【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
「はふぅぅぅ……」
ヴェルノは満足そうに腹をさすり、長い息を吐いた。
その前にあるのは、うず高く積み上げられた大量の空皿だ。
あれからヴェルノは、最初に頼んだ三ページぶんの料理だけでは飽き足らず、さらにもう一ページぶんを追加した。
肉料理、魚料理、煮込み料理、豆料理、パン、芋。
運ばれてきた料理は、種類を問わず、すべてヴェルノの腹の中へ消えていった。
「ごちそうさまでした!」
ヴェルノは満面の笑みを浮かべ、俺へ深々と頭を下げる。
「モモさん。本当に、本当にありがとうございました!」
「い、いえ……」
「こんなにお腹いっぱいになるまで食べられたのは、生まれて初めてかもしれません!」
「あはは……そ、それはよかったですね」
よかった。
確かに、食べきれずに残されるよりはずっといい。
ヴェルノは注文した料理を一つも残さず、綺麗に食べきっている。
だから、文句を言うつもりはない。ないのだが……。
店員も、近くに座っていた冒険者たちも、途中から明らかに引いていた。
最初は面白がって見物していた連中も、三ページぶんを食べ終えた辺りから口数が減り、追加注文を聞いた時には誰も笑わなくなっていた。
こいつを相手に、二度とうかつに「好きなだけ食べていい」などと言わないようにしよう。
夜蜜亭でもらった革袋は、すでに驚くほど軽くなっている。
さっきまでは、思いがけない臨時収入に喜んでいたはずなのに。
金というものは、なくなる時には本当にあっという間だ。
「それで、ヴェルノさん。明日からは、どうするつもりなんですか?」
「明日から……ですか?」
ヴェルノの笑顔が固まった。
先ほどまでの勢いが嘘のように、腕を組んで考え込み始める。
「う~ん……」
視線を上へ向けたり、下へ向けたりしているが、よい考えは浮かんでこないらしい。
やがて、大きな肩がしょんぼりと落ちた。
「正直に言いますと、もうお金がないので、本部へ戻りたくても戻れないんですよね」
「そうですよね」
「ここの教会には、もう頼れませんし……。どうすればいいのか、まったく思いつきません」
ヴェルノはそう言うと、見る見るうちに顔を青ざめさせた。
「それに、仮に戻れたとしても……今度こそ死ぬほど怒られます。いえ、怒られるどころじゃない……もっと……」
声が震えている。
「偉い人を見失い、荷物も、残っていたお金も盗まれ、捜索を続けることもできず、手ぶらで戻ったとなれば……」
ヴェルノは自分の身体を抱きしめ、小刻みに震え始めた。
「考えただけで恐ろしいです……」
そ、そんなに怖い上司なのか。
なんだか前世で勤めていたブラック企業のことを思い出して、俺まで気分が滅入ってくるな……。
シエルを見失ったこと自体は、ヴェルノ一人の責任ではない。
襲撃者を食い止めていたのなら、むしろ護衛として役目を果たそうとしていたはずだ。
それでも、シエルほどの重要人物がいなくなったとなれば、誰かが責任を取らされるのだろう。
「とはいえ、このまま何もしないわけにもいきませんよね」
「はい……。偉い人のことも、絶対に諦めたくありません」
ヴェルノは弱々しく答えた。
宿代もないと言っていた。
ここで別れれば、こいつは間違いなく先ほどの路地裏へ戻る。
満腹になった今なら眠れるなどと言って、本当に石畳の上で朝を迎えるだろう。
いくら頑丈そうでも、女一人で路地裏に寝かせるのはよくない。
今後、シエル本人と話し合った結果、ヴェルノへ事情を明かすことになるかもしれない。
それまでに、野垂れ死にでもされたら寝覚めが悪すぎる。
ここまで来たら、仕方がない。
「ヴェルノさん。とりあえず、こちらをどうぞ」
俺は懐から夜蜜亭でもらった革袋を取り出し、テーブルの上へ置いた。
