【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
離れへ戻った俺は、すぐにシエルの部屋を訪ねた。
聖療教会の人間が、ドゥル=ブルムに来ている。
その話は、できるだけ早く本人に伝えておいた方がいい。
俺が扉を叩くと、中からすぐに返事があった。
「はい、どうぞ」
扉を開けると、シエルは部屋の中で本を読んでいた。
ベッドに腰掛け、膝の上に本を広げている。
こちらを見ると、柔らかく微笑んだ。
「アウラさん。どうしました?」
「あー……少し話しておきたいことがあるんだ。今、大丈夫か?」
俺の声が思ったより真面目だったのか、シエルはすぐに表情を引き締めた。
本を閉じ、膝の上に置く。
「はい。大丈夫です」
俺は部屋の中へ入り、扉を閉めた。
念のため周囲に誰かがいないか気配を探る……と言っても、俺にそんな高度な能力はない。
ただ、廊下に人の声や足音はなさそうだった。
部屋の椅子を借りて腰を下ろす。
シエルはベッドに座ったまま、こちらを見ていた。
「聖療教会の人が一人、ドゥル=ブルムに来たらしい」
俺は、クラウスから聞いた話をそのまま伝えた。
一通り話すと、シエルは少しだけ視線を落とした。
すぐに怯えた顔になるわけではなかったが、表情は明らかに硬くなっている。
「……聖療教会の方が、一人」
「ああ。とは言え、俺たちを探しに来たかどうかは分からない。ここはダンジョンが近いから怪我人も多くて、教会の人が来るのも珍しいことじゃないって聞いた。シエルはどう思う?」
俺がそう尋ねると、シエルはしばらく考え込んだ。
「そうですね……。怪我人が多い場所へ応援の方が来ること自体は、別に珍しいことではないと思います。特に、ここはダンジョンが複数あるみたいですし」
「やっぱりそうなのか」
「はい。大きな街や、怪我人の多い場所には、教会の方が派遣されることがあります。治療を行う人が足りなくなることもありますし」
シエルはそこまで言ってから、少しだけ眉を寄せた。
「それに、一人ということは、私を探しに来たわけではない……のかもしれません」
「一人だと、探すには少ない?」
「はい。もし本気で私を連れ戻すつもりなら、もう少し人を動かすと思います。護衛も必要ですし、見つけた後のこともありますから」
なるほど。
確かに、逃げた相手を連れ戻すために一人だけ送り込むというのは、少し心許ない気もする。
ただ、シエルはそこで安心したわけではなかった。
「でも……」
シエルは小さく息を吸う。
「私がいなくなったことを大事にしたくなくて、少人数で秘密裏に探している可能性もあります。あまり大勢で動けば、外にも話が広がってしまいますから」
「ああ、なるほど」
「それに、もしかすると……護衛の子たちが、単独で探し続けている、ということもあるのかもしれません」
「護衛の子たち?」
「はい。教会の外へ出かける際には、必ず私に護衛が付きます。その中には、子どもの頃からそばで見てきた子たちもいるんです。私のことを聖女としてだけではなく、一人の人間として見てくれている子たちも……」
シエルは困ったように笑った。
その笑みには懐かしさと、少しの申し訳なさが混じっているように見えた。
「以前お話しした、ヴェルノもそうです。きっと私のことを心配して探してくれています」
シエルはそう言って、膝の上でそっと手を握った。
やはり、平気なわけではないのだろう。
それでも、彼女は顔を上げた。
「……でも、もう私は教会に戻らないと決めましたので」
その声は、思ったよりもしっかりしていた。
「匿っていただけている間は、ここからあまり出ないようにします。余計な心配を増やしたくありませんし、皆さんに迷惑をかけるわけにもいきませんから」
シエルはキリッとした顔でそう言った。
普段の柔らかい雰囲気とは少し違う。
自分の中で、ちゃんと覚悟を決めている顔だった。
俺と違って、シエルはこの屋敷の中に居続けても、それほど不満はなさそうだ。
もちろん不安はあるのだろうが、外へ出られないこと自体に対しては、俺ほど息苦しさを感じていないように見える。
「ふーん。まあ、それならそれで安心だ。俺も、しばらくは大人しくしてようとは思うんだけど……」
