【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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94話 紅孔雀亭の敗北

「おにいさーん、いらっしゃーい!」

 

 紅孔雀亭の前で、ロゼッタはいつものように笑顔を作って通りへ声をかけていた。

 

「ねぇねぇ、あたし空いてるんだ〜。よかったら今からどうかな?」

 

 いつもなら、これで何人かは足を止める。

 少なくとも、視線くらいは向けてくる。

 

 今日の通りは、久しぶりに羽振りの良さそうな冒険者で溢れていた。

 沈鐘の回廊から帰ってきた連中が、昼に換金を終えて、夜になってから一斉に遊びに来ている。

 紅孔雀亭にとっても、こういう日は稼ぎ時だ。

 

 実際、少し前までは客足も悪くなかった。

 普段なら値段を聞いて尻込みするような男たちも、今日は財布が重いのか、景気よく店の中へ入っていった。

 

 それなのに。

 

「……ちっ」

 

 ロゼッタは小さく舌打ちした。

 

 急に客の流れが悪くなった。

 完全に途切れたわけではない。

 だが、さっきまでの勢いが嘘のように、男たちが紅孔雀亭の前を素通りしていく。

 

 まだ夜はこれからだ。

 客が減る時間ではない。

 むしろ、酒が回って気が大きくなった連中が、いよいよ本格的に遊び始める頃合いだ。

 

 久しぶりに冒険者どもがたんまり金を持っている日なのだ。

 ここで稼がずにいつ稼ぐというのか。

 

「あ、おにいさーん! 久しぶり〜」

 

 見知った冒険者を見つけ、ロゼッタはすぐに笑顔を作った。

 

「ねぇねぇ、よかったら今からどうかな〜? あたし空いてるんだけど」

「あー……悪い。今日はちょっと噂の夜蜜亭の子を見に行くわ」

「えっ」

「また今度な」

「う、うん。また今度待ってるね!」

 

 ロゼッタは手を振って見送った。

 笑顔のまま、見送った。

 相手の背中が人混みに消えた瞬間、笑顔が消える。

 

 くそ。

 前まではずっと自分を指名していたくせに。

 

 何が、今日は噂の夜蜜亭の子だ。

 どうせネリィだろう。

 たしかにあいつは人気がある。

 顔もいいし、愛想もいいし、客の扱いもうまい。

 けれど、派手さなら紅孔雀亭の方が上だ。

 客の目を引くことに関しては、こちらだって負けていない。

 それなのに、さっきから男たちが妙に夜蜜亭の方へ流れていく。

 

「……何か、向こうが騒がしいわね」

 

 ロゼッタは眉をひそめ、隣の夜蜜亭の方へ視線を向けた。

 

 高級店らしく、普段の夜蜜亭は落ち着いている。

 客引きも上品で、紅孔雀亭のように派手に声を張ることは少ない。

 だからこそ、今日みたいに通りが浮かれている日は、紅孔雀亭の方が目立つはずだった。

 それなのに、今は明らかに夜蜜亭の前が騒がしい。

 

「まさか、ネリィのやつが表に出て客引きでもしてるのかしら」

 

 もしそうなら、負けていられない。

 ネリィにだけは負けたくない。

 なら、こちらももう少し大胆な衣装に着替えるか。

 いや、その前に、まずは様子を見て──。

 

 ロゼッタは紅孔雀亭の前から少し身を乗り出し、夜蜜亭の方を覗き込んだ。

 そして、目を見開いた。

 

「……なんじゃ、こりゃ」

 

 夜蜜亭の前には、客が集まっていた。

 まるで何か珍しい見世物でもあるかのように、男たちが足を止めている。

 その中心にいたのは、一人の女だった。

 

 青い髪。

 夜の灯りに映える、艶やかな化粧。

 肩と背中を大胆に見せる衣装。

 腰から下は薄い布が揺れ、歩くたびに危うい線を描く。

 

 衣装自体は、この辺りでは珍しくない。

 むしろ紅孔雀亭にも、もっと直接的に客の目を引く衣装はある。

 だが、問題はそこではなかった。

 

 顔が良すぎる。

 

 上から下まで、凄まじい。

 プロポーションも、顔立ちも、肌の白さも、仕草の一つ一つまで、目を奪われる。

 美しいという言葉がここまで似合う人間を、ロゼッタは見たことがなかった。

 

