厳格そうな魔女の名前はミネルバ・マクゴナガルといった。彼女に案内されて、わたし達は玄関ホールを横切った。
壁には松明が掛けられている。電灯の類は一切ない。隅や天井には明かりが届いていなくて、そこに本当に隅や天井があるのかどうかも分からない。
わたしとアリスは手をつなぎ合った。
「……これが魔法界なんだね」
「本当に異世界だわ……」
文明を感じる事が出来ない。それは思っていた以上の恐怖だった。
ここにはテレビもなく、電話もない。外界の事を知る術は『日刊預言者新聞』という魔法界の新聞だけであり、そこにはマグルの情報などほとんど載っていないらしい。連絡手段と言えば、フクロウ頼りの郵便のみ。
わたしはアベルの鳥籠を持つ手に力を込めた。
「キィ」
アベルはわたしの不安を感じ取ったのか、小さく鳴いた。
この勇ましいワシミミズクだけがマグルの世界とわたしを繋げてくれる。
「頼りにしているわ、アベル」
「ワン!」
アルフレッドが吠えた。自分も居るとアピールしているようだ。
「ありがとう、アルフレッド」
頭を撫でると、アルフレッドは「クゥン」と鳴いた。
「あなたはここで少しお待ちなさい」
「え?」
気が付くと、小部屋の前にいた。前の人達はみんなその中に入ったようだ。
わたしを呼び止めたのはミネルバだった。彼女はアルフレッドとアベルを見ている。
「ペットは汽車に置いていくようにとアナウンスがあった筈ですよ?」
「……で、でも、ここに連れて来てくれた大きい人が構わないって」
わたしが答えると、彼女は深く息を吐いた。そして、やれやれと頭を振った。
「ケトルバーン先生から、その犬の事は聞いています。とても賢いとの事ですから、その子はいいでしょう。ですが、フクロウはこちらで預かります」
「どうして!? アベルも大人しく出来ます!」
「キィ!」
アベルもそうだそうだと言っているように鳴いた。
「……そのようですが、フクロウの鳥籠を持ったままでは不便でしょう。これから儀式などもありますしね」
「でも……」
「別に取って食ったりはしませんよ。フクロウ小屋に連れて行くだけです」
「フクロウ小屋?」
「西塔の最上階にあるフクロウの棲家ですよ。この子達にとって、ホグワーツで最も快適に過ごせる場所です。少なくとも、鳥籠の中に押し込められているよりはずっと」
「アベル……」
わたしはアベルを見つめた。離れたくない。だけど、鳥籠の中が彼にとって窮屈である事は確かだと思う。家からここまで、ずっと籠の中に押し込められていて、ストレスだって大きかった筈だ。
「分かりました」
「キィ……」
アベルも寂しいと思ってくれているようだ。
「フクロウ小屋にはいつでも好きな時に行く事が出来ます」
そう言って、彼女はわたしからアベルの鳥籠を受け取った。
「さあ、あなた達も小部屋の中に入りなさい」
「……はい」
わたしは後ろ髪を引かれる思いで部屋の中に入った。
「元気を出しなよ、レイチェル。いつでも会えるって言ってたじゃない」
「分かっているわ。でも、心細いの」
「わたしやアルフレッドがいても?」
「……ギリギリだわ」
まだ、ホグワーツに来たばかりだと言うのに、もうママとパパが恋しくなっている。
自分がこんなにも寂しがり屋だったなんて知らなかった。
「まあ、気分が滅入るのも分かるわ。ここは不気味過ぎるものね」
アリスは身震いしてみせた。
「電灯がないって、こんなに不安になるものだったなんてね」
「この部屋も松明だけだものね。わたし、松明なんて初めて見たわ」
「わたしも」
ここが遊園地なら、初めて見る松明に歓声を上げていたかもしれない。
だけど、ここは遊園地じゃない。とてもそんな気分にはなれなかった。
「なに!?」
いきなり、誰かが悲鳴を上げた。何事かと辺りを見回すと、壁から白いモヤのようなものが飛び出て来た。それはまるで人のようだった。
「ゴーストだわ!」
「ゴースト!?」
わたしとアリスは抱き合ったまま座り込んだ。声も出せない。アルフレッドがわたし達の前でゴーストを威嚇してくれているけれど、怖くて仕方ない。
ゴースト達は何かを囁き合っていた。
『もう許して忘れなされ。彼にもう一度チャンスを与えましょうぞ』
『修道士さん。ピーブズには十分過ぎる程のチャンスを与えましたぞ』
修道士や淑女、血まみれの貴族など、様々なゴーストがわたし達の上を通り抜けていく。
本物のゴーストだ。本物のホラーだ。わたしは必死に胸元で十字を切った。
