ママの地図によると、ホグワーツには様々な仕掛けや隠し通路、秘密の空間があるようだ。
それはそれで凄くワクワクするのだけど、その前にやるべき事がある。
「よし! 教室のルートを今日中に網羅するわよ!」
「おー!」
「網羅するー!」
「ワン!」
地図をよく読むと、時間割に書いてある授業の教室はホグワーツの西側に固まっていた。
階数や階段の配置さえ覚えれば、迷って遅刻する事はなくなりそう。
そう思っていたのだけど、今日実際に教室間を移動してみて、無理だと悟った。
「階段の位置がバラバラ過ぎる!」
「階段がある部屋の隣に別の階段がある!?」
「今何階にいるのー?」
前にママから内部構造を複雑化させる事でテロ対策としている建物があると聞いた事がある。
それを目的としているのならば完璧だ。階段の上り下りがとにかく多い。おまけに二階層分昇る階段があるかと思えば、一階層分にも届かない階段もある。
頭の中で必死に現在地をイメージしてみるけれど、すぐにあやふやになってしまった。
「えっと、ここを曲がると鐘楼棟の中庭に出られて、その向こうが変身術の教室だったから、こっちが図書館棟で……」
「こっちの階段を登ると闇の魔術に対する防衛術と呪文学と魔法理論学の教室だったよね?」
「えっとえっとー、ここを通ると魔法薬学の教室に行けるみたいだよー」
「薬草学の教室は外側から……?」
ママの地図も完璧ではない。いくら凄腕の捜査官でも、本や資料から読み解いた情報だけで見た事もない建物の構造を完璧に把握する事なんて不可能だ。
最初が呪文学で本当に良かった。魔法薬学が先だったら、大広間からのルートに致命的な欠陥があった。
「ここは通れないみたいね」
「あっ、待って! ここの柱のところ、隙間がある!」
「わー! 隠し通路だー!」
前言撤回。ママの地図は完璧だった。
アリスが発見した通路を通ると、壁の向こう側へ辿り着く事が出来た。
「一応、書き加えておくわ」
一直線として描かれている道に壁として縦線を引き、隠し通路の部分に曲線を書き加えておく。
「とりあえず、大広間から各教室へ向かう為のルートは確保出来たわね」
「教室と教室の移動もなんとなく掴めて来たかも」
「……みんなは大丈夫なのかなー?」
プリシラが呟いた。
「どうかしらね。わたし達はママの地図があるから何とかなってたけど」
「純粋な魔法族の家の子は大丈夫なんじゃない? アーニーも地図を貰ってたみたいだし」
「マグル生まれの子はー?」
「大丈夫じゃないよね……」
わたし達は頷き合った。考えている事はみんな一緒というわけだ。
「でも、わたし達だけじゃ手が足りないわ」
「ハンナ達にも手伝ってもらいましょうよ」
「エロイーズもきっと助けてくれるよー」
そうと決まればスタコラサッサだ。
大急ぎで寮の談話室に向かう。
「ヘ・ル・ガ・ハッフル・パ・フー!」
わたしが代表して樽の底にハッフルパフリズムを叩きこむ。
開いた扉を潜ると、丁度よくアーニーとジャスティンがいた。
「アーニー! 借りを返してもらいに来たわよ!」
「え!?」
「取り立て!?」
プリシラも隅で本を読んでいるエロイーズを引っ張って来た。
「なになになに!?」
「借りを返してもらいに来たよー」
アリスがハンナとスザンナも連れて来た。これだけ居れば大丈夫だろう。
「それじゃあ、マグル生まれのみんなに配る『大広間から各教室までの簡易マップ』の作成をするよ!」
「どういう事!?」
「そのままの意味よ。純粋な魔法族の子は親から地図を貰えるからいいけど、マグル生まれの子はそうもいかないでしょ? わたし達はレイチェルのママの地図があるから何とかなってるけど」
「だから、困ってる子達用の地図を作ろうと思ったのー」
そうしようと口にしたわけではないけれど、わたし達の心は通じ合っていた。
改めて、プリシラとの出会いを忘れてしまった事が悔やまれる。きっと、話していて気が合ったのだと思う。
これからは絶対に忘れない。
「えー……、面倒くさいな」
「ほうほう、アーニーは借りを返さないタイプと……」
「や、やらないとは言ってないだろ!」
「わーい、ありがとう! さすがアーニー、借りをきちんと清算する男!」
酸っぱそうな顔になるアーニー。その横でジャスティンは苦笑している。
「良い思いつきだと思うわ。ねえ、ハンナ」
「うん。ただ、マグル生まれ以外の分も作ってあげたいかな。わたしもママから地図を貰うの忘れてたし……」
「同じく……」
そう言えば、ハンナ達は魔法族の筈なのに地図を持っている素振りを見せていなかった。
準備不足と言いたいけれど、わたしもママが用意してくれていなかったら地図を持ってくる発想にも至っていなかった。
「うん。そうしましょう。明日の朝、大広間で配るとして、どれくらい必要になるかな?」
「え? 大広間で? ここで配ればいいじゃないか」
「それだとハッフルパフ生にしか配れないじゃないの」
「他の寮の生徒にまで配るのかい!?」
