大広間で食事をしながら、わたし達は作戦タイムを取った。
なにしろ、わたし達三人組は揃いも揃ってマグル生まれ。魔法界のABCも分からぬ素人集団。
何も考えずに動き回ったら、間違いなく遭難してしまう。
「一応、ママが地図を描いてくれてはいるんだよね」
「え? レイチェルのママって、マグルなのよね?」
「うん。『ホグワーツの今昔』とか、『ホグワーツ魔法魔術学校のすべて』とか、いろいろ読んで描いてくれたの」
「どんな感じなのー?」
わたしはトランクからノートを取り出した。表紙には『ホグワーツ魔法魔術学校の地図』と書いてある。
一ページ目は目次になっていて、二ページ目から五ページ目までは索引になっている。
「えっと、一つ目の授業は呪文学だったよね。えーっと……、あった! 呪文学は天文台の塔の下って書いてある。えっと、天文台は……」
ノートには付箋がビッシリ貼られていて、塔は赤い付箋で統一されていた。赤い付箋の中から天文台の塔の文字を見つけ出して、ページを開く。
すると、そこには天文台の天辺のイラストが描いてあった。中央には『
次のページを開いてみると、塔の下の階が描かれていた。そこには天文学の教室があり、座学はそこで学ぶと書いてある。
更にページを捲ってみると、『必要の部屋』という文字があった。1953年出版の『ホグワーツ秘密探検隊の胸躍る大冒険』によると、そこには隠し部屋があるという。ただし、小説のような形態だったからフィクションかもしれないと書いてある。
面白そうだけど、必要なのは必要の部屋ではなく、呪文学の教室だ。
「あったわ!」
ようやく見つける事が出来た。
「問題はここへ辿り着くルートの探し方ね」
「えっとー、ここから降りるみたいだよー」
「大広間のページも開いた方が分かり易いかな?」
それからわたし達はママの地図を必死に読み解いた。
そして、分かった事が二つ。一つはホグワーツが途轍もなく広くて、途轍もなく複雑な構造をしているという事。そして、もう一つはママが途轍もなく頑張ってくれたと言う事。
ようやくルートを特定出来た時、わたしはこの地図を持たずに来ていたとしたらどうなっていたのかと想像して寒気を覚えた。
「授業まで、あとどのくらいだっけ?」
「えっと、待ってね。あと三十分よ!」
アリスはポケットから取り出した懐中時計を見て言った。
魔法界では電子機器がまったく機能しない。だから、時の流れを把握する為には魔法式の時計か、手巻き式の時計を使うしかない。
正直、手巻き式の時計を日常で使うなんて現実的じゃないから、わたしは魔法式の時計を買ってもらったけれど、アリスはそうじゃなかったみたい。
「急ぎましょう。ここからすっごく遠いわ」
「ねぇ、教室の場所が分かるの?」
「え?」
急に話しかけられて、わたしは転びそうになった。そこをすかさずキャッチしてくれたのはアリスだ。アルフレッドもさっと私を支える位置に移動していた。
「ありがとう、アリス」
「どういたしまして」
「それで、あなたは?」
「わたしはハンナよ。ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの……」
「気にしなくていいわ、ハンナ。それより、呪文学の教室が分からないのね。いいわ! 一緒に行きましょう」
「ありがとう!」
思い出した。彼女は組み分けの儀式で真っ先に呼ばれた子だ。たしか、姓はアボット。
「あっ、もう一人いいかしら!? ねぇ、スーザン! この子達、呪文学の教室が分かるって!」
「本当!?」
スーザンはハンナとまるっきり同じ髪型の子だった。どうやら、彼女達は三つ編み同盟を結成したらしい。
彼女が駆け寄って来ると、他のハッフルパフの生徒達も集まって来た。
「ねえ、本当かい!? ボク達もちょっと困ってたんだ! アーニーが親からもらった地図を一緒に見てみたんだけど、サッパリでさ!」
「この地図、なんでか魔法薬学の教室に向かわせようとするんだよ」
困り果てた顔の男の子二人組。
「案内してもいいけど、まずは挨拶からじゃない? わたしはレイチェルよ。レイチェル・ラインゴッド」
