レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第十九話『飛行訓練②』

 箒を手繰り寄せる事に成功した後、わたしはアリス達にイメージの大切さを説いた。

 

「うーん……、跨るわけだし、自転車? いや、それだと飛ばないし、生き物の方がいいのよね? 生き物で跨るとなると……、馬?」

「馬かぁ……、うちの牧場にもいるなぁ」

 

 どうやら、アマンダの実家は牧場らしい。馬のイメージを箒に重ねる事で、彼女は見事に箒を手繰り寄せた。

 

「馬って、実物を見た事ないのよねぇ……」

 

 アリスはイメージに苦慮している。その隣でプリシラは「空飛ぶお馬さんかー」と夢見がちな表情を浮かべている。その手にはすっぽりと箒が収まった。

 

「あれれー?」

 

 プリシラは首を傾げている。その姿を見て、アリスは少し悔しそうだ。

 

「おっ、出来た!」

 

 今度はジャスティンが成功させた。

 

「アリス、機関車トーマスだ!」

「え?」

「トーマスだよ。ほら、顔のある機関車の! それと同じイメージだ」

「えーっと……、この箒がトーマスって言いたいわけ?」

「そうじゃないよ。トーマスみたいに、物だけど、生きてるってイメージだ」

「生きてる……」

 

 アリスはジッと箒を見つめた。すると、ピクリと動き出した。その動きを見て、彼女の中にイメージが生まれたらしい。

 

「上がれ!」

 

 上がった。箒は彼女の手にぴったりと収まった。

 

「ああ、分かったわ。たしかに、トーマスね」

「だろう! トーマスだ!」

 

 盛り上がるジャスティンとアリスにスーザンやアーニーは首を傾げている。

 機関車トーマスはわたしももちろん知っている。この国の子供として生まれた以上、避けては通れない存在だ。

 顔のある機関車達が織りなすユーモアたっぷりな物語。たしかに、生きた無機物の例えにはもってこいの存在だ。

 

「トーマス……」

「トーマスかぁ」

「これはトーマス」

「トーマス!」

「……ねぇ、それって何かの呪文なの?」

 

 マグル生まれの子達はジャスティンとアリスの会話を聞いて、こぞって真似をし始めた。

 トーマスを知らない魔法族の子達はみんな困惑している。

 

「トーマスだよ、知らないの? 顔のある機関車さ」

「顔のある機関車ってなに!?」

「それはもう、笑顔の素敵な機関車さ!」

「笑顔の素敵な機関車ってなに!?」

 

 絵画が喋ったり、チョコレートのカエルが動き出す魔法界であっても、顔のある機関車は面妖に感じるものらしい。

 

「えー……、顔のある機関車についてはわたしも良く知らないのですが、全員が箒を手繰り寄せられたようですね。実に結構! トーマスについては……、アマンダ。後で教えてもらえますか? 他の寮のマグル生まれの子に対するアドバイスとして使えそうなので」

「は、はい! もちろんです!」

「ありがとう。では、全員! 箒に跨りなさい。握り方はこう!」

 

 フーチ先生は生徒達の間を縫って歩き回り、箒の握り方を直した。

 箒の握り方を誤ると、制御が上手くいかなくなるらしい。自転車のハンドルと同じだ。順手ではなく、逆手で持つと、自転車の制御は途端に難しくなる。

 

「さあ、わたしが笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになって降りてくるのです。笛を吹いたらですよ――――、一、二の三!」

 

 ピーという笛の音を合図に、わたし達は地面を蹴った。すると、箒はわたしの体を空へと持ち上げていく。

 飛ぶと分かっていた。飛ぼうとしていた。だけど、実際に飛ぶと衝撃を受けた。

 翼もなく、特殊な機械を使っているわけでもないのに飛んでいる。

 

「……すごい」

 

 壁を通り抜けてホグワーツ特急に乗った。

 喋る帽子に組み分けをしてもらった。

 杖を振って、呪文を唱える事で変身術を使う事が出来た。

 だけど、これは別格だ。

 この瞬間、わたしの世界は変わった。

 

「さあ、降りて来なさい!」

 

 降りる。そのやり方をわたしは直感的に理解出来た。

 箒の握り方だ。それから、力加減。体の重心も関係している。

 隣で浮いていたレイブンクローの子は前屈みになって、前に進みながら降りていく。

 少し前で浮いていたジャスティンは回転しながら降りていく。

 それぞれ、重心と握り方にミスがあったのだ。わたしはそのままの姿勢で高度を下げていく。少しだけ、箒はわたしの意図に反発する素振りを見せた。その反発を抑え込む方法も自然と理解出来ていた。

 

「楽しい……」

 

 それは初めて補助輪なしで自転車に乗れた時の感覚に似ている。

 牧場で乗馬体験をした時の感覚に似ている。

 心が浮き立つ。

 

「楽しいね、アリス! プリシラ!」

「……う、うーん」

「わ、わたし、高いところ苦手だったの忘れてたー……」

 

 同意してもらえると信じ切っていたわたしの期待を裏切る二人。

 彼女達は揃って青褪めていた。

 

「だ、大丈夫?」

「なんか、めっちゃ揺れて……、うぷっ……」

「じ、地面にいるってすてきー……」

 

 どうやら、アリスは乗り物酔いのようだ。

 

「先生! アリスが酔っちゃったので医務室に連れて行ってもいいですか?」

「おやおや、毎年数人がこうなるのです。少し待ちなさい」

 

 フーチ先生は懐から小さな丸薬を取り出した。

 

「苦いですが、酔いがすぐに収まります。飲んだら、少し休んでいなさい。そっちの子は高所恐怖症のようですね。こればかりは仕方ありません。あなたは上昇せず、地面の傍で浮いて授業を受けなさい。ボイコットは許しません。ある程度は載り方を覚えておかないと、緊急時などに困ってしまいますからね」

「はいー……」

 

 渡された丸薬を飲んだアリスはあまりの苦さに悶絶し、授業免除とはならなかったプリシラはプルプル震えている。

 箒に乗る素晴らしさを語り合うのは無理そうだ。

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