 しかも、ただ美しいだけではない。

 艶っぽい。

 明らかに男を誘うような衣装と化粧なのに、本人の動きはぎこちない。

 客に囲まれて困ったように笑い、何か言われるたびに肩を跳ねさせている。

 それが余計に男たちを煽っていた。

 

 あんな格好をしているくせに、妙に初々しい。

 大人びた色気と、慣れていない新人の危うさが同時にある。

 女の自分ですら、少し目が離せない。

 

「……負けたわ」

 

 ロゼッタは、ぽつりと呟いた。

 

 ネリィにだけは負けないと息巻いていた。

 けれど、あんなものを店先に立たせられたら、客が流れるのも無理はない。

 

 というか、あれは誰だ。

 夜蜜亭にあんな子がいたなんて、聞いたことがない。

 

 ロゼッタは悔しさ半分、興味半分で、夜蜜亭の前に立つ青髪の少女を見つめた。

 その少女が、内心で半泣きになっていることなど知るはずもなく。

 

 ◇

 

「い、いらっしゃいませー!」

 

 俺は夜蜜亭の前で、半ばやけくそになりながら声を出していた。

 

「は、はい。三名様ですね。奥にどうぞ〜」

 

 客を店の入口へ案内する。

 扉の近くにいる強面の店員が、興味を持った客を中へ通してくれる。

 俺はとにかく、通りかかる男たちに声をかけるだけだ。

 

 声をかけるだけ。

 それだけ。

 中の仕事ではない。

 そう自分に言い聞かせているのだが、問題はそれだけでは済まないことである。

 

「君、指名できるの?」

「あはは……え、えっと、受付で聞いてもらってもいいですか〜?」

「名前は?」

「な、名前ですか? も、モモです」

「モモちゃんか。可愛い名前だね」

「か、可愛いって……えへへ、ありがとうございます」

 

 自分で言っていて鳥肌が立ちそうだ。

 だが、これは演技だ。

 別人になりきる訓練だ。

 俺は今、アウラではない。

 客引きのモモなのだ。

 そう思わないと、精神が持たない。

 

「あ、ちょ……てめぇ、何尻触ろうとしてん──」

 

 思わず素が出かけた。

 俺は慌てて咳払いする。

 

「コホン。お触りは禁止ですよ〜。そういうのは中でお願いしますね〜」

 

 にこりと笑う。

 たぶん、引きつっている。

 だが、なぜか男たちは嬉しそうにざわついた。

 

「怒りかけたの可愛いな」

「初々しいなぁ」

「夜蜜亭、やっぱり高いだけあるな」

 

 違う。

 そういう評価はいらない。

 

 だ、駄目だ。

 これは思っていた以上にきつい。

 

 こんな、紐に毛の生えたような衣装。

 腰から下も、歩くたびに中身が見えそうな薄い布。

 これを服と呼んでいいのか疑問が残るものを着せられ、男どもの群れの中に一人で立たされている。

 

 精神的におかしなるで。

 

 それに、疲れる。

 客がひっきりなしに来るせいで、まったく休憩ができない。

 客引きというのは、思った以上に酷な仕事だったらしい。

 

 ふと、隣の紅孔雀亭の方を見る。

 派手な衣装を着た女の子が、こちらをじっと見ていた。

 目が合うと、その子は少しだけ悔しそうな顔をしてから、なぜか小さく頷いた。

 頑張って、と言っている気がした。

 

 かわいい。

 

 いや、敵対店の人だよな?

 でも、ああいう勝ち気そうな子が素直に認めてくれる感じ、いいやんけ。

 そんなことを考えている間にも、客は来る。

 

「二人なんだけど、空いてる?」

「は、はい。少々お待ちくださいね〜」

「モモちゃんは空いてないの?」

「あはは……わ、私はまだ新人なので……受付で確認をお願いします〜」

 

 受付へ流す。

 とにかく流す。

 川のように客を店の中へ流し込む。

 

 しかし、これだけ客が来て大丈夫なのだろうか。

 夜蜜亭に何人の嬢がいるのかは知らないが、さすがに限度があるはずだ。

 レーちゃんの部屋を見学しただけなので普通の流れは分からないが、一人の客にそれなりの時間はかかるだろう。

 

