【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
昼食を終え、離れの廊下を歩いていると、前方からミレイユが静かにやって来た。
いつものように背筋を伸ばし、落ち着いた所作で俺の前まで来ると、丁寧に一礼する。
「アウラ様。クラウス様よりお言付けを預かっております」
「クラウス様からですか?」
「はい。本館の執務室までお越しいただきたいとのことでございます」
クラウスから呼び出し。
今朝帰ってきたレオンのことだろうか。
朝は軽く挨拶しただけで、詳しい話は父上から聞く、と言っていた。
その顔合わせというか、改めて紹介しておきたいということかもしれない。
「分かりました。すぐに伺います」
「では、ご案内いたします」
ミレイユに案内され、俺は本館へ向かった。
本館の中は、離れとはまた少し空気が違う。
何度か来てはいるが、やはり少し緊張する。
俺はユリウス先生に教わった礼儀作法を思い出しながら、姿勢を正した。
案内されたのは、クラウスの執務室だった。
ミレイユが扉の前で足を止め、控えめに声をかける。
「クラウス様。アウラ様をお連れいたしました」
「ああ、入ってくれ」
中からクラウスの声が返ってくる。
ミレイユが扉を開け、俺を中へ通してくれた。
執務室の中には、クラウスとゲオルグがいた。
そして、今朝庭で会ったレオン。
さらにもう一人、見覚えのない男が立っている。
その男は、カルスと同じ騎士の服を着てはいるが、どこか騎士らしさよりも冒険者っぽさの方が強かった。
体つきはしっかりしていて、腰には剣。
顔つきも悪くないのだが、立ち方が少し固い。
何というか、慣れない場所で一生懸命ちゃんとしている人、という感じだ。
「急に呼んですまないな、アウラ」
クラウスが椅子に座ったまま、軽く手を上げる。
「いえ、お呼びいただきありがとうございます。私に何かお話があると伺いましたが……」
言いながら、俺は丁寧に頭を下げた。
クラウスは頷くと、レオンへ視線を向けた。
「息子のレオンが戻ってきたのでな。朝にも少し会ったようだが、改めて挨拶させておこうと思って呼んだ」
レオンは一歩前へ出た。
朝見た時と同じく、穏やかな雰囲気をまとっている。
金髪に整った顔立ち。
立ち姿にも余裕があり、いかにも貴族の長男という感じだ。
「先ほどは失礼した。改めて名乗らせてもらうよ」
レオンは丁寧に頭を下げる。
「レオン・ヴァル・ブルムです。父上から、君たちの事情はある程度聞いた。大変だったようだね」
「いえ……」
「この屋敷にいる間は、遠慮せず頼ってほしい。僕にできることがあれば、力になるよ」
そう言って、レオンは爽やかに微笑んだ。
くっ、歯が光って見える気がする。
イケメンってやつは、こういう自然な笑顔だけで人を安心させるからずるい。
俺は姿勢を正し、もう一度軽く頭を下げた。
「アウラと申します。クラウス様には、身に余るほどのご厚意をいただいております。レオン様にもそのように仰っていただけるとは、心強い限りです。どうぞよろしくお願いいたします」
言い切ってから、内心で少しだけ息を吐く。
よし、たぶん噛まなかった。
ユリウス先生から礼儀作法を習っておいてよかった。こういう所で生きてくるとは……。
先生、俺、ちゃんとできましたよ。
レオンは柔らかく頷いた。
「こちらこそ、よろしく」
穏やかな声だ。
朝も思ったが、どこかで聞いたような気がする声なんだよなぁ……。
しかも最近。
「それと、もう一人紹介しておく」
クラウスが、レオンの隣に立っていた男へ視線を向けた。
「うちの騎士の一人で、今はレオンの護衛を任せているロイドだ」
知らない男は、はっとしたように背筋を伸ばした。
いや、伸ばしすぎなくらい伸ばした。
そして、やたら大きな声で名乗る。
「レオン様の護衛を務めております、ロイドと申します! 以後、お見知りおきを!」
声がでけぇ。
部屋の中でその音量はなかなか来る。
思わず肩が少し跳ねた。
「ア、アウラと申します。よろしくお願いいたします」
「はい! よろしくお願いいたします!」
悪い人ではなさそうだが、とにかく声がでけぇ。
カルスのような静かでいかにも騎士という雰囲気とは違う。
どちらかというと、酒場で冒険者たちと肩を組んで笑っていそうな感じがある。
俺がそう思っていると、クラウスが苦笑した。
「ロイドは元冒険者でな。腕が立つということで盾の会にスカウトされ、そこでの働きも良かったんでな。少し前に、俺が騎士として引き抜いた」
「はい! まだまだ騎士としては未熟ですが、日々精進しております!」
ロイドが再び大きな声で言う。
真面目なのは分かる。
分かるが、近いと耳に響く。
