レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第一話『奇妙な男』

 ある日、家の前でペットのアルフレッドとボール遊びに興じていると目の前にフクロウが飛んで来た。勇ましい羽角を持った大柄なワシミミズクだ。

 わたしは飛び上がった。動物は嫌いじゃない。むしろ、大好きだ。だけど、その鋭い嘴をカチカチと鳴らされると怖くて堪らなくなった。

 

「アルフレッド! 助けて、アルフレッド!」

 

 わたしはアルフレッドに駆け寄った。アルフレッドはワシミミズクに向かって勇敢に吠えた。だけど、ワシミミズクは怯えた様子を見せず、わたしの方に向かって来る。

 

「ワンワンワン!」

 

 アルフレッドが飛び掛かると、ワシミミズクはヒラリと躱してしまった。

 

「ひぃ!?」

 

 襲われる。そう思って、わたしは蹲った。怖くて堪らない。

 

「アルフレッド……。助けて、アルフレッド……」

「ワンワンワンワン!!!!」

 

 アルフレッドは必死に吠えてくれている。だけど、ワシミミズクはあろう事かわたしの背中に乗った。

 ずっしりとした重みを感じ、わたしの体は氷のように固まって動けなくなった。

 

「ワゥ!! ワンワン!!」

「キィ!」

「グルルルルルルル」

 

 蹲っているせいで何が起きているのか分からない。だけど、アルフレッドとワシミミズクの間に一触即発の空気が流れている事は分かる。

 わたしはアルフレッドの勝利を祈った。わたしの愛犬はワシミミズクなんかに負けない。

 

「キィ!!」

 

 背中が軽くなった。ワシミミズクが飛び上がったようだ。直後、わたしはアルフレッドに押しつぶされた。

 

「重いよぉ」

「ワゥ……」

 

 アルフレッドはすぐに離れてくれたけれど、体力不足を自覚しているわたしは直ぐに立ち上がる事が出来なかった。

 すると、頭に痛みが走った。何事かと目をパチクリさせると、目の前に封筒が落ちていた。頭に当たったのはこれらしい。

 見上げると、ワシミミズクが「キィ」と鳴き、去って行った。

 わたしは困惑しながらもアルフレッドを抱き締めた。

 

「ありがとう、アルフレッド! 大好き!!」

「ワンワン!」

 

 それから一頻りアルフレッドと遊んだわたしは落ちて来た封筒の事を完璧に忘れた。

 

 翌日、わたしの部屋の窓に十羽のフクロウがいた。

 

「ひぎぃ!? ア、アルフレッド!! 助けてぇぇぇぇぇ!!」

「ワンワンワンワン!!!」

 

 窓の外でアルフレッドが吠えている。

 

「レイチェル、どうした!?」

「レイ! 何事なの!?」

 

 パパとママが部屋に飛び込んで来た。そして、窓の外を見て飛び上がった。

 

「何事だ!?」

「え? え? フクロウ!? なんで、こんなにいるの!?」

「うえーん! アルフレッド、助けてぇぇぇぇぇ」

「いや、パパが来たよ!? アルフレッドじゃなくて、ここにはパパがいるんだよ!? パパを頼ってよ!」

「パパじゃ頼りないもん! アルフレッド、助けてぇぇぇぇぇ!」

「そんな!? パパだって、頼りになるんだよ!?」

「ジャック! そんな場合じゃないでしょ! とにかく、本署に連絡しましょう!」

「助けて、アルフレッドォォォォォ!」

「おのれ、アルフレッドォォォォォ!」

「レイもパパを頼ってあげなさい! ジャックはアルフレッドに嫉妬しないの!」

 

 ママはわたしとパパの頭を引っ叩くと、警察に連絡する為に部屋を飛び出した。すると、ママが悲鳴を上げた。

 

「ママ!?」

「どうした、ダイアナ!?」

「ジャック! 手紙よ!」

「手紙!? え? 手紙!?」

「手紙がポストからどんどん飛んでくるのよ!」

「え? ダイアナ? 君、何を言ってるんだ!?」

「いいから来なさいよ!! 最愛の妻が悲鳴を上げてるのにいつまで待たせるの!!」

「は、はい!」

 

 パパ、やっぱり情けない。わたしのヒーローはやっぱりアルフレッドよ。

 わたしもアルフレッドの下へ向かう為に部屋を出た。すると、廊下は無数の手紙で溢れかえっていた。

 

「なにこれ!?」

「えっと、ホグワーツ……?」

 