料理代を支払ったことで、かなり軽くなってはいるが、それでも安い宿なら何日か泊まれるだけの金は残っているはずだ。
「これを使ってください」
ヴェルノは革袋と俺の顔を交互に見る。
「えええええっ!?」
店中に響くほどの声を上げ、勢いよく立ち上がった。
「ご飯までご馳走していただいたのに、お金までいただけません!」
「でも、宿代もないんですよね?」
「そ、それは……そうですけど……」
「このまま放っておいたら、どうせさっきの路地裏で寝るつもりでしょう?」
「うぐぅ……え、えへへ……」
ヴェルノは気まずそうに笑い、頭をかいた。
ごまかせていない。
「駄目ですよ。いくらヴェルノさんが頑丈でも、路地裏で寝るのは危ないです」
「ですが、さすがにここまでしていただくわけには……」
「では、差し上げるのではなく、貸すことにしましょうか」
「貸す……?」
「はい、余裕ができた時で結構ですので、返してください」
借金という形にしておけば、少しは受け取りやすいだろう。
「本当に……よろしいんですか?」
「構いませんよ」
「モモさん……」
ヴェルノの目に、みるみる涙が溜まっていく。
大きな身体を震わせながら、ヴェルノは革袋を両手で持ち上げた。
まるで、とんでもない宝物でも受け取ったような扱いだ。
「ありがとうございます! このお金は、必ずお返しします!」
「無理はしなくていいですからね」
「いいえ! 絶対にお返しします!」
力強く言い切った直後、ヴェルノは首を傾げた。
「……ですが、どうやって稼げばいいのでしょうか?」
「そこですよねぇ」
「えっと……小さい頃から、教会で生活していたものですから、教会以外のことはあまり知らなくてですね……」
ヴェルノは恥ずかしそうに頭をかいた。
うーん、一般の店や商会へ行っても、すぐに雇ってもらえるのかはわからない。
とはいえ、さすがに夜蜜亭を勧めるわけにもいかないだろうし……。
何か、ヴェルノでも始められそうな仕事はないだろうか。
「ヴェルノさんの得意なこととか……」
「うーん、私の得意なこと……」
ヴェルノはしばらく考え込んだ後、近くの席で酒を飲んでいる冒険者たちへ目を向けた。
そして、何か天啓でも降りてきたように目を見開く。
「そうです! 私、冒険者になればよいのでは!?」
勢いよく拳を振り上げ、椅子から立ち上がる。
近くの席にいた冒険者が驚いて、こちらを振り返った。
「今のままでは、本部へ戻ることも、偉い人を捜し続けることもできません!」
ヴェルノは声高らかに宣言した。
「もちろん、偉い人のことは諦めません! ですが、捜し続けるためにも、まずは生活と旅費を何とかしなければ!」
ヴェルノは真剣な顔で胸を張った。
「私は冒険者になって、お金を稼ぐことにします!」
「いいと思いますよ」
「それに実は私、こう見えて、大きくて頑丈で力もあるんです!」
むしろ、それ以外の印象がない。
ヴェルノは自慢げに腕を曲げ、もう一度力こぶを見せてきた。
「体力にも自信があります!」
「アストルから走ってきたくらいですからね」
「はい! ずっと走っても、なかなか疲れません!」
それだけ頑丈なら、冒険者として十分に活躍できそうだ。
少なくとも、その辺の冒険者よりはよほど体力があるだろう。
「それなら、今から冒険者ギルドへ行ってみますか?」
「今から、ですか?」
「登録の受け付けが開いているかはわかりません。ただ、冒険者ギルド自体は、夜でも開いているはずですよ」
緊急の報告や怪我人への対応もあるだろうしな。
アストルより大きなドゥル=ブルムのギルドが、夜になったからと完全に閉まるとは考えにくい。
「場所だけでも確認しておけば、明日の朝から動けますしね」
「うぅ……モモさん。本当に何から何までありがとうございます……」
ヴェルノは俺の手を両手で包み込み、潤んだ目で見つめてきた。
ちょ、痛い痛い!
