【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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99話 友達からの贈り物

 あれから数日が経った。

 だが、シエルはまだヴェルノに会うべきか決めかねているようだった。

 簡単に結論を出せる問題ではない。

 それでも、何も知らずにシエルを捜し続けているヴェルノのことを思えば、あまり長く待たせるのもよくないだろう。

 

 できれば、そう遠くないうちに答えを出せればいいのだが……。

 とはいえ、俺にできるのは、シエルが自分で決めるのを待つことだけだ。

 それまでは、時々ヴェルノの様子を確かめておこう。

 問題は、ヴェルノの様子を確かめるには、またモモにならなければならないことだ。

 

 となると、早いうちにネリィからメイクを教えてもらっておきたい。

 近いうちにネリィを訪ねるつもりではいるが、教えてもらう前に、自分の化粧道具くらいは用意しておいた方がよいだろう。

 それに、シエルが外へ出られるようになった時のために、目立たない色のウィッグも欲しい。

 

 化粧道具やウィッグまで、夜にこそこそ買い集める必要はない。

 化粧品を買いたいと伝え、昼間に堂々と出かけた方が動きやすいだろう。

 こういうことなら、まずはミレイユに聞くのがよさそうだ。

 

 離れの中を捜すと、廊下の奥で棚を拭いているミレイユを見つけた。

 手にしていた布を動かす邪魔にならないよう、少し離れた場所から声をかける。

 

「ミレイユさん。今、少しいいですか?」

「はい。どうされました、アウラ様」

「この街で、化粧品を扱っている店を知りませんか?」

 

 ミレイユが、少し意外そうに目を瞬かせた。

 

「化粧品、ですか?」

「はい。少し化粧に興味がありまして。そういった物を取り扱っている店をご存じでしたら、教えていただけないでしょうか?」

「もちろん、存じております」

 

 ミレイユはすぐに頷いた。

 

「リリア様が、そうした女性向けの品に大変ご興味をお持ちですので、私も何度かお供しております」

「そうなんですか」

「私でよろしければ、ご案内いたします。ただ、外出の許可と護衛について確認してまいりますので、少々お待ちいただけますか?」

「お願いします」

 

 ミレイユは丁寧に頭を下げると、そのまま本館へ確認に向かった。

 仕事中だったのに、悪いことをしてしまっただろうか。

 とはいえ、化粧品に詳しいらしいミレイユが案内してくれるのなら心強い。

 俺一人では、店に入ったところで何を選べばよいのかもわからないだろう。

 

 ひとまず自室へ戻り、椅子に座って待つ。

 しばらくすると、扉が軽く叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 返事をすると、扉が開く。

 姿を見せたのはミレイユと──その隣で目を輝かせているリリアだった。

 

「アウラ様、お待たせいたしました。化粧品を取り扱っているお店の件なのですが……」

「わたくしも一緒に行きますわ!」

 

 ミレイユの言葉を遮るように、リリアが元気よく宣言した。

 

「お化粧のことなら、わたくしにお任せですの!」

 

 今すぐにでも出かけたくてたまらないらしい。

 まさに、わくわくという言葉がぴったりな顔をしながら、リリアは胸を張っている。

 

「え、えーと?」

「クラウス様に事情をお話ししたところ、ちょうどご一緒にいらっしゃったリリア様も同行されたいとのことでして……」

 

 ミレイユが、少し困ったような笑みを浮かべながら説明する。

 

「わたくしが、アウラに似合う化粧品を選んであげますわ!」

 

 リリアは俺の前まで歩いてくると、両手を腰へ当てた。

 

「前から、アウラはこんなに綺麗なのに、お化粧をしないなんてもったいないと思っていましたの! お化粧をしたら、この間みたいに、もっともっと可愛くなりますわ!」

「そ、そうですか」

「今日は、わたくしのおすすめの化粧品をいくつかお教えしますわ! ですから、ミレイユは付いてこなくても大丈夫ですの!」

 

