レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第十六話『純血主義者』

 早めに寝たおかげで、陽が昇る前に目が覚めた。

 アリスやプリシラを起こさないようにそっとアルフレッドと共に部屋を抜け出すと、バルコニーから談話室に伸びる階段を一段飛ばしで駆け下りる。

 すると、「きゃっ!?」という悲鳴が響いた。

 

「こ、こんな時間にどうしたの?」

 

 驚いた拍子に落としてしまったらしいブランケットを拾いながら、上級生らしき人が声を掛けて来た。

 

「驚かせてしまってごめんなさい! ペットのフクロウに会う為にフクロウ小屋に行こうと思うの! きっと、寂しがってると思うから」

「そうだったのね。でも、まだ暗いわよ? 明るくなってから行った方がいいわ」

「それだと遅いわ。今日はみんなと地図を配る約束をしているから、その前には戻って来ないといけないのよ」

「うーん……、ルーモスは使えるの?」

「ルーモスって?」

 

 彼女はわたしの反応を見ると溜息を零し、持っていたブランケットと本を近くに置いてあるカバンに仕舞い込んだ。

 

「わたしも一緒に行くわ。暗い夜道を一年生だけで歩かせられないもの」

「いいの!? わたし、レイチェルよ。レイチェル・ラインゴッド」

「四年生のシャノンよ。フクロウ小屋は二か所あるの。一年生のフクロウなら、きっと西塔の方ね」

「そうなの? もう一か所はどこにあるの?」

「城の裏手にある丘の上よ」

「どうして二か所も? それも、西塔と裏の丘なんて……」

「単純にスペースの問題ね。フクロウは生徒の殆どが飼っているし、学校として飼育している子達もいるのよ」

「でも、スペースなら『検知不可能拡大呪文』でいくらでも広げられるんじゃ?」

「あら、よく知ってるわね。でも、色々と問題があるわ。例えば、出入り口の数ね。『検知不可能拡大呪文』は内部空間を誤魔化す事は出来るんだけど、外装はそのままでしょ? だから、出入り口の数も外装に沿った分しか作れないのよ。すると、どうなると思う?」

「えーっと……」

 

 広い空間にたくさんのフクロウがいる状態を想像してみる。だけど、出入り口の数は少ない。

 

「あっ! フクロウが出口に殺到しちゃって、危ないんだ!」

「そういう事よ。フクロウはすごく賢いんだけど、もっと賢い筈の人間だって、何かの拍子に出入口へ大勢で殺到して怪我をするなんて事があるでしょう?」

「たしかに!」

「それに、空間を拡張する魔法は永久には機能しないものなのよ。いずれ、魔法が風化してしまう。その時、そこにたくさんのフクロウがいたらどうなると思う?」

「……なるほど」

「だから、ホグワーツ城には空間を拡張した部屋がないのよ。フクロウ小屋以外でもね」

「たしかに、『検知不可能拡大呪文』ですべて解決出来るなら、こんなに大きなお城である必要がないものね」

「その通りよ。魔法をマグルに知られてはならない。それが原則である筈の魔法界にこんなにも目立つお城を立てた理由がそれね。物事には、すべてに理由が存在するという事よ」

 

 話している内に西塔の最上階に辿り着いた。消灯時間を過ぎているからか、松明は燃えていなかったけれど、シャノンがルーモスを使ってくれたおかげで視界はすこぶる良好だった。

 ルーモスとは、光を灯す呪文。闇が多い世界においてはとても重要だと思う。アリスやプリシラにも話して、出来る限り急いで覚えよう。

 

「あなたのフクロウはいるかしら?」

「えーっと……、いた! おーい、アベル!」

「ワオォン!」

「キィ!」

 

 わたしとアルフレッドが呼び掛けると、アベルはまっすぐにわたしの腕の中へ飛び込んで来た。

 

「キィキィ!」

「待たせてごめんね! どう? お友達は出来た?」

「キィ!」

 

 出来たみたいだ。アベルは可愛らしいウサギフクロウやシロフクロウを紹介してくれた。

 二羽とも真っ白なフクロウだ。

 

「あなた達、アベルと仲良くしてあげてね!」

「ホー」

「クゥ!」

 

 もちろんだと応えてくれた。

 