元冒険者で、盾の会にも認められた人間。
ということは、かなり腕は立つのだろう。
レオンの護衛に付けられているのだから、ブルム家からの信頼も厚いはずだ。
カルスとどちらが強いんだろうか。
カルスは静かな実力者という感じだったが、ロイドは実戦でガンガン戦ってきたタイプに見える。
同じ騎士でも、随分雰囲気が違うものだ。
「まあ、礼儀作法はまだ勉強中だがな」
クラウスがそう言うと、ロイドは少しだけ肩を落とした。
「精進します!」
「声の大きさもな」
「はい!」
部屋にまた大きな声が響く。
クラウスが苦笑し、レオンも少し困ったように笑っていた。
ゲオルグだけは、いつも通り穏やかな顔で立っている。
「さて」
クラウスの声が少し落ち着いたものに変わった。
「紹介はこのくらいにして……アウラ、お前に伝えておくことがある」
「私に、ですか?」
「ああ」
クラウスは肘掛けに腕を置き、少しだけ目を細めた。
「昨日、聖療教会の者が一人、ドゥル=ブルムに入ったそうだ」
聖療教会。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少し重くなった。
シエルを追っているかもしれない存在。
俺たちにとって、無視できない相手だ。
「……聖療教会の者が」
「ああ。もっとも、この街にも教会はある。ダンジョンが近い以上、怪我人は絶えんからな。教会の者が来ること自体は、特別珍しいわけじゃない」
クラウスは落ち着いた声で続ける。
「冒険者が腕を折った、足を裂かれた、深手を負った。そういう話は日常茶飯事だ。治療費は高いが、死ぬよりはいい。あの世に金は持っていけんからな」
「それは……確かに」
「だから、そいつがお前たちを探しに来たのかどうかは、まだ分からん。だが、お前たちの事情を考えると、知らせておかないわけにもいかんと思ってな」
ありがたい。
こういう情報をちゃんと共有してくれるのは、本当に助かる。
俺は姿勢を正し、頭を下げた。
「ありがとうございます。教えていただけて助かります。しばらくは、これまで以上に不用意な行動を控えるようにします」
昨日の夜の俺に聞かせてやりたい言葉である。
いや、昨日のことは忘れると決めた。
何もなかったんだ。
「そうしてくれ。こちらでも、教会に妙な動きがないか確認させる」
「ありがとうございます」
クラウスは軽く頷いた。
その表情は真面目だ。
今のところ、俺たちを疑ったり、面倒事を嫌がったりしている様子はない。
本当に面倒見のいい人だと思う。
ふと、以前クラウスがマルルゥと話したいと言っていたことを思い出した。
「あの、クラウス様」
「ん?」
「以前、私の知人のエルフに、魔導国家について話を聞きたいと仰っていましたよね」
「ああ、マルルゥ殿だったか」
「はい。今は離れに戻っています。必要でしたら、後ほどお呼びします」
クラウスは少し考えるように顎へ手を当てた。
「ふむ。そうだな。魔導国家については聞きたいことが多い。後で時間を取らせてもらおう」
「分かりました」
「魔導国家と言えば――」
クラウスが何かを言いかけた、その時だった。
控えめに扉が叩かれる。
ゲオルグがクラウスへ視線を向けると、クラウスは小さく頷いた。
ゲオルグが扉の近くへ歩み寄る。
「はい」
扉の向こうから、使用人の声がした。
「フレイ様がお見えでございます。いかがいたしましょうか」
冒険者ギルドのギルド長か。
クラウスは少し眉を上げる。
「通してくれ」
「かしこまりました」
ゲオルグが扉を開けると、フレイがひょいと顔を出した。
相変わらず背筋がすっと伸びている。
黙って立っていれば、きりっとした美人というか、絵になる人だ。
もっとも、本人はそんな雰囲気をまったく気にしていないように、いつもの調子で部屋へ入ってくる。
「よぉ、茶を飲みに来たぜ……って、何だい。取り込み中だったか?」
フレイは部屋の中を見回し、俺、レオン、ロイドへ順番に目を向けた。
「いや、レオンが帰ってきたんでな。アウラに紹介していたところだ」
「へぇ。レオン坊ちゃまも帰ってきたのかい」
フレイはレオンを見る。
レオンは丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりです、フレイさん」
「ああ、久しぶりだね。しばらく見ないうちに、また少し大人びたんじゃないかい?」
「そうでしょうか」
「そうさ。とうとう結婚だってねぇ。ヴァルケン伯爵の四女だったかい?」
その言葉に、レオンの笑顔がほんの少しだけ固まった気がした。
「ええ、まあ……その予定です」
「幼馴染で許嫁だろう。大事にしてやんな。伯爵を怒らせると、冗談抜きで面倒だよ」
「はは……肝に銘じておきます」