 パパは手紙の一つを手に取った。わたしも床から拾い上げてみる。すると、そこにはこう書かれていた。

 

『ホグワーツ魔法魔術学校 校長:アルバス・ダンブルドア マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員』

 

 よく分からない。

 

「パパ、なにこれ?」

「わかんない。なんだろうね?」

 

 パパ、やっぱり頼りにならない。手紙をパパに投げつけて、わたしはアルフレッドの下へ向かおうと庭へ飛び出した。

 すると、そこには奇妙な人がいた。あちこちに包帯を巻いていて、左手にはマジックハンドのような金属製のグローブを嵌めている。

 怪しい。こんなに怪しい人は他に視た事がない。変質者に違いないわ。わたしは一目散にアルフレッドの下へ向かった。

 

「ワンワンワン!!」

 

 アルフレッドは勇敢にわたしの部屋の前で身を寄せ合っているフクロウの群れを威嚇していた。

 

「アルフレッド!」

「ワン!」

 

 アルフレッドはわたしが声を掛けるとすぐに気付いてくれた。駆け寄って来て、わたしをいやらしい目つきの変質者から庇ってくれた。

 

「ほっほっほ、実に勇敢な子だ。だが、そう警戒する必要はない。手紙が届いておるじゃろう?」

「手紙? それって、あの紙製の絨毯の事?」

「絨毯?」

 

 変質者はわたしが指差した先を見た。そこには手紙で溢れかえった我が家がある。あれをすべて処分する為には大分手間が掛かりそう。

 

「おお、まるで絨毯のようじゃな。シャレた言い回しじゃ。ホグワーツでも、うまくやっていけそうじゃな」

「そのホグワーツって、何なの? 手紙にも書いてあったけど」

「ホグワーツ魔法魔術学校。お前さんが通う学校の名前じゃよ」

「違うわ。わたしが通うのはストーンウォール校よ。そんな名前の学校じゃないわ」

「いいや、違わないぞ。お前さんには素質がある。その素質を開花させる事が出来るのは石壁などではない。ホグワーツ魔法魔術学校だけじゃよ」

「素質って何よ! わたしにいやらしい事をするつもりね!? そうはいかないわ! アルフレッド、かみついて!」

「ワン!」

「おお、なんという躊躇いのなさ。じゃが、わしはお前さんにいやらしい事などせんぞ」

 

 アルフレッドが腕に噛みついたというのに、変質者はぴんぴんしている。

 

「き、貴様! 娘から離れろ!」

 

 パパが丸めたカレンダーを持って出て来た。

 もうちょっとマシな武器は無かったのかしら。娘の危機なのだから、ショットガンやロケットランチャーくらい持って来て欲しいものである。

 

「そうよ、レイから離れなさい!」

 

 ママは拳銃を持ち出して来た。そうそう、これが正しいの。

 

「パパ! ママを見習ってよ! カレンダーなんて持って来て、どうするのよ!?」

「いや、拳銃は危ないかなって思ったらママが持って行っちゃって……」

「パパ! 娘の無事と変質者の命、どっちが大切だと思ってるの!? あんな変質者、ヘッドショットでぶっ殺してよ!」

「レイチェル! そんな物騒な事を言っちゃいけないよ! どこで覚えて来たんだ、そんな言葉!?」

「安心しなさい、レイ。わたしが変質者の脳髄ぶちまけてあげるわ」

「ママか!? ママの真似なのか!?」

「ママ、素敵!」

「ああ、もういいからこっちに来るんだ! アルフレッドも!」

「はーい!」

「ワン!」

 

 そして、わたし達が離れると共にママは容赦なく引き金を引いた。

 

「地獄に落ちな」

 

 クールなママ。わたしの自慢だ。

 

「ママ! レイチェルが見てるんだよ!?」

「ダメだわ、ママ! あの変質者、まだ立ってる! 心臓を狙って!」

「レイチェル!!」

 

 パパはわたしの顔を自分のふくよかなお腹に押し付けた。まったくもって、だらしのないお腹である。でも、このポヨポヨ感、嫌いじゃない。

 

「……怖いのう。もうちょっと、躊躇うものではないか?」

 

 ママは連続で三発の弾丸を変質者に撃ち込んだ。

 

「そろそろいいかね?」

「パパ! レイを連れて逃げて! そろそろマーク達が来る筈だから!」

「でも、ママ!」

「愛してるわよ、ハニー!」

 

 映画のワンシーンみたいな会話だと思っていると、変質者は奇妙な言葉を口にした。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

