Hello New World, Many Heroines 作:秋空星夏
王宮を出た公平はまず、兵舎へと向かった。武器の調達を行おうとしたのだ。ホーリーから事前にこの世界が中世ヨーロッパ然としている事、加えてハウトゥーファンタジーでこの世界の治安についての知識を得た今、丸腰でふらつくのは危険であると認識したのだ。
そこで、公平はとりあえず、切る事よりも断ち切る事に重点を置いて開発された騎士用のショートソードと呼ばれる剣と、単発式のクロスボウを拝借した。鎧はかさばるを事を考慮して持ち去らなかった。代わりに、クロスボウ用の短矢を多めに持った。
次に、公平は再び王宮へと戻った。そして、路銀代わりにと金の食器などを少し借りると言って持ち去った。
流石に、スリッパに無地のシャツ、短パンではどうにも落ち着かなかった公平は、先程拝借した銀のフォークを代金として、この世界で一般的な服装を購入した。粗雑な作りのそれは、チクチクとしていて着心地のよいものではなかったが、不用意に目立つよりはマシと自分を納得させた。
そうして、身売りをするための準備を終えようとしていた頃だろうか。公平は背後に人の気配を感じ取った。
振り向くと、そこには明らかにサイズの合っていないダボダボで袖の余っている白いチュニックを、黒い帯で無理やりずり下がらないようにして着ている金髪の少女がいた。
年の頃は十四、五といったところだろうか。身長の低さと、くりくりとした丸い瞳が目を引くあどけない童顔のせいで年齢を予想しづらかった。更に、その身に似合わぬ程に発達している胸が余計に年齢を予想させづらくしていた。
「やあやあ初めましてかな? 私はラナ・アークライト。よろしくねえ」
突然声をかけられた事に驚いている公平を他所に、ラナはダボダボの袖ごとその小さな手を差し出した。握手をしようと言う事なのだろう。反射的に公平はその手を握った。ラナの手は、幼子特有の体温の高さがあった。
「えーと、あんた誰?」
「ラナ・アークライトさんです~。ところで君、何をしてるんだい? さっきから周りを気にしながら荷物を詰めていたようだけど。何か面白い事でもしていたのかな?」
「何も面白い事なんてない。ただ荷物を詰めてただけだ。あんたこそ、何やってるんだよ。ずいぶんな荷物じゃないか。旅行かなんかか?」
ラナは身の丈の半分以上はあるリュックを背負っていた。入りきらなかったハンマーやまくら、服などがはみ出していた。
「そんなところかなあ。この国は戦争に負けちゃったからねえ、どうにもきな臭い動きがあるのさ。錬金術士の私としては魔女狩りになんてあいたくないしねえ」
言っている事はわりかし真面目なものなのに、ラナの間延びした独特の喋り方で日常会話のような体になっていた。そんな空気に流されてか、公平はポロッと重要な事を喋ってしまった。
「ああ、この国はもうだめだ。緩やかに死へと向かってる。王様はいつまでもお家にこだわって解決策を講じない。こんな国はさっさと見捨てるのが一番だ」
「私は聞いてしまったぞお。君は今王様の悪口を言った。不敬罪だあ。処刑されちゃうぞお。ギロチンで首ちょんぱだあ」
「そんな事になる前にとっととトンズラするさ。お前もそうした方がいいぞ」
「つまり君は移国するという事かな? なら、私と同じだ。どうだい、一緒に来ないかい? おっきな馬車を用意してるんだ。君一人増えても問題ないくらいのね」
国を移動する、というと語弊があるが、ここで自身をわざわざ売国奴だと言う必要もなかったので、公平は訂正しなかった。
そもそも売国奴とは母国を外国に売り払って利益を得る事を指しているので、公平が行っている事とは厳密には違ったが、そうした微妙な違いを突き詰めても詮無い事だ。
「その提案、喜んで受けさせてもらう。ただ、一つ約束してくれ。不要なまでに俺の事を詮索するのはやめてくれ。色々と訳ありなんだ」
「そう言われると知りたくなるなあ。まあ、ゆっくりと聞き出す事にするよ。それじゃあ行こうかあ。馬車はそこに止めてあるんだあ。ほらほら立って」
「わかったから引っ張るなって」
やけに乗り気なラナに引っ張られながら、公平はラナの馬車へと乗り込んだ。広いと言い張るだけあって、天幕の張られた荷台はワンボックスカー程の広さがあった。
