TS娘「これはデートじゃない。あいつに復讐するための作戦だ」   作:負け犬ぅ

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兄は何も答えなかった。答えられなかったという方が正しいか。口は動いていたと思う。横目で動く唇が私には見えていた。

口が開いて、何かを言おうとして、それを躊躇するように閉じる。それを繰り返していた。じれったく思った私は、兄を逃さないように一際強く体を抱き寄せる。

 

「お兄ちゃんが躊躇するのはわかるよ。わかる。

佐原さんはお兄ちゃんのことを見捨てなかったもんね。お母さんとかお父さんとは違うもんね。」

 

兄はそのまま抵抗しなかった。私の言葉が兄の心を突いたのか、体をビクリとさせたあとはまた固まってしまった。

 

「何の... 話だよ...」

「お兄ちゃんは佐原さんに対して嫌いになりきれてないってこと。だから躊躇してる。壁が薄いから。たまに部屋から漏れてくるんだよね。お兄ちゃんの悩みの声が。色々とさ、限界なんでしょ?復讐やめたいなって思う時が多いんでしょ?」

 

兄はまた黙った。私は兄から少し離れ、正面に立ってみた。兄は俯いていた。何も言えないという感じで。子供を叱っている時のようだ。叱られるべき言動をしているのは私だけれど。

 

「けどお兄ちゃんが感じた悔しさは、憎しみは、そのまま忘れていいわけないよね?お兄ちゃんの尊厳がかかってるもんね?だから、私がやる。私がお兄ちゃんの代わりに全部やってあげるから。

そのあと、お兄ちゃんが慰めてあげればいいよ。」

兄がパッと顔を上げた。真っ暗な闇の中で一筋の光を見つけた時のような、そんな顔だった。

「これは全部私がやることで。お兄ちゃんは関係なくて。私がやることをやったらお兄ちゃんは友達として慰めてあげればいいよ。そうすればさ、お兄ちゃんの復讐も友情も両立出来ると思えない?」

 

兄は即答せず、悩む素振りを見せた。見せただけだろう。直前にあんな顔をしておいて提案を受けなければそれはもうおかしいのだ。私を好感度稼ぎの道具にしておいて、今までほとんど眼中に入れないでおいて、私を使い捨てにするこの提案を受けないということはありえないのだ。

 

兄はゆっくりと、それはもう慎重に首を縦に振った。

「そうだよね。それが正しいよ。」

気休め程度にそう言ってあげた。

 

あーあ、悪魔の誘いに乗っちゃったね。あとは破滅まで一直線だよ。

 

この時点で私の目指すべき方向性は決まった。私が決めたのではない。兄が決めてくれた。

何かお互いに責任を擦りつけ合っているこの状況がシュールに思えて、それでもって嬉しくて、私は半笑いのまま最後に兄に言った。

 

「日曜日の駅前、10時。

一応さ。お兄ちゃんも見に来なよ。もちろん見つからないように変装はしてきてね。」

 

・・・・・・

 

朝、学校に行く前。私は兄のカバンから筆箱を抜き取った。単に意地悪をしたかっただけというわけではない。

上級生の教室がある階は何か独特な緊張感がある気がするのは私だけだろうか。普段ならあまり来たくはない場所だが、私には用事があった。

 

「お兄ちゃん筆箱忘れてたよ。」

善行のマッチポンプである。

 

「…びっくりしたわ」

そう言う割には口に含んでいた紙パック入りのいちごみるくを飲み込んでから話す余裕があるようだった。噴き出してくれたら少し面白いなと考えていたのだけれど。

「綾香ちゃん?どしたの?」横から佐原が話しかけてくれる。昨日の会話で少し慣れたか、それとも隠しているだけなのかはわからないが比較的馴れ馴れしい様子だった。

 

「お兄ちゃんが筆箱忘れてたみたいだったので。ノートも取らず授業を受けさせるのは先生に申し訳ないな、って。」

「俺の心配しろよ。」

「まあそうなってたら保護者として俺がシャーペン貸すから安心して」

「カズキに保護された覚えはねえ」

兄と佐原はケラケラと笑い合う。

 

お兄ちゃん。昨日私とあんな約束したのにそんな顔で佐原さんと話せるんだね。

 

心なしか昨日よりも兄の演技臭さも消えているような気もする。私の提案に安心したのだろうか。妄信的で献身的な駒がずっと近くにいることを知って心を落ち着かせてしまったんだ。友達を傷つける約束したのにね。

 

最低だね。それでも好きだよ。

 

