朝、大広間で食事を取っているとフクロウが大量に雪崩れ込んで来た。
その中の一羽がわたしの下へ来た。アベルじゃない。
「ホー!」
フクロウは一通の手紙と見慣れない新聞を持って来た。
「なにこれ?」
「それ、日刊預言者新聞だよ。自分で購読契約したんじゃないの?」
「たぶん、ママだわ」
手紙を開いてみると、案の定だった。
『愛する娘へ。ママもフクロウを飼う事にしたわ。名前はディオンよ。手紙のやりとりをする上で、アベルにばかり負担を掛けるわけにもいかないと思ったのよ。それから、魔法界の最新情報を得る為に日刊預言者新聞の定期購読を申し込んだの。魔法の新聞をコピー出来るか不安だったのだけど、印刷機で普通にコピーする事が出来たから、原本をあなたに送るようにするわ。グリンゴッツに泥棒が入ったそうよ。パパはラグノックから散々愚痴を聞かされたみたい。あの人ったら、毎週のように漏れ鍋に通っているのよ。ラグノックだけじゃなくて、マークとも飲んでいるみたいね。ああ、わたしの同僚の方のマークじゃないわよ。あなたのトランクを買ったお店のマーク。それに、漏れ鍋の店主さんとも仲良くなったみたい。先週、あまりにも帰りが遅いから迎えに行ったら、四人で手をつなぎ合ってオクラホマミキサーを踊っていたのよ。信じられる? わたし、お腹を抱えて笑っちゃったわよ』
何があったら、ゴブリンや魔法使い達とオクラホマミキサーを踊る事になるのかな? 実に不思議だ。
わたしの中でラグノックは偏屈そうなお爺さんという印象だったのだけど、今ではすっかり愉快なお爺ちゃんになっている。もしくは、パパの愉快な仲間達。
「あなた、ディオンっていうのね。ママの手紙と新聞を届けてくれてありがとう」
「ホー」
一鳴きすると、ディオンは飛び去って行った。とってもクール。
あとで返事を書いて、アベルに運んでもらおう。
「なにか面白いニュースでもあった?」
「グリンゴッツに泥棒が入ったみたい。あと、『ソビエト連邦崩壊迫る! ソビエト魔法省が緊急記者会見!』って書いてある」
「へー」
聞いておいて、この無関心感溢れる反応。ただまあ、わたしも新聞を面白いと思って読んだ事はない。ママが毎朝コーヒーを片手に読んでいる姿がカッコいいから真似をする事がある程度だ。
わたしは日刊預言者新聞をトランクの中に放り込んだ。
「そう言えば、今日は飛行訓練の日だねー」
今思い出したかのような言い回しで、本日六度目の飛行訓練の話題を口にするプリシラ。
どうやら、彼女は飛行訓練が楽しみで仕方ないようだ。
「箒で空を飛ぶっていうのが、今一イメージ出来ないのよねぇ……」
「基本的には掃除用具だしねぇ」
「なんで、箒なんだろう?」
マグル生まれのわたし達からすれば、箒はどこまで行っても掃除用具だ。
空を飛ぶものと言えば、飛行機であり、共通点を無理矢理に見出したとしても、それは細長いという部分だけだった。
「アーニーやスーザンは知らないの? 箒を使う理由」
「そんなの考えた事ないよ」
「同じく」
ジャスティンの質問に二人は揃って肩を竦めた。二人にとって、箒で空を飛ぶ事はコーラを飲むとゲップが出るくらい当たり前の事だった。
「とりあえず、実際に飛んでみればいいじゃない。イメージ出来ないのはやった事がないからでしょ」
ハンナの指摘はもっともだった。
やった事がない事はイメージ出来ない。自転車と同じだ。初めて補助輪を外された時、わたしは二輪の物体が支えもなく自立出来る事が不思議で仕方なかった。
ママが物理学的な説明をしてくれてもチンプンカンプンなままで、何度も転び、何度も泣いた。
けれど、いつしか乗れるようになっていた。足を地面に置く事なく、自転車は二つの車輪だけで自立していた。
そういう物なのだと理解すると、疑問を抱く事もなくなっていた。
「うん。まずは飛んでみよう」
わたしはみんなと一緒に飛行訓練の授業へ向かった。
◆
正面玄関から校庭へ出ると、レイブンクローの生徒達が先に集まっていた。
その中の一人がわたし達に向かって駆け寄って来る。四角い眼鏡を掛けた男の子だ。見覚えがある。たしか、地図を配った時、最初に渡した男の子だ。
「やあ! この前は地図をくれて助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして。あなたの助けになったのなら嬉しいわ」
「すっごく助けになったよ! ボクはリチャードだ。困った事があったら声を掛けてよ。なんでも協力するよ!」
レイブンクローの生徒は冷たい印象だったけれど、リチャードはとてもほんわかしている。
「ありがとう。わたしはレイチェルよ。その時は頼らせてもらうわ」
そうして話していると、もう一人女の子が近付いて来た。ポニーテールが印象的な子だ。
