レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第四話『ダイアゴン横丁③』

 グリンゴッツを出た後、わたし達は『グリンドルフ鞄店』を訪れた。リュックサックやトランク、可愛らしいポシェットなんかも置いてある。

 大鍋のお店の前でのやり取りを覚えていたケトルバーンがどうせ買うなら他の物を買う前が良いと最優先でわたし達をここへ連れて来た。

 

「このポシェット、とっても可愛いわ!」

「このカバンの皮の色、すごく素敵ね」

「ケトルバーンさん、どれを買えばいいんですか?」

「重い荷物はイヤなんじゃろう? ならば、内部に『検知不可能拡大呪文』が掛けられているものが良かろう」

「なんですって?」

「『検知不可能拡大呪文』じゃよ。まあ、口で説明するよりも見た方が早いじゃろう。おーい、マーク! このカバンの中を彼らに見せてやってくれんか?」

「やあやあ、ケトルバーン先生。おや、可愛らしいお嬢さんだ。なるほど、今年からホグワーツに通うんだね。なら、我が店が誇る自慢のカバンをご覧入れなくてはね!」

 

 芝居がかった口調でマークは古めかしいトランクケースを床に置いた。

 

「ホグワーツでの七年間をすべて仕舞い込むには、このくらいのサイズが丁度いいだろうね。さあ、中を覗き込んでごらん!」

 

 七年間どころか、このサイズでは一週間でいっぱいになってしまいそうだと思いながらわたしは言われた通りにトランクの中を覗き込んでみた。

 すると、その中に広がっていたアメイジングな光景に息を吞んだ。

 

「ママ! パパ! アルフレッド! すごいわ! このカバンの中に世界が広がってる!」

「世界だって? どういう事だい?」

「どれどれ、見せてちょうだい」

「ワゥ!」

 

 わたしは少し横にずれて、ママ達にトランクの中を見せた。

 

「まあ!」

「ええ!?」

「ワゥ!?」

 

 わたしも改めて横からトランクの中を覗き込む。そこには草原が広がっていた。中央には川が流れている。光が瞬いたかと思うと、半透明な蛇が空をスイスイと泳いでいた。

 

「お気に召して頂けましたかな? こちらは見本となります。このように『検知不可能拡大呪文』を掛けたカバンがいくつも御座います。お時間を頂けましたらカスタマイズも承っておりますよ。トランク内で寝起きするためのインスタントハウス作成キットなども置いております」

「ママ! わたし、カバン欲しい!」

「ママも欲しくなっちゃったわ!」

「パパも欲しいけど、相当な値段なんじゃないかい?」

「御予算をお聞かせ願えますれば、それに見合ったカバンをご用意致しますよ」

「えーっと、ケトルバーンさん。どのくらいのカバンが丁度いいのかな?」

「そうじゃのう。七年間使い続けると考えたならば50ガリオンから100ガリオンほどのカバンが良いと思うぞ」

「100ガリオン!? それだと持って来たお金の大半を使っちゃうな」

「いやいや、100ガリオンのカバンはさすがに必要ないと思いますよ? 世界中を旅して回るような方が使う規模になりますからね。50ガリオンでも、十分な広さの空間をいくつか用意した上で内部に家を作ったり、魔法生物を飼育する為のスペースを作ったり、カバン自体に万全の防犯魔法を掛けたりと至れり尽くせりの商品も御座います。正直に言いまして、20ガリオンくらいのカバンでも十分過ぎると思いますねぇ」

「わたし、大きいのが良い! 家も欲しいよ! 魔法生物の飼育スペースなんて、最高じゃない!」

「う、うーん……、どうなんだろう。魔法界の常識について、まだよく分からないからなぁ。えっと、マークさん。具体的にホグワーツで七年間を過ごしたら、どのくらいの荷物が増えると思いますか?」

「人それぞれなんですけどねぇ。なにしろ、ホグワーツでは得るものや作るものがたくさんありますから、スペースはある程度あった方がいいと思いますね。あとは防犯魔法! これはしっかりした物がいいですね。ホグワーツは素晴らしい場所ですが、悪戯好きな生徒も多いですし、何よりも厄介なのがポルターガイストのピーブズです。私も学生時代に色々と手を焼かされました。防犯魔法が掛かってないカバンなんて、アイツの格好の餌食です。箒で飛ばないと届かないような場所に持っていかれたり、湖の中に沈められたり……」

「……なんか、娘を通わせるのが不安になって来た」

「パパ、大丈夫よ!」

 

 あんまりパパが不安になる事を言わないで欲しい。このままだと、やっぱりホグワーツには通わせないとか言い出しそう。

 わたしはママに助けを求める視線を送った。

 

