【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
翌朝。
朝食を終えてから、シエルの部屋を訪ねた。
扉を軽く叩くと、少し間を置いて、中からシエルの声が返ってくる。
「はい。どうぞ」
「入るぞ」
扉を開けると、昨日と同じようにシエルはベッドへ腰かけていた。
膝の上には、一冊の本が開かれている。
俺が来るまで読んでいたらしく、シエルは開いていたページへ細い紐を挟み、静かに本を閉じた。
「どうされました?」
「悪い、邪魔だったか?」
「いえいえ、大丈夫です」
シエルは本を膝の上へ置いた。
その表紙を見て、俺は少し首を傾げる。
「その本、昨日も読んでたよな。何を読んでるんだ?」
「こちらです」
シエルが本を持ち上げ、表紙をこちらへ向けてくれる。
深い青色の表紙には、寄り添う男女の姿と、燃え落ちる城が描かれていた。
「『あなたに真実を告げる前に』……?」
「ミレイユさんからお借りしたんです。最近、貴族の女性たちの間で流行っている恋愛小説らしくて、亡国のお姫様が、自分の国を滅ぼした敵国への復讐を誓うお話なんです」
シエルは本を大切そうに抱えながら、少し楽しげに説明してくれる。
「身分を隠して敵国へ潜り込んだお姫様が、そこで一人の男性と知り合います。少しずつ心を通わせていくんですが、実はその男性が敵国の将軍で……」
「へぇ、ずいぶんとややこしい話だな」
「ようやく心を通わせた二人なのに、お姫様が男性の正体を知ってしまって、復讐を果たすのか、それとも愛した人を信じるのかで迷うところが、結構どきどきするんです。それに、自分の正体を打ち明ければ相手まで巻き込んでしまうかもしれなくて……続きが気になるんですよ」
シエルはそう言って、少し恥ずかしそうに笑った。
こっちの世界にも、そういう娯楽小説があるんだな。
恋愛小説に限らず、機会があれば俺も何か読んでみてもいいかもしれない。
それにしても、いつもきっちりとしているミレイユさんが、こういう恋愛小説を読んでいるのは少し意外だった。
「アウラさんも、読み終わったらミレイユさんに借りてみてはいかがですか?」
「そうだな~。時間があれば借りてみてもいいかもな」
「ええ、おすすめですよ」
シエルは嬉しそうに頷いた。
「それで、今日はどうされたんですか?」
穏やかだったシエルの表情が、少しだけ真面目なものへ変わる。
「そうだった。えーっと……どこから話したもんかな」
昨夜のことを、そのまますべて話すわけにはいかない。
夜蜜亭へ行き、店先で客引きをして、その後ジーナと何があったかなど、シエルに説明できるはずがない。
俺はその辺りを綺麗に省き、夜にこっそり街へ出たところから話すことにした。
「昨日の夜、ちょっと街へ出たんだ」
「夜に、ですか?」
「ああ。変装に使えそうな物がないか、こっそり探しに行ったんだ」
嘘ではない。
ちゃんと変装について聞きに行った結果がアレだっただけだ。
「それで、街を歩いていたら……ヴェルノに会った」
シエルの表情が変わった。
膝の上に置かれた本を抱く手に、わずかに力が入る。
「路地裏で泣いてたんだ。荷物も金も盗まれて、ここの教会にも信用してもらえなかったらしい」
「そんな……」
「身分を証明する物もなくしたせいで、お前の護衛だって話しても信じてもらえなかったみたいだ」
シエルは困ったように眉を下げた。
「……ヴェルノらしいですね。あの子、嘘はつけないんですが、説明があまり上手ではないので」
「それで、本部へ戻るための金もないし、宿へ泊まることもできない。飯もほとんど食べてなかったみたいでな。とりあえず、腹いっぱい食わせておいた」
「そうだったんですね……。ヴェルノを助けてくださって、ありがとうございます」
「……四ページぶん」
「四ページ?」
シエルが不思議そうに首を傾げた。
「いや、こっちの話だ。それから、宿代として金を少し貸しておいた。しばらくは安い宿へ泊まれると思う」
「そこまでしてくださったんですか?」
「放っておいたら、路地裏で寝るつもりだったみたいだからな」
シエルは何も言わず、視線を伏せた。
「ヴェルノは、お前のことを本当に心配してたよ」
「……そうですか」
「教会の命令だから捜しているって感じじゃなかった。お前が怪我をしていないか、腹を空かせていないか、そればっかり気にしてた」
シエルは目を閉じた。
ヴェルノの言葉や姿を思い出しているのかもしれない。
「とりあえず、ヴェルノは冒険者になって、この街で金を稼ぐつもりらしい」
「冒険者に?」
「ああ。お前を捜し続けるためにも、まずは生活費や旅費を稼がないといけないってことらしい。昨夜、冒険者ギルドまで案内しておいたから、しばらくはこの街にいると思う」
「そうだったんですね……」
シエルは本を抱えたまま、長い間黙っていた。
会いたいのか。
それとも、会うべきではないと考えているのか。
表情からは、どちらとも読み取れなかった。
「それで……どうする?」
俺が尋ねると、シエルはゆっくりと目を開いた。
そして、迷いを振り払うように首を横へ振る。
「会えません」
きっぱりとした言葉だった。
「私が無事だと知れば、ヴェルノは教会へ報告しなければなりません」
「まぁ、そりゃそうだよな」
「もし報告しなければ、ヴェルノまで教会を裏切ることになります」
シエルは膝の上へ視線を落とす。
「私のせいで、あの子まで帰る場所を失うようなことはしたくありません」