「当然でしょ! 困っている子達用って、プリシラも言ってたじゃないの!」
「だって、それだと百枚くらい必要になるぞ!?」
「だから、みんなに手伝いをお願いしてるんじゃないの!」
「えー……、マジかよ……」
「まあまあ、アーニー。ボク達だって、レイチェルの地図に助けられたじゃないか。
「いいね! ジャスティンがいい事言った!」
「分かったよ! もう、しょうがないなぁ……」
アーニーも渋々納得した所で、わたし達は早速地図の作成に入った。
「スタート地点は大広間でいいと思うわ。そこまではみんな分かると思うし、他の寮の場所はわたし達には分からないからね」
「朝食は大広間で食べるもんね」
スタート地点を決めた所で、ゴールをリストアップしていく。
呪文学、天文学、闇の魔術に対する防衛術、薬草学、魔法薬学、変身術、魔法史。
改めて、魔法一色のカリキュラムだ。数学や化学の授業は一切ない。
「あと、トイレの場所も書いておかない?」
「飛行訓練が抜けてるよ。校庭への行き方も書いておかないと」
「あっ、ここに近道があるよ。パパが昔見つけたって言ってたんだ。帰りに覗いてみたら本当にあって、そこを通ると壁の向こう側に行けるんだ」
「いいねいいね! そういう情報は大歓迎よ!」
「それなら、ここにも抜け道があるわよ。叔母様が教えてくれたの」
純粋な魔法族であるアーニー、ハンナ、スーザン、エロイーズの意見を取り入れて、大広間から七つの教室への移動ルートを記した地図が歓声した。
あとはこれを複写するだけだ。それが大変なのだとアーニーが悲鳴を上げると、急にコホンと咳ばらいをしながら上級生の男の子が近付いて来た。
「やあ、面白い事をしてるね」
「面白くないよ! すっごい大変なんだ!」
アーニーがウンザリした様子で言うと、彼は穏やかに微笑んだ。
とてもハンサムだ。その破壊力と来たら、アリスやハンナが一撃ノックアウトされてしまった程だ。二人は爽やかイケメンがドストライクだったらしい。
「そのようだね。だから、ボクにも少し手伝わせてくれないかな? それ、新入生のみんなに配るんだろう? すごく良いアイディアだと思うんだ」
「ボクはいいけど……」
「もちろん構わないわ! ただ、まずは大事なやり取りがあると思うの。わたしはレイチェルよ。レイチェル・ラインゴッド。あなたは?」
「ああ、すまない。ウッカリしていたよ。ボクはセドリックだ。セドリック・ティゴリー。三年生だよ」
「わたし、アリスって言います! 手伝ってくれるなんて、すごく親切なのね!」
「ありがとう、セドリック。あなた、すっごく素敵ね」
目をハートマークにしたアリスとハンナがここぞとばかりにアピールを始めた。そんな二人を爽やかに受け流しながら、セドリックは机の上に広げてある地図に杖を向けた。
「これを手書きで複写するのは大変だと思うんだ。だけど、便利な呪文がある。ジェミニオ!」
セドリックが呪文を唱えると、地図がブルッと震えて、二つになった。
「ええ!?」
「すごい!」
「二つになった!」
「双子の呪いと呼ばれてる。君達にはまだちょっと難しい呪文だから、ここはボクに任せて欲しい。魔法的な効果は複製出来ないんだけど、この地図を増やす事に関してはうってつけさ」
セドリックは何度も呪文を唱えた。二枚が四枚になり、四枚が八枚になり、それが十六枚、三十二枚、六十四枚、百二十八枚へとどんどん増えていく。
あっという間に必要な数が揃ってしまった。
「ありがとう、セドリック!」
「どういたしまして! 君達の素晴らしいアイディアに協力する事が出来て、とても誇らしいよ」
そう言って、彼は爽やかスマイルと共に去って行った。まったく恩着せがましい態度を取らない。そんな所も実にイケメンだ。
アリスとハンナだけに留まらず、エロイーズとスーザンの目もハートマークにしていった罪な男である。かく言うわたしもちょっと涎が出そうだった。
「……ボク達だって、一生懸命手伝ったのにさ」
「もちろん感謝してるわよ、アーニー。あなたが教えてくれた近道はきっとみんなの助けになる筈よ」
「ま、まあ……、助かる人がいるなら何よりだよ、うん」
わたし達は手分けしてセドリックが増やしてくれた地図を纏めた。
みんな眠そうだ。時計を見ると、結構な時間になっていた。
「今日はもう寝よう」
「うん」
「つかれたー」
「ねむーい」
「おやすみー」
「おやすみ、みんな」
それぞれの寝室に戻り、わたし達はベッドに飛び込んだ。
いろいろあったけれど、なんだかんだで楽しい一日だった。
「今日は楽しかったわね、アルフレッド」
「ワン!」
「明日はもっと楽しいといいね、アルフレッド!」
「ワン!」
「……そう言えば、フクロウ小屋に行き忘れたね、アルフレッド」
「ワン……」
明日は忘れずにフクロウ小屋へ行こう。アベルが寂しがっているかもしれない。
「急いで寝よう、アルフレッド!」
「ワン!」
そして、わたしのホグワーツでの一日目は終わりを迎えた。