レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第十一話『寮』

 瞼を開くと、視界には丸いランプが映り込んだ。天井から吊り下げられていて、網目状の模様が可愛い。

 

「……えっと?」

 

 体を起こすと、そこにはやっぱり見慣れない景色が広がっていた。

 円形の室内には三つのベッドが並んでいる。他にキャビネット、姿見、ランプ、ソファーが並んでいる。

 

「ワン!」

「アルフレッド!」

 

 ベッドのすぐ傍に犬用のベッドが置かれていて、アルフレッドはその上で寛いでいたみたい。

 アルフレッドが傍にいると思うと、不安は一気に和らいだ。

 ベッドから飛び降りて、部屋の中を見て回る。

 

「これ、洗面所のつもりかな?」

 

 部屋の隅には鑑と洗面器がセットされた家具が置かれていた。洗面器の下には水瓶がある。器に水を注いで、それで顔を洗えと言う事らしい。

 わたしは洗面器を見た。薄っすらとひび割れている。まさしく年代物で、清潔には見えない。

 わたしは頭上のランプを見た。そのガラスの内側には炎が揺らいでいる。

 

「中世か!?」

 

 わたしは頭を抱えた。

 寝惚けていた頭が働き始めると共に、わたしの絶望は深まっていく。

 ここには科学文明の利器が一切ない。

 水道もない。電気もない。テレビもない。ゲームもない。

 観光名所としてなら完璧だけど、実際に住むとなると話が変わってくる。

 わたし、こんな世界イヤだ。

 

「……どうしたのー?」

「レイチェル……?」

 

 ベッドで寝ていた子達が起き出して来た。一人はアリスだった。もう一人の子の事は分からない。

 

「アリス! あと……、えーっと……」

「わたしの事……、忘れてる?」

 

 ぽやっとした子だった。その口振りからすると、わたし達は初対面ではないらしい。

 きっと、昨夜の事だろう。だけど、上手く思い出せない。なにしろ、昨夜のわたしは眠くて仕方なかったのだ。

 ホグワーツに到着した時点で夜になっていたし、ご馳走でお腹もいっぱいになっていたからだ。

 

「ごめんなさい。わたし、昨日は頭がほとんど働いていなかったみたいなの」

「ショックー……」

「ごめん! 改めて自己紹介させて! わたし、レイチェル。レイチェル・ラインゴッド!」

「わたし、覚えてるー」

 

 彼女は薄っすら涙を浮かべている。罪悪感で胸が痛んだ。

 

「ごめんってば! もう一度、あなたの名前を教えてくれる?」

「プリシラだよー。今度は覚えててね?」

 

 グスンと鼻を啜る彼女にわたしは何度もうなずいた。

 

「絶対に忘れない! プリシラの事、わたし、覚えた!」

「ちなみにわたしの事は?」

 

 アリスが割り込んで来た。

 

「アリスでしょ! もちろん、覚えているわ!」

「……わたしだけ忘れられてたのー?」

 

 プリシラはざめざめと泣き始めてしまった。

 

「ワゥ……」

 

 アルフレッドからも責めるような眼差しを向けられている。

 

「ごめんってば、プリシラ!」

 

 わたしは彼女を抱き締めて、必死に慰めた。

 まったく覚えていないせいで、初対面の相手を慰めている気分だ。だけど、その事を悟られるわけにはいかない。

 

「さ、さあ! 朝ごはんに行きましょうよ! えーっと、どこで食べられるのかしらねー?」

「昨日と同じ所だってさ。大広間よ。覚えてる?」

「うん! バッチリ!」

「わたし、大広間以下ー?」

 

 プリシラはもっと泣いてしまった。違うのだ。大広間までは覚えていただけなのだ。

 そこから先の記憶が眠気で吹っ飛んでしまっただけなのである。

 

「違うから泣き止んでよ、プリシラー!」

「ほらほら、準備しようよ。グズグズしてると最初の授業に遅れちゃうわ」

 

 アリスと二人でプリシラを抱き締めて無理矢理泣き止ませた。それからわたし達は急いで身支度を整えて寝室を出た。

 そこはまるでバルコニーのようになっていて、眼下には談話室が広がっていた。

 振り向くと、扉は勝手に閉まった。

 