「つ、つぶれるぅぅぅ!」
「あっ、すみません! ついうっかり!」
こいつ、握力まで化け物じみてるな……。
俺たちは店員へ追加分の代金を支払い、酒場を出た。
外へ出ると、夜の冷たい風が火照った頬を撫でた。
通りには、まだ酔っ払った冒険者たちの声が響いている。
俺はヴェルノを連れ、冒険者ギルドがある方角へ歩き始めた。
「冒険者ギルドへ着いたら、まず受付で事情を話してみてください」
「事情というと?」
「この街へ来たばかりで、教会に所属していると証明できる物も、荷物も、お金もなくしてしまったこと。それから、仕事を探すために冒険者になりたいということです」
「わかりました!」
「もしギルド長のフレイさんがまだ残っていたら、相談してみるとよいかもしれません」
「フレイさん、ですね」
ヴェルノは忘れないように、名前を何度か繰り返す。
「あの人なら、事情を聞いてすぐに追い返したりはしないと思います。冒険者として大事なことや、この辺りの安い宿についても教えてくれるかもしれません」
フレイは見た目こそ豪快だが、面倒見はよさそうだった。
冒険者になろうとしている人間を切り捨てることはないだろう。
「モモさんも、冒険者なんですか?」
突然尋ねられ、俺は少し言葉に詰まった。
下手に所属や等級を答えれば、後からギルドで調べられた時に、モモという冒険者はいないとわかってしまう。
「一応、冒険者の仕事に関わったことはあります」
「おぉ!」
「ただ、詳しいことは冒険者ギルドで聞いた方がいいですよ」
「わかりました。もし一緒にお仕事をする機会があれば、よろしくお願いしますね!」
「その時は……お願いします」
ヴェルノはにっこりと笑った。
正体を隠したまま、ヴェルノと一緒に冒険者の仕事をする機会などあるのだろうか。
少し想像してみたが、どう考えても面倒なことになりそうなので、考えるのをやめた。
何にしても、冒険者をするなら武器や防具が必要になる。
俺が渡した金は、しばらく安宿へ泊まる程度なら足りるだろうが、武器や防具を一式そろえられるほどではない。
特に防具は、丈夫な物ほど値段も高いはずだ。
「ヴェルノさんは、護衛をしていたと言っていましたよね」
「はい」
「何か武器は持っているんですか?」
「武器ですか? もちろんありますよ」
「荷物と一緒に盗まれなかったんですか?」
「これだけは、いつも肌身離さず持っていますから」
ヴェルノは立ち止まると、服の中へ手を入れた。
ごそごそとしばらく探った後、背中側から一本のメイスを引き抜く。
「ほら、これです!」
「……どこに入ってたんですか、それ」
ヴェルノが取り出したのは、片手で扱うにはかなり大きなメイスだった。
装飾などはほとんどなく、黒ずんだ金属の柄と、無骨な打撃部だけで作られている。
見た目は地味だが、相当な重量がありそうだ。
普通の人間なら、両手で持ち上げるだけでも苦労するかもしれない。
だがヴェルノは、それを細い木の棒でも扱うように、軽々と片手で持っている。
「服の内側で、背中に沿わせるように結びつけていたんです」
「寝る時もですか?」
「はい。偉い人を守るため、いつでも使えるようにしています!」
それなら、商人もメイスだけは盗めなかったのだろう。
ヴェルノは嬉しそうにメイスを掲げた。
「これで襲ってくる相手を、どーんと殴ります!」
「どーんと……」
こんな物を、ヴェルノの怪力で振り回したら、どーんどころではなく、鎧ごとひしゃげそうだ。
「何か、すごそうな武器ですね」
「えへへ。偉い人を守れるように、毎日これで訓練していました」
ヴェルノは照れたように笑い、再びメイスを服の内側へしまった。
いや、どうしてそんなに違和感なく隠せるんだ。
身体が大きいから、服の中にも余裕があるのだろうか。