 リリアが自信満々に言い切る。

 その隣で、ミレイユは何とも言えない笑顔を浮かべていた。

 

「ということでして……」

 

 そう言って、ミレイユが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「あ、あぁ……リリア様、わざわざありがとうございます。ミレイユさんも、すみません」

 

 リリアかぁ……大丈夫かな。

 とはいえ、本人は随分と自信満々だ。

 ミレイユも止めようとしないところを見ると、意外と詳しいのかもしれない。

 それに、あの調子で楽しみにしているリリアに、来なくていいとは言いづらかった。

 

「それでは、すぐに準備してきますわ!」

「わかりました。私も支度をします」

 

 すぐに出かけることになり、俺も準備を整えた。

 といっても、いつものローブを羽織り、フードを深くかぶって顔を見えにくくする程度だ。

 

 準備を終えて離れの外へ出ると、リリアはもちろん、ゲオルグとロイドも庭で待っていた。

 俺の姿を見ると、ゲオルグは穏やかな笑みを浮かべる。

 その隣では、ロイドがこれでもかというほど背筋を伸ばした。

 

「アウラ様! 本日はよろしくお願いいたします!」

 

 庭中に響き渡りそうな大声だった。

 相変わらず、声がでかい人だ。

 

「ロイドさんは、リリア様の護衛でしょうか?」

「はい! その通りです!」

 

 もう少し声を抑えても十分聞こえるのだが、本人にそのつもりはないらしい。

 ゲオルグが、ロイドの声量を気にした様子もなく口を開く。

 

「アウラ様。本日はリリア様もご一緒されますので、私とロイドが同行いたします。ミレイユより店の情報は聞いておりますので、案内はお任せください」

「ありがとうございます」

「化粧品のことは、わたくしにお任せですわ!」

 

 リリアが、ぴょんと小さく跳ねて存在を主張する。

 かわいい。

 

「では、さっそくお出かけしますわ!」

 

 張り切って歩き始めるリリアの後を追い、俺たちは男爵館を出た。

 

 

 

 案内されたのは、高級そうな店が並ぶ通りの一角だった。

 通りには、看板に金色の文字が使われた衣装店や、宝飾品らしき物を飾った店が並んでいる。

 歩いている客も仕立てのよい服を着た者が多く、屋台が並ぶ下町とはまったく雰囲気が違った。

 その中でも、リリアが足を止めた店は、一際上品な外観をしていた。

 

 磨き上げられた木製の扉。

 扉の左右には細長い窓があり、その内側には色鮮やかな小瓶や、銀細工の施された小箱が並べられている。

 看板には、花を象った細かな彫刻が施されていた。

 中へ入る前から、高級な店なのが伝わってくる。

 正直、俺一人だったら扉を開けるのをためらっていただろう。

 

「ここは香油や化粧品を多く取り扱っているんですの」

 

 リリアが得意そうに説明してくれる。

 

「リリア様は、何度か来たことがあるんですか?」

「もちろんですわ! 香油や頬紅を買ったことがありますの。使い方も、ミレイユたちに教わっていますわ!」

 

 そう言いながら、リリアは俺の手を取った。

 

「さあ、入りましょう!」

「は、はい」

 

 躊躇する俺を引っ張るようにして、リリアは店の扉を開けた。

 中へ入ると、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。

 夜蜜亭の衣装室に漂っていた香りとは違う。

 もう少し淡く、花や果実の香りが幾重にも重なっているようだった。

 床には柔らかな色合いの絨毯が敷かれ、壁際には艶のある木製の棚が並んでいる。

 

 棚の上に置かれているのは、大小さまざまな陶器の壺や、透き通った硝子の小瓶、蓋に彫刻を施した金属製の容器だった。

 どれも中身が何なのか、見ただけではまったくわからない。

 奥には大きな鏡が置かれ、その前には背もたれの低い椅子が並べられている。

 客が実際に商品を試すための場所なのだろう。

 

 店へ入った俺たちに気づき、落ち着いた色の衣服を着た女性店員が歩み寄ってきた。

 リリアの顔を見ると、すぐに丁寧な笑みを浮かべる。

 