 この勢いで客を入れ続けたら、店の中が詰まるのではないか。

 そんなことを心配しながらも、俺は愛想笑いを続けた。

 通りの熱気、男たちの視線、衣装の心許なさ。

 その全部に耐えながら、ひたすら客を案内する。

 

 どれくらい時間が経ったのか分からない。

 足が疲れてきた頃、ようやく少しだけ人の流れが落ち着いてきた。

 ほっと息を吐いた、その時だった。

 

「今回はめちゃくちゃ稼げたんだし、この辺の高級店にしましょうよ、アニキ」

「高級店行ってハマったらどうすんだよ。破産しないためにも、俺ぁいつもの店にするぜ。アニキはどうしますかい?」

「おー、そうだなぁ。たまには高級店も……」

 

 聞き覚えのあるような声が、通りの向こうから聞こえてきた。

 そちらを見ると、ガラの悪そうな三人組の男たちが歩いている。

 全員、いかにも荒事に慣れていそうな体つきだ。

 特に真ん中の男は大きい。

 二メートル近いのではないかと思うほど背が高く、肩幅も広い。

 顔は怖い。

 とても怖い。

 世紀末を生き抜いてきました、と言われても信じるくらい怖い。

 

 なんかどこかで見たような……。

 あ、ドゥル=ブルムの門の外。夜市の屋台。

 シエルがコップをぶん投げて気絶させたアニキと、その取り巻き二人だ。

 

 あの時、アニキと呼ばれていた男は、コップの直撃で意識を失っていた。

 だから、俺の姿は見ていないはずだ。

 だが、取り巻きの二人にはばっちり見られている。

 

 まずいな……いや、落ち着け。

 今の俺はアウラではない。

 青い髪のウィッグを被り、別人みたいなメイクをして、際どい衣装を着た客引きのモモだ。

 髪型も、雰囲気も、服装も違う。

 大丈夫、絶対バレない。

 

 俺はモモ。

 俺はモモ。

 俺はモモなのだ。

 

「お、アニキ! あっこの店、めちゃくちゃ可愛い子いますよ」

「すっげ。めっちゃエロかわいいやん。アニキの好みっぽいし、どうっすか!?」

 

 やめろ。

 こっち来んな。

 

「あーん? どの店だ? 俺ぁ、好みにはうるせーからな。そんじょそこらの女にゃ──」

 

 アニキと呼ばれている男と、目が合った。

 

 俺は固まった。

 向こうも固まった。

 男の怖い顔が、ゆっくりと変わっていく。

 眉間の皺が緩み、目が見開かれ、口がぽかんと開く。

 

「……いい」

「え、何すかアニキ?」

「……めっちゃかわいい」

「はい?」

「あの娘の名前、なんていうんだろう……」

 

 世紀末みたいな見た目の男が、まるで初恋でもした少年のような顔で呟いた。

 怖い。いや、別の意味で怖い。

 

「あ、アニキ! 俺が聞いてきやす!」

 

 取り巻きの一人が、物凄い勢いでこちらへ走ってきた。

 その迫力に、俺の周りにいた男たちがさっと左右へ割れる。

 まるでモーゼの海割りである。

 人垣が開き、取り巻きの男が一直線に俺の前へ来た。

 

「なぁ、あんた! 名前を教えてくれ!」

「ひぇっ……な、名前は、モモ……です」

「モモか。分かった!」

 

 それだけ聞くと、男はくるりと振り返り、アニキの元へ走って戻っていく。

 

「モモって名前らしいですぜ!」

「モモ……モモちゃんか……。名前すら可愛らしい……」

「アニキ、いっちゃいましょうや! 今日はあの子で決まりっすよ!」

「うぉー、頑張ってくれーアニキ!」

「お前ら……」

 

 アニキは取り巻き二人を見る。

 二人は拳を握って応援している。

 何だこの茶番。

 

「おっしゃー! 俺はやるぜぇ! 見てろよ!」

 

 男は気合いを入れるように叫ぶと、こちらへずんずん歩いてきた。

 近づくにつれて、その大きさがよく分かる。

 でかい。とにかくでかい。

 顔も怖い。

 腕も太い。

 俺が逃げようとしたら、一歩で追いつかれそうだ。

 

 当然、周りの客たちは怖がって距離を取る。

 俺も逃げたい。

 だが、男は完全に俺を目指して歩いてきているので、逃げ場がない。

 