兄に対して良い人であって欲しいなんて思っていない。むしろ、クズに近ければ近い方が安心するような気もする。身近にいる人は出来るだけそういう人であってほしい。眩しく感じるような聖人も見てる世界が違う普通の人も近くにいても辛いだけだ。特に自分が嫌いになり始めてからは。

 

あぁ、だから佐原のことが嫌いだったんだ。お兄ちゃんが取られそうってだけじゃなかったんだ。

自分のことをゴチャゴチャ考えていると自覚していなかった自分の姿が段々と自覚出来るような気がしてきて、少し面白かった。

 

「綾香も笑ってないで早く自分の教室戻れ。教室で兄妹一緒なの見られんの嫌だわ。」

兄が私にそう言う。

「酷いなあ。届けてあげたのにさ」

「じゃあまたね」

 

私は2人に軽く手を振りながら教室を後にした。

これで口実作りは終わった。私がこの階にいても不自然なことはない。兄に忘れ物を届けた帰りで、少し人と話しているだけだ。佐原に見られても兄に見られても言い訳は出来る。

 

胸についているバッジを見て廊下を歩いている生徒のクラスをそれぞれ確認する。

ちょうどトイレから出てきた男子生徒。兄と同じクラスのようだ。髪が短く横幅にがっしりとした体形の男だった。運動部の明るい性格の男であれば佐原と距離も近そうだし、そうであればいいなあなんて思いながら私はその男に話しかけた。

 

・・・・・・

 

人通りが多い駅前で待ち合わせしているとよく他人と目が合う。こちらも人を待っているから周辺を見なければいけないわけだが、そうしているとふとした瞬間に目が合ってなんともいえない空気が流れる。

今もちょうど少し年上のお姉さんと目が合った。こういう時に「私は別に待ち合わせしてるだけですよ。あなたを見ている怪しい者ではないですよ、と言い訳をしたくなるのは私だけだろうか。

 

集合時間より少し早く着いてしまったのが駄目だったのだろうか。精神的に擦り減っていく感覚から私はため息が自然に出た。あの男も私が好きと言うならもっと早く着いて好意を示すべきではないだろうか。

 

ちらっと横目でそれを見た。外に席が置いてあるタイプのカフェだ。兄はそこで座ってコーヒーカップを見つめていた。金髪のショートカット形状になっているウィッグを被り、黒Tシャツに透けるアウターを羽織って下にはデニムのショートパンツを履いていた。レンズが丸いタイプのサングラスもつけている。ウィッグのおかげもあって兄だとすぐにバレることはなさそうだった。

 

何故あんなに変装慣れしているんだろうと思っていたが、そういえば兄は進路を調べるために一時期佐原をストーキングしていたのだった。思い返せばその辺りから服に凝りだした気もする。変装の過程で服を収集し始めて趣味にまでなってしまったのだろうか。

 

そんなことを考えていると佐原の姿が見えた。約束の5分前だった。

 

「もしかして結構待たせちゃった?」とぼけた顔でテンプレートのようなことを彼は言った。

「そんなには待ってないです。10分いかないくらい。」

「いや~けど女の子を待たせるのは良くないね。」

 

反省、と独り言を呟いた後佐原は歩き出す。私もそれに着いて行った。

歩くペースは遅くも早くもない。私より頭1個分は確実に高い身長で足が短いというわけでもないからこちらに合わせてくれているのだろう。

 

「行きたいところがあるって話だったけど…」思い出したような感じで、彼は歩きながら話し出した。

「あぁ。それ適当に言っただけですよ。」

佐原はこちらに顔を向ける。何を言っているんだ?と顔で訴えかけているようだった。

「普通に佐原さんと一緒に出掛けたかっただけです。」

「えっと、それは…?」

「全部言わせる気ですか?」

 

佐原は顔を背けた。照れているに違いない。素晴らしい出来だろう。私のグイグイくる女ムーブメントは。こんなことを女に言われたら大抵の男は滑落するに違いない。この男相手にこんな言動をしなきゃいけないのは癪だが、これで予定通りに事は進むはずだ。

 

「じゃあなんで兄貴連れて来たんだよ。」

 

静かな言い方だった。なのにその言葉は何度も内側に響いて、頭を反芻し、脳を揺らした。

足が自然に止まって、その男の方を見ていた。彼は数歩ほど私の先で止まるとゆっくり振り返る。目尻が下がって口角は上がり、顔に皺が出来ている。彼からいつも感じる爽やかさや眩しさ、それと対極にあるような気味の悪い笑顔がそこにはあった。

 

「止まるなよ。シンヤにバレるだろ。」

 

彼の気持ち悪い表情に、威圧的なセリフに、私は少しだけ興味が湧き始めていた。

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