レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第二話『ダイアゴン横丁①』

 週末、わたしは家族と一緒にロンドンへやって来た。

 変質者もとい、ケトルバーンも一緒だ。

 

「ほっほっほ! ちと狭苦しいが、馬車よりもずっと揺れん! マグルの乗り物も捨てたものじゃないのう! 前に『夜の騎士バス』に乗った事があるが、ありゃ酷いもんじゃったがね」

「馬車? 今時、馬車!? 魔法使いって、馬車で移動してるの!?」

「挽くのは大抵セストラルじゃがな。天馬の一種でのう、空を自在に駆け回るのじゃ!」

「え? 空を!?」

「魔法使いは基本的に空を移動するものじゃよ。箒や絨毯でのう」

「箒や絨毯で!? なんで!?」

「なんでって言われても、そういうものだからのう。おっと、見えて来たぞ。ロンドンじゃ! ジャック、レドンホール・マーケットの近くで停めてくれ」

「りょーかい。それにしても、箒だって? 掃除用具で空を飛ぶって、意味が分からないな」

 

 わたしも今一想像がつかない。眠れる森の美女の魔法使い達は背中に羽を生やしていた。空を飛ぶなら、箒よりもそっちの方が可愛いと思う。

 

「まあ、ホグワーツに通えば分かるじゃろうて」

 

 レドンホール・マーケットの傍で停車して、車を降りた。すると、通行人がジロジロと視線を投げかけて来た。

 わたしや家族にではなく、片腕がマジックハンドになっている不審な老人に対してだ。

 

「やっぱり、目立つわよね。ミスター、その腕はポケットに仕舞っておいてくださる?」

「うーむ、仕方がない」

 

 マジックハンドをカチカチさせ、不満そうに唇を尖らせながらケトルバーンはままの言葉に従った。

 

「それで、どちらに向かうのですか? ホグワーツへ通う為の学用品を買う為の場所があるとの事でしたが……」

「すぐそこじゃよ。ほれ、そこじゃ」

「どこじゃ?」

 

 ケトルバーンの視線の先を追ってみても、並んでいるのは普通のお店ばかりだ。その内の一つが秘密裏に魔法の品を販売しているという事かもしれない。そういうシーンをスパイ映画で見た。

 

「注意深く見る事じゃな。魔法界では重要な事じゃぞ」

 

 そう言うと、ケトルバーンはツカツカと音を立てながらお店に向かって行く。彼は左腕だけではなく、右脚も鋼鉄製だった。

 彼の後について行くと、そこには薄汚れたパブがあった。

 

「おいおい、ここか!? 大衆酒場じゃないか! 娘を変な所に連れて行こうとするんじゃない!」

 

 パパの言葉にケトルバーンはやれやれと肩を竦めた。

 

「ジャックよ。ここは単なる入口じゃよ。目的地はこの奥じゃ」

「奥?」

「あなた、とりあえずついて行きましょう。レイとアルフレッドも」

「はーい! 行こうよ、パパ」

「ワン!」

 

 わたしとアルフレッドは及び腰になっているパパの背中を押して店内に入った。

 

「ちょ、ちょっとみんな! もうちょっと、警戒心をだね!」

「パパは臆病過ぎるんだよ」

「ワンワン」

「アルフレッドまで……」

 

 ガックリと肩を落とすパパに対して、ケトルバーンは興味深そうにアルフレッドを見た。

 

「やはり、相当に賢い犬のようじゃな」

「アルフレッド? 当然! すっごく頭の良い子なの!」

「ワン!」

 

 褒められて、アルフレッドは実に誇らしげだ。

 

「ふむ……。まあ、中に入るとしよう」

 

 パブの内部は外装と変わらぬ薄汚さだった。

 あまり長居はしたくない。

 

「ねぇ、学用品はどこで買えるの? 早く行こうよ!」

「ワンワン!」

「分かった分かった。おーい、トム。通らせてもらうぞ」

「やあ、ケトルバーン先生。おや、そちらの女の子は今年の新入生かい?」

「正解じゃ。どうやら、魔法生物に対して、優れた素質を持っていそうじゃよ」

「……そうなのか。それはなんというか……、あまり問題は起こさないようにね」

「どういう意味!?」

 

 トムはそそくさと去って行った。なんという無礼な態度だろう。

 

「ほっほっほ! さあ、こっちじゃよ」

 

 パブを通り抜けると、殺風景な中庭に出た。

 

「よし、レイチェル。よく見ておくのじゃ」

「なにを?」

「これを」

 

 ケトルバーンはゴミ箱の上の壁のレンガを数えると、杖を三度叩いた。すると、叩いたレンガが震え出した。

 

「なになに!?」

「レンガが動いているわ!」

「こ、これも魔法なのか!?」

 

