東方喧嘩雛   作:bver

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想定よりもずっと早く、責任を取って来いと挑まされた同情されない烏天狗。
生来の膂力と羽を使い、天地自在な三次元的軽快さと鋭く重い蹴りで急所を狙う、らしさの表れた武術を見せる。
本人としては肉弾戦は不本意なものだが、何故か経験だけは多いためその動きは達人の域にまで達している。


4. 射命丸の高下駄

カンカン照りとはよく言ったもので、音も聞こえそうなほどに強い日差しが山並に良く映えている。

濃い緑を浮き立たせ、風のありがたみを知らせる暑さはこの時期だと珍しくもないものだが。

首の後ろを思い切り蹴られる経験などは、早々あるものではないだろう。

 

「あやや。厄神様相手ではまだ単純すぎましたか」

 

追いつかれてしまいました、と。

折れた高下駄の歯を見ながら、呼吸を整えるように語りかけてくる諸悪の根源。

口調からはまだ余裕があるように見えるが、少なくない数打ち込まれた楔は今も痛みを訴えているはずだ。

暑さの中で続く攻防のためか、はたまた激痛による冷や汗も混じるのか、鬱陶しそうに拭う汗は多い。

腕に続いて下駄も折れ、右の翼の動きも鈍っている様子が隠せなくなってきている。

 

「悪いわね。運が良ければ、今ので決まってたでしょうけど」

 

軽く咳込みながら首を摩り、コキリと鳴らしながら厄神様が眉を下げる。

音では遅いと言わんばかりの、釣られて振った視界から完全に消えた後の、針を通すような一本蹴り。

跳躍と、空を叩く羽ばたきを一点にまとめた威力は凄まじく、まともに食らっていれば神でも命が危うかっただろう。

現に雛の意識は飛びかけたが、折悪く起こった下駄の破損と片翼の歪みで何とか威力が軽減されたのかもしれない。

激痛で済んだのなら安いものだった。

 

「いえいえ。そもそも皆、その厄ありきで挑んでいるのですから。厄神様が謝られる必要はありませんよ」

 

バランスが崩れることを嫌ったのだろうか。

気に入りの下駄をあっさりと捨てて両足共に足袋姿になった射命丸が、調子を確かめるように跳ねる。

一度二度で問題ないと判断したのか、緩やかに翼を広げながら、浮かぶように跳ねる。

地に足は着かずとも、隙にはならない。

爪先が着くか着かないかのその軽やかな立ち姿は、足も使え、翼も使える、天狗にとっての臨戦態勢だと今では理解していた。

 

「それに……」

 

と、小さな羽ばたきが聞こえた時には眼前まで横薙ぎの膝が飛んで来ていた。

反射的に受け止めようとした手に、しかし衝撃は来ない。

これまで幾度もあったように、四肢と翼を駆使して軌道を曲げたのだろう。

そして透かされたことを気にしている間に死角からの蹴撃に叩かれ、音に釣られれば、それを利用して何度も隙を突かれた。

ならばと緩やかに、見渡すように回りながら腕の力を抜き、意識を広げ、何方からでも対応できるよう体を保つ。

回り込むような浴びせ蹴りを絡めとり、突然振ってくる膝を受け、かちあげてくる踵を弾く。

厄神様の歩法に天狗の羽ばたきも合わさって、二人を軸に幾度も円を描いたような、攻防の軌跡が落ち葉を舞わせ、地に刻まれいった。

 

「っ!ふぶっ」

 

不意に翼でもって目元を叩かれ片眼を閉じた隙に、顔面に踏み付けを食らってしまった。

不敬な行いについ動きを止め、睨み上げれば、逆様の射命丸が「舐めないでいただきたい」と不敵に笑っていた。

 

「厄が追いつけないほどに、蹴ってしまえばいいのでしょう?」

 

山の巫女様に習うとしましょう。

そう告げる言葉すら置き去りにするように、旋毛風が如く、烏天狗の猛襲が続いた。

 

――

 

「うっぎぃ……!」

 

変わった鳴き声しか出せないほどの痛みに、ろくに悶えることもできず固まってしまった。

震える手から零れた梨は、掛布団に落ちる前に紅葉が差し出した皿に拾われている。

「だから言ったのに」とでも伝えたいような呆れの見える溜息に、さしもの天狗も言い返す言葉が無かった。

仕方がないと手を動かすのを諦めた文は、紅葉の手を借りながらゆっくりと上体を布団に戻して、安静にすることを決めた。

 

「それで、どうでしたか」

 

取り落した梨を代わりに食べながら、紅葉が聞く。

その言葉は曖昧だったが、同じ経験をした者同士、何を聞いているのかは明白だった。

若干恨めしそうにそれを見ていた文は、一息吐くと、存外穏やかに話し始めた。

 

「優しい方ですね」

 

まだ未知数だったと思われる斥候は、極力時間をかけずに終わらせている。

苦行に慣れ、殴られることを気にしない尼僧とは、力加減を確かめるようにじっくりと打ち合わせをしていた。

無自覚に遠慮なく邪法を使う巫女には、双方ともに危険な技術を受け流すように包み込んで、体力切れという形で終わらせた。

そして膨大な手数で挑んだ烏には、物に対する局所的で限定的な不運を呼び込むことで決定機を作り、勝利の一因としていた。

 

手合わせしている間は大なり小なり、厄と思われる不運に見舞われていた。

しかしそれも最後に持たされた流し雛の力もあってか、後腐れなく、怪我だらけで寝込む程度に抑えられているのではないだろうか。

むしろ相手のスタイルに合わせた戦い方で受け止められることで、不幸にあったはずなのに「しょうがない」とでも振り返られるような、全力を出し切った後の爽やかな脱力感まで感じられている。

そう感じられているということは、不躾な願いであっても丁寧に受け止め切るほどの、度量と配慮があちらにあったということなのだろう。

文にしては珍しく、ぽつぽつと確かめるようにそう語って、いつの間にか視線は開け放たれた縁側に向けられていた。

 

「そう。こちらに、少々の厄を背負う度胸さえあれば……」

 

診療所を兼ねた奥座敷は、縁側から見える庭も見事なものだった。

眺めるものが心穏やかであるようにと祈りを持って整えられた装いは、怪我によってか荒ぶる心も静めてくれた。

珍しく、何をするでもない沈黙が下りた。

言葉を途切れさせて夏陰に揺れる木の葉を見る目には、どこか言葉にならぬ悔恨が浮かんでいるようだった。

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