【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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92話 天才のひらめき

 離れへ戻った俺は、すぐにシエルの部屋を訪ねた。

 聖療教会の人間が、ドゥル=ブルムに来ている。

 その話は、できるだけ早く本人に伝えておいた方がいい。

 俺が扉を叩くと、中からすぐに返事があった。

 

「はい、どうぞ」

 

 扉を開けると、シエルは部屋の中で本を読んでいた。

 ベッドに腰掛け、膝の上に本を広げている。

 こちらを見ると、柔らかく微笑んだ。

 

「アウラさん。どうしました?」

「あー……少し話しておきたいことがあるんだ。今、大丈夫か?」

 

 俺の声が思ったより真面目だったのか、シエルはすぐに表情を引き締めた。

 本を閉じ、膝の上に置く。

 

「はい。大丈夫です」

 

 俺は部屋の中へ入り、扉を閉めた。

 念のため周囲に誰かがいないか気配を探る……と言っても、俺にそんな高度な能力はない。

 ただ、廊下に人の声や足音はなさそうだった。

 

 部屋の椅子を借りて腰を下ろす。

 シエルはベッドに座ったまま、こちらを見ていた。

 

「聖療教会の人が一人、ドゥル=ブルムに来たらしい」

 

 俺は、クラウスから聞いた話をそのまま伝えた。

 一通り話すと、シエルは少しだけ視線を落とした。

 すぐに怯えた顔になるわけではなかったが、表情は明らかに硬くなっている。

 

「……聖療教会の方が、一人」

「ああ。とは言え、俺たちを探しに来たかどうかは分からない。ここはダンジョンが近いから怪我人も多くて、教会の人が来るのも珍しいことじゃないって聞いた。シエルはどう思う?」

 

 俺がそう尋ねると、シエルはしばらく考え込んだ。

 

「そうですね……。怪我人が多い場所へ応援の方が来ること自体は、別に珍しいことではないと思います。特に、ここはダンジョンが複数あるみたいですし」

「やっぱりそうなのか」

「はい。大きな街や、怪我人の多い場所には、教会の方が派遣されることがあります。治療を行う人が足りなくなることもありますし」

 

 シエルはそこまで言ってから、少しだけ眉を寄せた。

 

「それに、一人ということは、私を探しに来たわけではない……のかもしれません」

「一人だと、探すには少ない?」

「はい。もし本気で私を連れ戻すつもりなら、もう少し人を動かすと思います。護衛も必要ですし、見つけた後のこともありますから」

 

 なるほど。

 確かに、逃げた相手を連れ戻すために一人だけ送り込むというのは、少し心許ない気もする。

 ただ、シエルはそこで安心したわけではなかった。

 

「でも……」

 

 シエルは小さく息を吸う。

 

「私がいなくなったことを大事にしたくなくて、少人数で秘密裏に探している可能性もあります。あまり大勢で動けば、外にも話が広がってしまいますから」

「ああ、なるほど」

「それに、もしかすると……護衛の子たちが、単独で探し続けている、ということもあるのかもしれません」

「護衛の子たち?」

「はい。教会の外へ出かける際には、必ず私に護衛が付きます。その中には、子どもの頃からそばで見てきた子たちもいるんです。私のことを聖女としてだけではなく、一人の人間として見てくれている子たちも……」

 

 シエルは困ったように笑った。

 その笑みには懐かしさと、少しの申し訳なさが混じっているように見えた。

 

「以前お話しした、ヴェルノもそうです。きっと私のことを心配して探してくれています」

 

 シエルはそう言って、膝の上でそっと手を握った。

 やはり、平気なわけではないのだろう。

 それでも、彼女は顔を上げた。

 

「……でも、もう私は教会に戻らないと決めましたので」

 

 その声は、思ったよりもしっかりしていた。

 

「匿っていただけている間は、ここからあまり出ないようにします。余計な心配を増やしたくありませんし、皆さんに迷惑をかけるわけにもいきませんから」

 

 シエルはキリッとした顔でそう言った。

 普段の柔らかい雰囲気とは少し違う。

 自分の中で、ちゃんと覚悟を決めている顔だった。

 

