授業開始の時間から遅れる事、十分。ようやく、迷子になった生徒達をかき集めて来たフリットウィック先生が教室に現れた。
なんだか、小っちゃくて可愛い。
「わたし、ママに聞いた事があるの。フリットウィック先生って、ああ見えて決闘チャンピオンだったんだって」
「決闘チャンピオン? なにそれ」
「魔法使い同士がルールに乗っ取って戦う事を決闘って言うの。その決闘で最も強い人が決闘チャンピオンなんだって」
「つまり、最強の魔法使いって事?」
「えー!? すごーい!」
「かっこいい!」
可愛い上に強くてかっこいいなんて、まさに最強の先生だ。
「……えぇと、些か大きな誤解が生まれているようだね。決闘チャンピオンというのは、決闘クラブの優勝者という意味でして、別に最強の魔法使いというわけではないのだよ」
「決闘クラブって?」
「決闘のクラブでしょ」
「えーっと、つまり?」
「魔法使い最強じゃなくて、学内最強の男だったわけね!」
「それはそれでかっこいい!!」
「うんうん!」
「すてきー!」
わたし達が口々に褒めたたえると、フリットウィック先生は真っ赤になって転んでしまった。
あまりにも可愛いリアクションだ。わたし達は瞬く間に彼の虜になってしまった。
だって、フリットウィック先生は可愛くて強くてかっこいい上に、迷子の生徒を探しに行く優しさを持っている。
前に通っていたスクールの先生達だったら、絶対に探しに行ったりしない。アッサリと見捨てた上に遅刻として評点を下げる。
「せ、先生をからかってはいけませんよ! さあ、授業を始めますからね。みんな、教科書は持って来ているかい? 忘れた生徒は慌てなくても大丈夫。ちゃんと、予備の教科書があるからね。さあ、最初のページを開いて! 今日は呪文学がどういう授業なのかの説明をするよ」
「はーい!」
わたし達が声を揃えて返事をすると、フリットウィック先生はニッコリ微笑んで「元気あって結構! ハッフルパフに一点!」と得点をくれた。
授業の内容もマグル生まれであるわたし達が理解出来るようにしっかりと嚙み砕いてくれていて、すごく分かり易かった。
授業が終わる頃になると、わたし達はますますフリットウィック先生が大好きになっていた。
「フリットウィック先生って、レイブンクローの寮監なんだってね」
「レイブンクローの生徒が羨ましいねー」
「あら! ポモーナだって、負けないくらい素敵よ!」
そうして話ながら、わたし達は階段を降りて、次の授業である『闇の魔術に対する防衛術』の教室へ向かった。
行きに通りがかったから、今回はママの地図に頼らずに済んだ。
教室の前に行くと、ジャスティンとアーニーが居た。二人は何だか気まずそうだ。
「……えっと、その」
「ほら、アーニー」
ジャスティンに小突かれて、アーニーは意を決した表情を浮かべた。
「さっきはごめん! 君、ちゃんと教室に辿り着いてたね。その……、君のママの地図は正しかったって事だ。だから、その……、マグルだけど、君のママはだからこそえっと……」
「言わんとしてる事は分かるんだけど、それって一言で済む筈よね?」
「君のママを疑ってごめん!」
「はい、どうも。謝罪を受け入れるわ、アーニー。今度、道に迷ったら頼ってちょうだい」
「うん、そうするよ。ボクが持って来た地図よりもずっと頼りになりそうだ」
「もちろんよ。ママは一流の捜査官なんだもの」
「捜査官?」
「警察官なのよ、ママは」
「警察官?」
「……え? 魔法界って、警察も無いの!?」
「マジで!?」
「え? ウソでしょ!?」
「警察ないのー!?」
わたし達、マグル生まれ組は宇宙までぶっ飛びそうな程の衝撃を受けた。
「いやいやいやいや、あるあるあるある!!!」
すると、スーザンが慌てたように言った。
「アーニー! 何を言ってるの!? 魔法法執行部にちゃんと魔法警察部隊があるじゃないの!」
「え? そうなの?」
「そうなの!? 常識でしょ!!」
「……ごめん、スーザン。わたしも知らなかった……」
「え!?」
スーザンは親友の言葉に絶句した。
どうやら、魔法界において警察はあまりメジャーな存在ではないようだ。