「リリア様、お久しぶりでございます」

「ええ、お久しぶりですわ」

「先日お求めいただいた香油はいかがでしたか?」

「とてもよい香りでしたわ! でも、ミレイユには少しつけすぎだと言われましたの」

「まあ」

 

 店員は楽しそうに笑った。

 どうやら、本当に何度か来ているらしい。

 

「本日は、どのような品をお探しでしょうか?」

「今日はわたくしではなく、アウラの化粧品を選びに来ましたの!」

 

 リリアが、俺を紹介するように一歩横へずれた。

 店員の視線が、フードを深くかぶった俺へ向けられる。

 

「ああ……えっと、化粧品と、化粧に使う道具を一式欲しいのですが。おすすめの物があれば、教えていただけないでしょうか」

「かしこまりました。失礼ですが、お顔を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、わかりました」

 

 そうだった。

 顔を見せなければ、どの色が似合うのかもわからないだろう。

 俺はフードへ手をかけ、ゆっくりと後ろへ下ろした。

 髪が肩へ落ち、店内の灯りを受けて金色に輝く。

 

 俺の顔を見た店員は、ほんの一瞬だけ目を見開いた。

 すぐに表情を整えたものの、感心したように息を漏らす。

 

「まあ……」

「この子ったら、とっても可愛いのに、普段は全然お化粧をしないんですの。もったいないでしょう?」

 

 なぜかリリアが得意げに胸を張る。

 

「ええ。これほどお顔立ちが整っていらっしゃるのでしたら、少し色を添えるだけでも、さらに華やかな印象になるかと存じます」

「そうでしょう、そうでしょう!」

 

 俺が褒められているのに、どうしてリリアが誇らしげなんだろう。

 

「あの、綺麗に見せるというより、できれば普段とは別人のような印象にしたいんです」

「別人のように、でございますか?」

「はい、普段の自分とは違う姿になりたいと思っていまして」

 

 店員は驚いた様子もなく、にこやかに頷いた。

 

「かしこまりました。それでしたら、普段のお顔立ちを引き立てる物だけでなく、眉や目元の印象を変えやすい品もご紹介いたします」

「お願いします」

「ただ、化粧だけでまったく別人のように見せるには、多少の技術と練習が必要になります。商品を揃えただけで、すぐにできるものではございません」

「そこは、これから教わる予定です」

「承知いたしました。それでは、実際に色を合わせながら選ばせていただきます。どうぞ、こちらへ」

 

 店員に案内され、俺とリリアは店の奥へ進んだ。

 ロイドは入口付近に立ち、通りと店内の両方へ目を配っている。

 ゲオルグは俺たちの少し後ろからついてきて、個室の入口付近に控えた。

 

 奥にある小さな個室へ入ると、大きな鏡の前に椅子が置かれていた。

 俺が腰かけると、店員は別の女性店員へ声をかけ、いくつもの小瓶や容器を運んでくる。

 卓上へ並べられた品を見ただけで、頭が痛くなりそうだった。

 

「まず、こちらは肌へ薄く伸ばして使う粉でございます。色むらを整え、滑らかに見せる効果がございます」

「粉……」

「お客様のお肌は白く、大変きめが細かいので、あまり厚く塗る必要はございません。こちらの淡い色がよろしいでしょう」

 

 店員は俺の頬へごく少量をつけ、柔らかな布のような道具で薄く広げていく。

 

「こちらは頬へ色を添えるための物でございます」

「その色、可愛いですわ!」

 

 すぐ横で見ていたリリアが、桃色の入った小さな容器を指差した。

 

「アウラには、もっと明るい色も似合うと思いますの!」

「確かに、華やかなお化粧でしたら、こちらも大変よくお似合いになるでしょう」

「今回は、目立たない感じでお願いします」

「どうしてですの? 可愛い方がいいですわ」

 

 リリアが本気で不思議そうに首を傾げる。

 