 俺と違って、シエルはこの屋敷の中に居続けても、それほど不満はなさそうだ。

 もちろん不安はあるのだろうが、外へ出られないこと自体に対しては、俺ほど息苦しさを感じていないように見える。

 

「ふーん。まあ、それならそれで安心だ。俺も、しばらくは大人しくしてようとは思うんだけど……」

 

 言いながら、俺は少しだけ視線を逸らした。

 

「俺はずっと中にいると、どうしても外に出たくなるんだよなぁ。たまに息抜きしたくなるというか」

 

 その瞬間、シエルの表情が曇った。

 

「……私のせいですよね。すみません」

 

 彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「あー、いやいや。違う違う。そうじゃない」

 

 俺は慌てて手を振った。

 

「これは完全に俺の性格の問題だから。ずっと部屋にいると落ち着かないだけで、シエルのせいじゃない。むしろ、俺が勝手にふらふら出歩きたくなる方が問題だから」

「でも、私が教会から逃げていなければ、アウラさんもここまで気を遣わなくて済んだかもしれませんし……」

「いや、それを言ったら俺だって、見た目のせいで面倒事を引き寄せてるしな」

 

 聖女と間違われて襲われたり、目立つから外を歩きにくかったり。

 自分の事情だけでも十分面倒だ。

 

「それに、シエルが無事でいることの方が大事だろ。外に出たいくらいは、俺が我慢すればいい話だ」

 

 まあ、我慢できるとは言っていない。

 できればいいな、くらいの話である。

 シエルは少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。

 

「アウラさんは、優しいですね」

「そうか?」

「はい」

 

 真正面から言われると、少しむず痒い。

 俺は照れ隠しに咳払いをした。

 

「まあ、とにかく。教会の人間が来ているってことだけは、頭に入れておいてくれ。しばらくは一人で外に出ない方がいいと思う」

「はい。そうします」

 

 シエルは素直に頷いた。

 これで、とりあえず伝えるべきことは伝えられた。

 だが、重い話だけで終わるのも何となく気まずい。

 シエルもまだ少し表情が沈んでいる。

 俺は話題を変えることにした。

 

「そういや、シエルって回復魔法は取ってるって言ってたけど、俺みたいに剣術とか、戦闘に使えそうなスキルは取ってないのか?」

「戦闘用のスキルですか?」

「ああ。剣術とか、槍術とか、攻撃魔法みたいなやつとか」

 

 シエルは少し考えるように首を傾げ、それからすぐに首を横に振った。

 

「取っていませんね」

「全く?」

「はい。私は回復魔法や、便利そうなものを優先しましたので、戦うためのスキルは、取っていません」

「そうなのか」

 

 シエルの性格を考えれば、むしろ自然なのかもしれない。

 彼女は戦うことを好むようには見えないし、できれば誰かを傷つけること自体、避けたいタイプだろう。

 ただ、この世界で一人で生きるには、戦う力が必要になる場面もある。

 そう思っていたのだが、シエルは少し違う見方をしているようだった。

 

「アウラさんって、この世界に来てから、怪我をしたことはありますか?」

「怪我?」

 

 聞かれて、俺は少し考え込む。

 この世界に来てからのことを思い返す。

 色々な魔物や髑髏仮面の男みたいな、強敵とも戦った。

 だが、実際に怪我をしたかと言われると……。

 

「……いや。そういえば、怪我したことはない、かも」

「ですよね」

 

 シエルは頷いた。

 

「私もです。怖い思いは何度もしましたけど、怪我をしたことはありません」

「やっぱり、鎧とか魔剣のお陰か?」

「たぶん、そうだと思います」

 

 シエルは自分の手元へ視線を落とした。

 

「危ない時、身体が勝手に動くことがありますよね。自分では避けられないと思ったのに、いつの間にか避けていたり。攻撃されると思った瞬間に、勝手に反撃していたり」

「ああ、あるある」

 

 心当たりはありすぎる。

 普段は自分の意思で剣を振っているつもりだ。

 だが、本当に危険な時は違う。

 身体が勝手に動く。

 

「私も、最初は何が起きているのか分かりませんでした」

 

 シエルは小さく息を吐く。

 

「前もお話しましたが、こちらの世界へ放り出された時、森の中で一人だったんです。しばらく一人で森の中を彷徨って、魔物にも何度も襲われました。でも、危ないと思うたびに、身体が勝手に動いて……気づいたら助かっていました」

