもこの布地の悪意から解放されたい。
店員も明るく頷いた。
「もちろんいいわよ。試着室も空いてるし、すぐ着替えちゃいなさいな」
案内された奥の小部屋で、俺は袋を開いた。
柔らかい布の感触が指に触れた瞬間、思わず息が漏れる。
(……こんなに違うのか)
胸当てはしっとりと身体に沿い、締め付けも痛くない。
ショーツは驚くほど軽く、肌を撫でるだけでほっとするような優しさがあった。
粗いリネンを脱ぎ捨て、新しい下着とインナー、スパッツを順に身につけていく。
(……ああ、これは……楽だ……)
思っていた以上の快適さに、身体の奥から力が抜けるようだった。
外に出ると、ティナがじろっと見て、そして口角を上げる。
「……似合ってるじゃない。前よりずっと普通っぽいわよ」
「前より、じゃなくて……やっと人間になれたみたいだな……」
店員もぱっと花が咲いたような笑顔になる。
「やっぱり! ほら、言った通りね。何でも似合うんだから」
顔から火が出そうになりながらも、俺は細く息を吐いた。
(……これで、やっとまともに歩ける)
袋を持ち替えた瞬間、身体の軽さに驚くほどだった。
ギルドの前に戻ってきた頃には、太陽はかなり高く上がっていた。
石畳に人々の影が短く落ち、昼のざわめきが一段と大きくなっている。
「カイト、来てるかしら」
ティナがあたりを見回したそのとき。
「あ、アウラさん! ティナ!」
ギルドの扉が開き、中からカイトが飛び出してきた。
「待たせちゃいましたか?」
「いいえ、今来たところよ」
ティナがそう答えると、カイトはほっとしたように笑った。
「えっと、その……まずはこれ!」
そう言って差し出されたのは、小さな革袋が三つ。
どれもずっしりとした重みがある。
「キラーボアの解体と査定が終わりました! 肉と皮、牙と骨、脂も込みで、結構いい値段になって……ギルドの人と相談して、三等分にしてもらいました!」
「もう終わったのか。早いな」
「ちょっと大変だったみたいですけど、リーネさんたちが頑張ってくれたみたいです」
俺とティナはそれぞれ袋を受け取る。
中で硬貨が触れ合う音が、現実感を伴って指に伝わった。
(……これで、当面の宿代と飯代と……下着代の元は取れたな)
改めて、キラーボアには頭が上がらない。できればもう遭遇したくはないが。
「それと──」
カイトの表情が、少しだけ引き締まる。
「リーネさんから伝言です。もし時間があるなら、今からギルド長と話をしてもらえませんか、って」
「ギルド長と」
予想していた言葉ではあった。
実際に告げられると、胸の奥がきゅっと冷える。
「キラーボアの件もそうですけど……その……アウラさんの装備のことも、いろいろ確認したいみたいで」
「まあ、そうでしょうね」
ティナが小さく頷く。
「オーロックの森の入口付近にキラーボアが出たなんて、そうそうある話じゃないし。それを新人が仕留めて持ち込んだってなれば、ギルドとしては放っておけないでしょ」
「もちろん、無理なら別の日でもいいそうです。ただ、今なら応接室が空いてるから、よければって」
カイトが不安そうに俺の顔をうかがう。
断ることもできるだろう。
だが、ここでギルドの申し出を避け続けるのは、長期的に見て得策ではない。
(……どうせ、いずれは向き合うことになる)
キラーボアの異常な出現。
勝手に動く剣と鎧。
自分の意思とは別のところにある力。
全部を正直に話す必要はない。
だが、何もかも隠して生きていけるほど、この世界は甘くない気がする。
「……分かった」
俺は静かに頷いた。
「今からなら時間はある。話を聞いてくる」
「本当にいいの?」
ティナが確認するように尋ねてくる。
「逃げ回っても、疲れるだけだからな。どうせなら早めに済ませておいたほうがいい」
「ふーん。……ま、ついて行ってあげるわよ」
ティナが肩をすくめる。
カイトも力強く頷いた。
「僕も一緒に行きます!」
「お前たちまで一緒に来る必要は──」
「あるわよ」
ティナが即座にかぶせる。
「キラーボアのことだって、あたしたちが証人なんだから。あんた一人に全部押し付ける気はないわ」
「そ、そうですよ。僕たちの依頼でもあったんですし!」
言い切る二人の顔は、どちらも真剣だった。
言葉を失いそうになる。
この世界に来て、まだ一日も経っていない。
それなのに、もう「一緒に行く」と当然のように言ってくれる人間がいる。
(……ずるいな)
胸の奥が少しだけ、痛くて温かい。
「じゃあ──三人で行こうか」
「ええ」
「はい!」
ギルドの扉へ向かって歩き出す。
森の中とは違う意味で、これからまた何かが起こる予感がする。
誤解が増えるのか、少しは減るのか、それはまだ分からない。
(……できれば、ハイレグアーマーとノーパンの新人以外の印象が増えるといいんだが)
半ば本気、半ば自虐的にそう願いながら、俺は扉の取っ手に手をかけた。