言いながら、俺は少しだけ視線を逸らした。
「俺はずっと中にいると、どうしても外に出たくなるんだよなぁ。たまに息抜きしたくなるというか」
その瞬間、シエルの表情が曇った。
「……私のせいですよね。すみません」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「あー、いやいや。違う違う。そうじゃない」
俺は慌てて手を振った。
「これは完全に俺の性格の問題だから。ずっと部屋にいると落ち着かないだけで、シエルのせいじゃない。むしろ、俺が勝手にふらふら出歩きたくなる方が問題だから」
「でも、私が教会から逃げていなければ、アウラさんもここまで気を遣わなくて済んだかもしれませんし……」
「いや、それを言ったら俺だって、見た目のせいで面倒事を引き寄せてるしな」
聖女と間違われて襲われたり、目立つから外を歩きにくかったり。
自分の事情だけでも十分面倒だ。
「それに、シエルが無事でいることの方が大事だろ。外に出たいくらいは、俺が我慢すればいい話だ」
まあ、我慢できるとは言っていない。
できればいいな、くらいの話である。
シエルは少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。
「アウラさんは、優しいですね」
「そうか?」
「はい」
真正面から言われると、少しむず痒い。
俺は照れ隠しに咳払いをした。
「まあ、とにかく。教会の人間が来ているってことだけは、頭に入れておいてくれ。しばらくは一人で外に出ない方がいいと思う」
「はい。そうします」
シエルは素直に頷いた。
これで、とりあえず伝えるべきことは伝えられた。
だが、重い話だけで終わるのも何となく気まずい。
シエルもまだ少し表情が沈んでいる。
俺は話題を変えることにした。
「そういや、シエルって回復魔法は取ってるって言ってたけど、俺みたいに剣術とか、戦闘に使えそうなスキルは取ってないのか?」
「戦闘用のスキルですか?」
「ああ。剣術とか、槍術とか、攻撃魔法みたいなやつとか」
シエルは少し考えるように首を傾げ、それからすぐに首を横に振った。
「取っていませんね」
「全く?」
「はい。私は回復魔法や、便利そうなものを優先しましたので、戦うためのスキルは、取っていません」
「そうなのか」
シエルの性格を考えれば、むしろ自然なのかもしれない。
彼女は戦うことを好むようには見えないし、できれば誰かを傷つけること自体、避けたいタイプだろう。
ただ、この世界で一人で生きるには、戦う力が必要になる場面もある。
そう思っていたのだが、シエルは少し違う見方をしているようだった。
「アウラさんって、この世界に来てから、怪我をしたことはありますか?」
「怪我?」
聞かれて、俺は少し考え込む。
この世界に来てからのことを思い返す。
色々な魔物や髑髏仮面の男みたいな、強敵とも戦った。
だが、実際に怪我をしたかと言われると……。
「……いや。そういえば、怪我したことはない、かも」
「ですよね」
シエルは頷いた。
「私もです。怖い思いは何度もしましたけど、怪我をしたことはありません」
「やっぱり、鎧とか魔剣のお陰か?」
「たぶん、そうだと思います」
シエルは自分の手元へ視線を落とした。
「危ない時、身体が勝手に動くことがありますよね。自分では避けられないと思ったのに、いつの間にか避けていたり。攻撃されると思った瞬間に、勝手に反撃していたり」
「ああ、あるある」
心当たりはありすぎる。
普段は自分の意思で剣を振っているつもりだ。
だが、本当に危険な時は違う。
身体が勝手に動く。
「私も、最初は何が起きているのか分かりませんでした」
シエルは小さく息を吐く。
「前もお話しましたが、こちらの世界へ放り出された時、森の中で一人だったんです。しばらく一人で森の中を彷徨って、魔物にも何度も襲われました。でも、危ないと思うたびに、身体が勝手に動いて……気づいたら助かっていました」
「そういや前言ってたな……」
「はい」
シエルの顔が少しだけ渋くなる。
嫌なことを思い出したのだろう。
「正直、もう二度と経験したくないです」