「今回は、可愛くすることだけが目的じゃないんですよ」

「わざわざ可愛くなくするんですの?」

「可愛くなくするというか、別の雰囲気にしたいんです」

「難しいですわね……」

 

 リリアは納得できないようだった。

 店員は苦笑しながら、今度は少しくすんだ色を見せてくれる。

 

「こちらでしたら、頬へ入れる位置によって、顔の輪郭を細く見せたり、反対に丸みを持たせたりできます」

「位置を変えるだけで?」

「はい。また、眉の形や太さを変えるだけでも、かなり印象は変わります」

 

 店員は細い筆を手に取り、俺の眉の片側へ薄く色を加えた。

 

「例えば、眉尻を少し上げますと、凛々しく強い印象になります。反対に下げれば、柔らかく親しみやすい印象になります」

「へぇ……」

 

 ネリィも似たようなことを言っていたな。

 店員は片側だけ軽く整えると、鏡を見せてくれる。

 確かに、左右で微妙に表情が違って見えた。

 

「すごいですわ! こちら側は、いつものアウラより少し強そうに見えますの!」

「本当ですね……」

 

 ほんの少し手を加えただけなのに、意外と違う。

 その後も、目元へ使う色や、唇へ薄く塗る膏、化粧を落とすための香油などを次々に説明された。

 店員が色を試すたびに、リリアが、

 

「こちらの方が可愛いですわ!」

 

「でも、こっちの色も似合いますの!」

 

「アウラなら、もっと華やかな物でも大丈夫ですわ!」

 

 と横から口を挟んでくる。

 俺が目立たない物を選ぼうとすると、リリアは少し不満そうな顔をする。

 店員はそのたびに、華やかな色と印象を変えやすい色の両方を並べて見せてくれた。

 

 どれくらい経っただろう。

 

 俺は椅子に座ったまま、なすがままに顔へ色を塗られたり、落とされたりしていた。

 

「アウラ様のお肌は、とても化粧がのりやすいですね」

「そうなんですか?」

「ええ。薄く色を重ねるだけでも、きれいに発色いたします」

「やっぱり、アウラはお化粧に向いているんですの!」

 

 なぜかリリアが嬉しそうに言う。

 完全に、店員とリリアの玩具にされている気がする。

 やがて卓上には、俺の肌に合うという化粧品と、それを使うための筆や布、刷毛のような道具がずらりと並べられた。

 

「こちらを一通りお持ちいただければ、基本的なお化粧はもちろん、眉や目元を変えて普段とは異なる印象にすることも可能でございます」

「ず、随分ありますね……」

 

 小瓶や容器だけでも両手では足りない。

 道具まで含めれば、小さな箱へ詰めてもかなりの量になるだろう。

 嫌な予感がする。

 

「これだけ揃えるとなると、私の予算で足りるでしょうか……」

 

 思わず呟くと、リリアがすぐに店員へ顔を向けた。

 

「では、こちらは全部いただきますわ。後日、うちに届けてくださる?」

「えっ?」

 

 俺は慌ててリリアを見る。

 

「いやいや、リリア様。これは私が個人的に必要で買う物ですから、そこまでしていただくわけにはいきません」

「ですが、わたくしがアウラに似合う物を選んで差し上げたんですの!」

 

 リリアは当然のことのように言い、ゲオルグを振り返った。

 

「これくらいでしたら、わたくしのお小遣いでも買えるでしょう?」

「それは、そうでございますが……」

 

 ゲオルグが、困ったように眉を下げる。

 

「しかし、すべてとなりますと、それなりの金額になりますよ」

「ちなみに、こちら全部でいくらくらいなんでしょうか?」

 

 俺が尋ねると、店員が金額を教えてくれた。

 

「……うぇっ?」

 

 思わず変な声が出た。

 予想していたよりも、かなり高い。

 

 払えない金額ではない。

 だが、決して気軽に買える額ではなかった。

 ましてや、まだ幼いリリアから贈ってもらい、笑顔で受け取れるような値段ではない。

 

