【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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91話 縁のようなもの

 話が一段落し、クラウスの執務室を辞した俺は、本館の廊下を歩いていた。

 聖療教会の人間が、ドゥル=ブルムに来ている。

 

 クラウスは、俺たちを探しに来たとは限らないと言っていたが、シエルのことを考えると、楽観はできない。

 これは、シエルに伝えておいた方がいいな。

 余計に不安にさせたいわけではないが、何も知らないまま外へ出たり、人に会ったりする方が危ない。

 そう思いながら本館を出た時だった。

 

「……あ」

 

 門の方から、一人の少年がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 金髪に、少し鋭い目つき。

 ラルフだ。

 

 どうやら外から戻ってきたところらしい。

 動きやすそうな訓練着のような服を着ており、腰には剣を下げている。

 額には少し汗がにじんでいた。

 

 ラルフも本館から出てきた俺に気づいたようで、こちらを見た。

 そして、ほんの少しだけ目を泳がせてから、なぜか妙にぎこちない笑みを浮かべる。

 

「や、やぁ、アウラ殿。……今日は、いい天気だな」

 

 ……天気の話から入った。

 どうもラルフは、俺に対していつまで経っても慣れないらしい。

 話しかけてはくれるのだが、どこか遠慮気味というか、壁一枚挟んでいるような物言いになる。

 まあ、木剣を投げ飛ばしてきた件もあるし、向こうなりに気を遣っているのかもしれない。

 俺はユリウス先生に教わった礼儀を思い出し、姿勢を正した。

 

「ラルフ様。ええ、本日もよいお天気ですね。訓練に出られていたのですか?」

 

 うむ、ちゃんと受け答えに、ユリウス先生との授業の成果を活かせてる気がする。

 ユリウス先生、俺、ちゃんと成長しています。

 

「あ、ああ。この時間は、いつも騎士団の訓練に混ぜてもらっているんだ」

 

 ラルフは少し照れたように、だが誇らしげに言った。

 

「早く強くなりたいからな。父上に頼んで、できるだけ実戦に近い形で経験を積ませてもらっている」

「騎士団の訓練ですか。日々鍛錬を欠かさないとは、さすがでございます」

 

 俺がそう言うと、ラルフは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、少しだけ顔を赤くする。

 

「そ、そうか? いや、まだまだだ。兄上や父上には全然及ばないし、騎士たちにも手も足も出ないことが多いからな」

「それでも、騎士団の方々に混ざって訓練を続けられるだけでもすごいと思います」

 

 普通に考えて、貴族の子どもが騎士団に混ざって訓練しているのだ。

 しかもラルフは十五、六歳くらいだ。

 元の世界なら高校生くらいである。

 その年齢で毎朝訓練して、さらに騎士団と稽古。

 真面目だ。

 俺なら絶対に途中で寝坊している自信がある。

 

「騎士団の訓練というのは、やはりかなり厳しいものなのですか?」

「ああ。基礎体力から剣の型、組み打ち、対複数の動きまで一通りやる。今日は盾持ちを相手にしていたんだが、なかなか崩せなくてな」

「へぇ……」

 

 俺は何となくラルフの腕へ視線を向けた。

 訓練着の袖から見える二の腕は、思っていたよりしっかりしている。

 見た目は線の細い少年っぽさも残っているが、ちゃんと鍛えられているのが分かる。

 

「だから、ラルフ様は腕もかなり鍛えられているのですね」

「え?」

 

 そう言いながら、俺は何気なくラルフの二の腕に触れた。

 硬い。

 思った以上に筋肉がついている。

 

「おお……すごいですね。かなり鍛えていらっしゃるんですね」

「ちょ、ア、アウラ……!?」

 

 ラルフが分かりやすく動揺した。

 耳まで赤くなっている。

 

「く、訓練が終わったばかりで、汗臭いと思うから、その……」

「あ、すみません。つい」

 

 俺は慌てて手を離す。

 

「でも、別に気になりませんよ」

 

 むしろ、汗臭いというより、ふわりと良い香りがした気がする。

 香料でもつけているのだろうか。

 貴族の家の人間は、訓練後でも気を遣うのかもしれない。

 

「お、おう……そ、そうか。いや、うん。後で風呂には入るが……」

 

 ラルフはなぜか目を逸らしながら、こほんと咳払いをした。

 何なんだこいつ。

 挙動不審すぎる。

 

