レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第六話『トランクの世界』

 帰り道、パパはずっとそわそわしていた。

 

「パパ、お願いだから安全運転してね」

「もちろんさ! 分かってるよ、うん」

 

 わたしはアルフレッドと抱き合った。

 常に制限速度を守っているし、赤信号ではきっちり止まっているのに、どうにも不安になってしまう。

 その不安は我が家の車庫で車が止まった時にようやく解消された。

 

「……みんな、どうしてそんなに疲れているんだい?」

 

 キョトンとするパパにわたし達は何も言えなかった。

 

「さあ、ケトルバーン! 約束通り、トランクを見せてちょうだい!」

「ほっほっほ、もちろんじゃよ」

「ねぇ、みんな。ボクはしっかりと安全運転を心掛けて走ったんだけど……」

「あなた、細かい事はいいじゃないの!」

「そうだよ、パパ。それよりもトランクだよ!」

 

 パパは微妙な表情を浮かべている。だけど、あの浮かれようは不安を抱かれても仕方ないと納得して欲しい。

 

「ジャックよ。これがわしのトランクの中身じゃ!」

 

 そう言うと、ケトルバーンは自分のトランクを床に置き、蹴っ飛ばした。

 その途端、カバンは一回ブルッと震えたかと思うと、大きくなって一気に口を開けた。

 わたしが買ってもらったトランクのようにアーチ型のゲートにはならず、マンホールのようだ。ただ、降りるのは梯子ではなく、階段だった。少なくとも、50ガリオンは超えていそう。

 ケトルバーンが先に降りていく。その後をパパに背中を押されたわたしとアルフレッドが進む。次にパパが追い掛けて来て、しんがりはママだ。

 階段を降り切った先には広々とした空間が広がっていた。大きなテーブルの上には大鍋や色とりどりの液体が入っているビーカーやフラスコが並んでいる。

 壁際には巨大な植物の植木鉢が並んでいて、そのすぐ上には『サンダーバード』というタイトルが刻印されている絵画が飾られている。その絵画に違和感を持ち、しばらく眺めているとサンダーバードが翼をはためかせた。

 

「アルフレッド! 今の見た!? 絵が動いたわ!」

「ワン!」

「なんだって!?」

「絵って、これの事? あら、本当に動いているわね。テレビなのかしら?」

「ああ、マグルの絵は動かんのじゃったな。魔法界の絵はすべて動くぞ。喋るものもおる」

「喋るの!? 絵が!?」

 

 わたし達はサンダーバードの絵に釘付けになった。

 

「その絵には一つ秘密があってのう」

「秘密って? 動く事以外に?」

「それは秘密でも何でもない。サンダーバードは危機を察知する能力に秀でておってのう、危険が迫っている時は絵のサンダーバードが教えてくれるのじゃよ」

「わーお!」

 

 それから少し経つと、サンダーバードは絵の彼方へ飛んで行ってしまった。

 

「どっか行っちゃった!?」

「見られ続けて、恥ずかしくなったのじゃろうな。しばらくすれば戻って来るわい」

「感情があるのか!? 絵なのに!?」

 

 パパは衝撃を受けている。

 

「さて、絵画の鑑賞に来たわけではなかろう。こっちじゃよ」

 

 ケトルバーンが柱時計の方に進んでいく。その時計はどこか奇妙だった。針がとにかく多い。少なくとも、百本以上はありそうだ。それぞれの針の先には動物らしき絵が描いてある。

 

「興味深いじゃろうが、わしも夜更け前には帰らんとならん。絵や時計を見に来たわけではないじゃろう?」

「はーい!」

 

 それもそうだ。わたしは素直にケトルバーンの後を追い掛けた。

 彼は扉の前で立ち止まり、その傍にある鐘を二回鳴らした。すると、扉の色が茶色から緑に変化した。

 

「鐘を鳴らす度にカスタムエリアが変化するのじゃよ。緑の扉は草原と森のカスタムを行ったエリアに繋がっておる」

 

