TS娘「これはデートじゃない。あいつに復讐するための作戦だ」   作:負け犬ぅ

1 / 6


いじめとは、魂の殺人である。

あの時の痛み、屈辱、悔しさ。何をするにも思い出してしまう。恐怖で足が竦んでしまう。人と話せなくなってしまったこともあった。理由もなく何度も涙を流した。いじめさえなければ俺はこんな思いをしなくても済んだのに。

憎い。佐原一輝が憎い。

その感情だけが俺を突き動かす。時間をかけて対人恐怖症を克服した。どんな学校でも入れるくらい勉強して、毎日トレーニングは欠かさず、友達付き合いも欠かさない。全ての面において左原を上回り叩き潰すため。

学校は県立A高校に進学。小学生の頃、いじめによる転校で離れてしまった地域にある学校だ。事前のリサーチで左原もそこに進学することを俺は知っていた。

それから1年半。期は熟した。俺はあいつに復讐する。

 

・・・・・・

 

「それとデートって関係ある?」

 

私は兄に尋ねた。兄…兄でいいのだろうか?半年前から謎の病気で兄の体は女性になってしまっていた。ようやく最近その姿にも慣れてきたが、仮にも女性を兄と呼び続けるのは違和感がある。

 

「デートじゃない。ただ2人で出かけるだけだ。不本意だがな。

綾香。これはどっちが似合うと思う?」

 

その手には青い清涼感ある青のブラウスとへそ出しの白いトップスが握られている。仮にも兄だった存在がヘソ出しの服を着ているのを想像したら(それが似合っていようと、いまいと、)まあまあグロテスクな光景に思えて仕方がなくて、消去法ではあるが私は青いブラウスを指差した。

 

「ほう。なら下に合わせるのはこれか」

 

彼女は白いロングスカートをクローゼットから取り出すと、ブラウスとそれを合わせて鏡の前に立った。目じりは下がり、反対に口角は上がっていて上機嫌に見える。

同年代の男子とのデートに浮かれている様子はただの女の子だ。これを兄と呼んでいいのだろうか。

 

「どうした綾香?」

「…別に。それより。復讐とお出かけとでなんの関係があるのさ。」

「察しの悪いやつだなぁ」

 

兄は呆れた目でこちらに振り返る。今さっきの説明でわかるのは本人かエスパーぐらいなものだと思うけど。兄の仕草や説明のそれぞれが神経を逆なでているようだったけど、私は大人なので我慢して話を聞いてあげることにした。

 

「まず俺は佐原と同じ学校に入ったあと、復讐のためにあいつに近づいたんだ」

「うん。」

「そして友達になった。復讐のためにな。」

「うん?」

「友達から裏切られる悲しみで絶望させてやろうと思ったんだ。」

「あ~。」

「それから1年が経った。時間をかければかけるほど絶望は大きくなる。これは何年もかかる壮大な計画なんだ。」

「そうなんだ。」

「そこでアクシデントが起きた。俺の体が女になってしまった。だがアクシデントは利用するもの。友達より愛する彼女に裏切られる方がダメージは大きいはずだ。だからあいつの彼女になるため今日俺は出かけてくる。」

「…彼女になる目的ならデートでよくない」

「双方がそう感じてこそデート。俺はこれをデートだと思っていない。復讐のためにすることだからな。…やっぱりこっちの方がいいか…?」

 

兄は説明を終えると若干顔を赤くしながら。またコーデに悩みだした。よっぽど明日が楽しみらしい。

まぁ、なんというか…。わかっていたことだが、兄の脳みそはおかしくなってしまったようだ。

 

・・・・・・

 

私の兄、楜澤 伸也の言うとおり彼がいじめられていた時代は確かに存在している。しかしその時点で、兄に全く非がなかったかといえばそうではなく、また佐原はどちらかというと巻き込まれていただけだ。

 

小学生時代の兄はいわゆる委員長タイプの人間で、佐原たちの行動を逐一先生に報告していたのだ(下校時の買い食いや公園への寄り道など)。あまりに真面目すぎてうざがられた兄はクラスで浮いてしまい、また佐原を慕う取り巻きや女子(佐原は顔立ちが端正でモテた)が兄に嫌がらせをし、耐えられなくなった兄は逃げるように祖父母の家のある隣県へ引っ越した。というのが事の顛末である。

 

ただ、兄から見たら佐原が中心となっているグループからいじめられていたわけで、佐原を恨んでしまっても不思議ではない。また地元から離れている間も佐原という人間への憎悪を忘れることはなく、むしろ膨らんでしまったようで計画を実行に移し始めた。

 

徹底的なストーキングにより佐原の進学先を特定し、同じ高校へ入学。見た目をとことん磨いて佐原に負けず劣らずの容姿を手に入れた。対人経験を積むため様々なボランティア活動に参加しコミュニケーション能力を高めた。この時の兄は迷走しているようにしか見えなかったが、ストーカー以外は特段悪いことをしていなかったので放っておいた。