「そ、そういえば」

 

 ラルフは話題を変えるように、本館の方を見た。

 

「本館から出てきたようだが、何かあったのか?」

「ああ、はい。レオン様が戻られたとのことで、改めてご挨拶をさせていただいておりました」

「そうか。兄上はもう戻っていたのか」

 

 ラルフの表情が少し和らぐ。

 やはり兄が帰ってきたのは嬉しいのだろう。

 

「聞いているかもしれないが、兄上はヴァルケン伯爵のご息女、エレノア様と結婚される予定でな。その打ち合わせのために、しばらく伯爵のところへ行っていたんだ」

「ええ、伺っております」

「兄上が結婚されれば、ブルム家はヴァルケン伯爵家との関係も強くなる。そうなれば、このドゥル=ブルムもさらに安定するはずだ」

 

 ラルフはそう言うと、自分の右手をぐっと握った。

 

「俺は次男だし、兄上ほど立派でもない。まだまだ未熟だ。だが、いずれは俺も、父上や兄上の力になりたいと思っている。そしてその時、俺を支えてくれる相手を……その、迎えられたらと思っている」

「はぁ……それは、立派なお考えだと思います」

 

 何だろう。

 急に決意表明が始まった。

 ラルフは妙に真剣な顔をしている。

 が、耳は真っ赤で、心配になってくるレベルだ。

 訓練が相当激しかったんだろうか。

 

「兄上には、エレノア様という許嫁がいる。幼い頃からの縁だ。家同士の話ではあるが、兄上自身もそれを受け入れている」

「そうなのですね」

「だが、俺にはまだ、そういう相手はいない」

 

 そこでラルフは、ちらりと俺を見た。

 なぜか少し声が小さくなる。

 

「その……だから、アウラ殿。君がもし──」

「やぁ、ラルフ」

 

 ラルフの言葉を遮るように、背後から爽やかな声が聞こえた。

 振り向くと、本館の入口からレオンが出てくるところだった。

 その隣には、先ほど紹介されたロイドもいる。

 ロイドは俺たちを見るなり、姿勢を正した。

 

「兄上……!」

 

 ラルフはびくりと肩を跳ねさせた。

 さっきまでの真剣な空気が一瞬で吹き飛ぶ。

 レオンは不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたんだ? 何か話の途中だったかな」

「い、いや! 何でもない。それはそうと、おかえり、兄上」

「ああ、ただいま。ラルフも元気そうで何よりだ」

 

 レオンは柔らかく笑った。

 ラルフは少しぎこちなく頷く。

 

 ラルフは何を言おうとしていたんだろう。

 気になるが、ここで聞き返す雰囲気でもないな。

 

「レオン様」

 

 俺は軽く頭を下げた。

 レオンの隣にいたロイドも、ラルフを見るなり、やたら勢いよく頭を下げた。

 

「ラルフ様! ただいま戻りました!」

「あ、ああ。ロイドもおかえり」

 

 やっぱり声が大きい。

 悪い人ではないのだろうが、近くにいるとちょっと耳に来る。

 ラルフはレオンへ向き直った。

 

「兄上、エレノア様とはどうだったんだ? 具体的な結婚の日取りなどは決まったのか?」

「ああ、その話か」

 

 レオンは一瞬だけ遠い目をした。

 爽やかな顔なのに、どこか疲れている。

 今朝もそうだったが、やはり縁談まわりで色々あったのだろうか。

 

「まだ正式な日取りは決まっていないよ。伯爵が調整しているところだ」

「そうなのか」

「ああ。招待客も多くなるだろうし、こちらで迎える準備も必要になる。式だけではなく、祝宴や移動、エレノアのドレスの仕立て、贈り物の手配まであるからね」

 

 レオンは小さく息を吐いた。

 

「恐らく、一年後くらいを目処に進めることになるんじゃないかな」

「一年後……」

「伯爵家との婚姻となると、簡単には進まないものさ」

 

 レオンはそう言って笑ったが、その笑顔は少し乾いていた。

 貴族の結婚というのは、やはり面倒なのだろう。

 幼馴染で許嫁。

 言葉だけ聞くと、ドラマや映画のような響きがある。

 だが実際には、家同士の関係やら準備やら、本人たちだけではどうにもならない事情が山ほどあるのかもしれない。

 

