【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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97話 護衛の再出発

「はふぅぅぅ……」

 

 ヴェルノは満足そうに腹をさすり、長い息を吐いた。

 その前にあるのは、うず高く積み上げられた大量の空皿だ。

 あれからヴェルノは、最初に頼んだ三ページぶんの料理だけでは飽き足らず、さらにもう一ページぶんを追加した。

 

 肉料理、魚料理、煮込み料理、豆料理、パン、芋。

 運ばれてきた料理は、種類を問わず、すべてヴェルノの腹の中へ消えていった。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 ヴェルノは満面の笑みを浮かべ、俺へ深々と頭を下げる。

 

「モモさん。本当に、本当にありがとうございました!」

「い、いえ……」

「こんなにお腹いっぱいになるまで食べられたのは、生まれて初めてかもしれません!」

「あはは……そ、それはよかったですね」

 

 よかった。

 確かに、食べきれずに残されるよりはずっといい。

 ヴェルノは注文した料理を一つも残さず、綺麗に食べきっている。

 だから、文句を言うつもりはない。ないのだが……。

 店員も、近くに座っていた冒険者たちも、途中から明らかに引いていた。

 

 最初は面白がって見物していた連中も、三ページぶんを食べ終えた辺りから口数が減り、追加注文を聞いた時には誰も笑わなくなっていた。

 こいつを相手に、二度とうかつに「好きなだけ食べていい」などと言わないようにしよう。

 

 夜蜜亭でもらった革袋は、すでに驚くほど軽くなっている。

 さっきまでは、思いがけない臨時収入に喜んでいたはずなのに。

 金というものは、なくなる時には本当にあっという間だ。

 

「それで、ヴェルノさん。明日からは、どうするつもりなんですか?」

「明日から……ですか?」

 

 ヴェルノの笑顔が固まった。

 先ほどまでの勢いが嘘のように、腕を組んで考え込み始める。

 

「う~ん……」

 

 視線を上へ向けたり、下へ向けたりしているが、よい考えは浮かんでこないらしい。

 やがて、大きな肩がしょんぼりと落ちた。

 

「正直に言いますと、もうお金がないので、本部へ戻りたくても戻れないんですよね」

「そうですよね」

「ここの教会には、もう頼れませんし……。どうすればいいのか、まったく思いつきません」

 

 ヴェルノはそう言うと、見る見るうちに顔を青ざめさせた。

 

「それに、仮に戻れたとしても……今度こそ死ぬほど怒られます。いえ、怒られるどころじゃない……もっと……」

 

 声が震えている。

 

「偉い人を見失い、荷物も、残っていたお金も盗まれ、捜索を続けることもできず、手ぶらで戻ったとなれば……」

 

 ヴェルノは自分の身体を抱きしめ、小刻みに震え始めた。

 

「考えただけで恐ろしいです……」

 

 そ、そんなに怖い上司なのか。

 なんだか前世で勤めていたブラック企業のことを思い出して、俺まで気分が滅入ってくるな……。

 

 シエルを見失ったこと自体は、ヴェルノ一人の責任ではない。

 襲撃者を食い止めていたのなら、むしろ護衛として役目を果たそうとしていたはずだ。

 それでも、シエルほどの重要人物がいなくなったとなれば、誰かが責任を取らされるのだろう。

 

「とはいえ、このまま何もしないわけにもいきませんよね」

「はい……。偉い人のことも、絶対に諦めたくありません」

 

 ヴェルノは弱々しく答えた。

 宿代もないと言っていた。

 ここで別れれば、こいつは間違いなく先ほどの路地裏へ戻る。

 満腹になった今なら眠れるなどと言って、本当に石畳の上で朝を迎えるだろう。

 いくら頑丈そうでも、女一人で路地裏に寝かせるのはよくない。

 

 今後、シエル本人と話し合った結果、ヴェルノへ事情を明かすことになるかもしれない。

 それまでに、野垂れ死にでもされたら寝覚めが悪すぎる。

 ここまで来たら、仕方がない。

 

「ヴェルノさん。とりあえず、こちらをどうぞ」

 

