ここだけレグルスがねこと一緒にいて幼馴染ちゃんも幸せな結末を迎える世界線です。よろしくおねがいします。 作:ねえ、おなまえは?
目が覚めました。
ふかふかのベッドに寝かせられていました。
胎児の様に体を丸めて、身を守る様にしてわたしは寝ていました。
監禁に、よくある、手足を縛られたり、首輪と鎖を着けられたりなんて、していませんでした。
電気も付いていない真っ暗な部屋で、天窓からうっすらと月明かりが入ってきていました。
ズキズキと頭が痛みました。
色々言われていましたが、本気で殺されると思っていたので、生きているという事を実感して、ベッドに手をついてゆるりと体を起こし、ペタリと座り込み、ポロポロと涙が出て、静かに泣きました。
いきてる、いきてると、かすれた声で確かめる様に繰り返し言いました。
「うん。生きているよ」
わたしの、すぐ、斜め後ろで、声がしました。
恐怖で固まりながら、頭だけ、少し動かして見ると、暗闇の中でにこにこと三日月型になった目を爛々と光らせて、手を胸の前でお祈りする様に組んで、何か神聖なものでも見つめる様に、じっとこちらを見つめる彼が居ました。
ヒッ、と引き攣った声が出ます。
彼がゆっくりと近付いてきて、ベッドが軋む、ぎしり、という音がしました。
「大丈夫、大丈夫だよ。おはよう。いや、夜だからおはようだと変かな、とにかく君がきちんと目を覚ましてくれて僕はすごく安心したよ、すぅ、すぅ、ってかわいく呼吸をしていたから、死んでしまってはいないと分かってはいたけれど、目が覚めなかったらどうしようと思って、首を吊る為にネクタイを用意したんだ。でも必要無かったね。じっと君の寝顔を見ながら過ごす時間はとても神聖なものだったよ、月明かりに照らされて、僕のベッドで君が寝ている。それだけで死んでしまいそうなくらいの尊さを感じたんだ。君と一緒に眠る為に大きいサイズのベッドを買ったんだよ、幸せだなぁ、僕は幸せだなぁ。あ、もしかして、頭が痛むのかな、なるべく早く君が苦しくなく気を失える様に、頸動脈をしっかり絞めたんだけれど、ごめんねぇ。そうだな、何か飲み物でも持ってこようか、あぁ、君が好きな蜂蜜入りのホットミルクはどうかな、きっと落ち着くよ、それか、アイスを半分こする?でも今はそんな気分じゃ無いか、とにかく君のその美しい首に僕の手の形のアザができなくてよかった。いや、きっとぐるりと周る赤紫のアザができてしまっても君の美しさは変わらないよ。でも、僕はそんな野蛮じゃないから、君の安全が第一なんだ、それは分かってほしい。約束するよ、僕から君に危害を加えることはもう無いと。だから安心して、一緒に暮らしていこうね」
彼は泣いて悲しむ子をあやすかのように、わたしを包み込んで、背中をとん、とん、と一定のリズムで安心させる様に優しく叩きながら囁きました。
彼の服から、甘くて安心するいい香りがして、それが今、自分自身に起きていることの現実味をより一層無くしていきます。
暫くそうして、抱き抱えられていました。
彼は嬉しそうに言います。
「この部屋が僕たちの新しい家だよ、元は僕の家なんだけれど、君と住む為にリフォームしたんだ。あの扉の向こうはキッチンがあって、包丁とか、ハサミとかがある。君が怪我をしたら困るから普段は鍵をかけさせてもらうよ、鍵は僕がきちんと保管しているからね、これは君を守る為なんだ、不便をかけてごめんね、ご飯は、こう見えて僕は結構自炊ができるから、というか恥ずかしいけれど君に食べてもらえるものを美味しく作れる様に料理教室に通って勉強したんだ、だから、それで我慢してね、味の好みがあると思う、少し塩気が足りないとか、ちょっと甘すぎるとか、そういうのは言ってくれたら次はそれを意識して作るから、何でも言ってね、あぁ、でも君に僕の作った物を食べてもらえるなんて、2人で一緒に食べられるなんて、なんて素敵な話なんだろう、まるで新婚さんみたいだね、季節が来たら、君の好きな期間限定のハンバーガーを買ってきて一緒に食べよう、おいしいね、って笑い合える事が楽しみで仕方ないよ、それから、お手洗いは、この部屋のあっちの扉の先にあるよ、自由に使ってね。あ、お風呂は廊下の途中にあるから、僕が付き添って外で待っているよ、僕は君のプライバシーを侵害する様な事は絶対しないからね、お風呂へ行きたい時はドアをノックするか、僕がこの部屋に居る時には声を掛けてね」
あ、目が腫れちゃわない様にタオルと保冷剤を持ってくるね、気が付くのが遅くなってしまってごめん、ちょっと待っていて、とポケットからジャラリと鍵の束を取り出して、ガチャ、と扉を開きます。
開かれた扉の暗い暗い廊下の先、一瞬見えた玄関に何重にも掛けられている南京錠を見て、あぁ、なんとかがんばったら逃げられるかもなんて甘い考えだったのだと、喪心しました。
そこからは彼との生活が始まりました。
わたしが会社に出社しないと怪しまれてしまうからと、両親の介護のために長期の休暇をいただきたいです、と彼の目の前で上司に電話をしました。
小さな会社でしたので、上司からは、そうか、ええことや。親孝行やね、頑張りすぎないで時々は息抜きせぇよ、と励ましの言葉を貰いました。
必要な書類なんかは書いておいてあげるさかい、気にせんで、と言われて、ありがとうございます、としか返せませんでした。
彼は決まった時間に出勤して、決まった時間にきっちり帰ってきました。