レオンは乾いた笑いを漏らした。
その反応を見るに、どうやら縁談は単純にめでたいだけの話でもなさそうだ。
フレイは空いていた椅子にどかっと腰を下ろす。
クラウスは特に気にした様子もない。
この二人は昔からこういう距離感なのだろう。
「それで、今日は本当に茶を飲みに来ただけか?」
クラウスが聞くと、フレイは片手をひらひらと振った。
「茶も飲みたいが、話がある。ダンジョンについてだ」
その一言で、部屋の空気が少し変わった。
さっきまでの軽い調子が、すっと引いていく。
フレイの顔からも、いつもの気楽な笑みが薄れていた。
「ダンジョン?」
クラウスが聞き返す。
「ああ。ギルドの方に妙な報告が上がってきててな」
フレイは椅子に背を預けず、少し前のめりになった。
「ダンジョン内で、魔物の数が減っているらしい」
「魔物の数が?」
クラウスの眉が寄る。
レオンも表情を引き締めた。
ロイドも先ほどまでの大きな声とは違い、黙ってフレイを見ている。
「白灯の洞窟は元々魔物が少ないし、今のところ大きな報告は来ていない。問題は沈鐘の回廊だ」
沈鐘の回廊。
ベローの店で聞いた名前だ。
白灯の洞窟よりも難易度が高く、魔剣や魔道具が見つかるダンジョン。
俺は思わず耳を傾けた。
「ここ数日の間、魔物と遭遇した報告が明らかに少ない。ほとんど魔物と戦わずに探索できた、なんて言っている連中もいる」
「冒険者たちは喜んでいるだろうな」
クラウスが低く言う。
「そりゃあね。魔物と戦わずに奥へ進めるなら、楽に稼げると思う奴も多いさ。だが、あたしは薄気味悪い」
フレイの声はいつもより低かった。
「今までそんなことは?」
「ない。少なくとも、あたしが把握している限りじゃ。魔物が増えることはある。活性化したり、階層のバランスが崩れたりね。だが、急にいなくなるってのは聞いた覚えがない」
クラウスは腕を組んだ。
「ダンジョンから魔物が溢れる前とも違うな」
「ああ。溢れる時は、むしろ増える。魔物が下層から押し上げられるように出てくる。今回は逆だ。いるはずの場所にいない」
フレイは指先で、軽く机を叩いた。
「何かに怯えて隠れているのか。どこかへ移動しているのか。あるいは、何かに喰われたのか。今のところは分からない」
何かに喰われた。
その言葉に、背筋が少し冷えた。
沈鐘の回廊の魔物が減っている。
魔物がいなくなっている。
それだけなら、一見良いことのようにも聞こえる。
だが、フレイの表情を見る限り、そう単純な話ではなさそうだ。
「奈落はどうだ」
クラウスが聞く。
「奈落は元々、挑む奴が少ない。だから現状、増えているのか減っているのかもまともに把握できていない」
フレイは小さく息を吐いた。
「ただ、沈鐘の回廊で妙なことが起きているなら、無関係とは限らない。とりあえず、沈鐘の回廊についてはギルドで調査依頼を出す。腕の立つ冒険者を何組か選んで、他に普段と違うところがないか調べさせるつもりだ」
「奈落は?」
「内部調査までは無理だね。入口周辺を見る程度が限界だ。あそこは地図も当てにならないし、適当に人を入れれば死体を増やすだけだ」
ベローも言っていた。
黒底の奈落。
道が変わり、仲間が分断され、妙な魔物が出るダンジョン。
危険すぎて、最近では挑む者も少ないという場所。
そこまで関わっているかもしれないとなると、話はかなり不穏だ。
クラウスはしばらく黙って考えていた。
部屋の中に、わずかな沈黙が落ちる。
ちょうどその時、使用人が茶を運んできた。
ゲオルグが静かに受け取り、音を立てずにカップを並べていく。
温かい茶の香りがふわりと漂ったが、誰もすぐには手を伸ばさなかった。
「魔物が消える、か」
クラウスが低く呟く。
「何かの前兆かもしれんな」
「だから相談に来たのさ」
フレイは珍しく真面目な顔をしていた。
「冒険者たちは喜んでいる。魔物がいないなら楽に稼げるってね。だが、あたしは楽に稼げる話ほど信用しないことにしてる」
「正しい判断だ」
クラウスは頷いた。
「こちらからも、盾の会と兵士に警戒を強めさせる。街の防衛も確認しておこう」
「ああ、助かるよ。ギルドだけで抱えるには、少し嫌な感じがするんでね」
フレイは茶のカップを手に取ったが、すぐには飲まなかった。
その目は、まだ何かを考えているようだった。
「何かの前触れじゃなきゃいいんだがね」
その言葉に、さっきまでレオンの帰還で少し和らいでいた部屋の空気が、静かに重くなった気がした。
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます。
なんとか90話まで来れました。
感想やここすき等、すごく励みになります。
今後ともよろしくお願いいたします૮ ◜ᵕ◝ ა