 俺は懐から夜蜜亭でもらった革袋を取り出し、テーブルの上へ置いた。

 料理代を支払ったことで、かなり軽くなってはいるが、それでも安い宿なら何日か泊まれるだけの金は残っているはずだ。

 

「これを使ってください」

 

 ヴェルノは革袋と俺の顔を交互に見る。

 

「えええええっ!?」

 

 店中に響くほどの声を上げ、勢いよく立ち上がった。

 

「ご飯までご馳走していただいたのに、お金までいただけません!」

「でも、宿代もないんですよね?」

「そ、それは……そうですけど……」

「このまま放っておいたら、どうせさっきの路地裏で寝るつもりでしょう?」

「うぐぅ……え、えへへ……」

 

 ヴェルノは気まずそうに笑い、頭をかいた。

 ごまかせていない。

 

「駄目ですよ。いくらヴェルノさんが頑丈でも、路地裏で寝るのは危ないです」

「ですが、さすがにここまでしていただくわけには……」

「では、差し上げるのではなく、貸すことにしましょうか」

「貸す……?」

「はい、余裕ができた時で結構ですので、返してください」

 

 借金という形にしておけば、少しは受け取りやすいだろう。

 

「本当に……よろしいんですか?」

「構いませんよ」

「モモさん……」

 

 ヴェルノの目に、みるみる涙が溜まっていく。

 大きな身体を震わせながら、ヴェルノは革袋を両手で持ち上げた。

 まるで、とんでもない宝物でも受け取ったような扱いだ。

 

「ありがとうございます! このお金は、必ずお返しします!」

「無理はしなくていいですからね」

「いいえ! 絶対にお返しします!」

 

 力強く言い切った直後、ヴェルノは首を傾げた。

 

「……ですが、どうやって稼げばいいのでしょうか?」

「そこですよねぇ」

「えっと……小さい頃から、教会で生活していたものですから、教会以外のことはあまり知らなくてですね……」

 

 ヴェルノは恥ずかしそうに頭をかいた。

 うーん、一般の店や商会へ行っても、すぐに雇ってもらえるのかはわからない。

 とはいえ、さすがに夜蜜亭を勧めるわけにもいかないだろうし……。

 何か、ヴェルノでも始められそうな仕事はないだろうか。

 

「ヴェルノさんの得意なこととか……」

「うーん、私の得意なこと……」

 

 ヴェルノはしばらく考え込んだ後、近くの席で酒を飲んでいる冒険者たちへ目を向けた。

 そして、何か天啓でも降りてきたように目を見開く。

 

「そうです! 私、冒険者になればよいのでは!?」

 

 勢いよく拳を振り上げ、椅子から立ち上がる。

 近くの席にいた冒険者が驚いて、こちらを振り返った。

 

「今のままでは、本部へ戻ることも、偉い人を捜し続けることもできません!」

 

 ヴェルノは声高らかに宣言した。

 

「もちろん、偉い人のことは諦めません! ですが、捜し続けるためにも、まずは生活と旅費を何とかしなければ!」

 

 ヴェルノは真剣な顔で胸を張った。

 

「私は冒険者になって、お金を稼ぐことにします!」

「いいと思いますよ」

「それに実は私、こう見えて、大きくて頑丈で力もあるんです!」

 

 むしろ、それ以外の印象がない。

 ヴェルノは自慢げに腕を曲げ、もう一度力こぶを見せてきた。

 

「体力にも自信があります!」

「アストルから走ってきたくらいですからね」

「はい! ずっと走っても、なかなか疲れません!」

 

 それだけ頑丈なら、冒険者として十分に活躍できそうだ。

 少なくとも、その辺の冒険者よりはよほど体力があるだろう。

 

「それなら、今から冒険者ギルドへ行ってみますか?」

「今から、ですか?」

「登録の受け付けが開いているかはわかりません。ただ、冒険者ギルド自体は、夜でも開いているはずですよ」

 

 緊急の報告や怪我人への対応もあるだろうしな。

 アストルより大きなドゥル=ブルムのギルドが、夜になったからと完全に閉まるとは考えにくい。

 

「場所だけでも確認しておけば、明日の朝から動けますしね」

「うぅ……モモさん。本当に何から何までありがとうございます……」

 

 ヴェルノは俺の手を両手で包み込み、潤んだ目で見つめてきた。

 ちょ、痛い痛い!