 レンガはくねくねと動き出し、やがて真ん中に穴が空いた。その穴はどんどん大きくなっていき、あっという間にアーチ型の入口になった。

 その向こう側には道が続いていて、驚くべき光景が広がっていた。

 

「わぁ!」

 

 その道を歩いている人は揃いも揃って奇妙な恰好をしていた。

 肩から足元まですっぽり覆うマント。頭の上には三角帽子。その姿は眠れる森の美女に登場した魔法使いそのものだった。ただ、色は少し地味目だ。

 

「ねえ、ママ! パパ! アルフレッド! すごいわ! 変なお店がいっぱい!」

「レイチェル! 走り回ったら危ないよ!」

「そうよ、レイ。アルフレッドの傍を離れちゃダメよ。アルフレッド、何があってもレイを守ってね」

「はーい!」

「ワン!」

 

 わたしは大人しくアルフレッドの隣に戻った。

 

「では、まずはお金じゃ。魔法界ではマグルのお金を使えないのでな。銀行で両替を行わなければならぬ。それに、金庫も一つ借りておいた方がいいじゃろう。魔法界で得た財産はすべてをマグルの世界に持ち帰る事が出来るわけではないのでのう」

「銀行があるんですか!?」

「あるとも! 世界で最も安全な銀行じゃよ。ほれ、道の先に見えるじゃろう? ひと際高く聳える白い建物。あれこそが、グリンゴッツ魔法銀行じゃ!」

 

 銀行なんてどうでもいい。それよりも面白いお店がいっぱいある。

 

「見て、アルフレッド! 大鍋の専門店だって! あの形の鍋って、使いやすいのかな?」

「煮込み料理には使えそうね」

「あれは魔法薬の調合に使うものじゃよ。魔法使いにとっての必需品の一つじゃ。学用品リストにも載っていたじゃろう?」

「ほんとだ!」

「ええ……、重くないかい? レイチェルはか弱いんだ。あまり重たい物は運べないと思うよ」

「あら、失礼しちゃう! パパったら、わたしの事をバカにしてるの? あれくらい、お茶の子さいさいよ!」

「軽くする方法はいろいろあるぞ。そうじゃな、後でかばん屋も見に行くとしよう。中に入れた物の重量に関係なく、片手で持てるよう魔法が掛けられたものもある。ちと値は張るがね」

「うーん、魔法界の物価が分からないからなぁ」

「まあ、とりあえずは両替じゃ。店を回っておれば、その辺りも分かって来るじゃろうて」

 

 グリンゴッツの中に入ると、わたしは目を丸くした。そこで働いていたのは人間じゃなかった。

 

「あ、あれは一体……」

「ゴブリンじゃよ。我らの親しき友じゃ! ただ、ちと気難しい面もある。礼儀正しく接するのじゃぞ」

「は、はい」

 

 パパはゴクリと唾を呑み込むと、意を決した顔でゴブリンの下へ向かった。

 かっこいいわ、パパ!

 

「あ、あの、よろしいでしょうか?」

「……あん? なんだ?」

 

 怖い。わたしはアルフレッドを抱き締めた。

 

「両替をお願いしたいのです。その……、マグルのお金と魔法界のお金を」

「……いくらだ?」

「えっと……、これをすべてで」

 

 パパは50ポンド紙幣を十枚取り出して、ゴブリンに渡した。

 

「しばしお待ちを」

 

 ゴブリンは丁寧にお札の枚数を数えている。しばらくすると、彼はパパの事を上から下までジロジロと見つめた。

 

「失礼だが、魔法界の通貨についての知識はお持ちで?」

「は、はい! 一応、彼……、ケトルバーン氏から聞いています」

「……ふん。確認しておけ」

 

 ゴブリンはパパに一枚の黄ばんだ紙を投げ渡した。

 

「これは……、為替レートかな? あ、ありがとうございます!」

「きちんと読んでおけよ。マグル生まれを連れて来ておいて、碌な説明もしとらんロクデナシばっかりだ。一々説明するこっちの身にもなれと言うんだ。それを読んでおけば問題はない筈だ。質問は受け付けんぞ。両替金を持ってくる」

「は、はい!」

 

 ぶっきらぼうな口調で、すごく感じが悪い。

 

「大当たりじゃな。ゴブリンの中でも、相当に面倒見の良いものと当たったようじゃ」

「そのようですね」

「えー……? なんか、イヤな態度だったよ?」

「だけど、真摯に接してくれてるよ。何も知らないボクにきちんと説明してくれている。信用出来る人……、ゴブリンだと思う。そうだ! 名前を聞いておかないと!」

 

 わたしはアルフレッドと顔を見合わせた。

 わたしはもっと、物腰の柔らかなゴブリンがいい。パパの好みは良く分からないわ。

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