レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第十四話『授業開始②』

 午後の授業は変身術だった。担当の先生はミネルバ・マクゴナガル。この城に足を踏み入れた時、わたし達を迎え入れてくれた魔女だ。

 彼女は最初から教室にいて、わたし達が着席するなり警告の言葉を口にした。

 

「みなさんにまず言っておかねばならない事があります。それは変身術というものがホグワーツで学ぶあらゆる魔法魔術の中でもっとも複雑かつ、もっとも危険なものである事です。いい加減な態度でわたくしの授業を受ける生徒には出て行ってもらいますし、二度とクラスには入れません。分かりましたね?」

 

 その言葉はわたし達にとてつもない緊張感を与え、ガチガチに固まってしまったわたし達の前で彼女は杖を振るった。

 すると、机が豚に変わった。目が飛び出すかと思うほど驚くわたし達の周りを豚はブヒブヒと鳴きながら駆け回った。

 教室を一周した豚をマクゴナガル先生が元に戻すと、わたし達はすっかり興奮状態になっていた。

 まさに魔法だった。

 

「さあ、授業を始めましょう」

 

 そう微笑むと、彼女は宣言通りに授業を開始した。

 複雑な理論の板書をノートに書き取り、その理論を踏まえながら一人一人に配られたマッチ棒を針に変身させるよう言われた。

 変身術において、もっとも重要な事は正確性。呪文を正確に唱え、杖を正確に振る。正確性に欠けると、変身術は思わぬ作用を引き起こす。

 わたし達は呪文を繰り返し口ずさみ、杖の動きを何度もトレースした。完璧だと思えるまで、何度も何度も練習して、それからようやく本番に移った。

 

「……う、うーん」

 

 練習通り、正確に呪文を唱え、正確に杖を振った筈だ。けれど、マッチ棒はマッチ棒のままだった。

 

「アリスはどう?」

「……先がちょーっと、尖った……かな?」

 

 気のせいだと思う。

 

「プリシラは?」

「なんだか、おっきくなったよー?」

 

 どういう事かと思って覗き込むと、プリシラのマッチ棒は明らかに巨大化していた。

 

「でっか!」

「なんか、マイクに見えるね」

「どうして、おっきくなったのかなー?」

 

 首を傾げるプリシラに、わたし達も首を傾げる事しか出来ない。

 ここは素直に先生を頼ろう。

 

「せんせー! プリシラのマッチが大きくなりました!」

「おやまあ、杖の振り方が悪かったのでしょう」

「えー……、練習通りに振ったのにー」

「ならば、一度杖を振ってごらんなさい。呪文は不要です」

「はーい」

 

 プリシラは杖を振った。その動きは教本通りに見える。

 

「やはり、振り方に問題がありますね」

「え? でも、教本通りですよね?」

「大まかにはあっています。ですが、あまりにも遅過ぎます」

 

 マクゴナガル先生は杖を軽やかに振って見せた。

 

「このように、滑らかに杖を振るのです。ミス・スピーニー。あなたの振り方では手の震えが杖の軌道に干渉してしまうのです」

 

 そう言うと、マクゴナガル先生は黒板に杖の軌道の線を二つ描いた。

 一つは滑らかだけど、もう一つは少しギザギザしている。

 

「この僅かな振動が杖の振り方の正確性を損なってしまうのです。魔法の発動自体は出来ていますから、杖を滑らかに動かす事を意識してごらんなさい」

「はーい!」

 

 おっとりしているプリシラの目つきが少しだけキリッとなった。

 呪文を唱えず、幾度か杖を振る。そして、再びの本番。プリシラのマイクサイズのマッチ棒は小さくなって、銀色の針へ変身した。

 

「出来たー!」

「お見事です! ハッフルパフに1点! さあ、みなさんもミス・スピーニーが成功させた針をごらんなさい」

 

 マクゴナガル先生が高々と掲げた針はまさしく針だった。

 