「それはそうだろうな……」
俺は女神の奴に、アストルの街の中に放り出された。
周りに奇異の目で見られるのはしんどかったが、それでも森の中に一人、訳もわからずほっぽり出されるよりは余程いい。
もし何もわからない状態で森の中、一人で何日も彷徨えと言われたら、精神的に相当きつい。
シエルは見た目よりずっと大変な思いをしているんだろうな。
「でも、その時に思ったんです。普通の魔物や人相手なら、私たちはそう簡単には負けないのかもしれないって。絶対に負けない、とは言いません。何があるか分かりませんし、私たちの力が通じない相手もいるかもしれませんから」
シエルは慎重に言葉を選ぶように続けた。
「でも、少なくとも危険な時に身を守る力は、最初から与えられているのだと思います。だから私は、戦うためのスキルにポイントを使うより、回復魔法のように、自分の意思で誰かを助けられる力を選んだ方がいいと思いました」
「なるほど……」
言われてみると、確かにそうかもしれない。
俺は剣術にスキルポイントを使った。
そのおかげで、自分の意思である程度戦えるようになったとは思う。
スキルがなければ、身体が勝手に動く時以外は、ただ振り回すだけだったかもしれない。
だから完全に無駄だったとは思わない。
だが、危険な時に自動で何とかしてくれる機能が最初からあるのなら、今後も戦闘系スキルばかり取る必要はないのかもしれない。
「でも、怖くないわけじゃありません」
シエルがぽつりと言った。
「身体が勝手に動いて助かっても、自分で何をしているのか分からないのは、やっぱり怖いです」
シエルはそこで言葉を切った。
ぎゅっと拳を握る。
「私は、できれば戦うようなことはしたくありません」
「まあ、そりゃ俺もそうだけどな」
襲われたら抵抗するしかない。
守りたい相手がいるなら、戦うしかないこともある。
だが、好き好んで誰かと戦いたいわけではない。
この世界に来てから、そういう場面が多すぎるだけなんだよなぁ……。
「となると、俺も次に取るスキルは少し考えた方がいいな」
「アウラさんは、戦う力を伸ばすつもりだったんですか?」
「それも考えてた。もっと強くならないと危ない相手もいたしな。でも、戦闘は魔剣や鎧に任せられる部分もあるなら、便利そうなスキルを取るのもありかなって」
「便利そうなスキル、ですか」
「ああ。例えば……」
そこで俺は考え込んだ。
便利なスキル。
今の俺に必要なもの。
この見た目のせいで、外を歩くだけでも目立つ。
聖女と間違われる。
変な相手に狙われる。
なら、まず必要なのは戦闘力ではなく、目立たない力なのではないか。
「変装みたいなスキルとか、ないのかな……」
「変装、ですか?」
「ああ。顔を別人みたいに変えられれば、街に出てもバレにくいだろ? 俺も目立たずに動けるし、シエルだって少しは外を歩きやすくなるかもしれない」
シエルは少しだけ目を丸くした。
「変装……。たしかに、それができれば便利ですね」
「だろ?」
顔を変える。
髪型を変える。
雰囲気を変える。
そうすれば、少なくとも一目で「あの金髪の美少女だ」と認識される可能性は下がる。
いや、待てよ。
そこで、俺はふと思い出した。
メイクだ。
この屋敷で整えてもらった時も、かなり印象が変わった。
お嬢様っぽいというか、育ちの良い貴族令嬢のような雰囲気になった。
あれはあれで、とても良かった。
だが、ネリィにしてもらったメイクは、さらに別物だった。
ネリィに着替えさせられ、化粧を施された時のことを思い出す。
鏡の中にいたのは、いつもの自分ではなかった。
守ってあげたくなるような、柔らかく、少し儚げで、妙に可愛らしい女の子。
自分なのに、自分ではないように見えた。
正直、あれはかなり衝撃だった。
自分で自分に一瞬ときめきかけたくらいだ。
いや、あれは仕方ない。
ネリィの腕が良すぎたのだ。
そうだ。
あのメイクなら、俺だとバレないのではないか。
別人みたいに見えるメイク。
雰囲気を変える化粧に衣装。
それがあれば、街を歩く時の危険を減らせるかもしれない。
シエルだって、顔や雰囲気を変えれば、教会の人間に見つかる可能性を下げられるかもしれない。
もしかして、俺は天才なのでは?
