わたしが銀行だと思っていた場所は実は遊園地だったらしい。なんと、内部にジェットコースターがあった。
「こ、これに乗るんですか?」
「はやく乗れ。あと、走行中は絶対に喋るな。悲鳴も上げるな。慣れない内は確実に舌を噛むぞ」
「は、はい」
パパは死人のように真っ白な顔でジェットコースターに乗り込んだ。
ケトルバーンやゴブリンのラグノックはトロッコだと主張しているけれど、見た目からしてトロッコには見えない。
ちなみにケトルバーンは今の内に用事を済ませると言って、何処かへ出掛けている。
「あと、犬は乗せるなよ。椅子に座れんだろ」
「でも、アルフレッドだけ残していけないわ!」
「大丈夫よ。ママが一緒に残るわ」
「え? いや、パパが残るよ!」
「あなた。まさかとは思うのだけど、そのトロッコに乗るのが怖いから、わたしを身代わりにしようとしてる? まさか、そんな事は無いわよねぇ?」
「も、も、もちろんだよ!」
パパは世界で一番嘘が下手な人だ。
「おい、モタモタするな! さっさとしろ、ジャック!」
「わ、分かったよ、ラグノックさん。どうか、安全運転で頼むよ?」
「レールに沿って走るだけなんだ。安全運転も何も無いだろうが! さっさとしろ!」
「は、はい……」
「シートベルトをしっかり締めておけば振り落とされたりせん! シャキッとしろ、シャキッと!」
「はい!」
パパとラグノックさん、なんだか仲が良い。魔女になるのはわたしの筈なんだけど、パパの方が先に魔法界に馴染み始めている気がする。
「レイ。パパをお願いね」
「はーい、ママ! 待っててね、アルフレッド!」
「ワン!」
パパに続いてトロッコに乗り込むと、パパは入念にわたしのシートベルトを締めた。
「いいかい? ボクがついているからね! 安心するんだ、レイチェル!」
「うんうん。わたしはパパが一緒だから大丈夫よ。だから、そんなに震えないで、パパ」
「ジャック! 娘の方が肝が据わってるじゃないか! 父親だろうが! いい加減に覚悟を決めろ!」
「分かってるよ! さあ、出発してくれ! ボクは覚悟を決めた!」
「よーし、いくぞ!」
「おー!」
トロッコが滑るように走り出した。加速力が自動車の比じゃない。一気にトップスピードになって、深い地の底に向かって突き進む。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!?」
「口を閉じろ、ジャック! 本当に舌を噛むぞ!!」
「パパ、落ち着いて!」
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
ダメだ、聞こえていない。パパは完全に涙目になって、聞いた事がないくらい高い声で叫び続けている。
「なんてこった! 奥方を乗せとけば良かったぞ! おい、もうすぐ止まるから口を開けたままにしておけ!! いいな!? 絶対に閉じようとするな!! 分かったか!? 分かったな!!」
パパのあまりの惨状にラグノックは焦ったように叫んだ。口を開けたままにすれば、少なくとも舌を噛む事はない筈だ。
そして、彼の宣言通り、トロッコは甲高い音を立てながら急停止した。
「……あ、ぁぁ……、ぁ」
パパは真っ白になっている。次はママに来てもらおう。さすがに二度も三度も乗せられない。
「不味いな……」
「なにが不味いの?」
「……帰りもこれに乗るんだが」
「パパ、死んじゃうんじゃ……」
わたしとラグノックは顔を見合わせた。
「……いや、意識が朦朧としている様子だ。正気に戻る前に帰還しよう。来い、娘! 急いでお前の金庫に案内する!」
「う、うん! お願い!」
わたし達は急いで金庫に向かった。小さな丸い扉があって、真ん中にある溝をラグノックは指で撫でた。
「いいか? これはゴブリンにしか出来ない。魔法使いや魔女が同じように指を入れると、食い千切られるから注意しろ。必ず、案内人のゴブリンに開けてもらうんだぞ」
「はい!」
金庫が開くと、そこには鍵が入っていた。
「これがお前の鍵だ。無くすなよ」
「はい!」
「よし、戻るぞ!」
「はい!」
わたし達は大急ぎでトロッコに戻った。そして、ラグノックは舌をだらんと出したまま虚空を見つめているパパの口を無理矢理閉ざして、テープでぐるぐる巻きにした。
「手を握っておいてやれ! いくぞ!」
「はい!」
「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!??」
まるで、拷問に掛けられている人の断末魔みたいな声を上げるパパの手をわたしは必死に握り締めた。
「パパ、大丈夫よ! すぐに帰れるから!」
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
「ジャック! 上り坂なんだ。行きよりはずっとスピードが落ちてる! 落ち着け!」
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!??」
聞こえていない。だけど、わたしはラグノックは必死にパパを励まし続けた。そして、どうにか地上へ戻って来た。
「あ、あなた!?」
「ワゥ!?」
真っ白になったパパを見て、ママとアルフレッドも大慌てだ。
「しっかりして、パパ!」
「地上だ! ほら、正気に戻れ!」