「凄いよ、プリシラ! 一番乗りじゃない!」

「先を越されたー!」

「焦りは禁物ですよ、ミス・アシュクロフト。魔法の発動にはコツがいるのです。そのコツとは、口笛を吹くようなもの。あるいは指を鳴らすようなものです。出来るようになるまでには少し苦労しますが、一度成功すればコツを掴めるでしょう。大切な事は正確性と反復です。さあ、練習なさい!」

 

 プリシラが成功させてくれたおかげでイメージが湧きやすくなった。

 正確な呪文を唱え、正確に杖を振る。そして、オリバンダーの店で最初に杖を振った時の感覚を思い出す。

 自分の中から何かが飛び出していくような感覚。そして、それを杖の先から放つイメージ。

 

 ―――― 地獄に落ちな。

 

 ママの声が脳裏を過ぎった。その言葉はわたしを守る為に不審者へ銃を撃った時のもの。まあ、その不審者は不審者ではなくて、ケトルバーンだったんだけど……、やっぱり不審者でいいや。

 カチリとわたしの中でイメージが固まった。杖は銃。呪文は引き金。撃鉄を起こすように杖を振る。

 

「レイチェル、出来てるじゃん!」

 

 成功した。わたしのマッチ棒は間違いようもなく針へと変身していた。

 

「お見事です、ミス・ラインゴッド。ミスター・フレッチリーも素晴らしい!」

 

 ジャスティンも成功させたみたいだ。僅差でわたしの勝ち。

 

「ふふーん!」

「……その顔、やめてくれない? 僅差だったでしょ!?」

 

 僅差であっても勝利は勝利だ。

 

「わたしの勝ち!」

「真の勝者の隣でよく勝ち誇れるね、君」

 

 アーニーが余計な事を言った。分かっている。真の勝者はただ一人、わたしの隣のプリシラ・スピーニーだ。

 

「次は負けない!」

「えへへー、次も一番になるのー!」

「ガルルルルル」

「どうどう、レイチェル。唸るんじゃありません」

 

 そう言いながら、アリスも成功者の仲間入りを果たした。

 

「君達、どうしてすんなり成功させているんだい? ボクのマッチ棒、銀色になっただけなんだけど……」

「リラックスよ、リラックス。それが大事ね。わたしはレイチェルとプリシラのやりとり聞いてたら脱力しちゃって、それで成功したわ」 

「マジかよ。オレも脱力してるし、いけるか?」

 

 いった。見事、アーニーも成功した。その後ろでスーザンとハンナも歓声を上げている。

 

「サンキュー!」

「借り一つね」

「エロイーズはどうー?」

「……わたし、上手くいかないわ」

 

 わたし達の前に座ったエロイーズだけは脱力出来なかったみたい。

 

「大丈夫よー。大丈夫大丈夫。大丈夫よー」

 

 プリシラはそんなエロイーズの頭を抱き締めて、大丈夫大丈夫と繰り返した。すると、エロイーズは真っ赤になった。

 

「あ、ありがとう。頑張ってみるね」

 

 すると、今度はバッチリだった。エロイーズのマッチ棒も針に変わっている。

 

「さすがプリシラ! ハッフルパフのNo.1!」

「成功の女神!」

「えへへー、わたし女神ー」

 

 女神は満更でもなさそうだ。

 

「ありがとう、プリシラ!」

「えへへー、借り一つねー」

「うん!」

 

 脱力する事がコツであると広まると、次々に成功者が増えていった。

 最終的にはクラス全員が針への変身に成功させていた。

 

「快挙です!」

 

 マクゴナガル先生は嬉しそうに言った。

 

「最初の授業ですべての生徒が成功させたのはハッフルパフだけです。その授業に対する素直で誠実な受け止め方に10点を与えましょう。実に優秀です。この調子で、次回の授業も受けるように」

「はい、先生!」

 

 彼女はニッコリと微笑んだ。厳しそうだと思ったけれど、笑顔がとっても素敵な先生だ。

 変身術の後は魔法史だった。

 

