【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
シエルの部屋を出た俺は、ひとまず深呼吸をした。
聖療教会の件を伝えた。
シエルも、しばらくは離れからあまり出ないと言ってくれた。
それだけでも、少しは安心できる。
あとはクラウスから頼まれていた、マルルゥの件だ。
魔導国家について話を聞きたいと言っていたし、伝えておかなくては。
俺は離れから庭へ向かった。
庭では、ティナとカイトが訓練をしていた。
ティナは少し離れた場所で魔法の制御を練習している。
カイトは木剣を手に、身体強化の感覚を確かめるように何度も踏み込みを繰り返していた。
そして、その近くでマルルゥが眠そうに座っている。
指導しているようには見えないが……あれでもちゃんと見ているのだろう。たぶん。
「おーい、マルルゥ。ちょっといいか?」
俺が声をかけると、マルルゥは振り返った。
「なーに?」
「クラウス様が、お前に魔導国家のことについて聞きたいらしいんだ。時間がある時に来てほしいって」
そう伝えた瞬間、マルルゥは分かりやすく嫌そうな顔をした。
「えぇ……面倒くさいんだけど……」
予想通りの反応である。
「まあまあ、そう言わずに」
「だって貴族の人と真面目な話するんでしょ? 絶対長くなるじゃん」
「長くなるかもしれないけど、大事な話みたいだからさ」
「大事な話って、大抵面倒くさい話なんだよねぇ」
否定できない。
マルルゥは肩をすくめながら、ティナの方をちらりと見る。
ティナはちょうど風の刃を薄く保つ訓練をしているところだった。
カイトも少し離れて、木剣を構えている。
「それにボク、今この二人の訓練見てるし」
「見てるだけじゃないのか?」
「失礼な。ちゃんと見てるよ。ほら、ティナ、今のは少し魔力が散りすぎ。もっと細くまとめて」
「わ、わかった!」
マルルゥが軽く声をかけると、ティナが慌てて魔法を整える。
どうやら本当に見ていたらしい。
「まあ、後ででいいから」
「えぇー……」
まだ渋っている。
うーん、仕方ない。
ここは餌として、回復魔法で覚えたブレッシングでも見せてやるか。
「そうだ。面白い魔法を見せてやるからさ」
マルルゥの耳がぴくりと動いた気がした。
「面白い魔法?」
「ああ」
「外に行く必要があるなら面倒だから別にいいんだけど……」
「外には行かなくていい。ここで見せられるやつだ」
「ふぅん?」
マルルゥは少しだけ興味を持ったように、こちらを見た。
「今見せてくれるの?」
「今はちょっとタイミングが悪いから、また時間がある時に見せる」
直接的な回復じゃないにしても、ブレッシングは回復魔法で覚えるものだしあまり大っぴらに見せるものでもないからな。念のため、マルルゥにだけ見せたほうがいいだろう。
「えぇー、先払いじゃないの?」
「ちゃんと見せるって。つまらなかったら、次から頼みごとを聞かなくてもいいから」
マルルゥはじっと俺を見た。
疑うような顔だが、その目には少し好奇心が混じっている。
「……まあ、いいけど。貸し一つだからね」
「分かった分かった」
「それで、ブルム男爵に魔導国家の話をすればいいんだっけ?」
「ああ。この間、俺たちを襲ってきた二人組の話をしたら、気にしてたみたいなんだ。魔剣を何本も持っていたやつら」
その言葉に、マルルゥの表情が少しだけ変わった。
さっきまでの面倒くさそうな顔ではなく、何かを思い出したような目になる。
「そりゃ、気にするでしょ。ここはドゥル=ブルムだし」
「どういうことだ?」
「前にも少し話したでしょ。百年以上前、魔導国家が勢力を伸ばしていたって」
「あー……確かに言ってたな」
「近隣諸国対魔導国家、みたいな戦争があったのさ。今は魔導戦役って呼ばれてるけどね」
魔導戦役。
初めて聞く言葉だ。
「その時、ここは激戦地の一つだったんだよ。ドゥル=ブルムは落ちなかったけど、かなり酷い被害が出た。だからブルム家にしてみれば、魔導国家は今でも無視できる相手じゃないってこと」
「なるほど……。だからクラウス様も慎重なのか」
「そういうこと。まぁ、百年以上前のことだから、内地の人たちには遠い昔の話って感じで、あんまり知らない人も多いけど」
マルルゥは軽い口調で言ったが、その声はどこか淡々としていた。
百年以上前の戦争。
人間にとっては昔話でも、長命種のマルルゥにとっては、ただの歴史ではないのかもしれない。
「俺も一緒に聞きに行っていいか?」
そう言うと、マルルゥは少しだけ目を細めた。
「……魔導国家の話なんて、聞いても面白くないと思うよ」