 

完全体となった兄は県立A高に単身で乗り込むと佐原との接触に成功。当初の計画では、兄がされたように自分中心のグループを作り取り巻きに佐原を攻撃させるというものだった。成功するかはともかく本当にそれが起きるまでは、計画を実行するつもりだったらしい。

 

ただ、ここで兄に予想外の事態が起きる。

 

「本当にごめん。俺が悪かった。」

 

佐原は兄に謝ったのだ。見た目がかなり変わってしまった兄を一発で見破り、その上深く頭を下げて謝ったのだ。自分のせいでいじめが起きたこと謝り、どんな制裁をも受け入れることを約束した。

別に兄は謝って欲しかったわけではない。気持ちよく復讐がしたかっただけだ。佐原には悪いやつのままスカッとする復讐の出来る悪役でいて欲しかった。

実際に誠心誠意謝罪をする佐原を見て、復讐に拘る自分が矮小な存在に見えてしまって、兄はとうとう。

 

「じゃあ…友達になってくれないか?」

 

壊れた。

「あいつの一番の友達になってから裏切る。それが俺の復讐だ。」

と普段の兄は言うが

「気付いていた。気付いていた。俺は気付いていた。あいつに直接何かされたわけではない。なのにあいつは言い訳もしてない。あいつは悪くないのに。いやあいつが悪い。あいつが悪い?あいつは今日も俺と一緒だった。佐原は皆に好かれている。誰にでも優しくしている。俺にも。そんなあいつが…悪い…?」

隣の部屋から聞こえてくるその声は兄の葛藤をそのまま表していた。それほど普段の佐原善性寄りの存在で、復讐の相手と認識しきれなくなっていたのだろう。時間が経てば経つほど兄は佐原という人間を理解し友情を育んでいったが、反対に今まで育ててきた憎悪をどこにぶつければいいかわからず、部屋で1人葛藤する時間も増えていた。

 

そんな最中。兄は突如病気により体が女性になってしまう。突発性性別反転症候群という難病らしい。治ることはなく、一生兄の身体は女性のままだ。…いや、まあ正直そこは問題ではない。

一番の問題は突発性性別反転症候群による急激な体の変化はホルモンバランスを大きく乱し心身に影響を与えるということだった。佐原と仮初の友情生活を続けていたせいで兄のメンタルは非常に乱れていた。そこに病気の効果が加わることにより、日常生活を送れないほどに情緒が崩壊してしまったのだ。一時期は会話すらまともに行えず、情緒が安定しないためか泣き声も度々隣の部屋から聞こえてくる。兄はそのうち部屋から出なくなり、私たちの呼びかけにも応じなくなった。

 

兄が病気になってから、3か月が経過した頃。佐原を自宅に入れることにした。兄が病気になってから度々佐原は家に訪れていたが、それまでの私は兄と佐原を会わせることを許さなかった。佐原と兄を会わせることは、症状の悪化に繋がりかねないと考えていたためだ。

しかし、兄の状況はいつまで経っても好転しない。そして佐原は毎日のように家に来るようになっていて、半ばヤケクソのような形で部屋に案内することにしたのだった。

 

「お兄ちゃんが許さない限り部屋に入らないということだけは約束してください。」

 

私の言葉に佐原は頷くと、兄の部屋の前で話を始めた。何気ない話だった。兄がいない間クラスであったこと。最近学校の近くに美味しいパン屋が出来たこと。体育祭が終わった後から妙にカップルが増えたこと。そんなどうでもよくて、けれども落ち着くようなそんな話をひたすらしていた。

 

「でもさ、シンヤがいないと。俺、寂しいんだよな」

 

佐原はぽつりとそう言った。彼の目尻には涙が浮かんでいて、声も震えていた。少なくとも私の目にはそれが演技のように見えることはなく、本気で兄に対してそう思っているのだろうと感じた。兄が狂ってしまうことが理解できる。私はそう思った。

 

そしてその言葉の後、ドアが開いた。ドアの隙間から久々に兄の顔を見た。肌は青白く、髪は伸びきっていて、ダボダボTシャツから伸びる腕は子供のように細かった。

私と佐原が呆気にとられていると、兄は佐原の腕を掴んで部屋に入れた。

…私だけ締め出された。

 

・・・・・・

 

翌日から兄は部屋から出るようになり、次の週から佐原と学校へ行くようになった。兄は相変わらず壊れたおもちゃのように復讐、復讐と言うが葛藤の声が部屋から聞こえることは無くなった。代わりに佐原と通話している声が度々聞こえるようになった。佐原を見る兄の目は妙にしっとりとした目つきの気がする。私と佐原がたまに話した際には、兄から睨まれる。そして…部屋での兄の浮かれよう。

わかっていたことだけど。兄はおかしくなってしまったのだろう。

兄は佐原が好きなのだろう。男としての兄はいなくなって、女になってしまったのだろう。

 

「きもちわる」

 

布団に潜って私は負け惜しみを呟いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。