『えー、現代観測出来ている最古の呪いはエジプトのファラオの墓に掛けられていたものであります。それ以前のものとなると魔力が風化してしまい痕跡だけを辿れるものがいくつかあるのみとなっており、それらも正確な効果、発動条件などは不明となっております。カイロにある紀元前2700年頃建造されたピラミッドが魔力の風化を抑えるための処置が行われていますが、あと数年以内には完全に風化してしまうだろうとエジプト魔法省が発表しておりますね。このピラミッドに掛けられた呪詛の内訳は侵入者立ち入り禁止線、空間拡張、幻影の罠などです。他に建造当時生贄となった人々の怨念をピラミッド内に封じ込める細工が施されております。これは現代で言う所の闇の魔術の祖先とも言える悍ましき深淵の術の一つですね。そもそも、魔法は精神と密接に関わっています。分かりやすく例えるなら変身術ですね。変身術を使う時は変身させたい物を強くイメージする必要があります。他の術に関しても魔法の発動には強いイマジネーションが必要不可欠なのです。それは闇の魔術も例外ではなく、その発動には強い負の感情やイマジネーションが必要となるのです。生贄にされた人々が死の瞬間に抱いたのはあらゆる負の感情の爆発だった事でしょう。そうした感情をピラミッドという瓶に詰めて熟成させたわけです。その悪しき魔力は想像を絶する極大の呪詛となりました。ピラミッドに使われた建材一つ一つに呪詛が浸透し、ピラミッドそのものが一個の意思を持つに至ったのです。邪悪なる意思はその悪意を侵入者に向ける。これによりピラミッドは王の遺体を守る為の堅硬な墳墓となったのです』

 

 物憂げな表情で一本調子に語り続けるのはゴーストのカスバート・ビンズ先生。

 声も小さく、ボソボソしていて、前の方の席に座ったのに聞き取り辛い。

 他の授業の疲れも相まって、夢の世界へ旅立つクラスメイト達も多い。

 

「……ま、瞼が重いわ」

「わ、わ、わた、わたしもー」

 

 アリスとプリシラの瞼が上下に振動している。

 眠りたい体と起きていなければと抗う精神がせめぎ合っている。

 わたしは必死にノートを取る事で眠気に抗った。

 とにかく、ペンを動かしていないと眠気に負けそうになる。

 

『さて、呪詛の歴史もかなり古く、先にあげた闇の魔術もまた歴史の深い魔術の一端であります。今日では悪しき術として見られる事が多々ありますが、古き時代に名をあげた者の多くは闇の魔術にも精通していた者が多数いました。これは時代の背景として、戦乱であったり、今よりも強力な魔法生物が跋扈していたからであったりしたからですね。それがどうして今のような悪しき術という扱いを受けるに至ったかと言えば、それは悪用した者が居た為に他なりません。有名所で言えば、中世の時代にイングランドを恐怖で支配しようとした悪名高きエメリックですね。彼はニワトコの杖の所有者の一人ともされており、その力を背景に暴れ回ったといいます。そうした悪行が闇の魔術を今のような状況に陥らせたと言う事でしょう』

 

 しまった。エメリックをウリックと書いてしまった。折角、ここまで綺麗に書いてたのに台無しである。

 隣を見ると、睡魔に負けた敗北者達の姿がある。わたしは負けない。睡魔にも勝利してみせる。

 

『時間ですね。では、授業を終わります』

 

 乗り切った。わたし以外、起きている生徒は疎らだった。その事を注意する素振りも見せない辺り、あのゴーストは生徒にちっとも関心がないか、あるいは他のクラスの生徒達もみんな爆睡しているという事だろう。

 

「え? 授業、終わった?」

「……むにゃ。あと五分ー」

「プリシラ! これ以上寝ると、夜眠れなくなるわよ!」

 

 プリシラのプヨプヨとした頬を揉んで起こし、わたし達は体を伸ばした。

 

「一日目終了! ねぇ、探検にいかない!?」

「探検?」

「いいよー」

「やった!」

 

 夕食の時間まで、自由時間がたっぷりある。わたし達はホグワーツ魔法魔術学校の探検に出発した。

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