「でも、敵の情報は知っておきたい」
「ん……話が終わったら、後で教えてあげるから。ボクが聞いておくよ」
いつもの軽い調子に戻っているようで、どこか違う。
マルルゥはそれ以上、その話を続けたくなさそうだった。
エルフであるマルルゥにとって、百年以上前というのは、遠い昔ではないのかもしれない。
当時から生きていたなら、魔導戦役はただの歴史ではなく、記憶の一部だ。
そう考えると、無理に聞くのも違う気がした。
「分かった。頼む」
「はいはい。後で行っておくよ。貴族の屋敷って、勝手に本館へ行くと怒られるんだっけ?」
「いや、勝手に行くなよ。誰かに取り次いでもらえ」
「面倒だなぁ」
「そこは我慢してくれ」
マルルゥは面倒くさそうに肩をすくめた。
だが、行ってはくれるようだ。
ひとまず、これで用件は済んだ。
魔導国家については、後でマルルゥから話を聞けばいい。
ティナたちにも、必要な情報は共有しておいた方がいいだろう。
敵のことを何も知らないままでいるのは危険だ。
そう考えながら、俺は庭の隅へ移動し、ティナたちの訓練を横目に軽く剣を振ることにした。
夕食を終えた後、俺は昨日と同じように少し早めに席を立った。
「今日は、ちょっと疲れが残ってるみたいだから、早めに休むよ」
なるべく自然に言ったつもりだった。
だが、ティナは心配そうにこちらを見る。
「二日続けて? 本当に大丈夫?」
うっ、良心が痛い。
「あ、ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと眠いだけだから」
「無理しないでね」
「アウラさん、お大事にしてくださいね」
カイトまで心配そうに言ってくる。
うぅ、綺麗な目で見るのはやめてくれ。
俺の心に刺さる。
俺はこれから寝るわけではない。
娼館へ行くのだ。
いや、違う。
変装の勉強に行くのだ。
今日こそ良いことを……いやいや、違う。メイクだ。あくまでメイクを習うためにね?
「本当に大丈夫だから。皆も訓練の疲れをちゃんと取れよ」
そう言って、俺はそそくさと自室へ戻った。
部屋に入ると、扉を閉める。
少しだけ耳を澄ませ、周囲に誰もいないことを確認する。
昨日と同じように地味なローブを羽織り、フードを深く被った。
鏡に映る自分を見て、少しだけ息を吐く。
「これは変装のため。安全対策のため。うん」
そう自分に言い聞かせる。
そして、俺は登録しておいた街の地点を思い浮かべ、ワープを使う。
次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
身体が軽く弾き飛ばされるような感覚のあと、俺は昨日登録した街の道端に立っていた。
「よし、行くか」
周囲を確認する。
夜の街は、昨日よりもずっと騒がしい感じがする。
大通りの方へ歩き出すと、その違いはすぐに分かった。
明らかに冒険者の数が多い。
酒場からは外まで笑い声が漏れ、路上では肩を組んだ男たちが上機嫌に歩いている。
あちこちから酒と肉の匂いが漂い、通り全体が浮かれているようだった。
「今日は俺のおごりだ!」
「その前にツケを払い終えないと駄目だろガハハ!」
「今回はめちゃくちゃ稼げたし、俺のほうがおごってやんよ」
何だか羽振りの良さそうな人が多いなと思いながら、先に進んだ。
娼館のある区画に近づくと、人の数はさらに増えた。
昨日より明らかに多い。
店の前には着飾った女性たちが立ち、通りを歩く男たちへ声をかけている。
どの店に入るか迷っている冒険者。
料金表らしき札を見て相談している男たち。
すでに酒が入っているのか、やたら声の大きい集団。
昨日も賑やかだと思ったが、今日は別物だ。
前の世界の華金を思い出す。
こっちに来てからは、あんまりそういうのを気にしたことがなかったが、そういう文化があるんだろうか。
といっても、冒険者なんて休みなんて自分で好きなように取ればいいから、関係ないだろうが。
俺は人混みをかき分け、夜蜜亭へ向かった。
夜蜜亭の辺りは高級店らしく、安い店のように客引きが腕を掴んでいるわけではなかった。
入口の明かりも落ち着いていて、店の前に立つ女性たちの振る舞いもどこか上品だ。
それでも、昨日より明らかに人の出入りは多い。
俺は少しだけ緊張しながら、店の扉を開けた。
中に入ると、すぐに昨日より忙しいことが分かった。
廊下を女の子たちが行き来し、奥からは笑い声や話し声が聞こえる。
受付には昨日もいた強面の男が立っていた。
「あ、あの、すみません。昨日ネリィさんに案内してもらった……」
俺が恐る恐る声をかけると、強面の男はちらりとこちらを見た。