「それで? 警察って、なんなの?」
「マグルの警察は悪人を捕まえたり、交通違反の取り締まりをしたり、道案内をしたり、色々ね。まあ、正義の味方ってやつよ」
「それって、闇祓いの事じゃないのかい?」
「闇祓い?」
「なにそれ?」
「ええ!? 闇祓いを知らないのかい!?」
「うそぉ!?」
アーニーとハンナはさっきのわたし達のような反応をしてみせた。
だけど、闇祓いなんて言葉は聞いた事がない。
「えーっとね、どう言えばいいのかな」
スーザンは説明しようとしてくれているようだけど、上手く言葉が見つからないみたい。
「……基本的には同じものなのよ。ただ、相手をする犯罪者によって、対応する部署が変わる感じね。例えば、グリンデルバルドや例のあの人なんかは闇祓いの管轄になるんだけど、それは組織として動いているからだったり、首謀者の凶悪度によったりするって、おばさんが話してた気がする」
「スーザン、ずいぶんと詳しいのね」
「当然よ! だって、彼女のおばさんはアメリア・ボーンズだもの!」
ハンナが自慢するように言った。
「それって、スーザンの親戚なの?」
「叔母よ。魔法省法執行部の部長なの」
「ママがよく家で言うのよ。アメリア・ボーンズほど公明正大な人はいないって! ファッジなんかよりも彼女を魔法大臣に据えた方が魔法界は百倍良くなるって!」
「ファッジ?」
「誰それ?」
「えええええええええ!?」
「魔法大臣よ!?」
「知らないの!?」
今まではわたし達とアーニー達の中間に居てくれたスーザンまでギョッとした表情を浮かべている。
「魔法省の大臣よ。イギリス魔法界で一番偉い人! さすがに知らなきゃダメよ、それは!」
どうやら、わたし達で言う所の首相に当たる人らしい。
「ちなみに、イギリスの首相の名前は知ってるの?」
「え? それは当然サッチャ……」
「しゅしょう?」
「なにそれ?」
「……あっ、あぁ」
スーザンは納得してくれたようだ。
「ちなみにサッチャーは前首相よ。今はメージャー」
「……わ、悪かったってば」
とりあえず、わたし達はもう少し真剣に魔法界の事を学んだ方が良さそうだ。
そんな事を考えていると、いきなり教室の扉が開いた。そして、強烈なニンニクの匂いに襲われた。
「クサッ!?」
「クサイ!!」
「なにこれ!?」
「オエッ!」
わたし達は慌てて教室の前から飛び退いた。
すると、中からターバンを巻いた男が出て来た。
「き、き、君達! じゅ、授業が、も、もう、開始のじ、時刻を過ぎているんだ。は、はや、く入りなさい!」
「え?」
「なんて?」
どもり過ぎていて、何を言ったのか聞き取れなかった。
「は、は、はやくきょ、教室に、は、入りなさい!」
「は、はい」
「あっ、教室に入れって言ってたのね」
ムッとした表情を浮かべられても困る。聞き取って欲しいなら、もっと聞き取りやすく喋って欲しい。
「……この中に入るの?」
「やだぁ……」
「くさーい!」
「さいあく!」
「い、いいから、は、入りなさい! 授業がは、始まりますよ!」
フリットウィック先生の授業が恋しい。こんな変な先生と悪臭漂う教室で一時間を過ごすなんて、まさに拷問だ。
わたし達はゲンナリしながら教室の中へ入った。
「……先生、臭いです」
「窓開けていいですか?」
「マジ、無理」
「は、吐きそう……」
「だ、黙りなさい。い、いいか、ら! じゅ、授業を始めますよ!」
「クゥン……」
「ア、アルフレッドは外で待ってて!」
わたしはアルフレッドが小刻みに震えているのを見て、慌てて外にほっぽり出した。
犬の嗅覚でこの空間に留まったら命に関わる。
いつもはわたしから絶対に離れないアルフレッドも、さすがに教室の中へ戻ってくる事はなかった。
それから、忍耐の一時間をわたし達は必死に耐えた。
「む、無理、トイレ行って来る!」
「……つ、次からは鼻栓を持ってくるよ」
「それより、なにか魔法的な対処法とかないの?」
「フリットウィック先生に相談してみる?」
吐きそうな顔でトイレに走っていくジャスティンを見て、わたし達は真剣に対策を練り始めた。