「……なんか、樽みたい」

「中々のセンスね」

「かわいいねー」

 

 丸い樫の扉。その周りにはステンドグラスが嵌め込まれている。

 なんとも独特なセンスを感じる。

 扉は他にもいくつかあって、その間には座れるように座布団が敷かれている。

 

「植物がいっぱいあるね」

 

 アリスは近くの植木鉢を見て言った。

 それだけではなく、空間の至る所に鉢植が並べられている。まるで、植物園みたいに。

 

「どこから降りたらいいのかな?」

「そっちにずーっと進むと階段があるわよ」

「ありがとう!」

 

 答えてくれたのは近くを歩いていた上級生だった。

 お礼を言うと、彼女はニッコリと微笑んで、近くの扉の中へ入って行った。

 言われた通りに進んでいくと、二股に分かれた階段があった。なんとなく右側に折れている階段を降りると、階下でもう一方の階段と合流した。

 そこにはたくさんの生徒達がいて、何人かの上級生がわたし達に微笑みかけてくれた。

 すごく暖かな雰囲気だ。

 

「見てよ。あそこにゴーストがいるわ」

 

 アリスが指差した先には太った修道士のゴーストがいた。

 暖炉の前でウロウロしている。これだけ人が多くて、明るい場所だとそこまで怖く感じない。だけど、不気味ではある。

 

「わたし、ゴーストはあんまり好きじゃないなー」

「どうしてー?」

「だって、怖いじゃない」

「そうかなー? 死んだ人とお話が出来るなんて、素敵だと思うよー」

 

 わたしには理解出来ない発想だ。

 

「それより、大広間に行くんでしょ? 出口はどっちかな?」

「こっちよ。本当に覚えていないのね。もしかして……、ハッフルパフリズムも忘れちゃったの?」

「それは不味いと思うなー。お酢を掛けられちゃうよー?」

「お酢を?」

 

 アリスに案内されて、わたしは寮の外に出た。振り返ると、そこには寝室の扉以上にそのまんまな樽があった。

 

「こっちよ、レイチェル」

 

 アリスは扉の横に並んでいる樽の山を指差した。

 

「この二段目の樽の底をハッフルパフリズムで叩くの。そうすると、扉が開く仕掛けになってるそうよ。ただ、リズムを間違えるとお酢を掛けられるんですって!」

「ええ!? そのリズムって?」

「こうだよー。ヘ・ル・ガ・ハッフル・パ・フー!」

 

 プリシラが底をリズム良く叩くと、閉まった扉がまた開いた。

 

「ふーん、楽しそうね! わたしもやってみるわ」

「どうぞどうぞ」

「がんばれー」

 

 扉を一回閉めて、わたしは樽の底を叩いた。

 

「ヘ・ル・ガ・ハッフル・パ・フー!」

 

 見事、扉が開いた。

 

「お見事!」

「覚えやすいリズムで良かったわ」

「だねー。ヘ・ル・ガ・ハッフル・パ・フー!」

「ヘ・ル・ガ・ハッフル・パ・フー!」

「ヘ・ル・ガ・ハッフル・パ・フー!」

 

 わたし達はヘ・ル・ガ・ハッフル・パ・フー! のリズムを口ずさみながら、大広間へ向かった。

 

「……あれー?」

 

 そして、わたし達は迷った。アリスとプリシラは二人揃って「ここどこ?」「見た事ないよー」と言い出した。

 

「ちょっと!? 二人が頼りなんだよ!?」

「だって、わたし達だって眠かったんだもん!」

「右行って左行ってー、それからー、えーっとー」

 

 これはダメだ。一旦戻ろう。そう思って振り返った時、わたしはゾッとした。

 

「……ちなみに、寮への帰り道が分かる人いる?」

 

 返事はなかった。アリスの眼は泳いでいる。プリシラは泣きそうになっている。

 

「ワン!」

「アルフレッド!」

 

 だけど、わたし達には最後の希望が残されていた。アルフレッドが走り出し、わたし達は追い掛けた。

 すると、あっという間に昨日組み分けを行った大広間へ辿り着く事が出来た。

 

「アルフレッドー!」

「救世主!」

「ワンちゃん、すごーい!」

 

 やっぱり、わたしのアルフレッドは最高だ。

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