東方喧嘩雛   作:bver

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二柱の一端に唆されて力試しに来た山の方の巫女。
軍神に教わった物騒な護身術を基礎として、剛柔一体の何でもありな格闘術を得意とする。
情け容赦のない極め技や壊し技も多いが、本人の気質からあまり使用はされない。


3. 早苗の戦場

入道雲を越えて射す、夏の日差しが川面に光る。

さらさらと涼し気な清流に紛れるような衣擦れの音は、ともすれば聞き逃しそうなほどに微かで、しかし常に無いほど長く途切れることなく続いている。

 

何度目か。

取った腕を極める寸前に回転するように弾かれて、早苗の顔が歪む。

回されてもそれに付いていくように合わせられれば、むしろ極めきるのは容易になるだろう。

しかし、一瞬で爆発するような捻転は、しっかりと食い込ませていたはずの指を容易く弾いてしまう。

相手の芯を読み、こちらの重みまで使って運ぼうとしていただけに、絶妙な間で外されるとこちらまで隙を見せてしまう。

今も崩れた体制そのままに、厄神様に押されるように蹴られて下がるしかなかった。

幸いなのは、厄神様の体制も崩れていたために、蹴りの威力もそれほどではなかったことか。

 

「これもダメですか」

「ダメとは言えないわ。さすが戦神の巫女、といったところかしら」

「……馬鹿にされていますか?」

 

戦神の名を冠しておきながら「ダメとは言えない」はあり得ない。

そもそも通じてすらいない。

そんな思考でもしたのだろう、生真面目な巫女は構えを解かないままその身の霊力を高め、青筋を立てている。

無暗に慕われているのだろう主を思い、同じ神として羨ましいような、煩わしいような気持ちになる。

 

(別にこの子の神を堕したわけでもないのに……)

 

あるいはそれは、自分と神を混合してしまうような、不遜な態度とは捉えられないのだろうか。

思うところが無いわけではない厄神は、埒の明かないやり取りが続いていただけに、その聞かん気な性分に付け込ませてもらうことにした。

 

「正しく評価しているだけよ」

 

同じ神様としてね、と続けるまでもなく、荒ぶる巫女が飛び込んでくる。

拳打を受け止めた手を裏から取られ、ぱきりと外に極めたところで関節へと打ち込みを重ねる。

逆らわずに肘を入れ、危うく折られる所を逃れた先で足元を刈られ、崩れた端から首を折ろうと肘打ちが撃ち込まれてきた。

相手の腹を押すことで上体を逃がし、反撃にと即座に返した回し蹴りは相打ち気味に取られた。

そのまま自分ごと巻き込むように倒れながら膝を極められそうになるのを、さらに回転を足してやることで立ったまま位置を入れ替えて、雑に蹴り上げるように弾き飛ばす。

ようやく離れたかと思えば四つ足の獣のように着地し、間髪入れず這うように低く向かってくる巫女に、膝を曲げ、牽制など捨てた本気の拳で迎え撃つ。

剛腕はしかし慣れたものとでも言うように受け止められて、当たり前に柔を掛けられる。

普段の組手の相手も察せられるというものだろう。

 

剛術を馬鹿丁寧に試し、柔術をお行儀よく仕掛けてきた巫女が、今は血の気のままに剛柔一体の壊し技を繰り出している。

一度の交錯が別の技に昇華し、次の剛へ、次の柔へと連綿と紡がれていく。

読み誤れば、あるいは読まれてしまえば、必ずどこかが無くなるだろう。

緊張感が入り混じる長い攻防はしかし遠慮も配慮も無くなって、見事と言えるほどに言葉通り息つく暇がない。

濁流のようなやり取りにふと、どちらが有利になるわけでもない一拍の間ができた。

汗で滑ったのか呼吸が続かなくなったのか、額を突き合わせたところで二人の動きが止まったのだ。

 

「……さすが、戦神の」

「まだ言うか!」

 

荒い息が混ざる近さで囁かれた賞賛の言葉は火に油を注ぎ、せっかく整える機会だった呼吸もそのままに頭突きを飛ばし、跳ねた首が捩じ切るように取られる。

ただの一言で沸騰した勢いのまま、走り切るつもりなのだろう。

合わせて踊るように回りながら、たまたま差し込んでいた腕で無理矢理に基点を外す。

文字通り絡みつき、叩きつけるような不遜な殺意で、真剣にならざるを得ない技巧を駆使して襲い掛かってくる巫女を見て、雛は不敵に笑う。

 

どこまで保つのか。

いつまでも続けばいい。

 

見極めたいのか、期待したいのか。

相反するような気持ちと共に、厄神様は満ち足りた攻防を続けることにした。

 

――

 

「申し訳ありません」

 

折り目正しい巫女の土下座は、しかし相対する神の笑いを引き出すだけだったようだ。

呵々大笑する軍神と、冷たく微笑む祟り神。

それぞれ笑う理由は違っても、楽しげであることはどちらも変わりなかった。

霊力と体力が尽き果てるまでぶっ通しで技を掛け続け、倒れた自分が運ばれたことを恥じる巫女に伝える。

 

「見事でした、とさ。良かったね早苗」

 

諏訪子からそう声をかけられて、パッと上がったやけに渋い顔を見るに、到底納得などしていないだろう。

しかし反駁の言葉を口にする前に、早苗はすぐに悲鳴を上げることになった。

 

「さあさ!記憶も新しいうちに復習と行こうじゃないか」

 

しょげたままの巫女を俵のように持ち上げた軍神は境内から下りて、遠慮も恐縮も気に留めず、いつものように顔を突き合わせて向かい合う。

そうして順に、どう外されどう受けられたかを反芻し、仕掛けと結果、その改善点を模索していくようだ。

今度は外されないように、神でも流しようが無いように。

 

早苗の力に合わせたそれは実に丁寧で、しかし驚く程の濃度と効率を持って成長を促し、見る間に質を高めていく。

片耳で聞いている間にも軍神の名のもとにどんどんと容赦なく進むそれは、もはや厄神様との戦闘からさえ外れていっているようにも聞こえる。

動かしていた筆も止まってしまった。

 

「あやや。何だか内容が、軽々に聞いてはいけない領域になっていませんか」

「あんたもやるかい?神殺しの練習」

「……洩矢様の勧めでは洒落にもなりませんね」

 

祟り神の元締めから神殺しの方法を教わるなど、ただの迂遠な自殺ではないか。

強張る顔をどこか冷たい瞳で覗かれながら、丁寧に断りを入れる文屋。

 

いつの間にやら師弟の鍛錬は必殺の法を伝授するまでに飛躍して、想定している相手が完全に別の「何か」に変わっている。

次々ともたらされる軍神の秘奥に夢中になって付いて行こうとしている早苗は、もう誰を相手にするためのものだったかも忘れていることだろう。

果たして荒療治なのか、それともただの可愛がりなのか。

顛末を話す前よりよほどボロボロになり、しかし比べ物にならない程目を輝かせている真面目な巫女の様子を見ながら、文屋はそっと筆を置いた。

 

そんな様子を眺めるともなしに、諏訪子は呟く。

 

「しておいた方がいいと思うけどねぇ。次は文の番だから」

「……ぇ?」

 

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