「リリア様。そう言っていただけるのは、本当に嬉しいです」

「でしたら──」

「でも、これは私が必要で買う物ですから、自分で買わせてください」

 

 リリアの言葉を遮らないよう、なるべく柔らかく伝える。

 

「お気持ちだけ、ありがたく受け取ります。プレゼントしようと思ってくれただけで、十分嬉しいですよ」

「むぅ~……」

 

 リリアは頬を膨らませた。

 わかりやすく拗ねている。

 少しの間、並べられた化粧品を見つめていたリリアは、やがて何かを思いついたように顔を上げた。

 

「では、一つだけですわ!」

「一つ?」

「これだけは、わたくしから贈らせてくださいませ。友達へのプレゼントを、一つも受け取ってくれないなんて寂しいですわ」

 

 リリアは近くの棚へ歩み寄ると、そこに並んでいた小さな化粧鏡を手に取った。

 手のひらより少し大きいくらいの鏡だ。

 蓋には花や小鳥を象った細かな装飾が施され、縁には淡い色の小石が埋め込まれている。

 派手すぎず、可愛らしい品だった。

 

「これなら、よいでしょう?」

 

 リリアが、確認するようにゲオルグへ顔を向ける。

 ゲオルグは鏡とリリアを見比べた後、穏やかに笑って頷いた。

 

「ええ。それでしたら、リリア様のお小遣いでも問題ございません」

「よかったですわ!」

 

 リリアは嬉しそうに鏡を俺へ差し出した。

 

「アウラ。わたくしからの、友達へのプレゼントですの!」

「……ありがとうございます」

 

 俺は両手で鏡を受け取った。

 

「大切に使いますね」

「ええ。絶対に大切にしてくださいませ!」

 

 満足そうに笑うリリアを見ていると、断らなくてよかったと思う。

 俺は店員へ予算を伝え、並べられた品の中から優先度の低い物をいくつか外してもらった。

 最初に提示された金額よりはかなり安くなったが、それでも高いな……。

 化粧品と道具を購入した後、俺は店員へ尋ねた。

 

「こちらでは、ウィッグは扱っていないのでしょうか?」

「申し訳ございません。当店では取り扱っておりません」

「そうですか」

 

 リリアが不思議そうに俺を見上げる。

 

「アウラは、ウィッグも欲しいんですの?」

「はい。印象を変えるにはウィッグもあると良いかなと思いまして」

「ですが、アウラはこんなに綺麗な金髪なんですのよ? ウィッグで隠してしまうなんて、もったいないですわ!」

 

 予想していた通りの反応だった。

 

「えーっと……普段とは違う雰囲気にしてみたいといいますか」

「髪の色を変えたいんですの?」

「ちょっとしたイメチェンですね」

「いめちぇん?」

「雰囲気を変える、という意味です」

 

 ゲオルグにも尋ねてみたが、ウィッグを専門に扱う店には心当たりがないらしい。

 

「申し訳ございません。私も存じ上げませんね」

「こちらから少し先に、髪を扱う店がございます」

 

 化粧品店の店員が、助け舟を出してくれた。

 

「貴族の方や舞台に立つ方が利用される店で、人毛を使った上質な品も扱っております」

「ありがとうございます。行ってみます」

 

 店を出ると、入口付近ではロイドが背筋を伸ばしたまま立っていた。

 店へ入った時から、まったく姿勢が変わっていないように見える。

 通りを歩く人々へ目を配りながら、時折店内の様子も確認していたらしい。

 さすが、冒険者から盾の会を経て、騎士に取り立てられただけのことはある。

 声はでかいが、護衛としては真面目な人なのだろう。

 

 店員から教えてもらったウィッグ店は、化粧品店から少し通りを進んだ場所にあった。

 こちらも先ほどの店に負けず劣らず、高級そうな外観をしている。

 深い色の木材で作られた扉には、銀色の取っ手が取り付けられていた。

 窓の内側には、丁寧に髪を整えられた頭部の模型がいくつも並んでいる。

 それぞれ髪の色も長さも違い、遠目には本物の人間がこちらを向いているようにも見えた。

 

