TS娘「これはデートじゃない。あいつに復讐するための作戦だ」   作:負け犬ぅ

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翌日、朝の6時前にセットされたアラームで私は目を覚ました。相変わらず暑いが、窓から入ってくる光がそれほど眩しくないことに季節の移り変わりを感じる。目は驚くほど冴えていて、頭はとてもクリアだ。あんな人間であることを自覚したのに、後ろめたさのようなものは全くない。むしろ清々しい気持ちだった。

 

廊下に出ると、兄の部屋の前を見ると昨日置いておいた紙袋がなくなっていた。夕食のハンバーガーは食べて貰えたらしい。あのあと、兄はすぐ部屋に入ってしまった。私は仕方がないので1人で夕食を食べた。その後はいつものようにお風呂に入って、布団に入った。

 

案外、自分の隠れた性癖を普通に受け入れられた。人間として良くない気はしたが、それはそれとして受け入れることが出来た。一晩置いてもむしろ精神的にはとても安定しているのだから、もはやこれが私のデフォルトなんだと感じ始めていた。

 

ただ、これから兄に対してどういうスタンスを取るかは決めかねているところもある。兄をこれからいじめ続けて恨まれることも出来るだろうが、単純に兄の助けになりたいという気持ちがなくなったわけではない。この相反する欲求にどうやって向き合っていくかは考えなければならない。

 

悩みながらリビングに降りると兄がキッチンで朝ご飯を作っているのが見えた。みそ汁のいい香りがする。

正直、昨日の様子から考えて兄は部屋から出てこないのではないかと考えていた。そのため朝ご飯を作る余裕をもってアラームをセットしたわけだが、兄はしっかりと朝食当番をこなしている。少し損をしたような気持ちになった。

 

「おはよう」

 

私がそう言うと兄は振り返らず挨拶を返す。若干声は小さかったものの、コミュニケーションは行ってくれるようだった。

兄が手慣れた手つきで朝食の準備をする様子を私は椅子に座りながら静かに見ていた。

 

そうしていると兄はこちらに皿を運んできた。だし巻き卵と、みそ汁、サラダ、簡素だが朝食としては文句のないメニューが並べられる。

兄は無言で手を合わせると、ゆっくりと朝食を食べ始めた。私も釣られるように箸を持ってそれを食べる。

 

「昨日はすまなかった。」

 

兄は小さい声でそう言った。私が目線を上げると、こちらを見ていた兄の目線が逸れる。若干俯きながらチラチラと上目遣いでこちらを覗いている。家族を怒鳴ってしまった罪悪感からか若干気まずそうで、兄のそんな姿は縮こまって見えて、弱そうで、愛らしいものだった。

 

傷をえぐってやりたくなった。昨日のような表情をまた見せて欲しくなってしまった。昨日に何があったかを正確に聞き出せば、兄も私への憎悪を思い出してくれるだろうか。それともいっそあの場にいたことを告白してしまおうか。どうすれば兄に一番ダメージを与えられるだろう。

 

「綾香?」

 

兄の声が聞こえて、自らの世界に入っていた意識が現実に引き戻される。兄は心配そうにこちらを見ていた。

冷静になろう。この場で兄を傷つけたとして、繊細な兄はまた引きこもってしまうかもしれない。私と縁を切ってどこかへ行ってしまうかもしれない。

手前の快楽を優先して、将来的に兄の顔を見れなくなることだけは避けたい。

 

「昨日何があったかとかはさ、聞かないけど。」

 

自分の表情筋や声色、その1つ1つ意識した。目線は兄をしっかりと見つめ続ける。自分がまともな人間で、今までのようなただの妹であることをアピールするように、努めてシリアスに私は言葉を続ける。

 

「あんまり心配かけないでね。家族なんだから。」

 

この笑顔の本当の意味は兄にわからないのだろう。これは兄を慰めるために作った笑顔でも、不安を隠すための空元気でもない。そんな風に見せるための演技。それに兄が気付けるはずはない。この人は今まで私を見ようとしなかったのだから。

 

「...わかった。」

 

兄のその声は申し訳なさのようなものも若干含んでいたが、安堵が大きな割合を占めているように思える。違和感などは全く感じなかったようだ。狙いがうまくいったとは思いつつも、私は若干のイラつきを覚えた。

 

「ところで」

兄は言葉を続ける。

「綾香は...学食とか普段使うのか?」

いきなりの質問に私はその意図を全く掴めなかった。少し考えた後「たまに使うけど」と短く答えた。

「なんで?」

付け足して私は兄に尋ねる。

 

「いや、今日。一緒に昼飯食えたらなって。思って。」

 