 男は俺の目の前まで来ると、じっとこちらを見つめた。

 顔が赤い。

 怖い顔なのに、妙に照れている。

 

「お……」

「お?」

「あ、あの〜」

「は、はい」

「俺と、一発やりませんか?」

 

 沈黙が落ちた。

 

「アニキー! 台無しっすよ!」

「だからモテないんすよ、アニキは!」

「う、うるせぇよ! お前らがけしかけたんだろうが!」

 

 三人が俺の目の前でぎゃーぎゃー騒ぎ始める。

 見た目だけなら完全に悪漢だが、何か思ってたんと違う。

 周囲の客たちも、少し引いている。

 

 とはいえ店先でこれだけ騒がれるのも困る。

 俺は恐る恐る口を開いた。

 

「あ、あのー、すみません。お店の前ですし、もう少し静かにしていただいても……」

「んだと、てめぇ!」

 

 取り巻きの一人が、俺の方を向いた。

 

「ここにいる方を誰だと思ってやがる。アニキは、ドゥル=ブルムで金級に一番近いと言われている銀級冒険者、ドーガン様だぜ!」

 

 ドーガン。

 それが、このアニキの名前らしい。

 

 金級に一番近い銀級冒険者。

 見た目だけの男ではないということか。

 ドーガンは俺と目が合うと、また顔を赤くした。

 

「アニキ、口開いてますぜ」

「閉じた方がいいっすよ。アニキはただでさえ顔が怖いっすから」

「う、うるせぇよ!」

 

 ドーガンは慌てて口を閉じ、それから俺を見下ろした。

 ひぇ……めちゃくちゃ顔が怖い。顔だけなら何人か人を殺してそうだよ……。

 だが、目だけは妙に落ち着かない。

 

「あ、あの、モモちゃん……」

「は、はい」

「今から、その……指名できたりする……かなぁ?」

 

 見た目と全く合わない。

 ものすごく遠慮がちな声だった。

 

「あぁ、いえ、そのー……中の受付で聞いてもらっていいですか? わたし、新人なのでよく分からなくて……」

「し、新人……」

 

 ドーガンの目が見開かれる。

 

「モモちゃん……まだ客取ったことないってこと?」

「あー、えーっと、昨日見学みたいなことはしましたけど……」

 

 その瞬間、ドーガンが天を仰いだ。

 

「ンンンー!」

 

 何の声だ。

 

「俺、受付行ってくるわ! モモちゃん、後でまた会おうね! 行くぞ、ベック、トッド!」

「分かりましたよ、アニキ」

「いやぁ、俺いつもの店に行きたいんすけど……」

 

 愚痴りながらも、取り巻き二人はドーガンについて店の中へ入っていく。

 

「あ、あのー、順番守ってもらえないですかね……?」

 

 俺の声には全く聞こえなかったのか、店の扉は閉じられる。

 列に並んでいた客たちへ、俺はぺこぺこと頭を下げる。

 

「す、すみません。順番にご案内しますので……」

 

 俺には三人を止めることができなかった。

 でかいし、顔めっちゃ怖いし。

 

 それにしても、ドーガン。

 見た目は完全に悪漢なのに、反応だけは妙に純情だったな。

 いや、最初の誘い文句は最低だったが……。

 

 その後もしばらく、俺は店先で客を案内し続けた。

 

 だんだん声をかけるのにも慣れてきた。

 慣れたくはなかったが、慣れなければやっていられない。

 紅孔雀亭の方を見ると、さっきの女の子がまだこちらを見ている。

 目が合うと、今度は小さく親指を立てられた。

 

 なんだかよくわからないが、かわいい。

 俺は少しだけ元気をもらいながら、どうにか看板娘の仕事を続けた。

 しばらくして、人の流れが少し落ち着いた頃、店の扉が開いた。

 中から出てきたのはジーナだった。

 

「おーい、モモ」

「は、はい」

「疲れただろ。そろそろ中に入っていいぜ。立ちっぱなしってのも疲れるからね」

 

 その言葉が、天使の声に聞こえた。

 

「あ、ありがとうございます……」

「ほら、こっち」

 

 ジーナに案内され、俺は衣装部屋へ戻った。

 