「武器があるなら、少し安心ですね。ただ、防具なしでいきなり魔物と戦うのは危険ですよ」
「大丈夫ですよ。こう見えて、頑丈なので!」
「頑丈でも駄目です。まずはギルドで実力を確認してもらってください」
ヴェルノは強そうだが、どこまでできるのかはわからない。
その辺りは、ギルドで確認してもらった方がいいだろう。
「最初は荷運びや薬草摘みのような、比較的簡単な仕事を紹介されるかもしれません。それでも、宿代や食費くらいは稼げるはずです。無茶はしないで、安全を優先するのが大事ですよ」
「はい。モモさんの言う通りにします!」
素直なのはよいことだ。
少し進むと、大通りの向こうに大きな建物が見えてきた。
この時間でも入口には灯りがともり、何人かの冒険者が出入りしている。
「ほら、あそこにある大きな建物が、冒険者ギルドです」
「ああ、あそこですか!」
ヴェルノが建物を見上げる。
「昼間もこの辺りを歩いていたので、建物だけは見ました」
「まだ人もいるみたいですね」
明かりも付いているし、人の気配もする。
受付業務が終わっていたとしても、今夜の宿について相談するくらいはできるだろう。
「受付で事情を話してみてください。もし今日は登録できないと言われたら、明日の朝に改めて来れば大丈夫です」
「わかりました!」
「では、私はここで」
「えっ」
ヴェルノが寂しそうな顔をした。
「モモさんは、一緒に入ってくださらないんですか?」
「私もそろそろ帰らないといけませんので」
これ以上一緒にいると、フレイに顔を見られる可能性がある。
変装がフレイにも通じるかはわからない。
それに、モモの名でヴェルノを紹介すれば、後から話がややこしくなる。
ここから先は、ヴェルノ自身で何とかしてもらうしかない。
「そうですか……」
「大丈夫ですよ。事情を隠さず話せば、悪いようにはされないと思います」
「はい!」
ヴェルノは背筋を伸ばした。
それから俺へ向き直り、深々と頭を下げる。
「モモさん。本当に……本当にありがとうございました」
「もう十分お礼は聞きましたよ」
「いいえ。何度言っても足りません!」
ヴェルノは真剣な表情を浮かべた。
「私、立派な冒険者になって、必ずこのご恩をお返しします!」
「無理をしない程度に頑張ってください」
「はい! それから、シ……偉い人も、必ず見つけてみせます!」
うーん、大丈夫かな……。
この子、見た目だけなら大柄で、黒豹を思わせるほど鋭い雰囲気なのに、口を開けば物凄い勢いでボロが出てくる。心配になってきたぞ。
「きっと見つかりますよ」
「はい!」
ヴェルノは力強く頷いた。
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみなさい、モモさん!」
俺が手を振ると、ヴェルノも大きく手を振り返した。
そして、意を決したように冒険者ギルドの扉へ向かって歩いていく。
その背中を見送りながら、胸の奥に重いものが沈んだ。
「ふぅ……」
シエルがいる場所を知っているのに、教えることができなかった。
ヴェルノは本気でシエルの身を案じ、金も荷物も失いながら、ここまで捜しに来た。
それなのに俺は、目の前に手がかりがあることを隠したまま別れたのだ。
「すまん、ヴェルノ……」
だが、今は伝えるわけにはいかない。
シエルが教会へ帰りたくないと考えている以上、居場所を明かすかどうかを決めるのは俺ではなく、シエル本人だ。
ヴェルノが善良そうだからといって、俺の判断だけで教えることはできない。
まずはシエルへ、ヴェルノがこの街まで捜しに来たことを伝えよう。
そのうえで、会うかどうかはシエルに決めてもらえばいい。
俺は冒険者ギルドに入っていくヴェルノをもう一度振り返り、ゆっくりとその場を離れた。