それからパパはケトルバーンが帰って来るまで正気に戻る事はなかった。
◆
「あばどん!?」
ケトルバーンが元気爆発薬なる怪しい薬を飲ませると、パパは耳から煙を吐いた。
「ななな、なんだぁ!?」
「ほっほっほ! 正気に戻ったようじゃな。本来は風邪の時に飲むものじゃが、気付け薬にもなる。どうじゃ? 初めての魔法薬は!」
「み、耳から煙が出たけど大丈夫なのか!?」
「問題ないわい! 元気もりもりじゃろ?」
「そう言えば、なんか力が湧いてくる!」
魔女になるわたしよりも先に魔法薬で魔法体験をしているパパ。
なんか、一番魔法界をエンジョイしている気がする。
「まあ、元気になってくれたならなによりね」
「ワンワン!」
わたし達はお世話になったラグノックに別れを告げて、遊園地を出た。
パパはラグノックとの別れを惜しんで抱き合っていた。
「今度、漏れ鍋で飲もうと誘われたよ。最初に入って来た所がそうらしいね。あそこは魔法で目くらましが掛けられているけれど、一度入れば魔法使いじゃなくても見えるようになるみたいなんだ」
「パパ、わたしよりも先に馴染まないでよ! 魔女になるのはわたしよ!?」
「いや、それはもちろん分かってるよ。でも、彼とは友人なんだ」
初めて来た場所で出会った異種族とこんなに早く友情を結べるなんて、パパは実はすごい人なのかもしれない。
「ほっほっほ! ゴブリンとこれほど早く絆を結べる者はそうおらん! 一種の才能じゃな」
「いやぁ」
パパは満更でもなさそうだ。ママはそんなパパをやれやれと苦笑しながら見つめている。
「そう言えば、用事って何だったの?」
「わしの用事か? 授業の下準備じゃよ。言ったじゃろう? わしはホグワーツで魔法生物飼育学を教えておる。その為に必要なものを注文して来たのじゃよ。ホグズミードだけでは用意出来ぬものがあってのう」
「ホグズミードって?」
「ホグワーツの近くにある魔法使いの集落じゃよ。三年生になったら、親の同意書さえあればお前さんも遊びに行く事が出来るぞ。ホグワーツの子供達が定期的に来るから、子供向けの店もたくさんある。ゾンコの悪戯専門店やスクリビュルス筆記用具店とかな」
「悪戯専門店ですって? まさに、子供達の為のお店って感じね。ちょっと、面白そう」
「いやいや、悪戯なんてダメだよ! いいかい? 人に迷惑を掛ける事をしてはいけないよ、レイチェル。自分がされてイヤな事は他の人だってイヤなんだ。イヤな事をしてくる相手と友達になりたいと思うかい?」
「パパったら、お説教はやめてよ! わたし、節度を弁えているもの! 悪戯は不倶戴天の敵を見つけた時にするわ!」
「レイチェル!」
パパにも困ったものだわ。わたしは見境なしに敵を作ったりしない。ただ、どうしても敵になる相手はいるものよ。そういう相手に対しては容赦しないだけ。
「ダイアナも何か言ってくれ!」
「いいじゃないのよ。博愛主義者なんてナンセンスよ。守ってばかりじゃ勝利は得られないわ。時には戦う事も必要なのよ」
「いや、それはそうかもしれないけど……、親としてはさぁ」
「親として、娘には常に勝者を目指してもらいたいものね。ただし、敗者を貶めてはダメよ、レイ。他者を貶める事は自らを貶める事なの。勝者ならば、敗者には優しくしてあげなさい」
「はい、ママ!」
「ほっほっほ! 逞しい教育をしておるのう!」
「逞しいっていうか……」
「なにかしら? 言いたい事があるなら聞くわよ? あなた」
「……なんでもないです」
パパはガクンと肩を落とした。
「ワゥ……」
そんなパパをアルフレッドは励まそうとしている。
アルフレッドは勇敢なだけじゃない。とっても優しいのだ。
「そう言えば、聞いておらんかった」
「なーに?」
「レイチェルよ。今まで、魔法力を感じた事はあるかのう? 物を浮かせたり、どこかに一瞬で移動したり」
「そんな事は一度も無かったわ! だから、ビックリしたのよ。あなたが魔法を使った時に! あんな光景、一度も見た事なかったもの」
「ふむ……、やはりか」
「やはりって?」
ケトルバーンはアルフレッドを見た。
「どうにも賢過ぎると思ってのう」
「どういう意味?」
「完全にわしらの言葉を理解しておるじゃろう?」
「普通じゃないの?」
「普通ではない。ある程度は躾ける事も出来ようがな。恐らく、レイチェルの魔法力がアルフレッドに知力を与えたのじゃろう」
「わたしの魔法力?」
「さようじゃ。未成年の魔法使いが魔法力に目覚めると、様々な現象を引き起こすものじゃよ。まあ、一種の暴走状態じゃな。その方向性は人によって様々じゃが、お前さんの場合はアルフレッドに向けられたらしい」
「それ、大丈夫なの!? アルフレッドに何かあったら、わたし……」
「大丈夫じゃろう。わしが見た限り、アルフレッドは健康体じゃ。類稀な知性を備えている事以外は普通じゃよ」
「ほんとう!? ほんとにほんとう!?」
「本当じゃよ。魔法生物飼育学の教授が言うのじゃから、間違いない」
わたしは安心のあまり腰から力が抜けてしまった。
「ワゥ!」
そんなわたしをアルフレッドは颯爽と支えてくれた。
「ありがとう、アルフレッド」
「ワンワン!」
アルフレッドは元気に吠えた。
大丈夫だとアピールしているかのようだ。
「アルフレッド、大好き!」
「ワン!」