 部屋の中には誰もいなかった。

 ようやく男たちの視線から解放され、俺は椅子に腰を下ろす。

 足が少し震えている。

 やはり、思った以上に緊張していたらしい。

 ジーナは水差しからコップに水を注ぎ、俺に渡してくれた。

 

「ほら」

「あ、ありがとうございます」

「酒の方がよかったかい?」

「あぁ、いえ。水で大丈夫です」

 

 俺はコップを受け取り、ゆっくりと飲んだ。

 冷たい水が喉を通っていく。

 生き返る。

 ジーナも自分用のコップに水を注ぎ、ぐいっと飲んだ。

 

「ふぅ〜。今日はすごかった……さすがに疲れたよ」

「すごかったですね……」

「沈鐘帰りの連中が、財布膨らませて押し寄せてるからね。こういう日は稼げるけど、その分こっちもへとへとさ。それに、あんたの客引きも効いてたんだろうね。他の子たちも、さっきから休憩なしで客がついてるみたいだよ」

「そ、そうでしたか……それはよかった、のかな……あはは」

 

 そんなもん褒められてもうれしくもなんともないが、演技の練習として考えれば、いい時間だったのかもしれない。

 っていうか、そう考えないと俺の頭がどうにかなりそうだった。

 

 ジーナは椅子に腰を下ろし、足を組んだ。

 

「あんたも少ししたら、客を取ることになるだろうし、うちらについて見て回るといいよ」

「えっ」

「新人の子は最初、戸惑うもんだからね。嫌な客もいるし、逆に扱いやすい客もいる。どうやって相手をするのか、見て覚えるといい」

 

 完全に新人扱いされている。

 まずい。ここで訂正しないと、本当に仕事を覚えさせられる。

 

「あ、あの、違うんです!」

「ん?」

「その、私は働こうとしてるんじゃなくて、ネリィさんにメイクを教えてもらおうと思って訪ねてきたんです」

「……メイク?」

 

 ジーナは眉を上げた。

 

「どういうことだい?」

 

 俺は、言える範囲で事情を説明した。

 本当の正体や聖療教会の件は伏せる。

 ただ、顔が目立って困っていること。

 外を歩く時に、別人に見えるような変装がしたいこと。

 昨日ネリィにしてもらったメイクが本当に別人のようで、それを教えてもらいたかったこと。

 

 ジーナは腕を組んで聞いていた。

 

「ほーん……なるほどね」

 

 そして、俺の顔をまじまじと見る。

 

「まあ、確かにそれだけ可愛けりゃ、色々あるだろうしねぇ」

「え、ええ、まあ……」

「そっか。ネリィのやつ、また早とちりしたのか」

 

 ジーナは呆れたように息を吐いた。

 

「悪かったね。あいつも悪い子じゃないんだけど、そそっかしくてさ。昨日の話もあったし、てっきり本気で働く気になったんだと思ったんだろうよ」

「あぁ、いえ……別に、大丈夫です。私もその、ちゃんと断れなかったのもありますし」

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 ジーナは少しだけ笑った。

 

「にしても、何でまたこの辺に来たんだい? メイクを覚えたいなら、他にも行くところはあるだろ」

「あー、えっと……」

 

 どう答えるべきか迷う。

 変装だけが目的なら、確かに他にも方法はあったかもしれない。

 化粧を学べる場所も、探せばあるだろう。

 だが、最初にここへ来た理由は別だ。

 

「その、ここに来たのは……普通に娼館のお客さんとして、というか……」

 

 言った瞬間、ジーナがぽかんとした顔をした。

 そして、くくく、と喉の奥で笑い始める。

 

「なんだい、あんた。そっち系かい」

「そ、そっち系というか、その……」

「いいよいいよ。たまにいるからね」

 

 ジーナはにやりと笑い、立ち上がった。

 

「んー、そうだね。よし、じゃあ今から行こうか」

「え?」

「もう客もだいぶさばいたし、部屋もいくつか空いてるはずだ」

「あの、どこに……」

 

 ジーナは俺の手を取った。

 

「ネリィの勘違いの詫びも兼ねて、私が相手してやるよ」

「え」

 

 今、何と。

 

「さ、行くよ」

「えええええ、ちょ……ちょっと待って!」

 

 ジーナは遠慮なく俺を引っ張っていく。

 力が強い。

 

「いきなり言われても、心の準備があああああ!」

 

 俺の悲鳴は、衣装部屋の中に虚しく響いた。

 

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