風の祈りが届くころ   作:raisekn

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東風谷はいじめられているのだと


最悪の日

教室の空気が、異様に重かった。

放課後の陽が傾いて、

窓から射す橙色の光が教室の隅を染めている。

なのに、笑い声だけが耳障りに響いていた。

 

「ねぇ、神様って助けてくれるんでしょ?

ほら、お願いしてみなよ」

「“奇跡を起こす程度の能力”なんでしょ?

やってみせてよ、東風谷さん」

机の上に置かれたノートが、無造作に床に落とされた。

東風谷はそれを拾おうとして、

また誰かに足で蹴り飛ばされる。

彼女は、何も言わなかった。

顔を上げようともしない。

ただ、静かにノートを拾い、

胸の前で抱きしめていた。

 

「どうしたの? 神様見えるんでしょ? ならさ、助けてもらえば?」

「神様も東風谷のことなんか見捨てたんじゃないの〜?」

笑い声が、ひどく遠くに聞こえた。

俺は、教室の入り口で立ち尽くしていた。

何か言わなきゃと思うのに、

喉がひどく乾いて、声が出ない。

東風谷の肩が、わずかに震えている。

でも、泣いてはいなかった。

 

──泣かない。あいつは、昔からそうだった。

どんなに悔しくても、痛くても、絶対に涙を見せなかった。

 

「やめろ」

気づいたら、口から言葉が漏れていた。

教室の中の空気が一瞬で凍る。

笑っていた生徒たちが振り向く。

「……霜山? なに? 東風谷の味方でもするわけ?」

「そうだよ。こいつ、神様の使いなんだろ? 一緒にお祈りでもすんのか?」

「ふざけんなよ」

「はぁ?」

「……ふざけんなって言ってんだ!!!」

机が一つ、俺の拳で大きな音を立てて揺れた。

声が震えていた。

怒りなのか、怖さなのか、自分でもわからなかった。

 

「なんでそんなこと言うんだよ。お前ら、何が楽しいんだ」

誰も答えない。

東風谷は、静かに俺の袖を掴んだ。

「……もういい、霜山。やめて」

その声は、かすれていたけれど、

穏やかだった。

まるで、俺の方を気遣うように。

「でも……」

「大丈夫。ほんとに大丈夫だから」

彼女の笑顔は、いつもと変わらないように見えた。

けれど、その目の奥にあった光は──どこか遠くを見ていた。

 

俺はそのとき、初めて気づいた。

あの「神様を信じる?」という問いは、

信仰の話じゃなかったんだ。

東風谷自身が、誰かに“本当に神様はいてそれを

信じてほしかった”だけなんだと。

 

教室を出た後、夕陽の赤が廊下を染めていた。

俺の胸の奥で、なにかが強く鳴っていた。

忘れてはいけない音のように。

 

その日以降、東風谷は俺と会話をしなくなった。

話しかけようとしたが、動けなかった。

ほんとに情けない。

俺が東風谷をちゃんと助けてやれれば

という後悔だけが残っていた。




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では次回の話でお会いしましょう
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