「なっ!?」

「ママ!?」

 

 目を疑った。ママの拳銃が宙に浮いている。

 

「なにこれ……」

「魔法じゃよ。ついでに、お前さんが読んだ察警じゃったか? は来ないぞ。魔法で目くらましを掛けたからのう」

「ア、アンタ一体……!」

「わしの名はシルバヌス・ケトルバーン。ホグワーツ魔法魔術学校で魔法生物飼育学を教えておる」

「魔法魔術……、学校?」

 

 ママは宙に浮かぶ拳銃を見つめながら呆然と呟いた。

 

「そうじゃ。魔法じゃよ。お前さんの娘、レイチェル・ラインゴッドには魔女としての素質がある」

 

 そう言うと、ケトルバーンは細い杖を取り出して、クルリと振った。

 すると、家中に入り込んだ手紙が一斉に家の外へ飛び出して来て、空を埋め尽くしたかと思うと一気に集まり、一通の手紙になった。

 目を丸くしていると、手紙はわたしの方に飛んで来た。

 

「読んでみなさい」

「えっと……、『親愛なるラインゴッド様 この度、ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されました事、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。敬具 副校長ミネルバ・マクゴナガル』」

 

 わたしはパパとママと顔を見合わせた。

 

「マグル生まれの子にはホグワーツの教員が一人一人に説明しに来る仕来りとなっておってな。レイチェルよ。お前さんの担当はわしじゃ。どうじゃ? 魔法を使いたくはないか?」

「魔法……」

 

 ようやく、わたしは彼の言葉の意味を呑み込む事が出来た。

 拳銃を浮かせたり、手紙を操った不思議な力。あれには種も仕掛けもなかったというわけだ。

 

「魔法!」

 

 わたしは少し前に見た『眠れる森の美女』を思い出した。

 

「わたし、魔法使いになれるの!?」

「なれるとも! その為の招待状じゃよ」

「ママ! わたし、魔法使いになりたい!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! レイチェル! あんな不審者の言葉を真に受けるんじゃない!」

「不審者とは随分じゃのう。魔法の手本は見せたじゃろうに」

「そ、それがどうした! 本当の魔法使いだったとしても、お前なんか信じられるものか!」

「じゃが、娘は望んでおるようじゃぞ?」

「レイチェル、騙されちゃダメだ! いかにも詐欺師が言いそうな文句ばかりじゃないか!」

「ほっほっほ。わしは騙してなどおわぬ。どれ、もう一つ真実を話そう。魔法使いの素質を持つ者が魔法の修行をしなければ、命を落とす可能性もあるのだぞ」

「なっ!? どういう事だ!?」

「全員というわけではないがのう。扱い方を知らぬまま、魔力が成長してしまえば、その魔力が暴走する事があるのじゃよ。それでも、わしを信じられず、娘を魔法から遠ざけると言うのならばそれも良かろう。お前さん達に強制する権利など、わしにはない」

 

 パパ、ちょっとカッコいい。だけど、わたしの心はもう決まっている。

 だって、魔法だ。使えるようになるのなら、使いたい。

 

「パパ! わたしは魔女になるわ! ねえ、変質者! アルフレッドも連れて行っていい!?」

「変質者は止めて欲しいのう。アルフレッドとは、その犬の事じゃな? 構わぬぞ」

「やった! ねえ、パパ。アルフレッドと一緒なら安心でしょ? わたしの事を絶対に守ってくれるわ! 世界一頼もしい、わたしのヒーローだもの!」

「……世界一はパパがいいなぁ」

「えへへ! だったら、もっとしっかりしてよね! パパ!」

 

 パパは深く息を吐いた。

 

「……もう少し、詳しい話を聞かせてくれますか? 魔法使いの学校という事は、他にもレイチェルのような子がいるのですか? ホグワーツ魔法魔術学校は何処にあるのですか? 本当に、あなたを信用していいのですか?」

「すべて答えよう。お前さんが満足するまで、いくらでも付き合うようにとミネルバやダンブルドアから言われておる。なーに! わしは辛抱強い。どんどん質問するが良い」

「だったら、中に入りましょう。ミスター、コーヒーでいいかしら?」

「おお、感謝する。わしはコーヒーが大好きなのじゃ」

 

 大人達が家に入っていくのを見送ると、わたしはアルフレッドと顔を見合わせた。

 

「わたし、魔女なんだってさ」

「ワン」

「ワクワクだね!」

「ワン!」

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