レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第七話『キングスクロス駅』

 8月が終わり、とうとうホグワーツへ向かう日がやって来た。

 仕掛けておいた目覚まし時計が鳴るよりも早く目を覚まして、しばらく自室をボーっと眺めた。

 ホグワーツ魔法魔術学校は全寮制の学校で、帰って来れるのはクリスマスとイースター、それから夏休みの間だけらしい。

 楽しみで仕方がなかった筈なのに、この家を離れる事が辛くなった。

 生まれてから、ずっと住んでいた家だからだ。お祖母ちゃんの家に泊まりに行って、一週間程度離れた事があるけれど、それが最長記録だった。

 ホグワーツに行ったら、一週間どころではない。クリスマスまで、三か月近くもある。

 

「……ママ、パパ」

 

 部屋から飛び出して、二人の寝室に向かった。まだ、夢の中にいる二人の間に飛び込む。

 ベッドが軋んで、二人は呻くような声を上げた。それからわたしが飛び込んで来た事に気が付くと、そっとわたしの方へ体を傾けてくれた。

 

「レイ。不安なの?」

「……分からないわ。ただ、すごく悲しい気分になったの……」

「大丈夫だよ、レイチェル。アルフレッドが一緒なんだから。寂しくないよ。大丈夫」

 

 昨日はわたしよりも寂しがっていた癖に、パパは優しく大丈夫という言葉を繰り返した。

 それから一時間、わたしはたっぷりと二人の愛情を受け取った。

 もう大丈夫だと確信してから、わたしは出発の準備を始めた。そうしたら、ママ達の寝室からパパの泣き叫ぶ声が響き渡り、思わずズッコケた。

 

「……もう、パパったら」

 

 ◆

 

 キングスクロス駅に到着したのは切符に書いてある時間の二時間も前だった。

 

「さて、9と3/4番線か……」

 

 当然、そんな数字の看板はない。

 あるのは9番線と10番線のプラットホームだけだ。

 

「9番線と10番線の間の柵に飛び込めばいいのよね? とりあえず、近づいてみましょう」

 

 ママは魔法界の本をわたし以上に熱心に読み込んでいた。魔法界の常識やマナー、法律まで、暇さえあれば分厚い本を開いて、メモを取っていた。

 そのおかげで、わたし達は右往左往する事なく『9と3/4番線』のプラットホームへ辿り着く事が出来た。

 余裕をもって来た意味は欠片もなかった。

 

「あれがホグワーツ特急か! 本当に真っ赤だね」

「なんだか可愛いわ」

「それにしても人がいないわね」

「二時間前だからね。ちょっと早過ぎたのかも」

「とりあえず、コンパートメントを確保しましょう」

「ワン!」

 

 ガラガラだから、選び放題。わたしは駅のホーム側に窓があるコンパートメントを選んだ。最後の瞬間までママとパパの顔が見えるように。

 トランクの中からパパのお古のトランクを出しておく。わたしのトランクは小さ過ぎて、場所取りには向かないからだ。中には『はずれ』と書いた紙を入れてある。

 

「レイチェル。スニーコスコープは常に持ち歩きなさい。それから、リストアップした呪文を覚えられそうなら出来るだけ早く覚えるのよ」

 

 ママから渡されたリストには呪文と効果が記されていた。どれも攻撃の為だったり、防御の為の呪文だ。

 

「ダイアナ。レイチェルが通うのは学校なんだよ?」

「それでも自衛手段の確保は必須よ。魔法使いには魔法でしか対抗出来ない。わたしはケトルバーンと出会ったその時に痛感したの」

 

 ママはその瞳に恐怖を宿していた。

 

「本の中に純血主義っていう言葉があったのよ」

「純血主義?」

「『魔法は純粋な魔法族の為のもの。マグルから生まれた穢れた血は魔法を使いべきではない』」

 

 すごく、時代錯誤を感じる言葉だ。

 

「そういう差別思想を持つ魔法使いがいるのよ。差別の恐ろしさはあなたも分かるでしょう? 差別される側には自衛能力が必要になるの」

「待ってくれ、ダイアナ! 聞いてないよ! そんな所にレイチェルを行かせるなんて、そんなのイヤだ!」

「わたしだって、本当はイヤよ。でも、ケトルバーンが言っていたでしょ。魔法力を持つ子供は魔法力を制御する術を学ばないといけない。そうしないと……」

 

 ママは頭を振った。

 

「それに、純血主義を掲げているのはあくまでも一部みたい。だから、そういう人間には近づかないようにしなさいね」

「……うん」

 