「ああ、モモだったか」
覚えられている。
ありがたいような、ありがたくないような。
「奥の衣装部屋へ行け」
「え? あ、はい」
話が早い。
まあ、ネリィに会えるならいいか。
俺は言われた通り、昨日使った衣装部屋へ向かった。
部屋の中には誰もいなかった。
壁には色とりどりの衣装が掛かり、台の上には化粧道具や小物が並んでいる。
昨日の記憶が蘇り、少しだけ落ち着かない気持ちになる。
俺は椅子に座り、ローブのフードを外した。
鏡の中には、いつもの金髪の美少女が映っている。
「うーん……」
こうして見ると、昨日のメイクは本当にすごかった。
同じ顔なのに、まるで別人だった。
あれを覚えれば、街を歩く時にもかなり役に立つはずだ。
何としてでもネリィに教えてもらわないと。
そう思っていると、衣装部屋の扉が勢いよく開いた。
「ネリィ、次の衣装どれ使うんだよ──って、誰だコイツ」
入ってきたのは、ネリィともう一人の女性だった。
知らない女性の方は、目つきがきつく、口調も荒い。
髪は深い赤茶色で、後ろでまとめている。
衣装は夜蜜亭のものらしく華やかだが、着こなしはどこか豪快で、姐御肌という言葉が似合いそうな雰囲気だった。
ネリィは俺を見るなり、ぱっと顔を輝かせた。
「あっ、モモちゃんじゃーん!」
「ネ、ネリィさん」
「来てくれたんだ!」
ネリィは嬉しそうに駆け寄ってきて、そのまま俺を抱きしめた。
柔らかい。
胸が当たっている。
ありがとうございます。
……いや、いかん。
静まれ、俺のやましい心。
今日はメイクを習いに来たのだ。
「ネリィ、その子が昨日言ってたやつか?」
目つきのきつい女性が、俺を上から下まで見る。
「そうそう。昨日レーちゃんの相手をしてくれた、モモちゃん」
「へぇ、レーちゃんの相手をねぇ」
女性はにやりと笑った。
「お前、見た目によらず結構変態なんだな」
「ち、違います!」
思わず反射的に否定した。
いや、違う。
俺は変態ではない。
巻き込まれただけだ。
女性はガハハと豪快に笑う。
「冗談だよ、冗談」
「モモちゃん、この子はジーナちゃん」
「ちゃん付けすんな」
即座にジーナが突っ込む。
ネリィは気にした様子もなく続けた。
「こんな感じだけど、ベッドの上では甘々ですっご〜く可愛いんだよ」
「おい、やめろや! 違うからな! 本気にすんなよ!」
ジーナは顔を赤くして怒鳴った。
目つきは怖いが、照れているところを見ると、意外と可愛い人なのかもしれない。
……うーん、こういうギャップのある子もいいですね。
「それより、今日は人が多いからな。ネリィ、あんたもとっとと準備しなよ」
「あ、そうだった」
「通りもすごい人でしたけど、何かあったんですか?」
俺が尋ねると、ネリィは少し疲れたように笑った。
「ほら、最近ダンジョンの中で魔物があまり出ないって話、聞いたことある?」
「ああ、少しだけ」
「昨日の夜、沈鐘の回廊から大きな冒険者パーティーがいくつか帰ってきたの。魔物にほとんど会わなかったおかげで、普段よりずっと奥まで探索できたんだって」
「へぇ~、そうなんですね」
「そうそう、それで今日の昼には換金も終わったみたいで、夜になったら皆、大判振る舞い。酒場も娼館街も大忙しってわけ」
ネリィはそう言って肩を回した。
「嬉しい悲鳴ってやつね」
ジーナも頷く。
「どこの店も客の取り合いだ。隣の紅孔雀亭なんか、朝から呼び込み増やしてやがる」
「紅孔雀亭?」
「隣の店。うちより派手で目立つのが売りなの。今日みたいな日は、ああいう店が強いのよ」
なるほど。
夜蜜亭は高級感のある店だが、こういう浮かれた冒険者が多い日は、分かりやすく派手な店に客が流れやすいのかもしれない。
「まあ、そんなわけで」
ネリィはにっこり笑った。
「モモちゃんも準備しよっか!」
「え?」
何の準備だ。
「あ、いや、今日はですね。ネリィさんに相談があって──」
「こいつ、昨日が初めてなんだろ?」
俺の言葉を遮るように、ジーナが言った。
「今日は他の店から客を取るためにも、表に出した方がいいんじゃないか? これだけ顔が良いんだ。客引きにはもってこいだろ」
「確かにそうね!」
ネリィが手を叩く。
「今日はモモちゃんに表へ出てもらって、お客さんを呼んでもらいましょ!」
「いやいやいや、ちょっと待ってください! 今日はネリィさんにメイクを──」
「メイク? もちろんしてあげる!」
「そうじゃなくて、教えてほしくて──」
「もちろん、これからじっくり教えてあげるから安心して!」
話が全然通じない。
どうすりゃいいんだ!?