「ちなみに、シャノンはフクロウを飼ってるの?」

「ええ、飼っているわ。ただ、うちの子は丘の方の小屋にいるのよ。だから、紹介するのはまた今度ね」

「残念だわ……」

 

 アルフレッドと一緒に、アベルと一頻り交流した後、わたし達は急いで寮に戻った。

 談話室にはアリス達がすでに起きて来ていた。

 

「あー、レイチェル! どこに行ってたのよ!?」

「フクロウ小屋よ。アベルに会いに行ってたの。あの子、寂しがってると思って」

「あー……、マクゴナガル先生に連れて行かれた子ね。じゃあ、仕方ないか……」

「アベルってー?」

「レイチェルのフクロウよ」

「えー! わたしも見てみたいなー」

「じゃあ、授業の後に紹介するわ。アベルったら、もう友達を作っていたの。その子達を紹介してもらったから、わたしも友達を紹介しておきたいと思っていたしね」

「もちろん、わたしも行くわよ! アベルも可愛かったけど、他のフクロウも是非見てみたいわ!」

「アリスって、動物好きよね」

「大好きよ! だって、可愛いじゃない! わたしも懐事情に余裕があればペットを飼いたいんだけどねぇ……」

 

 彼女がホグワーツ特急でわたしのコンパートメントに入って来たのも、アルフレッドが理由だった。

 筋金入りの動物好きらしい。やっぱり、わたしと彼女は気が合う。

 

「ねぇ、お喋りしてると時間が無くなっちゃうわよ?」

 

 スーザンが言った。ハンナやエロイーズも困り顔だ。

 

「ごめん! 急いで大広間へ行きましょう!」

 

 昨夜、セドリックが増やしてくれた大量の地図を手分けして抱えながら、わたし達は大広間へ急いだ。

 すると、そこにはすでに幾人かの上級生が来ていて、食事を取っていた。一年生はまだみたい。

 

「とりあえず、急いでご飯を食べちゃう?」

「交互にすればいいんじゃない? わたし達は八人居るわけだから、四人が先に食事を取って、残りの四人がここで待機して地図を配る。食べ終わったら、交代で」

「うん。それがいいと思う」

「たぶん、どんどん来ると思うし、散らばってから配ると大変だと思うよ」

 

 スーザンの提案を採用して、さきにアーニーとジャスティン、スーザン、ハンナの四人に食事を取ってもらう事にした。

 その間にわたしとアリス、プリシラ、エロイーズが地図を配る。

 一年生の見分け方は簡単だ。上級生は寮毎の特色に応じたデザインになっているけれど、一年生は無地の制服を身に着けている。

 寮分けの前に制服を用意しなければいけない弊害だろうけれど、今のわたし達にとっては都合が良い。

 

「ねぇ、あなた新入生よね! 地図はいかが?」

「え?」

 

 一人目は男の子だった。レイブンクローの制服の上級生と一緒に来たから、きっとレイブンクローの子。

 

「教室への行き方に困っていたら、これを使ってみて」

「え? これ、地図? すごいね! え? これ、もらっていいの?」

「うん! その為に作ったの!」

「作ったの!? ありがとう!」

「へぇ、すごいわね。あなた達も一年生なのよね?」

 

 黒髪の上級生がわたし達の制服を見て、目を丸くしている。

 

「昨日、探索してチェックしたからバッチリな筈です!」

「偉いわ! それに、素晴らしい思いやりね。大変だったでしょう。わたし、チョウよ。二年生なの」

「わたしはレイチェルです!」

「わたし、アリス!」

「プリシラですー」

「エ、エロイーズです!」

「レイチェル、アリス、プリシラ、エロイーズね。もし、助けがいる時は声を掛けてちょうだい。うちの子に親切にしてくれた恩はきっと返すわ」

 

 一歳しか違わないとは思えないくらい大人っぽい人だ。

 それに凄く美人。ハッフルパフの寮の上級生もみんな素敵な人ばかりだし、ホグワーツは最初に思ったよりも居心地のいい場所みたい。

 わたし達は安心して次に入って来た子達にも地図を渡そうとした。

 

「ねぇ、あなたも新入生よね! 地図はいかが?」

「……はぁ? なんだ、これは……」

 

 わたしが差し出した地図をその子は乱暴に奪い取り、鼻で笑った。

 

「なんだ、この拙い地図は」

 

 そう言って、地図を床に放り捨てた。

 