「アウラさん?」
シエルの声で我に返る。
「あ、いや。ちょっと良い方法を思いついたかもしれない」
「良い方法、ですか?」
「ああ、そうだ。俺、昨日……」
言ってから、俺は慌てて口をつぐんだ。
あぶねえ、娼館に行ったことを話すわけにはいかない。
「あ~……。ちょっと確認してから話すことにするわ」
シエルが純粋な目で聞いてくる。
「昨日何かあったんですか?」
「まあ、色々ありまして、ね……」
何にしてもメイクしてもらえるかどうかは、もう一度ネリィに会う必要がある。
そのためには、また夜蜜亭へ行く必要がある。
昨日のことを思い出すと正直、気が重い。
だが、ネリィに会うなら、行くしかない。
クラウスには、不用意な行動を控えると言ったばかりだ。
聖療教会の人間が来ているかもしれない以上、大人しくしているべきなのも分かっている。
でも、これは違う。
ただ遊びに行くわけではない。
俺自身を守るためであり、シエルを守るためでもある。
変装が上手くなれば、今後の行動の幅が広がる。
安全のための準備。
そう、安全のための準備なのだ。
ついでに、もしかしたら昨日できなかったことも少しは……。
いやいや、変装のためだからな。
うん、これは仕方ない。
しょうがないやつだ。
「アウラさん、何か悪いことを考えていませんか?」
「考えてない考えてない。すごく真面目なことを考えてる」
「本当ですか?」
「本当だって。変装ができれば、俺も目立たずに動けるし、シエルもいざという時に顔を隠せるだろ?」
これは本心だ。
半分くらいは。
シエルは少し考えてから、ゆっくりと頷いた。
「確かに、顔や雰囲気を変えられるなら、役に立つかもしれませんね。でも、危ないことはしないでくださいね」
「分かってる。無茶はしない」
昨日の夜の俺が聞いたら、どの口が言っているんだと突っ込みそうだ。
しかし今日の俺は違う。
目的がある。
安全対策という大義名分がある。
「とにかく、しばらくシエルは離れからあまり出ない方がいいと思う。教会の人間が本当にただの応援なのか、こっちを探しているのか分かるまでは」
「はい。気をつけます」
シエルは真剣な顔で頷いた。
先ほどよりも少し落ち着いたように見える。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
「はい。アウラさんも、気をつけてくださいね」
「ああ」
俺は椅子から立ち上がり、扉へ向かう。
部屋を出る前に、もう一度だけ振り返った。
「本当に、シエルのせいじゃないからな。そこは勘違いするなよ」
シエルは少し驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「はい。ありがとうございます」
その返事を聞いて、俺はシエルの部屋を出た。
廊下に出ると、少しだけ息を吐く。
教会の件は、これでひとまず伝えられた。
そして、俺にはもう一つ考えることができた。
変装。
メイク。
ネリィ。
あの夜蜜亭に、もう一度行く必要がある。
……いや、違う。
行きたいわけではない。
必要だから行くのだ。
変装ができれば、俺は街を歩きやすくなる。
シエルだって、いざという時に身を隠しやすくなる。
これは自分たちを守るための行動だ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は廊下を歩き出した。
ただ、あの店の扉をもう一度くぐる自分を想像すると、足の裏に妙な感触が蘇りそうになる。
「……いや、あれは忘れよう。うん」
小さく呟き、俺は頭を振った。