「大丈夫大丈夫。まだ本格的なことはさせないから。店の前で笑って、お客さんに声をかけてくれればいいの」
「そうだな。中の仕事よりは楽だろ」
ジーナも当然のように頷く。
「いや、俺は仕事をしに来たわけじゃ……」
「ほら、時間ないから脱いで脱いで」
「え、ちょ、待っ──」
二人にあっという間に服を脱がされる。
昨日も似たような流れだった気がする。
いや、昨日よりひどい。
二人がかりであっという間に、下着姿にされてしまう。
「こっちはどうかな?」
ネリィが薄い布の衣装を手に取る。
「いや、表に出すならもう少し目を引くやつの方がいいだろ。こっちは?」
ジーナが別の衣装を引っ張り出す。
「それはちょっと下品すぎないかなぁ。もう少し上品で……でも、えっちなやつ……あ、これはどう?」
「お、いいんじゃねぇか。ほれ、手で隠すな。とっとと着替えるんだよ」
「ちょ、ちょっと待って! これ、見えちゃってるだろ! 色々と!」
「大丈夫。大事なところはちょっと隠れてるから」
「大事じゃないところは丸見えなんですけど!?」
選ばれた衣装は、布面積が少なすぎるものだった。
肩と背中が大きく開き、胸元は飾り布と細い紐でギリギリ見えてない。
腰から下は薄い布が幾重にも重なっているが、歩くたびに中身が見えそうだ。
いや、もう見えている。
完全に見えている。
防御力が低い。
ハイレグアーマーより精神的な防御力が低い。
「はい、座って座って〜」
ネリィに椅子へ座らされる。
「この衣装だったら、昨日よりもう少し大胆にした方がいいかな」
「いやいや、ちょっと待ってください! 今日は仕事をしに来たわけじゃなくて……」
「はい、メイクするから喋らないで~!」
「うぅ……」
全く話を聞いてもらえない。
ネリィの手が迷いなく動く。
顔に粉が乗せられ、目元に色が差され、唇にも薄く色が塗られていく。
昨日とはまた違う。
可憐というより、今日は少し大人っぽく、夜の店の灯りに映えるような雰囲気だ。
「あー、待った」
ジーナが俺を見ながら言った。
「髪も変えた方が紅孔雀亭より目立つんじゃないか?」
「それいいかも!」
ネリィは棚からいくつかのウィッグを取り出す。
金、黒、赤、銀。
その中から、鮮やかな青色のウィッグを手に取った。
「これ、どう?」
「お、いいんじゃないか」
「モモちゃん、ちょっと被ってみて」
「え、髪まで変えるんですか?」
「お客さん呼ぶために目立たないとでしょ?」
「そうそう、これなら別人みたいになれるから、楽しいぜ」
その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。
そうだ、これは変装の練習でもある。
顔、髪、服装、雰囲気。
全部を変えれば、確かに別人に見えるはずだ。
だからこれは必要なことだ。
決して流されているわけではない。
青いウィッグを被せられ、ネリィがそれに合わせて目元の色を少し変える。
ジーナは横から髪の流れを整え、飾りのピンを差していった。
あれよあれよという間に、鏡の中の自分が変わっていく。
「はーい、完成〜」
ネリィが満足そうに手を叩いた。
「今日のコンセプトは、えっちで大胆、でも品は少し残して男を誘う色気」
「う~ん、これは卑猥だわ」
ジーナが笑う。
「でもまあ、仕上がりは完璧だろ。……やべぇ、うちも食べたくなっちまうくらい可愛い」
「ひぇ……」
ジーナがじっとこちらを見てくる。
目が少し怖い。
いや、息が荒くないですか。
俺は慌てて鏡へ視線を戻した。
そこに映っていたのは、完全に別人だった。
青い髪。
少し強めに彩られた目元。
柔らかい唇。
肩と背中を見せる衣装。