歯切れの悪い言い方だった。

ちなみに、学校で私と兄はほとんど顔を合わせないしもちろんお昼ご飯を一緒に食べたりもしない。こんな風に誘われることはこれが初めてだった。それも相まって私は困惑したし、怪しさもあった。しかし別に断る理由もない。

 

「いいよ」

 

私の返答に兄は驚いたようで、少しの間固まっていた。断られると思っていたのだろうか。

「学校の時にお兄ちゃんと2人でご飯食べるの初めてじゃない?」

「あ、いや。二人じゃないんだ。」

兄は口をモゴモゴとさせながらそう言う。なにか、とてつもなく嫌な予感がした。

 

 

・・・・・・

 

 

どの学校にも言えることだと思うが学食というものは大変混雑する。学食で出てくるメニューは不味いわけではないがここまで混むほど美味しいかと言われれば疑問が残る。学生に配慮された値段なのは利点だが、それを考慮してもここで食事をすることにメリットがあるようには思えない。そんな考えから私は友人から誘われない限り食堂を利用しないことにしている。

テーブルには私を含め3人が座っていた。1人は私の兄。そしてもう1人は全ての元凶である佐原一輝だった。

 

「いや、呼んでおいて申し訳ないんだけど。」

 

兄は席に着くなりキツネうどんを猛烈な勢いで食べ始め、半分ほど食べてから何故か謝罪を切り出した。

私も、佐原も、兄の行動に困惑しつつそれを見つめる。

 

「さっき数学の田代先生に呼ばれたからすぐ行くわ。」

「お兄ちゃんにお昼食べようって言われてわざわざ学食来たんだけど」

「ん〜〜ごめん!」

 

朝とは打って変わって軽快な謝罪を見せる兄。全くと言っていいほど謝意が伝わってこない。この謝罪に果たして意味などあるのだろうか。

 

「ということであとはカズキと綾香で楽しんで!じゃあな!」

 

有無を言わせぬ勢いで兄はキツネうどんを完食すると、学食の人混みへ消えていった。

 

「あいつ...なんかあったの...?」

佐原は引き攣った笑いを浮かべながらこちらにそう尋ねる。

「さぁ。空元気なのはわかりますけど。」

「...昨日はあんなんじゃなかったんだよな。」

 

今日の兄はいちいち動きや振る舞いがオーバーになっていて、なにより目がずっと死んでいる。ある程度付き合いがあれば分かる程度には演技がバレバレだった。

 

「何が原因なんだ...?」

「いや~さっぱり検討もつきませんね。」

 

流石に「あんたのせいですよ」とは言えずしらばっくれた。そっかぁと納得いかなさそうな表情をする佐原を他所に、私は醤油ラーメンをすする。

 

兄が無理をしているとか、佐原が鈍感すぎるとか、私にとってそんなことはどうでも良かった。

問題は兄が佐原の恋をサポートしようとしていることだ。あの兄が、だ。

 

たった1日の間に兄は佐原への気持ちにケリをつけたのか。兄がそんな精神的に安定した人間であるようには思えない。思えないが、そうだとしたらそれは大問題だ。兄は佐原というレンズを通さないと私を見ることがない。

それはもう兄のあの目が見られないかもしれないということだ。私に執着してくれないということだ。兄が私をもう見てくれないかもしれないということだ。

 

「大丈夫?」

佐原が私に声をかける。

「…何がですか?」

「いや、なんか怖い顔してたからさ。」

「別に。約束破ったお兄ちゃんに怒ってるだけですよ。」

「怒ってんだ。」

 

佐原は静かに笑った。兄がいる時とは違う控えめな笑い方だった。私達はあまり話したことがない。兄が引きこもってた時に数ラリー会話をしただけで、雑談とかもしたことがない。私のことが好きだというんだから緊張しているのかもしれない。友達の心配をして、好きな異性の前では緊張する。彼は普通の人間のように見える。

 

「わかんないだろうな」

「ん、なんの話?」

「独り言なんで気にしなくていいですよ。」

「気になるな~」

「それより、兄とのデートはどうでした?」

「いやデートじゃないよ。シンヤは男だし。」

落ち着いた言い方でデートを否定される。兄への脈の無さが見て取れた。

「あいつは茶化さないでね。色々気にしてるみたいだし。」

 

佐原を見つめてみる。こちらを真っ直ぐに見つめ返してくる彼の目線には邪気や隠し事などはないように感じた。私の考え過ぎなのだろうか。

 

「しませんよそんなこと。」

 

私の言葉を聞くと佐原は安心したようにまた笑った。嘘がないように聞こえたのか。私はあなたと違って嫌な人間ですよ、と吐き捨てたくなった。自分の欲望を叶えるために必死なんですよ。なんで誰もわからないんでしょうね。