 

「つ、つぶれるぅぅぅ!」

「あっ、すみません! ついうっかり!」

 

 こいつ、握力まで化け物じみてるな……。

 俺たちは店員へ追加分の代金を支払い、酒場を出た。

 

 

 

 外へ出ると、夜の冷たい風が火照った頬を撫でた。

 通りには、まだ酔っ払った冒険者たちの声が響いている。

 俺はヴェルノを連れ、冒険者ギルドがある方角へ歩き始めた。

 

「冒険者ギルドへ着いたら、まず受付で事情を話してみてください」

「事情というと?」

「この街へ来たばかりで、教会に所属していると証明できる物も、荷物も、お金もなくしてしまったこと。それから、仕事を探すために冒険者になりたいということです」

「わかりました!」

「もしギルド長のフレイさんがまだ残っていたら、相談してみるとよいかもしれません」

「フレイさん、ですね」

 

 ヴェルノは忘れないように、名前を何度か繰り返す。

 

「あの人なら、事情を聞いてすぐに追い返したりはしないと思います。冒険者として大事なことや、この辺りの安い宿についても教えてくれるかもしれません」

 

 フレイは見た目こそ豪快だが、面倒見はよさそうだった。

 冒険者になろうとしている人間を切り捨てることはないだろう。

 

「モモさんも、冒険者なんですか?」

 

 突然尋ねられ、俺は少し言葉に詰まった。

 下手に所属や等級を答えれば、後からギルドで調べられた時に、モモという冒険者はいないとわかってしまう。

 

「一応、冒険者の仕事に関わったことはあります」

「おぉ!」

「ただ、詳しいことは冒険者ギルドで聞いた方がいいですよ」

「わかりました。もし一緒にお仕事をする機会があれば、よろしくお願いしますね!」

「その時は……お願いします」

 

 ヴェルノはにっこりと笑った。

 正体を隠したまま、ヴェルノと一緒に冒険者の仕事をする機会などあるのだろうか。

 少し想像してみたが、どう考えても面倒なことになりそうなので、考えるのをやめた。

 

 何にしても、冒険者をするなら武器や防具が必要になる。

 俺が渡した金は、しばらく安宿へ泊まる程度なら足りるだろうが、武器や防具を一式そろえられるほどではない。

 特に防具は、丈夫な物ほど値段も高いはずだ。

 

「ヴェルノさんは、護衛をしていたと言っていましたよね」

「はい」

「何か武器は持っているんですか?」

「武器ですか? もちろんありますよ」

「荷物と一緒に盗まれなかったんですか?」

「これだけは、いつも肌身離さず持っていますから」

 

 ヴェルノは立ち止まると、服の中へ手を入れた。

 ごそごそとしばらく探った後、背中側から一本のメイスを引き抜く。

 

「ほら、これです!」

「……どこに入ってたんですか、それ」

 

 ヴェルノが取り出したのは、片手で扱うにはかなり大きなメイスだった。

 装飾などはほとんどなく、黒ずんだ金属の柄と、無骨な打撃部だけで作られている。

 見た目は地味だが、相当な重量がありそうだ。

 普通の人間なら、両手で持ち上げるだけでも苦労するかもしれない。

 だがヴェルノは、それを細い木の棒でも扱うように、軽々と片手で持っている。

 

「服の内側で、背中に沿わせるように結びつけていたんです」

「寝る時もですか?」

「はい。偉い人を守るため、いつでも使えるようにしています!」

 

 それなら、商人もメイスだけは盗めなかったのだろう。

 ヴェルノは嬉しそうにメイスを掲げた。

 

「これで襲ってくる相手を、どーんと殴ります!」

「どーんと……」

 

 こんな物を、ヴェルノの怪力で振り回したら、どーんどころではなく、鎧ごとひしゃげそうだ。

 

「何か、すごそうな武器ですね」

「えへへ。偉い人を守れるように、毎日これで訓練していました」

 

 ヴェルノは照れたように笑い、再びメイスを服の内側へしまった。

 いや、どうしてそんなに違和感なく隠せるんだ。

 身体が大きいから、服の中にも余裕があるのだろうか。

 