「あ、あの……、あのさ! わたしも地図に助けられたわ。ありがとう! わたしはアマンダよ。わ、わたしも何かあったら協力するわ!」
顔が真っ赤になっている。とてもシャイな子らしい。だけど、リチャードがお礼を言う姿を見て勇気を出したみたい。
「その時はよろしくね、アマンダ」
「う、うん!」
彼女の後方を見ると、もじもじした様子でこちらを見ている子が他にもいた。
わたし達はレイブンクローの生徒を大分誤解していたようだ。
「……レイブンクローって、冷たいんじゃなくてナードの集まりだったわけか」
「そう言い方しないの!」
失礼な物言いのジャスティンを黙らせると、校庭に一人の魔女がやって来た。
短い白髪と猛禽類のような黄金の眼。彼女が飛行訓練の先生、ロランだ・フーチらしい。
「アマンダもみんなもごきげんよう!」
「あっ、ロ、ロランダ!」
アマンダは嬉しそうにフーチ先生を見た。フーチも彼女を見るとニッコリ微笑んだ。
その様子で分かった。アマンダはわたし達と同じマグル生まれだ。そして、わたしがケトルバーンに、アリスがポモーナにそうしてもらったように、フーチ先生に魔法界へ案内してもらったのだろう。
彼女の表情は薬草学の授業でポモーナと会った時のアリスそっくりだ。
同じ境遇だと知ると、わたしはアマンダに強い共感を覚えた。
「ねぇ、アマンダ。良かったら、友達にならない? わたし、他の寮の事が気になってるのよ。ハッフルパフの寮はハッフルパフリズムで樽の底を叩かないと入れないんだけど、レイブンクローもレイブンクローリズムでどこかを叩くの?」
「レイブンクローリズム? ううん。うちの寮は質問を投げられるのよ。それに答えないと入れてもらえないから、いつも頭を悩ませているの」
「へぇ? 質問って、例えばどんな?」
「えーっと、今朝は『あるところでは、四季が秋から始まり、春、夏、冬の順になっています。しかも、一週間の始まりは金曜日になっています。そこはどこ?』っていう質問だったわ」
「うーん……、辞書で合ってる?」
「正解!」
「え? そんなすぐに良く分かったね!?」
アーニーが感心したように見て来る。わたしは鼻高々だ。
「ちなみに、どうして辞書なのー?」
「
「あっ、そっか! ABC順なんだ」
実を言うと、わたしはそのクイズをママの蔵書で読んだ事があった。
ママが警察官を志したのはシャーロック・ホームズやミス・マープルの大ファンだったからだ。
彼らのようになりたくて、ママは幼少期から謎解き本で己の推理力と分析力を鍛え続けて来たらしい。だから、我が家の書庫にはミステリー小説や謎解き本がこれでもかと並んでいる。
「そこ! 既に授業は始まっています。ボヤボヤしていないで、箒の傍に立ちなさい!」
フーチ先生に叱られてしまった。アマンダは涙目になっている。彼女に謝りながら、わたし達は慌てて持ち場についた。
いつの間にか、地面にはたくさんの箒が並んでいた。その内の一本の横に立つ。
全員が位置につくと、フーチ先生は右手を突き出した。
「箒の上に手を!」
言われた通り、箒の上に手をかざす。
「そして、『上がれ』と言う!」
みんなが同時に「上がれ!」と叫んだ。いくつかの箒が浮き上がって翳された手の中に収まった。
だけど、わたしの箒はうんともすんとも言わずに転がったままだ。
アリスやプリシラ、ジャスティンも苦戦している。アマンダもだ。
逆にアーニーやスーザン、ハンナは一発で成功させていた。
「どうやったの?」
「どうって言われても……、『上がれ』って叫んだだけよ?」
ハンナはむしろ、どうしてわたし達が出来ないのか不思議で仕方ないといった表情を浮かべている。
嫌味なわけじゃなくて、出来る事が当たり前という様子だ。
「……イメージの問題かな」
大広間で話した時、ハンナ達は箒で空を飛ぶ事に疑問を抱いていなかった。
逆にわたしやアリス達は疑問を抱いた。
箒を浮かせる事に成功したハンナ達と失敗したわたし達の差はそこにある気がする。
変身術の授業の時も最初は上手くいかなかった。だけど、杖を銃に見立てる事でコツを掴めた。
「よし!」
わたしは箒を見た。そして、これを物ではなく、一匹の生物だと思い込む事にした。
心の中で名前を付ける。よく見ると、何本かの小枝がとんでもない方向に飛び出している。その枝を見て、ブランチという名前を思いついた。
ブランチ。それがこの子の名前。この子は大空へ羽ばたく事が出来る。
鳥にはどうしても見えない。だから、一番似ている生き物を想像した。それはトンボだった。トンボは飛ぶものだ。
「上がれ!」
トンボのように浮かび上がり、掌に当たる前に止まり、空中で静止している。
わたしは魔法の事が分かりかけて来た。
イメージだ。それが何よりも大切なのだ。