鼻で笑いそうなところを頑張って笑顔で取り繕ってみる。今、この男の好感度を落とすわけにはいかない。

 

「…2人なのにお兄ちゃんの話しかしてませんね。」

「あぁ。そうだね」

 

一瞬遅れて反応が返ってくる。他のことに夢中になっていたのか。

この男は友人に恋路をサポートしてもらっている自覚があるのだろうか。話題といい振る舞いといい全てが話にならないのだけれど。こんなんじゃ利用できるかも怪しい。せっかくいいことを思いついたというのに。

 

「私達、お互いのこと全然知りませんもんね。」

「まぁ、そっか。よく考えれば2人で話すのもあれ以来だし」

「じゃあもっと知ってみますか?私のこと。」

「…え?」

 

少し間の抜けた彼の表情を見てから、1拍の間を置いて勇気を演出してみる。

 

「今度の日曜。空いてます?」

 

 

・・・・・・・

 

 

SHRが先に終わったため放課後を知らせるチャイムが鳴る頃には教室から半数の生徒がいなくなっていた。窓から校庭を覗くと部活動の準備をしている生徒が目立つ。彼らは部活動が面倒くさいといいつつもこの時間になればきびきびと活動を始める。不思議な生態だなぁ、なんてことを考えながら私はバッグを持って教室から出た。

 

足がすいすいと前に出る。急いでいるわけではないが半ば早歩きのようなスピードで歩いているのが自分でもわかった。

 

「綾香。」

 

聞き覚えのある呼びかけに反応して振り向くとそこには兄がいた。ちょうど昇降口の前だ。昼休みの時のような軽さも演技臭さもない、自然体の兄がそこにいた。

 

私達はそれぞれ靴を履き替えると2人で並んで歩き始めた。学校の中の生活と同じく、普段に2人で登下校することもあまりない。兄妹で下校をするのはお互いに恥ずかしいし、自然とそうなっていた。ただ、今日は自然と2人で帰路についていた。

普段の兄は佐原を含め友人たちと共に帰っているようだが、基本的に部活動に忙しい友人たちに兄が合わせているようだ。ただ他に用事やその日の気分が理由で1人下校していることも珍しくないと以前語っていたのを覚えている。

 

2人でいるというのに会話がないまま数分が経った。家にはあと10分ほどで着く。兄はただただ遠くの方を見ているという感じで、独特の緊張感がそこにはあった。

 

「佐原さんってさ」

 

私がそう切り出すと兄はすぐに顔をこちらへ向けた。色々聞きだしたくて仕方がなかったが、それを切り出せずにいたらしい。少なくとも完全に佐原に対しての気持ちに対して折り合いをつけたようには見えない。

「…優しいし、面白い人だったよ。一緒にいて退屈しないし。なんか普通にいい人って感じ。」

適当にでっち上げてみる。一瞬噴き出してしまいそうになったが、バレなかっただろうか。

 

「そうか。」

兄はゆっくり前に向き直すと静かにそう言った。

「けどお兄ちゃんを傷つけた人なんだよね。」

兄は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。

 

「今日ね、私。デートに誘われたんだ。佐原さんに。一緒に日曜日に遊びに行こうって。」

「聞いたよ。あいつから。」

「あのさ。お兄ちゃんが言うなら私が代わりにやってあげるよ。復讐。」

 

兄の表情がよく見えるように正面に先回りしてみる。驚いたようなその表情がはっきりと見えた。兄は困惑したように目線を泳がせながら話を続ける

 

「いや、お前。さっき。佐原のこといい人って」

「その前に家族を傷つけたやつだからね。抵抗はあるけど、おにいちゃんがやれって言うならやる。前言ってたみたいに、佐原のかけがえのない存在になってからあいつのことをめちゃくちゃにしてみせるよ。」

「けど…」

「お兄ちゃんのことがなかったら佐原さんに惚れてるかもね私。顔もかっこいいしさ。けど私ね。お兄ちゃんが一番大事なんだよ。お兄ちゃんが最優先で、私の感情も、他の人間も後回しでいいんだ。」

 

あぁ、だめだ。顔がにやけてしまいそうだ。半分本心を言っているのだから、なんというか、気分がハイになってしまっている。隠せなさそうだから私は兄に抱き着いた。抱き着いて、耳打ちするような形で会話をすれば表情を見られないだろう。せっかく立ち位置を調整したのに兄の顔を見られないのは残念だが。

兄は私の行動に一瞬体を硬直させたが、あまり抵抗はしなかった。気温は高くて暑いのに、妙に兄の体温は心地が良かった。

 

「私に任せて。お兄ちゃん。」

 

囁いたその言葉が兄に刺さってくれることを私は信じた。

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