 わたしのトランクには無かった機能だ。ひょっとすると、このトランクは100ガリオンを超えているのかもしれない。

 

「このトランクって、おいくらガリオンだったの?」

「300ガリオンじゃ」

「300!?」

 

 わたしのトランクの三倍だ。

 どうりで、カバン屋のマークやグリンゴッツのラグノックが口を揃えて安物で十分と言っているのに、彼は50から100ガリオンが丁度いいと言ったわけである。

 

「ほれ、見てみぃ。ただし、魔法生物に迂闊に近づいてはならんぞ。わしのようになりたくなければな」

 

 そう言うと、ケトルバーンは義手と義足を見せた。脅しとしては十分。わたしはアルフレッドの傍を決して離れないと誓った。

 扉を潜ると、そこには草原が広がっていて、ケトルバーンが言う通り、遠くには森も見える。

 草原には翼を生やした馬が駆け回っていた。

 

「あれはなに!? ペガサス!?」

「天馬ではない。もっと、ずっと小さいじゃろう。あれはグリフィンじゃ」

「鷲の頭に獅子の胴体。神話通りだ! でも、不思議だなぁ。どうして、あんな姿になったんだろう?」

「さてなぁ。収斂進化の結果なのか、あるいは過去の魔法使いが鷲と獅子を交配したのかもしれぬ。グリフィンは歴史が古過ぎて、その辺りの真偽は不明なのじゃよ」

「鷲と獅子の交配!? 哺乳類と鳥類で!? そんな事、出来るんですか?」

「やろうと思えば出来てしまう。じゃから、色々な規制があるのじゃよ。今日、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で『幻の動物とその生息地』という本を買ったじゃろう? その作者であるニュート・スキャマンダーの献身的な働きによって成立したものじゃ。それ以前はやりたい放題じゃった。中には悍ましさの塊のようなものを生み出した者もおる」

「へー……」

 

 ケトルバーンとパパが難しい話をしている中、小さな鳥が現れた。かと思えば、消えてしまった。

 

「ケトルバーン! 今のはなに?」

「ディリコールじゃな。瞬間移動を使う魔法生物じゃ。マグルの世界ではドードーと呼ばれておった」

「ドードー? それって、絶滅種じゃなかった?」

 

 ママはドードーを知っていたみたい。

 

「ディリコールは魔法使いにとっても発見が難しい生き物じゃからな。捕捉出来ぬから絶滅したと判断したのじゃろう」

「へー……、面白いわね」

「ケトルバーンさん、あれはなんです?」

「スウーピング・イーヴル。とても危険じゃ。近寄ってはならんぞ! 脳を吸われる」

「脳を吸われる!?」

 

 見た目は蝶のように鮮やかなのに、その捕食方法はあまりにも恐ろしい。

 震えあがっていると、何かが森の方へ飛んで行った。風が草原の草をかき分けている。薄っすら、青色が見えた気がした。

 

「い、今のは?」

「ビリーウィグじゃ。鮮やかなサファイアブルーが特徴じゃが、とにかく奴らは素早いぞ」

「へ、へー……」

「森の方にいけばもっと面白い連中がいるのじゃが、危ないからやめておこう」

「はーい」

 

 わたし達は素直に従った。好奇心よりも、恐怖心が上回ったからだ。脳を吸われたくはない。

 

「次は水中の生き物を見るとしようか」

 

 一度部屋に戻り、ケトルバーンは一回鐘を鳴らした。すると、扉は青く染まり、その先には海が広がっていた。

 

「潜るのはやめておこう」

 

 そう言うと、ケトルバーンはわたし達に生肉を持たせた。そして口笛を吹くと、海から巨大な馬が飛び出して来た。

 

「それ、生肉を投げつけてやるんじゃ」

「は、はい!」

 