薄い布が揺れるたびに、危うい色気が出る。
自分で言うのも何だが、すごい美人だ。
昨日は可愛いという雰囲気だったが、今日は可愛いというより、艶っぽい。
昨日の「守ってあげたくなる新人」とは違う。
今日は、こちらから男を誘っているように見える。
俺が男なら、迷わず店に入るくらいには。
だが違う。違うのだ。
今日はメイクを学びに来たのだ。
「あ、あのー、すいません。ここまでしてもらってなんですけど、今日ここに来たのはネリィさんにメイクを──」
その時、衣装部屋の扉が開いた。
顔を出したのは、受付にいた強面の男だった。
「ネリィさん、ジーナさん。次の部屋の準備、できてます」
「あ、はーい」
「今行く」
ネリィは立ち上がりながら、強面の男に向かって言った。
「ねえ、今日はこの子を表に出して客引きさせるから、教えてあげてね。モモちゃん、お願いね。お客さんいっぱい呼んで!」
「今日は稼ぐぜ。しっかり頼むぞ、モモ」
「いや、ちょっと──」
俺が止める間もなく、ネリィとジーナは部屋を出ていってしまった。
残された俺と、強面の男。
男は俺を頭の上から足の爪先までじっくり見た。
やめてほしい。
今の格好で見られると、普通に恥ずかしい。
「ふぅん」
男は低く頷いた。
「確かに、客引きには良さそうだ」
「いや、あの、俺は──」
「安心しろ。表に立って声をかけ、興味を持った客を中へ通せばいいだけだ」
「い、いや……そうは言われてもですね……」
男は続ける。
「特に、隣の紅孔雀亭に流れそうな客をこっちへ引き込めたら、金は弾む」
「金……」
「客を多く呼び込めれば、ボーナスを出す」
ボーナス。
その言葉に、俺は少しだけ反応してしまった。
「分からないことがあれば、すぐ呼べ。無理そうなら中に戻ってもいい」
「え? 戻ってもいいんですか?」
「当たり前だ。客引きが泣きそうな顔で立っていたら、店の評判に関わる」
この人、強面だが意外とまともだ。
「じゃあ、頼んだぞ」
「え、あ、はい?」
男に手を引かれ、俺は店の入口まで連れて行かれた。
そして、扉が開く。
外の熱気が、一気に流れ込んできた。
通りには、男の群れ。
酒の匂い。
浮かれた笑い声。
隣の紅孔雀亭からは、派手な音楽と嬌声が聞こえてくる。
対して俺は、青い髪のウィッグを被り、際どい衣装を着た、どう見ても夜の店の女の子。
扉が閉まる。
俺は夜蜜亭の前に一人で立たされた。
その瞬間、周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。
「おい、夜蜜亭にあんな子いたか?」
「すげぇな……今日の稼ぎ、ここで使っちまうか?」
「青髪のあの子、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか」
「夜蜜亭かぁ。普段なら高いけど、今日は行けるな」
「なぁ、君。今から指名できる?」
複数の男たちが、一気に話しかけてくる。
近い。
視線が近い。
そして衣装の防御力が低い。
俺は思わず一歩後ずさった。
いや、落ち着け。
ここまで来たら腹をくくるしかない。
それに、これは変装のためだ。
メイクをして変装をした時に別人になりきるための練習だと考えろ。
「あ、あの……い、いらっしゃいませ……?」
恐る恐る声を出す。
その小さな声に、目の前の冒険者たちがなぜかさらにざわついた。
「うわ、声まで可愛い」
「見た目は艶っぽいのに初々しいな……」
「君めっちゃかわいいじゃん。触っていい?」
「駄目だろ、まずは金払わないと。ってことで、俺とどう?」
ヒエッ、お、俺は別人……別人……。
変装の練習だ……!
「お、お客様ご案内しまーす!」