「ちょ、ちょっと!」

「捨てる事ないじゃない!」

「そ、そうだよー」

「ひ、ひどい……」

 

 わたし達が抗議の声をあげると、その子と一緒に来た大柄な男の子達が睨んで来た。

 プリシラとエロイーズが怯えている。わたしは二人を背中に隠すように立った。

 

「……お前達、さてはマグル生まれだな」

「そ、そうだけど、それがなに?」

 

 そう呟いた瞬間、わたしは後悔した。

 絶対に関わらないようにすると決めていた筈なのに、関わってしまった事に気が付いたからだ。

 ゾッとするような目だった。同じ人間を見ている目ではない。動物に向けるものでもない。それよりもずっと汚らわしいものを見る目だった。

 

「穢れた血が随分と生意気だな。おい、クラッブ、ゴイル。少し、教育してやれ」

「ああ」

「……分かった」

 

 にやけた顔でクラッブとゴイルが近付いてくる。

 街の不良の中でも特に下品な連中と同じ表情を浮かべている。

 間違いなく、この子達は純血主義者だ。マグル生まれを差別するレイシスト。彼らはきっと、わたし達に何をしても悪い事ではないと思っている。

 レイシストとは、そういう種類の人間だと歴史の授業で習った。

 

「この子達に教育が必要だって? 君達が何を教えられるんだい?」

 

 窮地を救ってくれたのは、我らがハッフルパフのハンサムだった。

 

「セドリック!」

 

 セドリック・ティゴリーは昨夜見せてくれた穏やかな表情からは想像もつかないくらい冷たい顔を目の前の男の子達に向けている。

 

「お前、ボクが誰か分かっていないようだな」

「分かっているよ、ドラコ・マルフォイ。遅くなったけれど、入学おめでとう。ただ、ホグワーツに来て浮かれる気持ちは分かるのだけど、今の振る舞いは紳士的ではないと忠告をさせてもらうよ」

「……ハッフルパフ如きが」

 

 そう言い捨てると、ドラコは踵を返した。

 

「いくぞ、クラッブ、ゴイル。これ以上は話す価値もない連中だ」

「ああ」

「分かった」

 

 クラッブとゴイルは鼻で笑うような仕草をした後でドラコについて行った。

 

「……なんなのよ、あいつら」

「純血主義者だと思う。関わっちゃダメなタイプ」

「怖かったー」

「うん……、すっごく……」

「ああ、関わるべきじゃない」

 

 優しいセドリックがそう断言した。

 

「彼らの考え方は実に愚かだ。だけど、強い力を持っている。だから、君達はあまり近づかない方がいい」

「……うん。ありがとう、セドリック」

「ありがとう! 素敵だったわ!」

「ありがとー!」

「あ、ありがとうございます」

「お礼を言われる事じゃない。むしろ、遅くなってすまなかった。地図を配るのはボクがやるよ。怖かっただろう?」

 

 どこまでもイケメンだ。だけど、わたしは首を横に振った。

 

「最後までやるわ。でも、また怖い人達が来たら助けて欲しいの。お願い出来るかしら? ナイト様」

「……ああ、もちろんだよ」

 

 その後、わたし達のトラブルを見ていたらしいチョウも駆けつけてくれた。

 頼りになる上級生が見守ってくれるおかげでプリシラやエロイーズも安心した様子だ。

 

「ねぇ、あなたも新入生? 地図はいかが?」

「え?」

「地図?」

 

 眼鏡の男の子と赤毛の男の子。二人は揃って目を丸くしている。

 

「教室までの地図を描いたのよ。困っていたら使ってちょうだい」

「わぁ、助かるよ! ボク、すごく困ってたんだ!」

「ボクもちょうだい! これで迷わずに済むぞー!」

「あっ、ちょっとロン! 地図、ありがとう!」

 

 ロンはお礼も言わずに去って行ったけれど、眼鏡の子は律儀にお礼を言ってくれた。

 お礼目的ではないけれど、お礼を言ってもらえたら嬉しい。それからもわたし達は地図を配り続けた。

 純血主義者はドラコだけではなかったけれど、あそこまで真っ向から悪意を叩きつけて来るタイプは少なかった。

 居ない事は無かったけれど、そういう時はナイト様がしっかりわたし達を庇ってくれた。

 わたし達はすっかり、この爽やかナイスガイの虜になってしまった。

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