「武器があるなら、少し安心ですね。ただ、防具なしでいきなり魔物と戦うのは危険ですよ」

「大丈夫ですよ。こう見えて、頑丈なので!」

「頑丈でも駄目です。まずはギルドで実力を確認してもらってください」

 

 ヴェルノは強そうだが、どこまでできるのかはわからない。

 その辺りは、ギルドで確認してもらった方がいいだろう。

 

「最初は荷運びや薬草摘みのような、比較的簡単な仕事を紹介されるかもしれません。それでも、宿代や食費くらいは稼げるはずです。無茶はしないで、安全を優先するのが大事ですよ」

「はい。モモさんの言う通りにします!」

 

 素直なのはよいことだ。

 少し進むと、大通りの向こうに大きな建物が見えてきた。

 この時間でも入口には灯りがともり、何人かの冒険者が出入りしている。

 

「ほら、あそこにある大きな建物が、冒険者ギルドです」

「ああ、あそこですか!」

 

 ヴェルノが建物を見上げる。

 

「昼間もこの辺りを歩いていたので、建物だけは見ました」

「まだ人もいるみたいですね」

 

 明かりも付いているし、人の気配もする。

 受付業務が終わっていたとしても、今夜の宿について相談するくらいはできるだろう。

 

「受付で事情を話してみてください。もし今日は登録できないと言われたら、明日の朝に改めて来れば大丈夫です」

「わかりました!」

「では、私はここで」

「えっ」

 

 ヴェルノが寂しそうな顔をした。

 

「モモさんは、一緒に入ってくださらないんですか?」

「私もそろそろ帰らないといけませんので」

 

 これ以上一緒にいると、フレイに顔を見られる可能性がある。

 変装がフレイにも通じるかはわからない。

 それに、モモの名でヴェルノを紹介すれば、後から話がややこしくなる。

 ここから先は、ヴェルノ自身で何とかしてもらうしかない。

 

「そうですか……」

「大丈夫ですよ。事情を隠さず話せば、悪いようにはされないと思います」

「はい!」

 

 ヴェルノは背筋を伸ばした。

 それから俺へ向き直り、深々と頭を下げる。

 

「モモさん。本当に……本当にありがとうございました」

「もう十分お礼は聞きましたよ」

「いいえ。何度言っても足りません!」

 

 ヴェルノは真剣な表情を浮かべた。

 

「私、立派な冒険者になって、必ずこのご恩をお返しします!」

「無理をしない程度に頑張ってください」

「はい! それから、シ……偉い人も、必ず見つけてみせます!」

 

 うーん、大丈夫かな……。

 この子、見た目だけなら大柄で、黒豹を思わせるほど鋭い雰囲気なのに、口を開けば物凄い勢いでボロが出てくる。心配になってきたぞ。

 

「きっと見つかりますよ」

「はい!」

 

 ヴェルノは力強く頷いた。

 

「それでは、おやすみなさい」

「おやすみなさい、モモさん!」

 

 俺が手を振ると、ヴェルノも大きく手を振り返した。

 そして、意を決したように冒険者ギルドの扉へ向かって歩いていく。

 その背中を見送りながら、胸の奥に重いものが沈んだ。

 

「ふぅ……」

 

 シエルがいる場所を知っているのに、教えることができなかった。

 ヴェルノは本気でシエルの身を案じ、金も荷物も失いながら、ここまで捜しに来た。

 それなのに俺は、目の前に手がかりがあることを隠したまま別れたのだ。

 

「すまん、ヴェルノ……」

 

 だが、今は伝えるわけにはいかない。

 シエルが教会へ帰りたくないと考えている以上、居場所を明かすかどうかを決めるのは俺ではなく、シエル本人だ。

 

 ヴェルノが善良そうだからといって、俺の判断だけで教えることはできない。

 まずはシエルへ、ヴェルノがこの街まで捜しに来たことを伝えよう。

 そのうえで、会うかどうかはシエルに決めてもらえばいい。

 

 俺は冒険者ギルドに入っていくヴェルノをもう一度振り返り、ゆっくりとその場を離れた。

 

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