 それでも、伯爵家の令嬢と結婚。

 きっと相手は美人なんだろうな。

 くそ、やっぱりイケメンは違う。

 

 まあ、礼儀として祝福くらいはしておくべきだろう。

 俺は姿勢を正し、レオンへ向き直った。

 

「レオン様。ご結婚のお話、誠におめでとうございます。ご準備など大変なことも多いかと存じますが、どうかお身体を大切になさってください」

「ありがとう、アウラさん」

 

 レオンは少しだけ驚いたように俺を見た後、柔らかく微笑んだ。

 

「君は丁寧に話すんだね」

「ユリウス先生に、少しずつ教えていただいておりますので」

「なるほど。先生の教え方は分かりやすいからね」

 

 レオンはそう言ってから、ふと俺の顔をじっと見た。

 いや、顔というより、何かを探るような目だった。

 

「……ところで、アウラさん」

「はい」

「君とは、どこかで会ったことがなかっただろうか」

 

 心臓が少しだけ跳ねた。

 それは、俺も感じていたことだった。

 今朝、初めて見たはずなのに、声の雰囲気に妙な引っかかりがあった。

 どこかで聞いたことがあるような。

 でも、どこで聞いたのか思い出せない。

 

「あれ、レオン様もですか?」

「も、ということは、君も?」

「はい。私も、どこかでレオン様とお会いしたような気がしていて、不思議に思っていたんです」

 

 レオンは少し考えるように顎に手を当てた。

 

「だが、君がドゥル=ブルムに来たのは最近だと聞いている。僕はその頃、街を離れていた」

「そうですね。ですので、お会いできる機会はなかったと思うのですが……」

「ふむ……」

 

 レオンは首を傾げる。

 

「確かに、会うタイミングはなさそうだね。だが、お互いにそう感じるのは不思議だ」

「本当に不思議ですね」

 

 俺も首を傾げる。

 

「何か、縁のようなものがあるのかもしれないね」

 

 レオンは爽やかに笑った。

 イケメンが言うと、そういう言葉も自然に聞こえる。

 これだからイケメンは……。

 

「そう、ですね。どうしてそんな風に感じるのかは分かりませんが、何かあるのかもしれませんね」

 

 俺も軽く笑って答える。

 すると、横から妙に低い声が割り込んできた。

 

「兄上」

 

 ラルフだった。

 なぜか目が真剣だ。

 

「戻ってきたばかりで悪いが、いつものように剣の稽古をつけてくれないか」

「え? 今からかい?」

 

 レオンが少し驚いたように聞き返す。

 ラルフは力強く頷いた。

 

「ああ。今からだ」

「僕は構わないが……ラルフ、訓練から戻ってきたばかりだろう?」

「問題ない。まだ動ける」

 

 いや、絶対に張り切りすぎだろ。

 さっきまで騎士団の訓練をしていたはずなのに、さらにレオンと稽古をするつもりらしい。

 

 兄が帰ってきて嬉しいのか。

 それとも、何か別の理由があるのか。

 よく分からないが、ラルフの目は妙に燃えていた。

 レオンは少し困ったように笑った後、ロイドへ視線を向ける。

 

「ロイド、少し付き合ってもらえるかな」

「はい! もちろんです!」

 

 ロイドが元気よく返事をする。

 

「では、軽く体を動かす程度にしようか。ラルフ、無理はしないように」

「ああ」

 

 ラルフはなぜかレオンに鋭い視線を向けながら、少し焦ったような顔で頷いた。

 これは兄弟水入らずの時間というやつだろう。

 邪魔をするのは悪いな。

 

「それでは、私はこれで失礼いたします」

 

 俺は三人に向かって軽く頭を下げた。

 

「アウラさん、また後で」

「はい、レオン様」

 

 レオンは柔らかく手を上げる。

 ラルフは何か言いたそうにこちらを見たが、結局何も言わなかった。

 

 俺はそのまま離れの方へ歩き出す。

 教会の人間が来ていること。

 沈鐘の回廊の魔物が減っていること。

 そして、レオンに感じた妙な既視感。

 

 考えることは色々ある。

 だが、まずはシエルだ。

 聖療教会の話は、できるだけ早く伝えておいた方がいい。

 そう思いながら、俺は離れへ向かった。

 

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