「わぁ……面白そうですわね!」

 

 リリアは楽しそうに声を上げると、俺の手を取った。

 

「さあ、入りましょう!」

「リリア様は、全然ためらいませんね……」

 

 俺を引っ張るようにして、リリアは店内へ入っていく。

 この子、本当にこういう店が好きなんだな。

 店内は、先ほどの化粧品店よりも静かだった。

 

 床には濃い色の木材が使われ、壁には人の頭ほどの高さに作られた台が整然と並んでいる。

 その上には、色も長さもさまざまなウィッグが、一つずつ丁寧に飾られていた。

 

 金、銀、黒、栗色、赤褐色。

 肩に届かない短い物から、腰まで届きそうな長い物まである。

 真っ直ぐな髪もあれば、緩やかに波打った物や、細かく巻かれた物もあった。

 店内の奥には職人の作業場らしき場所があり、細い針のような道具や、髪を束ねた材料が置かれている。

 夜蜜亭でもらった青いウィッグより、明らかに作りが細かそうだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 落ち着いた声がして、品のよい服を着た男性店員が近づいてきた。

 四十歳ほどだろうか。

 髪をきれいに撫でつけ、穏やかな表情をしている。

 

「本日は、どのような品をお探しでしょうか?」

 

「えっと、街中で目立たない、自然な色のウィッグが欲しいのですが」

 

「承知いたしました。髪の長さや形に、ご希望はございますか?」

 

「そうですね……普段の私とは違う印象に見える物がいいです」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 男性店員は俺の顔と髪を一度確認すると、いくつかのウィッグを選んで運んできた。

 

 栗色。

 少しくすんだ赤褐色。

 黒に近い焦げ茶色。

 どれも街中でよく見かける髪色だ。

 近くで見ると、夜蜜亭の青いウィッグとの違いがよくわかる。

 髪一本一本が細く、指で触れるとさらさらと滑った。

 灯りを受けた時の光沢も、本物の髪に近い。

 

「こちらは、すべて人毛を使用しております」

 

 店員が説明する。

 

「一本ずつ土台へ編み込み、つむじや生え際が自然に見えるよう仕上げております。近くからご覧になっても、ウィッグとは気づかれにくい品でございます」

「随分と手間がかかっているんですね」

「はい。そのぶん、長くお使いいただけます。手入れをしていただければ、数年は問題ございません」

 

 なるほど。

 高級そうに見えるだけはあるらしい。

 

「いくつか試着してもよいでしょうか?」

「もちろんでございます」

 

 店員はまず、肩より少し下まで伸びた栗色のウィッグを手に取った。

 俺の金髪をまとめ、薄い布をかぶせた上から、丁寧にウィッグを取り付けてくれる。

 髪の位置を整え、前髪を軽く横へ流すと、鏡をこちらへ向けた。

 

「わぁ!」

 

 リリアが歓声を上げる。

 

「全然雰囲気が違いますわ!」

「おお……」

 

 鏡に映った自分を見て、思わず声が漏れた。

 顔そのものは変わっていない。

 だが、金髪から栗色へ変わっただけで、随分と印象が違う。

 青いウィッグほど派手ではなく、街を歩いていても目立たなそうだ。

 これならいいかもしれない。

 

「お客様のお顔立ちですと、こちらの栗色は大変よく馴染みます。金髪の時よりも、少し柔らかく落ち着いた印象になりますね」

「確かに、街中でも目立ちにくそうです」

「普段の印象と変えたいのでしたら、髪型も普段とは変えた方がよろしいでしょう。こちらは前髪を下ろすこともできますので、眉や目元と合わせて印象を変えやすいかと存じます」

「それは助かります」

 

 隣を見ると、リリアが別のウィッグを食い入るように見つめていた。

 

「わたくしも、これをつけてみたいですわ!」

 

 赤褐色のウィッグを指差し、店員へ頼んでいる。

 