『おやおや、蹲っているね。大丈夫かい?』
修道士のゴーストが近付いて来た。わたしは涙目になった。
「グルルルルルル!!」
アルフレッドが牙を剝き出しにして修道士を威嚇した。
『おお、怖い! 生前は犬に好かれていた筈なんだがなぁ……』
修道士は逃げ去って行った。
「……ア、アル……、あ、あり……、あがと」
口が上手く動かない。
「ワン!」
そんなわたしの顔をアルフレッドはペロペロ舐めた。その感触がくすぐったくて、少しだけ恐怖が薄れた気がした。
すると、ミネルバが部屋に入って来た。
「お待たせしました。さて、改めまして、ホグワーツに入学おめでとうございます」
彼女がそう言うと、ゴースト達は壁の向こうに消えていった。
「新入生の歓迎会の準備が整いました。今から移動します。ただし、席に着く前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組み分けは重要な儀式です。ホグワーツに居る間、寮生が学校での皆さんの家族のようなものです。教室でも寮生と一緒に勉強し、寮でも寮生と一緒に寝る。自由時間も大半は寮の談話室で過ごす事になるでしょう。寮は四つあります。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、そして、スリザリン。それぞれ輝かしい歴史があり、偉大な魔女や魔法使いがその寮で過ごし、卒業していきました。皆さんの良い行いは寮の得点となり、反対に規則を破れば減点となります。学年末には最高得点を獲得した寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るとしても、その寮がみなさんにとっての誇りとなる事を望みます」
長々とした演説の後、彼女はわたしとアリスを見た。
「さあ、座り込んでしまった人も立ち上がりなさい。大広間へ移動しますよ」
わたし達はお互いに支え合って立ち上がった。抱き合ったまま移動しようとして、さすがに動き辛かったから手をつなぎ合った。
「……アリスと違う寮になったらどうしよう」
「言わないでよ。わたし、すっごい不安になってるの」
入るならハッフルパフが良いと思っていたけれど、アリスと離れるくらいなら何処でもいい。
そう思いながら大広間へ移動すると、わたし達の思考は一瞬で塗り替わった。そこには夢のような光景が広がっていたからだ。
「わお……」
「……素敵」
そこにはたくさんの生徒達がいた。そして、空中には無数のキャンドルが浮かんでいて、とても明るかった。
空を見上げると、満天の星空が広がっている。
「本当の空が見えるように魔法が掛けられているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」
誰かがそう言った。そのタイトルはママが熟読していた本の中にもあったと思う。
在校生達が座っている四つの長いテーブルの間を抜け、上座にある先生達のテーブルの前まで来ると、ミネルバはわたし達を一列に並ばせた。先生達に背中を向けて、在校生達と向き合う形だ。
なんだか、発表会の舞台になっているみたいに感じる。
しばらくすると、ミネルバが小さな椅子を持って来た。その上にちょこんとトンガリ帽子が乗せられている。
「なんだか、随分と草臥れた帽子ね」
「うん」
つぎはぎが目立つ。随分な年代物らしい。どうして、そんなものを持って来たのかと不思議に思っていると、いきなり帽子が動き出した。
ツバの縁の破れ目がまるで口のように動いて、帽子は歌い出した。
わたしは綺麗じゃないけれど
人は見かけによらぬもの
わたしを凌ぐ、かしこい帽子
あるならわたしは身を引こう
山高帽は真っ黒だ
シルクハットはするりと高い
わたしはホグワーツの組み分け帽子
わたしは彼らの上を征く
きみの頭に隠れたものを
組み分け帽子はお見通し
被ればきみに教えよう
きみが征くべき寮の名を
グリフィンドールに征くならば、そこは勇気ある者が住う寮
勇猛果敢な騎士道で、他とは違うグリフィンドール
ハッフルパフに征くならば、きみは正しく忠実で、忍耐強く真実で、苦労を苦労と思わない
古き賢きレイブンクロー
君に意欲があるならば、機智と学びの友人をここで必ず得るだろう
スリザリンではもしかして、きみは真の友を得る
どんな手段を使っても、目的を遂げる狡猾さ
被ってごらんよ、恐れずに!
