TS娘「これはデートじゃない。あいつに復讐するための作戦だ」   作:負け犬ぅ

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後ろをチラリと覗いた。兄の姿は見えない。おそらく佐原が振り向いたことで物陰に隠れたのだろう。早歩きで佐原に追いつく。佐原は私が横まで来たのを確認してからまた歩き出した。

 

「何でわかったんですか?」

「何でって。見りゃわかるでしょ。俺けっこう周りも人も見るタイプよ。」

 

私から見て兄の変装は完成度が高いように見えた。化粧は学校でのナチュラルメイクではなく派手めなものになっていたしウィッグやサングラスもある。唯一判別出来るとしたら体型くらいだとは思う(そこそこ露出がある格好なので体型はわかりやすい)が、兄の体型は特別変わったところがあるわけでもないのでそれも難しいはずだ。

 

「わかるんだよ。俺には。」

思考を読んだように佐原は言った。

「超能力じゃないですかほぼ」

「そんなわけねーよ。顔と表情見るとなんとなくでわかるよ。ふつーに。俺からすりゃなんでバレないと思ってんのって話。

ていうかさ。多分だけどあいつ。中学の時も俺のこと見に来てたでしょ。」

「それも知ってたんですか?」

「ん。まあね。」

「...怖くなかったんですか?」

「全く。」本当になんとも思ってなさそうに表情を変えないまま佐原はそう言う。

 

佐原は少し考えるような仕草をしたあと、こちらに顔を向けた。またあの笑顔だった。

 

「綾香ちゃんが今日何かしそうだなっていうのもなんとなくわかってたよ。」

 

私としては何かボロを出していたつもりもなく、しかしそれがハッタリであるという確証も持てなかった。むしろその表情から彼の言葉は嘘偽りのないもののように思えていた。

 

「それなのに、来たんですか...?」その質問は悪あがきみたいなものだったと思う。

「まあ。色々話したいこともあってさ。別に変なことはしないから安心してよ。」

 

そんな信憑性のない言葉を信じたわけでは無いが私は佐原の言う通り歩を進めた。お化け屋敷の中を歩くように、怖いものを見たいような感じで恐る恐る前向きに歩いた。

 

 

 

佐原に連れて行かれて着いた場所はチェーン店のカフェだった。何の変哲もない少し広めのカフェだ。

私達は向かい合わせに座り、私はエスプレッソを、佐原はアイスカフェオレを頼んだ。小さいカップに入ったそれを飲み干してみる。エスプレッソは思ったより小さく、苦かった。

 

「エスプレッソってすっごく苦いんでしょ。俺ブラックも飲めないから尊敬するわ。」

 

佐原は窓から外を見ながら言う。皮肉を言うような感じではなく、ブラックコーヒーを飲めないことを恥じるように苦笑して言った。

相手のことを全て見透かすことが出来る、というわけではなさそうだ。

 

「コーヒーが飲める飲めないなんて、そんなことはどうでもいいんですよ。」

私の言葉に反応し佐原は目線だけをこちらに寄こした。

「私が良からぬことを企んでいると知っていたのにここに来た理由。話したいことっていったいなんなんですか。」

「彼女になってよ。俺の。」

「は?」

「…付き合うだけならあのまま初心なフリを続けた方が良かったんだろうけどな。

流石にあいつがいるの見てムカついちまった。かといって今までの行動から綾香ちゃんをリリースするのは不自然だしさ。」

「待ってください。話についていけてません。」

 

佐原はようやく顔を正面に向けると腕を組んで宙を見つめた。ふーっと大きく息を吐く。何かに苦心するように、おそらく言うことを考えているのだろう。眉に皺を寄せていた。

 

「あいつ俺のこと好きじゃん。異性として。」

あいつ、というのは兄のことだろう。佐原は表情も視線の向きもけないままそう言った。桁の多い計算問題を紙とペンだけで解くときみたいに、考えながらゆっくりと話し続ける。

「まぁ、誤解を恐れない言い方をするなら、それがうざってぇんだ。俺はさぁ…男と付き合う趣味はねえし。もう本当に…キモいな、とすら思ってて。

んで、よ。他の女と付き合っちまえばいいと…思ったわけよ。出来るだけ。あいつと親密な関係のやつ。流石のあいつでも、そうなれば手を引くだろ。

そしてあいつには可愛い妹がいる。

それで、今日。その妹とデートまでこぎつけたわけだけど…どういうことかあいつもいる。

綾香ちゃんも何か企んでいるなんてさ。ちょっとムカついて、全部話そうって思ったわけ。多分、性悪で兄貴が好きで、俺が嫌いな、君なら乗ってくれるだろ。アイツを俺から引き離そうっていうプランだし。」

 

そのたどたどしい口調が逆に生々しさを強調しているような気がした。彼の言っていることを要約すれば『恋愛対象として見れない女から言い寄られるのを避けるため別の女と付き合う』ということだ。その女が元男で友人ということを考慮しても誠実さの欠片もない断り方で、ただそこら辺にいるような人間の中途半端な善性と倫理観が如実に表れた言葉が長々と並べられていく。

今まで綺麗ごとを並べていた少年漫画の主人公のような彼はなんだったのかと思うぐらい、情けなく、人間味を感じて、性格の悪さを感じさせるそれをたっぷりと見た。

 

彼は様子を伺うようにこちらを見た後

「最悪だと思ったか?まあしょうがないよな。人によって感性なんて違うし。なんなら俺だってそう思うし。」

開き直った様子でそう言う。もうほぼヤケクソだったのだろう。

 

「別に思いませんけど。」

「嘘つけ。」彼はカフェオレをストローでかき回した。カラカラと涼しい氷の音が聞こえる。

「むしろ前の方が気持ち悪くて嫌いですよ。前向きなことしか言わない。その場にいるだけで説教を受けているような気分になる最悪な男。」

 

佐原は私の言葉を聞くと押し黙ってまた窓の方を向いた。そして「それはそれでショックだな」と小さく言った。

 

「今日見せてくれたのが佐原さんの本当の姿なら、人のことをよく見るけど臆病で情けない人なんでしょうね。お兄ちゃんにはっきり断れなくてこうなっているんだから、すっごく弱い人だと思いますよ。けど人をよく見るし、相手を利用しようとする凄みと強かさも持っている。

弱くて悪くても前よりずっと好感が持てます。」

佐原は黙ったまま少し驚いたような顔をする。

「それに私としても利用するならそういう人の方が罪悪感もないです。お互いクソ人間なら気も楽だし。」

「…そーかよ。」

ぶっきらぼうな言い方に聞こえただったが機嫌が悪そうには見えなかった。

しばらく沈黙が続いた。しかし不思議とその沈黙の居心地は悪くなかった。佐原もそうだったと思う。

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