「リリア様もですか?」

「せっかくですもの!」

 

 店員がゲオルグへ確認するように視線を向ける。

 ゲオルグが苦笑しながら頷くと、リリアにも赤褐色のウィッグを取り付けてくれた。

 

「わぁ……!」

 

 鏡の前に立ったリリアは、右を向いたり左を向いたりしながら、自分の姿を確かめている。

 

「どうですの?」

「よく似合っていますよ」

「本当ですの?」

 

 リリアは嬉しそうに笑った。

 普段の金髪とは違い、少し活発そうな印象に見える。

 本人もかなり気に入ったらしい。

 リリアが鏡の前ではしゃいでいる間に、俺は店員へ尋ねた。

 

「ちなみに、この栗色の物はいくらでしょうか?」

 

 告げられた金額を聞き、危うく目が飛び出しそうになった。

 た、高い。

 さっきの化粧品よりも高いじゃないか。

 

 人毛を使い、職人が一本ずつ編み込んでいるのだから、安くないとは思っていた。

 それでも、予想をかなり上回っている。

 シエルのぶんも買えば、手持ちの金が一気に減る。

 しばらく大きな買い物はできなくなるだろう。

 どうするか……。

 

 だが、質の悪い物を買って、近くから見破られてしまっては意味がない。

 俺が街へ出るためにも使える。

 シエルだって、顔を隠さず外へ出られるようになるかもしれない。

 長く使えるのなら、ここは必要経費と考えるしかない。

 

「では、この栗色の物を二ついただけますか?」

「二つ、でございますか?」

「はい。同じ物を二つお願いします」

 

 店員が頷くより先に、鏡を眺めていたリリアがこちらを振り返った。

 

「同じ物を、もう一つ買うんですの?」

「ああ、えっと……予備として持っておこうかと思いまして」

「でも、せっかく二つ買うのでしたら、別の色にした方が楽しめるのではなくて?」

 

 リリアが首を傾げる。

 言われてみれば、その通りかもしれない。

 焦げ茶色や赤褐色も買っておけば、その日の都合に合わせて使い分けることができる。

 だが、別人になるための青いウィッグなら、すでに持っている。

 

 それに、俺とシエルは同じ顔だ。

 俺に似合う物なら、同じ顔のシエルにも似合うだろう。

 

「別の色の物は、また必要になった時に買えばいいかなと思いまして。今回は、同じ物を二つでお願いします」

「ふぅん……そういうものですの?」

 

 リリアは完全には納得していないようだったが、それ以上は追及してこなかった。

 それよりも、鏡に映った赤褐色の髪の自分の方が気になるらしい。

 

「わたくしも、少し欲しくなってきましたわ……」

 

 赤褐色の髪を指先でつまみながら、悩ましげに呟く。

 

「ですが、こちらの黒い物もよさそうですし……銀色も綺麗ですわね」

「リリア様。購入されるのでしたら、クラウス様へ確認してからにいたしましょう」

「見るだけですわ! まだ買うとは言っていませんの!」

 

 ゲオルグに言い返しながら、リリアは次のウィッグを手に取った。

 

「こちらも試してみたいですわ!」

「かしこまりました」

 

 店員も慣れた様子で応じる。

 リリアは次から次へとウィッグを試し、そのたびに鏡の前で楽しそうに笑った。

 店へ入ってから、すでにかなりの時間が経っている。

 それでも、リリアが満足するまでには、もうしばらくかかりそうだ。

 俺は椅子へ腰かけながら、先ほど受け取った小さな化粧鏡を取り出した。

 蓋に描かれた花と小鳥を指先でそっと撫でる。

 

 化粧道具も揃った。

 目立たない色のウィッグも、俺とシエルのぶんを用意できた。

 残る問題は、これらをきちんと使いこなせるかどうかだ。

 

「……早いうちに、ネリィに教えてもらわないとな」

 

 小さく呟いた声は、新しいウィッグにはしゃぐリリアの声にかき消された。

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