「あなた、その為に防犯魔法がしっかり掛かったカバンを買うべきと言う話じゃないの。マークさん、50ガリオン出すわ。最高の防犯魔法が掛かったカバンをお願い。あと、その金額内で娘の希望を最大限聞いてもらえるかしら?」

「ええ、もちろんです。それだけあれば、こちらのカバンを御用意する事が出来ます」

 

 マークが取り出したのは鮮やかなブルーの皮製トランクケースだった。

 

「このカバンにはまさしく万全な防犯魔法が掛けられています。ピーブズだって、このカバンには手も足も出ませんよ。しかも、このカバンの中は三階建ての家になっています。そこから三方向に広大なスペースが広がっております。最初は殺風景ですが、お嬢様がホグワーツでしっかりと学んでいけば様々なカスタマイズも行えるようになるでしょう。ただ、家財道具などは同梱しておりません。そちらはお客様の方で揃えて頂く形になります」

「三階建てなんて凄いな! 中を見せてもらっても構わないかい?」

「もちろんです」

 

 マークはトランクを床に置いて、ダイヤル式のロックを解除した。すると、トランクは勢いよく開いた。

 中は真っ暗だったけれど、少しすると明るくなって来た。

 

「少しだけ時間は掛かりますが、自動的に明るくなります。さあ、中へどうぞ」

 

 トランクの口の中には梯子があった。そこをするする降りていくと、まるでログハウスのような空間が広がっていた。ただ、窓の外は真っ暗。星の光もない完璧な闇が広がっている。

 

「窓の向こう側は何もない空間が広がっています。こちらでカスタマイズすると、別途でかなりの金額になってしまうのですが、お客様御自身でもカスタマイズする事が可能なので、そちらをオススメしております」

 

 さっきから、店員のくせにマークは商売っ気が足りていない気がする。

 

「入口は三階にあるんで、カスタマイズ空間へ行くには一階まで下りないといけないんです。それがちょっと不便なのですが、おかげでこれだけの規模の空間があって50ガリオンなんですよ。万全の防犯魔法に加えて、同規模の空間を備えた上で利便性も高いとなると70から80ガリオンになってしまうんです」

「なるほどね……」

 

 パパは少し不満そうだ。

 

「すまないけど、その70から80ガリオンのカバンも見せてもらえるかな? 上り下りがキツイとなると、使っていてイヤになるかもしれないからね」

「それはまあ……、たしかに」

 

 わたしは結構気に入っていたのだけど、より良い物を買ってもらえるならそれに越した事はない。

 そう思って、パパにすべてを委ねた。それが良くなかった。

 

 パパはそれから四時間も悩み続けた。

 ケトルバーンが他にも買うものが山ほどあると言っても聞かず、ママが雷を落としても『レイチェルの為に妥協は出来ない!』と言い返す始末だ。

 わたし達だけで他の買い物を済ませに行こうとすると、すごく寂しそうな顔をするものだから出て行けなかった。

 

「……わしもそこそこ忙しいのじゃがな」

「ごめんね、ケトルバーン」

「うちの主人がごめんなさいね……」

 

 結局、この日はカバンを買って終わってしまった。

 しかも、パパは100ガリオンのカバンを買ってしまった。

 

「……他の買い物は明日じゃな。ジャック、明日はもう少し手早く買い物を済ませるよう頼むぞ」

「は、はい……、すみませんでした」

 

 パパは小さくなっている。だけど、四時間待った甲斐はあった。

 最終的に選ばれたのはノートくらいのサイズのとっても軽いトランクケースだった。

 燃えるような赤い色。ダイヤルがあって、回すと機能が変化する。中に入れた荷物を取り出したい時はトランクケースの模様に合わせる。中に入りたい時はアーチ模様に合わせる。

 アーチ模様にダイヤルを合わせてからカバンを開くと、カバン自体が大きくなってアーチ型の入口になる。そこから階段を降りていくと建物の一階に出て、そこからいくつもの空間に出る事が出来る。

 すべての空間が常に明るくなっていて、家の中にある操作盤で明るさの調整も可能だ。調理器具や寝具まで揃っていて、このカバンの中で普通に生活を営めるくらい至れり尽くせりだ。

 学校用のカバンとしては完全にオーバースペックである。マークも完全に呆れ顔だった。だけど、一生使い続ける事が出来るくらいの立派なカバンだとも言っていた。大切しようと思う。

 

「ジャック! またな!」

「ああ、マーク! 今日はありがとう! また、カバンの手入れについて聞きに来るよ!」

「ああ、その時はじっくり話せるように特製のハーブティーを用意しておくよ」

 

 なんだかんだで、パパはマークとも打ち解けあっている。

 別れを惜しんで抱き合うパパとマークを見ながら、わたしも頑張らなきゃと思った。

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