「ごめん! わたし、スーザン・ボーンズ」
「ああ、そうだね。ボクはジャスティン・フィンチ=フレッチリー。こっちはアーニーだよ」
「アーニー・マクミランだ。君の地図、それはなんだい? 本みたいだ」
「ノートよ。普通の」
「ノート?」
「魔法界にノートって、ないのかい!?」
アーニーは肩を竦めた。そのやり取りを見て、アーニーが純粋な魔法族であり、ジャスティンはわたし達と同じ境遇である事が読み取れた。
「もしかして、君はマグル生まれなのかい? 本当に呪文学の教室の場所が分かるの?」
「疑うならついて来なくても結構よ! ママが描いてくれた地図にはそう描いてあるの! 行きましょう、アリス! プリシラ!」
わたしはアーニーの態度がとても不愉快だった。ママが頑張って用意してくれた地図を疑う人を案内する義理はない。
「レイチェル!」
「待ってー」
「わ、わたし、疑ってないよ!」
「わたしもよ!」
「おい、アーニー! 謝れよ!」
「いや、だって! マグル生まれの子のママって事は、マグルが描いた地図って事でしょ!? そんなの信じられないよ!」
ジャスティンは困り果てた様子でわたし達とアーニーを見比べて、すまなそうに頭を下げて来た。どうやら、彼は友達と運命を共にする気らしい。
「あ、あの……、わたしも一緒に行ってもいい?」
大広間を出ようとした所でニキビだらけの子に声を掛けられた。
「挨拶をしてくれたら案内してもいいわよ。わたしはレイチェル・ラインゴッド。あなたは?」
「エ、エロイーズ・ミジョン! ごめんね……」
「謝ってくれなんて言ってないわ。行きましょう、エロイーズ」
「う、うん!」
モタモタしている暇はない。わたしは地図をよく見ながら、早足で呪文学の教室までのルートを進んだ。
途中でポルターガイストのピーブズと遭遇したけれど、ジャグリングの練習に夢中になっていてわたし達に気が付かなかった。
すごく幸運だったとはハンナの言葉。歩きながら、彼女はピーブズの悪名高さについて捲し立てるように語った。
「す、すごく遠いね」
エロイーズは息を切らせている。
「う、疑うわけじゃないんだけど、本当にこっちで合ってるの?」
「もうすぐよ! 疑うなら、どうぞ引き返してもらって結構よ!」
階段を登ったり降りたり、時には中庭を横切ったり、地図の通りに進んでいる筈なのに自分が城のどこを歩いているのかよく分からなくなってくる。
だけど、この地図だけが頼りだ。わたしは不安を煽るスーザンを黙らせて、目の前の階段を駆け上がった。
すると、地図の通りに『闇の魔術に対する防衛術』の教室があった。
「ここなの?」
「違うわ。このすぐ上よ」
階段を駆け上がる。すると、近くの教室を見つけたスーザンが駆け込もうとした。
「そっちは魔法理論学の教室! こっちよ!」
ようやく辿り着けた。授業開始のベルの五分前だ。教室を見回すと、生徒の数はそこまで多くなかった。
「とりあえず、席に座りましょうか」
アリスの言葉に頷きながら、わたし達は手近な席に座った。
「先生はまだみたいね」
「さっき、生徒が迷っているのかもって飛び出していったよ」
教えてくれたのは近くの席に座っていた男の子だった。
目つきが鋭くて、ちょっとイケてる。
「そうなんだ! ありがとう。わたしはレイチェルよ。レイチェル・ラインゴッド」
「ボクはヨハンだ。それ、マグルのノートだよな? 君、マグル生まれなのかい?」
「そうよ」
「へー……、やるじゃん」
ヨハンは興味深そうにわたしを見た。
「なにが?」
彼は答えなかった。クールに微笑むと、本を読み始めた。
意味深な態度を取らないで欲しい。ますますドキドキして来た。
「ほほーう、レイチェルはああいうタイプが好みかー」
「シャラップ!」
わたしは玩具を見つけたネコみたいな顔をしているアリスの口のチャックを閉めた。
だけど、ネコは彼女以外にもいた。プリシラとハンナ、スーザンまで獲物を見つけた狩人のような目つきになっている。
唯一の癒しはエロイーズだ。彼女だけは「からかったら可哀そうよ」と窘めようとしてくれた。今度、この猫達の猫飯に彼女の爪の垢を入れておこう。