シエルの言うことはもっともだった。
ヴェルノは幼い頃から教会で暮らしてきたと言っていた。
教会を離れれば、仕事だけではなく、それまでの生活も人間関係も、すべて捨てることになるのかもしれない。
シエルと会えば、ヴェルノは選ばなければならなくなる。
シエルを教会へ連れ戻すのか。
それとも、シエルの意思を尊重し、教会には黙っているのか。
どちらを選んでも、何かを失うことになる。
「まぁ、そうかもしれないけど……」
シエルの考えは理解できる。
理解はできるのだが、昨夜のヴェルノの姿を思い出すと、このままでよいとも思えなかった。
「でも、何も知らないまま捜し続けるのも、ヴェルノにはつらいと思うぞ」
シエルの肩が、わずかに揺れた。
「あいつ、本当にお前のことを心配してたから」
「……はい」
「お前が無事だと知るだけでも、少しは安心できるんじゃないか?」
「ですが……」
「もちろん、無理に会えとは言わない」
これは、俺が決めることではない。
シエルが会わないと決めたのなら、それを尊重するべきだ。
「ただ、会わないことも、ヴェルノの選択を奪うことになるかもしれないと思ってな」
「私が、ヴェルノの選択を……」
「お前が無事だと知った後、ヴェルノがどうするか。それを決めるのは、ヴェルノ本人じゃないか?」
シエルは何も答えなかった。
膝の上に置かれた本の表紙を、指先でそっと撫でている。
やがて、小さな声で言った。
「少し……考えさせてください」
「ああ。急ぐ必要はないさ」
ヴェルノは、しばらくこの街にいるはずだ。
今すぐ答えを出さなくてもよい。
「ありがとうございます」
シエルは俺へ深々と頭を下げた。
「気にすんなよ」
部屋の中に、しばらく重い沈黙が流れた。
シエルはヴェルノのことを考え続けているようだった。
このまま俺が部屋にいても、考えを邪魔するだけかもしれない。
とはいえ、もう一つ伝えておきたいことがある。
「……あー、それとな」
「はい?」
「変装のことなんだけどさ」
俺は少し身を乗り出した。
「俺、メイクを教えてもらうことにしたんだよ」
「メイク、ですか?」
「ほら、昨日変装の話をしただろ?」
「ええ、しましたね」
「そこでひらめいたんだ。顔を隠すだけじゃなくて、別人みたいに化粧してしまえば、もっと気づかれにくくなるんじゃないかって」
シエルは真剣な表情で話を聞いていた。
「髪の色まで変えれば、かなり違って見えると思うんだ」
俺はアイテムボックスを開き、収納しておいた青いウィッグを取り出した。
「これも使う」
「わぁ……」
シエルは差し出したウィッグを、興味深そうに見つめた。
「綺麗な青色ですね」
「だろ? これをかぶって、顔も普段と違う雰囲気に化粧すれば、そう簡単には気づかれないと思うんだ」
「確かに……」
シエルは俺の顔と、青いウィッグを交互に見比べる。
「髪の色が変わるだけでも、かなり印象が違いそうです。化粧まで変えれば、変装と言ってよいと思います」
「ふふん」
俺は得意げに胸を張った。
「天才と呼んでもいいんだぜ」
「すごいです、アウラさん」
どうやら、今回のひらめきは本当に評価されているらしい。
少しくらい調子に乗っても許されるだろう。
「それにしても、このウィッグはどうされたんですか?」
「えっ?」
「メイクは、どなたに教わるんですか? ミレイユさんですか?」
「あ……」
まずい。
当然の疑問だが、答えをまったく考えていなかった。
「私も多少はできますが、今までは人にやってもらうことが多かったので、この機会にきちんと教えてもらった方がいいかもしれませんね」
「あ、いや、その……昨日、ヴェルノに会う前に、化粧品を扱ってる店を見つけたんだよ」
「化粧品のお店ですか?」
「ああ。そこで、ちょっとな。いろいろと」
「いろいろ?」
シエルが不思議そうに首を傾げる。
いかん。
このまま詳しく聞かれたら、確実にボロが出る。
「そのお店には、ほかの色のウィッグもあるんでしょうか?」
「た、多分な」
「私に合いそうな色の物もありますか?」
「あると思うぞ」
「どこのお店なんですか?」
「んんんー……」
どうする。
夜蜜亭の話なんてできない。
娼館に行って客引きして、そのうえジーナとあんなことやこんなことをしただなんて……絶対に言えるわけがない。
「まあ、シエルはまだ、あまり外に出ない方がいいだろ?」
「そうですね」
「だから、俺が今度、ほかの色もあるか調べてくるよ!」
「ですが、お店の場所だけでも――」
「じゃ、そういうことで!」
「ふぇ?」
俺は青いウィッグをアイテムボックスへ戻すと、勢いよく立ち上がった。
「ヴェルノのことは、ゆっくり考えてくれればいいからな!」
「はい。ありがとうございます。それで、お店の――」
「それじゃあな!」
「あ、アウラさーん?」
呼び止める声を背中に聞きながら、俺は逃げるように部屋を出た。
扉を閉じ、廊下へ出たところで大きく息を吐く。
「危なかった……」
もう少し話していたら、間違いなく夜蜜亭のことまで聞かれていた。
シエル用のウィッグや化粧道具は、俺が用意すればいい。
ネリィに頼めば、別の色も見せてもらえるだろう。
問題は、店のことをこれ以上詳しく聞かれた時、どう誤魔化すかだ。
「何か考えないとな……」
ヴェルノのことも、変装のことも、まだ解決したわけではない。
それでも、まずはシエルへ伝えるべきことを伝えられた。
あとは、シエルがどんな答えを出すか。
それを待とう。