公平はラナに倣い、荷台に荷物を置き、馬を操るラナの隣に座り、こう話しかけた。
「で、アークライトはどこの国に行こうってんだい?」
「ラナで構わないよ。私は目的なんてものは考えていないんだあ。道行くままに流れ着いたところが目的地さ。案外、そういうところの方が過ごしやすい場合もあるしねえ」
「ずいぶんとまあ享楽的な事で。まあでも、俺もわりとそういうのは好きだったりする」
「だろう? 決められた人生程つまらないものはない。私はつまらないのは嫌なんだ。だから、私は君に声をかけた。君、普通の人間じゃないだろう? 潜在魔力があまりにも高すぎる」
ラナは本業には劣るが、それなりに魔法使いとしての才能があった。使えるのは日常生活で役立つ魔法程度だが、潜在魔力を見抜く目だけは本業に負けず劣らずだった。そんなラナの目で見た公平の潜在魔力は、この世界の大魔法使いと呼ばれる者達に並ぶ程だった。
「ほーん。魔力だかなんだか知らんが俺は普通の人間だよ。俺から言わせてもらえば、ラナの方が普通じゃない。そんなちんまい体で錬金術士なんて似合わなさすぎだろう。俺の中での錬金術士は、ひげを生やした胡散臭いおっさんだ。ラナは胡散臭さに欠ける」
「あくまでも普通って言い張るんだね。まあいいや、私の話だったね。便宜上、私は錬金術士と名乗ったけれど、やってる事は鍛冶屋のそれに近い。クロスボウというものがあるだろう? 今はまだ戦場は弓の方が重宝されているけれど、私はいつか弓がクロスボウに置き換わる時が来ると考えているんだ。でも、そうなるには今のクロスボウでは役不足だ。もっと簡単に扱えて、もっと殺傷能力を上げたものが作れるはずなんだ」
現在使われているクロスボウは単発式のものだった。殺傷力は十分だったが、矢の装填に時間がかかる上に、使いこなすまでにある程度の修練を必要とする。
先程公平が兵舎から拝借したクロスボウも単発式だ。矢を発射した後に弦を引き、矢をセットする。引き金を引いて矢を発射する。それの繰り返しで使用される。これではどれだけの手練でも実用的な連射は出来ない。
「はあ、成る程な。銃を作ろうとしてる訳だ。時代的にマスケット銃か。意外にまともな事やってるんだな。てっきり、金の錬成や死者の蘇生の研究でもしてるのかと思ってた」
「そういう事をしているのは、それこそさっき君が言った胡散臭いおっさんだよ。ところで、その銃っていうのはなんだい? とても興味深い響きなんだけど」
中世ヨーロッパ程の技術しかないこの世界では銃はまだ開発されていなかった。ある錬金術士が不老不死の薬を作成しようとした過程で黒色火薬が完成し、市場に出回ったが、魔法という存在に打って変わる事が出来なかったために、生産量は限られていた。
ちなみに、魔法は誰にでも使える訳ではない。なので、魔法使いが作った魔法符と呼ばれる符を利用する事で人々は簡易的な魔法を使用している。
魔法符は安価なものから高価なものまで大量に市場に出回っているため、人々は気軽に使用する事が出来た。
「ああそうか。そもそも銃っていう概念がないんだもんな。クロスボウに似たようなもんだ。引き金を引くと弾が発射される。クロスボウとの違いは威力と射程、発射する際に発する大きな音かな。後、わりとどんな人でも使える」
「私が作ろうとしているものじゃないかあ。君はそんなものをどこで知ったんだい? ひょっとして、君も錬金術士だったのかな? いや、それはないなあ。君はひょっとすると『イストブレス』なんじゃないかなあ?」
「イストブレス?」
「歴史の紋章という意味だよ。たまにいるんだあ。個人で時代の技術レベルを押し上げる人がねえ。過去にもそうした人は何人かいた。私の考えでは魔法は自然発生したものじゃない。イストブレスが創りだしたものだ」
確かに、今の公平はイストブレスといえるかもしれない。およそこの世界では存在しない概念、知識を持っている。加えて公平は、友人がいなかったので日々をゲームと読書で過ごしていたために常人よりも知識が豊富だった。
「だとしても俺がもってるのは知識だけだ。コネも技術もない。俺の妄想を実現させるのは難しいさ。それに、何度も言うが俺は普通の人間だ」