興奮せずに、お任せを!
きみをわたしの手に委ね! おっと、わたしに手はないね!
だって、わたしは考える帽子!
わたしは口をポカンと開けたまま動けなかった。アリスも目をパチクリさせている。
だけど、周りが一斉に拍手を始めたから慌てて後に続いた。
「ボク達はただ帽子を被ればいいんだ! フレッドの奴、適当言って! トロールと取っ組み合いさせられるなんて言ったんだよ!」
近くの男の子がプリプリと怒りながら言った。
トロールが何かよく分からないけれど、少なくとも帽子を被る事よりは野蛮な事を吹き込まれていたらしい。
「ABC順に名前を呼ばれたら前に出なさい。そして、帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けるのです」
ミネルバが長い羊皮紙の巻紙を手にして言った。
「アボット、ハンナ!」
金髪のおさげの女の子が前に進み出た。頬が紅潮している。わたしは心の中で頑張れとエールを送った。
『ハッフルパフ!』
帽子が叫ぶと共に右側のテーブルから拍手と歓声が沸き起こった。あそこがハッフルパフの席みたい。
あたたかい雰囲気でハンナは迎え入れられた。
他の寮の席はというと、青や緑の垂れ幕の下にある席の生徒達はなんだか冷たく感じるし、赤い垂れ幕の下の生徒達は少し柄が悪そう。
「アシュクロフト、アリス!」
ハンナの次はアリスが呼ばれた。
「……行って来るわ」
「がんばって、アリス!」
アリスは緊張した様子だ。右手と右脚が同時に動いている。
帽子を被ると、すぐに帽子は『ハッフルパフ!』と叫んだ。
「やった!」
アリスはわたしに笑顔を向けた。わたしもサムズアップで答えた。
彼女は見事、希望通りの寮を射止めた。次はわたしの晩だ。
三人目のスーザン・ボーンズがハッフルパフに選ばれ、三人連続ハッフルパフとなった。このまま、全員ハッフルパフでいいと思ったけれど、テリー・ブートはレイブンクローと叫ばれた。
ようやくハッフルパフ以外が選ばれて、歓声よりも安堵の声が多かった。
それからマンディ・ブロックルハーストがレイブンクローに選ばれると、グリフィンドールやスリザリンの生徒が少しざわついた。
「ブラウン、ラベンダー!」
『グリフィンドール!』
とうとうグリフィンドールが現れた。スリザリンの生徒達は顔を見合わせ合っている。
まだ、一人も新入生がスリザリンに選ばれていないからだろう。
「ラインゴッド、レイチェル!」
遂に来た。わたしの番だ。
前に進み出ると、アルフレッドもついて来てくれた。
ゆっくりと組み分け帽子を持ち上げて、椅子に座る。そして、意を決して被った。
『……ふむ』
声が降って来る。
『知識欲が旺盛のようだね』
ハッフルパフがいい。アリスと一緒がいい。
『ハッフルパフがいいのかね? なるほど、正しきを求める君には確かに……』
そして、帽子は高らかに叫んだ。
『ハッフルパフ!』
「やった!」
わたしは帽子を脱ぐと、そのままキスをした。
「ありがとう、帽子さん! 行こう、アルフレッド!」
「ワン!」
「アリス!」
「レイチェル!」
ハッフルパフの席に向かうと、アリスが両手を広げて待ち構えていた。その中に飛び込んでいく。
「改めてよろしくね、アリス!」
「こっちこそ、よろしくね! レイチェル!」
「ワン!」
「アルフレッドもね!」