「そういや前言ってたな……」

「はい」

 

 シエルの顔が少しだけ渋くなる。

 嫌なことを思い出したのだろう。

 

「正直、もう二度と経験したくないです」

「それはそうだろうな……」

 

 俺は女神の奴に、アストルの街の中に放り出された。

 周りに奇異の目で見られるのはしんどかったが、それでも森の中に一人、訳もわからずほっぽり出されるよりは余程いい。

 もし何もわからない状態で森の中、一人で何日も彷徨えと言われたら、精神的に相当きつい。

 シエルは見た目よりずっと大変な思いをしているんだろうな。

 

「でも、その時に思ったんです。普通の魔物や人相手なら、私たちはそう簡単には負けないのかもしれないって。絶対に負けない、とは言いません。何があるか分かりませんし、私たちの力が通じない相手もいるかもしれませんから」

 

 シエルは慎重に言葉を選ぶように続けた。

 

「でも、少なくとも危険な時に身を守る力は、最初から与えられているのだと思います。だから私は、戦うためのスキルにポイントを使うより、回復魔法のように、自分の意思で誰かを助けられる力を選んだ方がいいと思いました」

「なるほど……」

 

 言われてみると、確かにそうかもしれない。

 俺は剣術にスキルポイントを使った。

 そのおかげで、自分の意思である程度戦えるようになったとは思う。

 スキルがなければ、身体が勝手に動く時以外は、ただ振り回すだけだったかもしれない。

 だから完全に無駄だったとは思わない。

 

 だが、危険な時に自動で何とかしてくれる機能が最初からあるのなら、今後も戦闘系スキルばかり取る必要はないのかもしれない。

 

「でも、怖くないわけじゃありません」

 

 シエルがぽつりと言った。

 

「身体が勝手に動いて助かっても、自分で何をしているのか分からないのは、やっぱり怖いです」

 

 シエルはそこで言葉を切った。

 ぎゅっと拳を握る。

 

「私は、できれば戦うようなことはしたくありません」

「まあ、そりゃ俺もそうだけどな」

 

 襲われたら抵抗するしかない。

 守りたい相手がいるなら、戦うしかないこともある。

 だが、好き好んで誰かと戦いたいわけではない。

 この世界に来てから、そういう場面が多すぎるだけなんだよなぁ……。

 

「となると、俺も次に取るスキルは少し考えた方がいいな」

「アウラさんは、戦う力を伸ばすつもりだったんですか?」

「それも考えてた。もっと強くならないと危ない相手もいたしな。でも、戦闘は魔剣や鎧に任せられる部分もあるなら、便利そうなスキルを取るのもありかなって」

「便利そうなスキル、ですか」

「ああ。例えば……」

 

 そこで俺は考え込んだ。

 便利なスキル。

 今の俺に必要なもの。

 この見た目のせいで、外を歩くだけでも目立つ。

 聖女と間違われる。

 変な相手に狙われる。

 なら、まず必要なのは戦闘力ではなく、目立たない力なのではないか。

 

「変装みたいなスキルとか、ないのかな……」

「変装、ですか?」

「ああ。顔を別人みたいに変えられれば、街に出てもバレにくいだろ? 俺も目立たずに動けるし、シエルだって少しは外を歩きやすくなるかもしれない」

 

 シエルは少しだけ目を丸くした。

 

「変装……。たしかに、それができれば便利ですね」

「だろ?」

 

 顔を変える。

 髪型を変える。

 雰囲気を変える。

 そうすれば、少なくとも一目で「あの金髪の美少女だ」と認識される可能性は下がる。

 

 いや、待てよ。

 そこで、俺はふと思い出した。

 メイクだ。

 

 この屋敷で整えてもらった時も、かなり印象が変わった。

 お嬢様っぽいというか、育ちの良い貴族令嬢のような雰囲気になった。

 あれはあれで、とても良かった。

 

 だが、ネリィにしてもらったメイクは、さらに別物だった。

 ネリィに着替えさせられ、化粧を施された時のことを思い出す。

 

 鏡の中にいたのは、いつもの自分ではなかった。

 守ってあげたくなるような、柔らかく、少し儚げで、妙に可愛らしい女の子。

 自分なのに、自分ではないように見えた。

 

 正直、あれはかなり衝撃だった。

 自分で自分に一瞬ときめきかけたくらいだ。

 いや、あれは仕方ない。

 ネリィの腕が良すぎたのだ。

 

 そうだ。

 あのメイクなら、俺だとバレないのではないか。

 

 別人みたいに見えるメイク。

 雰囲気を変える化粧に衣装。

 それがあれば、街を歩く時の危険を減らせるかもしれない。

 シエルだって、顔や雰囲気を変えれば、教会の人間に見つかる可能性を下げられるかもしれない。

 もしかして、俺は天才なのでは?