 わたしはリストを見た。ママが夏の間、あれほどまでに必死に本を読んでいた理由が分かった。

 敵がいるからだ。わたしがマグルの子だからという理由で敵になる者が。

 だから、傷つけられる一方にならないように、戦う術を必死に探してくれていたのだ。

 

「ママ、大丈夫よ。わたし、ママの子だもの」

「レイ……」

 

 戦いに臆したりはしない。何故なら、わたしはダイアナ・ラインゴッドの娘だから。

 

「……パパの娘でもあるからね?」

 

 分かってるから、今は黙ってて欲しかった。

 

 ◆

 

 しばらくすると、ホームに人が増えて来た。

 純粋な魔法族とそうではない人々の区別は一目でついた。親がローブを着ているかどうかだ。

 正直、野暮ったい。

 

「魔法族って、オシャレをしないのかしら」

 

 学校の制服としては悪くないと思うのだけど、大人が着ていると変な感じだ。

 

「レイチェル。バカにしてはいけないよ。君が感じている事は相手が君に感じている事でもあるんだ。戦う事も確かに必要だと思う。だけど、受け入れて、溶け込む努力も必要だよ」

「……うん」

 

 差別主義者と戦う決意を固めた直後なのに、わたしが差別をしていた。

 ちょっと気まずい気分だ。

 

「それから、一つだけ約束をして欲しい」

「約束って?」

「耐えられないと思ったら、帰って来て欲しいんだ。魔法力の制御は必要かもしれないけれど、七年間のすべてをそれに費やすわけではないと思うんだ。だから、いつでも帰れる場所がある事を忘れないでくれ」

「うん」

 

 その時、ホグワーツ特急が汽笛を鳴らした。時計を見ると、そろそろ出発の時間が近付いていた。

 

「そろそろ、わたし達はホームに出ておきましょう」

「……うん」

 

 パパは鼻を鳴らした。あまり哀しそうな顔をしないで欲しい。わたしまで哀しくなってしまう。

 

「ほら、ジャック。娘の旅立ちなのよ。笑顔で見送ってあげなきゃ」

「うん……、そうだね。レイチェル、愛しているよ」

「わたしもよ、パパ」

 

 ママとパパはホグワーツ特急の外に出た。窓を隔てたすぐそこに居てくれるけれど、なんだかすごく遠く感じる。

 

「アルフレッド。レイをお願いね」

「ワン!」

 

 アルフレッドも窓に身を乗り出して応えた。

 そして、出発まで残り三分というところでコンパートメントの扉が開いた。

 

「ねえ、ここ開いてる?」

「え? えーっと、わたし以外はフリーよ」

「そう! 相席はオーケーかしら?」

「もちろん!」

 

 入って来たのはツンツンとした黒のショートヘアの女の子だった。目がパッチリしていて、すごく綺麗な子。

 

「わたし、レイチェルよ」

「アリスよ。よろしくね」

「うん!」

 

 そして、また汽笛が鳴った。いよいよ出発だ。

 わたしは慌てて窓へ顔を戻した。

 

「ママ! パパ! いってきます!」

「いってらっしゃい、レイ!」

「レイチェル、元気でいてくれよ! 手紙を毎週必ず出すんだ!」

「わかってるわ、パパ!」

 

 動き出す直前、わたしは身を乗り出してママとパパにキスをした。

 それから必死に手を振った。

 遠ざかっていく。

 

「……ママ、パパ」

「ワゥ……」

 

 アルフレッドが慰めようとしてくれている。

 

「ありがとう、アルフレッド」

「その子、あなたのペット?」

「あっ、うん! そうだ! ごめんね! アリスもママやパパとお別れしたかったよね! わたし、窓を独り占めしちゃった……」

「あらやだ。もしそうなら押し退けてるわよ。わたし、両親がいないの」

「え……」

 

 わたしは二の句を告げなかった。

 

「気にしないでって言っても無理かしら? わたし、施設にいたのよ。ああ、もう! そうやって同情されるのは凄くイヤなの。ああ、そうなんだ! って、軽く流してちょうだい」

 

 すごく、難しい要求をしてくる子だ。だけど、本人がそうして欲しいというならそうするべきだろう。

 

「……ええ、分かったわ。あなた、犬は好き?」

「大好きよ! その子を見かけたからここを選んだんだもの」

「あらまあ、アルフレッドのフェロモンは強烈だものね」

「ワン!」

 

 アルフレッドは得意げに吠えた。

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