わたしはその間、彼が用意してくれたペットボトル飲料を飲んで、ご飯やお菓子を食べながら、部屋に備え付けられたテレビや買ってきてくれた雑誌なんかを、ぼんやり見て過ごしていました。
外には出られない、スマホも没収されて、もちろん電話なんて無くて、窓は届かない所にある天窓だけ。助けも呼べない。
防音材なのか、衝撃吸収剤なのか分からないけれど、それが部屋中にびっしりと隙間なく貼ってあって、彼が居ない時に助けてください、助けて、と何度叫んでも無駄でした。
彼は帰って来ると、毎回嬉しそうにわたしを見つめては、かわいい、かわいいと繰り返し言いながら人形を可愛がる様に私を愛でていました。
お風呂上がりには元々使っていたものと同じシリーズの化粧水を染み込ませたコットンパックをしてくれて、わたし好みの香りのヘアオイルをつけてくれて、ドライヤーで優しく乾かしてくれて、そして、彼に後ろから抱き抱えられながら、今日あった話を聞いたり、楽しそうに食レポをする芸能人が映るテレビなんかを現実味の無いまま観たりして過ごして、夜になると同じベッドで眠ります。
必ず、彼の方がわたしよりも遅く寝て、わたしが眠りにつくまで眺めておやすみと言って、朝はわたしより早く起きて、おはようと笑いかけてきました。
わたしの伸びた爪を切ったり、髪を切っては、小瓶に入れてラベルを貼って、大切そうに、愛おしそうに鍵付きの棚にしまっていました。
盗撮されたであろう写真も束になって一緒に仕舞われていました。
彼に手を出される事も無く、暴力を振るわれる事も無く、はっきり分からないけれど多分、何ヶ月かそうやって過ごしました。
わたしはずっと、死んでしまいたかった。
どうして、どうしてこんな事になってしまったのだろうと考え続けていました。
先の見えない生活に、終わりを求めていました。
餓死をしようと試みました、食が細くなった事に瞬時に気付いた彼に無理やり食べさせられ、吐き出すことすら赦されませんでした。
飛び降りようにも、外へ続くベランダが無いです。
尖った物も徹底的に部屋から排除されていました。
首を吊ろうにも、彼は紐類を絶対に部屋に置かなかったから、それも出来なかったです。
服を裂いて、紐の代わりにしようともしたけれど、非力なわたしでは無理でした。
駄目元で一緒にお出かけしたい、と言った事もありましたが、君の安全の為なんだ、外には僕以外の奴がいるだろう?他の奴が君の事を認知するのも、あまつさえ喋りかけるのも僕は赦せないと優しく、しかしはっきりと拒否されました。
八方塞がりでした。
しかし、ある日突然救いの時は来ました。
ある夜、蜂蜜入りのホットミルクを飲みたい、とお願いした後、彼はお揃いのマグカップに入った物を持って来てくれました。
いつもなら、飲み終わるまで微笑みながらじっとわたしを見つめている彼が、ピンポーン、と鳴るチャイムに反応します。
はにかみながら、あのね、君の為にプレゼントを買ったんだ、きっと気にいるよ、少し待っていて、と宅配便を受け取りに行きました。
もちろんこの部屋の鍵を掛けることは忘れずに。
ただし、彼は1つ間違いを犯しました。
わたしの手には飲みかけのホットミルクが入ったマグカップがありました。
これを逃したらもう二度と来ないであろう、わたしに救いをもたらす好機でした。
玄関のドアが開く音を聴いて、配達員さんとの会話が聴こえてすぐに迷わず床に叩きつけてマグカップを割ります。
大小バラバラになった破片のうち、大きく尖っている物を指が切れる事も気にせずに掴みました。
首に、首の大切な血管が走っている場所へ向けて鋭い欠片を構えます。
ドクン、ドクンと鼓動が激しくなり、心臓は暴れて、手は震えているけれど、覚悟は決まっていました。
マグカップの割れる音を聞いたのでしょう、彼が足早にバタバタと廊下を戻ってくる足音が近づいて来ます。
皮膚に欠片が当たるとぷつり、と血が出て、でも、もう、こうするしかないから、目を閉じて勢いよく首へ突き刺します。
狙った所が、綺麗に、パックリと切れました。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛いのは嫌です、でも、これで、終われると思うと安堵しました。
血が、心臓の拍動に合わせてビュッ、ビュッと勢いよく飛び散るのが見えます。
血液って、思ったよりも温かいんだな、と思いました。
ベッドの上にパタリと倒れ込みました。
白いシーツを侵すようにわたしの赤が広がっていきます。
彼がガチャガチャと鍵を開けて飛び込んできたけれど、もう遅い、よ。
何で、何が、どうして、嫌だ嫌だ嫌だ!!!と聞いた事の無い様な大きな声を出して取り乱した彼が、温かい血が溢れ出すわたしの首を手で必死に押さえます。
意味なんて無いのにね、手足が冷えていく感覚がして、ぼんやりする、じんわりと冷や汗が出て、どんどん血の気が引いていくのが分かりました。
出血性のショックで死亡、自殺か?なんてニュースになるのかなぁ、と、彼が叫ぶ声を遠くで聞きながら思います。
泣いている彼と目が合いました、もう掠れて殆ど見えないけれど、最期は、最期くらいは彼が好きだ、好きだと言っていた笑顔で、笑って逝ってあげようと、笑顔を作ろうとして、でも、もう顔すらまともに動かせなくて、瞼が閉じていきます。
体が鉛の様に重い。
意識も体もまとめてずっとずっと深い所へ沈み込んでいく様でした。
命が消えていくのは、そうか、こんな感覚なんだね、と途切れ途切れに考えて、そこで、わたしの意識は途絶えました。