 

「アウラさん?」

 

 シエルの声で我に返る。

 

「あ、いや。ちょっと良い方法を思いついたかもしれない」

「良い方法、ですか?」

「ああ、そうだ。俺、昨日……」

 

 言ってから、俺は慌てて口をつぐんだ。

 あぶねえ、娼館に行ったことを話すわけにはいかない。

 

「あ~……。ちょっと確認してから話すことにするわ」

 

 シエルが純粋な目で聞いてくる。

 

「昨日何かあったんですか?」

「まあ、色々ありまして、ね……」

 

 何にしてもメイクしてもらえるかどうかは、もう一度ネリィに会う必要がある。

 そのためには、また夜蜜亭へ行く必要がある。

 昨日のことを思い出すと正直、気が重い。

 だが、ネリィに会うなら、行くしかない。

 

 クラウスには、不用意な行動を控えると言ったばかりだ。

 聖療教会の人間が来ているかもしれない以上、大人しくしているべきなのも分かっている。

 

 でも、これは違う。

 ただ遊びに行くわけではない。

 俺自身を守るためであり、シエルを守るためでもある。

 変装が上手くなれば、今後の行動の幅が広がる。

 安全のための準備。

 そう、安全のための準備なのだ。

 ついでに、もしかしたら昨日できなかったことも少しは……。

 いやいや、変装のためだからな。

 うん、これは仕方ない。

 しょうがないやつだ。

 

「アウラさん、何か悪いことを考えていませんか?」

「考えてない考えてない。すごく真面目なことを考えてる」

「本当ですか?」

「本当だって。変装ができれば、俺も目立たずに動けるし、シエルもいざという時に顔を隠せるだろ?」

 

 これは本心だ。

 半分くらいは。

 シエルは少し考えてから、ゆっくりと頷いた。

 

「確かに、顔や雰囲気を変えられるなら、役に立つかもしれませんね。でも、危ないことはしないでくださいね」

「分かってる。無茶はしない」

 

 昨日の夜の俺が聞いたら、どの口が言っているんだと突っ込みそうだ。

 しかし今日の俺は違う。

 目的がある。

 安全対策という大義名分がある。

 

「とにかく、しばらくシエルは離れからあまり出ない方がいいと思う。教会の人間が本当にただの応援なのか、こっちを探しているのか分かるまでは」

「はい。気をつけます」

 

 シエルは真剣な顔で頷いた。

 先ほどよりも少し落ち着いたように見える。

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」

「はい。アウラさんも、気をつけてくださいね」

「ああ」

 

 俺は椅子から立ち上がり、扉へ向かう。

 部屋を出る前に、もう一度だけ振り返った。

 

「本当に、シエルのせいじゃないからな。そこは勘違いするなよ」

 

 シエルは少し驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑った。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 その返事を聞いて、俺はシエルの部屋を出た。

 廊下に出ると、少しだけ息を吐く。

 教会の件は、これでひとまず伝えられた。

 そして、俺にはもう一つ考えることができた。

 

 変装。

 メイク。

 ネリィ。

 

 あの夜蜜亭に、もう一度行く必要がある。

 ……いや、違う。

 行きたいわけではない。

 必要だから行くのだ。

 

 変装ができれば、俺は街を歩きやすくなる。

 シエルだって、いざという時に身を隠しやすくなる。

 これは自分たちを守るための行動だ。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は廊下を歩き出した。

 ただ、あの店の扉をもう一度くぐる自分を想像すると、足の裏に妙な感触が蘇りそうになる。

 

「……いや、あれは忘れよう。うん」

 

 小さく呟き、俺は頭を振った。

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