「裏を返せば、それらが出来る人間がいれば実現出来るという事だろう? なら話は早い。私の知り合いに一人それを出来るだけの技術を持った鍛冶がいる。目的地は決まったねえ。彼のいるドミーナまで行こうかあ」
そう言ってラナは手綱を握り直した。手綱を握る手はやはり小さい。どうみても少女のそれだ。にも関わらずここまでしっかりとしている事に公平は少なからず驚いていた。自分が彼女と同じくらいの年頃は、鼻水を垂らしながらゲームをしていたような気がする。元々、女は男よりも精神的な成長が早いとはいうが、ラナ程の成長速度は珍しいだろう。
そんな事を考えながらぼんやりと見ていた公平の視線に気付いたラナは、そのくりくりとした瞳を楽しそうに細めながらこう言った。
「君には少女性愛の趣味でもあるのかなあ?」
「俺が好きなのはグラマーなお姉さんだ。お前みたいなちんちくりんは守備範囲外だ」
「なら、私は君の守備範囲内という訳だあ。私は君よりも年上だろうし、それなりに胸も大きいと自負しているしねえ。背が低いのは我慢してもらうしかないけどねえ」
「いやいやいや。どう考えてもそれはない。ラナが年上はないだろう」
「私は25才だよお? 君は見たところ18とか20だろう?」
「なんてこった……マジかよ……」
仮にラナの年齢を10代前半として考えてもその童顔と身長の低さでは、年齢相応には見られないだろう。ましてその容姿で25など言われても到底信じられないが、公平は先程までの会話でラナの聡明さを知っているので、なまじ否定出来なかった。
「どうしてか背が伸びなくてねえ。牛乳も飲んでるんだけどさっぱりだあ」
「左様で御座いますか。もういい。不毛すぎるこの会話は終わりにしよう。ドミーナだかって国にはどれくらいで着くんだ?」
スフィーダを発ってから既に4時間が経過していた。季節が春である事を考慮しても、そろそろ日が落ちる頃合いだ。今はまだなんとか夕日で道が見えるが、もうじき見えなくなるのは明白だった。
「後3時間くらいかなあ。ご飯も食べなきゃいけないし、今日はここまでにして晩御飯の準備をしようかあ」
そうして始まった夕食作りだったが、二人共料理などというものには縁のない生活をしてきたために、出来上がったものは料理としての体をなしていなかった。
大抵のものは鍋にしてしまえば食べられるという二人の持論の元、ラナの所持していた得体の知れない食料をちゃんぽんにして煮たのだが、どういう訳だか出来上がった鍋は緑色をしていた。更に、匂いは甘いというおまけ付きである。
「どうすんだよこれ。お前が食えるっていうから一つ目の魚入れたらこのザマだよ」
「責任転嫁はよくないよお。君だってノリノリで紫トマトを入れていたじゃないかあ」
「……しょうがない。俺も男の子だ。先陣を切ってやる」
公平はスフィーダから拝借してきた銀のスプーンで鍋の中身をすくった。にちゃ、というおよそ鍋からは発せれないだろう音と共に何かの肉片がスプーンには乗っていた。公平は震える手でそれを口へと運んだ。
「な、なんだこれは。甘い。あの材料からどうすればこんな味になるんだ」
「どれどれ。……ん、本当だ。私達が入れた食材の中には甘いものはなかったはずなんだけどなあ。化学反応でも起こしたのかなあ? 私は意外とこの味好きかもしれない」
「まあ、食えなくはないな。飯というよりもデザート食ってる気分だけど」
そうして二人は、にちゃにちゃというなんとも微妙な音を立てながら夕食を終えた。そして、ここで一つの問題が発生した。野宿をする以上、馬車の中で寝る訳なのだが、布団が一つしかない上に、離れて眠れる程のスペースがなかった。
「しょうがない。俺は馬車の外で寝よう」
「一緒に寝ればいいじゃないか。まだ初春だから夜は冷えるよお。外で寝たりしたら凍っちゃうぞお」
「いや、でもさ。一応俺男だしさ」
「君は私を襲う気なのかい?」
「それはないと言い切れる」
「ひどいなあ。女としての自信を失うよ。でも、それなら問題はないじゃないか。私も一人では寝たくないんだあ。荷物がかさばるから薄手の毛布しか持ってきてないからねえ」
事も無げに言うラナの姿にある種の諦観を感じた公平は、結局馬車の中で眠る事を選択した。