 どうやら、その生き物はケルピーというらしい。海の中を泳ぐ馬で、とても獰猛。

 パパは肉を投げつけると、慌ててわたしやママを部屋の奥へ引っ張った。

 

「ジャック、大丈夫じゃ! この扉の内側には入ってこっ!?」

 

 ケルビーは口先を扉に突っ込んで来た。危うく、ケトルバーンは食べられる所だった。

 

「ワンワンワン!! グルルルルルルル!!」

 

 アルフレッドが咄嗟にケトルバーンを押し倒し、ケルビーの鼻先に噛みついた。ケルビーは慌てて鼻先を引っ込めた。

 

「アルフレッド!」

「おお、いかん! アクシオ、アルフレッドの服!」

 

 ケトルバーンが慌てて杖を振ると、扉の向こうに引っ張られたアルフレッドが帰って来た。

 

「アルフレッド!」

「あ、危なかった。アルフレッドに服を着せたマダム・マルキンのファインプレーじゃな。アクシオは生き物自体を呼び寄せる事は出来ぬから」

「ああ、アルフレッド。大丈夫だった!? 怪我はない!?」

「ワン!」

 

 アルフレッドは大丈夫だと言うようにわたしの頬を舐めた。

 あんな巨大で恐ろしい生き物に立ち向かうなんて、わたしの勇者様は勇敢過ぎるわ。

 

「助かったぞ、アルフレッド。どうやら、肉が足りなかったようじゃ」

 

 なんとも恐ろしい話である。ケルビーはわたし達を夕飯のご馳走にしようとしたわけだ。

 

「……さて、そろそろ地上へ戻るとしようかのう」

「はーい」

 

 異議なし。もう、十分に魔法生物は堪能した。お腹いっぱい。

 トランクを出ると、ケトルバーンは最後に切符を渡して来た。

 

「『9と3/4番線』? これ、合ってるの?」

「もちろんじゃよ。キングス・クロス駅発じゃ。9番線と10番線の間にある柱へ飛び込めば、魔法によって目くらましされている9と3/4番線のホームへ辿り着く事が出来る。ホグワーツ特急という赤い汽車に乗りなさい。コンパートメントはすぐにいっぱいになるじゃろうから、少し早めに行く事をすすめるぞ。ではな、レイチェル。わしはホグワーツでお前さんの到着を待っておる! ジャック、娘としばし離れ離れになるが泣くでないぞ。奥方もごきげんよう」

「ああ、そっか……、全寮制なんだよね……」

 

 パパは早速泣きそうになっている。

 

「あなたったら……。じゃあね、ケトルバーンさん。ホグワーツでは娘をよろしくお願いします」

「またね、ケトルバーン!」

 

 ケトルバーンはパパに向かってやれやれと肩を竦めると、わたしとママに笑いかけ、姿くらました。

 いつか、わたしもアレを出来るようになりたい。

 

「レイチェル。明日、フクロウを買いに行こう! 手紙のやり取りが出来ると言っていたし」

「パパったら! わたしにはアルフレッドがいるのよ!」

「でも、アルフレッドは手紙を届けてくれないだろ!? 大丈夫だよ。アルフレッドはフクロウに嫉妬したりしないさ。だろう? アルフレッド」

 

 アルフレッドはそっぽを向いた。

 

「アルフレッド!? でも、パパはレイチェルのお手紙が欲しいんだよ。ねえ、許してくれるだろう?」

「……ワゥ」

 

 アルフレッドは深い溜息を零した。なんだかんだで、アルフレッドもパパのおねだりにはノーと言えないのだ。

 

 翌日、わたし達はまたダイアゴン横丁を訪れて、茶色いワシミミズクを買った。

 最初に手紙を持って来た子を思い出したからだ。

 あのワシミミズクは遥々ホグワーツから配達に来てくれていたのだ。労ってあげるべきだったのに、追い払ってしまった。

 その子とは無関係だろうけれど、わたしは一言「ごめんね」と言った。

 名前は『アベル』とつけた。

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