TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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3章 全世界にバレた僕の声
10話 声バレで泣きじゃくった


「おはよう」

 

【おはよう】

【午前のおはようとか珍しい】

【※月に数回程度です】

【※健康的な一般人なら最低でも月の大半であるべきです】

【※良い子は真似してはいけません】

【草】

 

「だから昼夜逆転は大体月1で周回するんだってば。すごいよな、人間って。目覚まし時計と仕事がなければ、綺麗に25時間サイクルになるんだぞ。僕の配信が証拠だ……どっかの学者先生が雇ってくれないかな。被検体として。3食お酒付きで何年か」

 

僕は良い就職先を思いついた。

 

【草】

【ずうずうしすぎて草】

【ピンポイントでそういう研究してる人じゃなきゃ意味ないだろ草】

 

【そもそもそういうのって普通は管理された部屋とかで1日に何回も会話するでしょ草】

【アルコールは……絶対無理だよねぇ】

 

「あ、そうだった。じゃあ無理だな……せっかく脱ニートの目星がついたのにね。無理ならしょうがない。ニートを継続するしかないね。あーあ、残念だ」

 

僕は良い就職先だと思っていたのを諦めた。

 

【草】

【えぇ……】

【ちゃっかり働いたつもりになろうとしてて草】

【この配信者……ニートの責任を視聴者に押しつけてやがる……!】

【ふてぶてしすぎる】

 

【なんか今日もご機嫌ね、こはねちゃん】

【早起きしたからね】

【なんだかんだ人間は朝起きて夜寝るのがいちばんだからね】

 

僕の喉からは、幼い女の子の声――だけどもパソコンのスピーカー、配信画面からは元の僕の声。

 

あれから僕はボイチェン沼というものに陥り、見事配信のアーカイブから僕自身の声を抽出して最新技術。

 

もはや違和感皆無な男時代の地声を再現したんだ。

 

すごいよね、今の技術って。

 

おかげでこんなロリヴォイスが特徴のない一般成人男性の気だるげなそれに一瞬で変換されてるもん。

 

これだけ普通なら、誰にも気にも留められない。

そういうのが安心できるんだ。

 

【ひより「喉、良くなってきましたね!」】

 

「ひより先生?? 授業中でしょう??」

 

【ひより「私、勉強は先にやっておくタイプなので大丈夫です!」】

 

「む……地頭が違いそう。なら良し」

 

【えらい】

【えらい】

 

「僕はなぁ……授業は真面目に聞いてるつもりでよく分かってたつもりでも、試験期間しか勉強しなかったから結局分からなくなって詰め込んでたんだよなぁ」

 

一般的に女子は男子より早熟で、要領が良く成績も良い。

 

だからひよりウルトラ先生なら大丈夫だろうけども、僕は大丈夫じゃなかったんだ。

 

「がんばれば平均点をなんとか超えられるけど、それでおしまいだったんだよなぁ……毎回のテスト勉強でどうにか追いついてただけで、はっきりと得意って科目もなかったし」

 

【うっ……】

【あっ(心停止】

【↑成仏】

 

【学生時代のトラウマが】

【現在進行形のトラウマが】

【あばばばばばば】

 

【しかしひより先生へのレスは早いこはねちゃん】

【普通にこはねちゃんにガチ恋してる系ママだよな】

【まさか繋がってたり……】

 

む、いけない。

 

大人になっても精神が中学女子とか小学校男子のままなのが大半なこの世の中の人間たちは、ただ男女――と思しき関係だろうと、無責任に下半身事情を妄想して吹聴する性質がある。

 

「良いか、お前たち」

 

こういうのは毎回はっきりと否定しとかないとね。

ひより先生のキャリアに関わるからね。

 

「ネットの先の人間はな? 男か女か分からないんだぞ? 特に今はAI技術でいくらでも偽装できるんだからな? 可憐に見えるからといって男とも女とも断定するもんじゃないぞ? ミンスタとかで自分から開示してる場合は違う――いや、それも今となっては真実が分からない……なにしろ身分証すら画像生成で、個人でもそれらしいものを作れる時代……写真、声、動画ですら、もはや一瞬で生成される時代なんだ。みんな、騙されるな。他人は敵だぞ。いや、もう今年にもなるとAIが何もかもを生成している疑惑もある……自撮りからラーメンの画像、日ごろのつぶやきですら誰かをトレースして。気をつけろ、敵は人類の上位存在も加わっているぞ。このコメント欄ですら巡回しているAIが情報収集のために……」

 

いつもの冗談っぽい言い回し。

これならすぐ忘れてくれるだろう。

 

【草】

【ネット上のフェイクについてはそれはそう】

【嘘を嘘と見抜くのが難しい時代だからなぁ】

【技術自体は悪くないんだけどね……】

【ダイナマイトの発明からノーベル賞の経緯とかなぁ】

 

【でもそれだけで敵とか言うなよ草】

【さりげなく俺たちですら疑ってて草】

【人間だけでなく何もかもを敵認定してる】

【こはねちゃんったらもー、こじらせちゃってー】

 

インターネット上に、自分の顔や全身、名前まで晒している猛者。

 

自分の容姿に自信があったり全世界にさらけ出すのに抵抗がなかったり、ちやほやしてもらいたい――そういう人は、男女問わず一定数居る。

 

僕たちみたいにうじうじしているインドアタイプではなく、その日その日を全力で楽しむタイプの人たちだ。

 

ムェイスブックとかで堂々と全世界に公表し、全世界の同じような人種となかよくできて楽しいタイプは存在するんだ。

 

僕とは真逆な性質の人たちだけども、そういう人たちが居るってことは理解している。

 

まぁ理解するだけで、実質的に別の種族の生態を知ってるようなもんだけども……ほら、ファンタジーなエルフとかドワーフとかゴブリンとかギガントとか、ああいう思考回路も生態も違う種族なんだってさ。

 

「だからこれ以上は禁止。先生には未来があるんだから。あと家から数メートルより先に出ない僕に出会いとかあるわけないでしょ。あるんなら言ってみろ。僕が家から1歩も出ず、かつ、健全な学生さんな先生が接触できる0%でしかない可能性を」

 

【草】

【つよい】

【自分から言ってて草】

【このニート……自分の特性を知り尽くしてやがる……!】

 

【けど、言われると余計にないな……】

【ひよりママが炎上するリスクもあるもんなぁ】

【こはねちゃんさんがひより先生を発見したのも配信始めた後だしな】

【あー、そうだったわ、最初は声だけの配信主だったんだよなぁ】

 

【男とか女とか馬鹿らしいけど、大多数の人って男女のゴシップが大好物だから……】

【ごめんね、そういうつもりじゃないの  普通にリアルの友達とか顔見知りかなって思っただけなの、すっごく仲よさそうだから  ほほえましくって】

 

「2年前から僕は立派な引きこもりニート、ひより先生はそのころまでイラスト投稿すらしたことない健全な学生。……本当、どうやって知り合えと? せいぜいが……ものすっごい近所にたまたま偶然に住んでいて、お互いに徒歩圏内で……たまたま運悪く他人としてすれ違う程度か……? いや、やっぱ不可能じゃない? 家から出ないんだから目にも留まらないんだぞ? 物理的に接触できないんだぞ?」

 

正確には日の出ていない時間の散歩はあるんだけども……普通の学生さん、運動部とかで朝練とかな気配もない先生がそんな時間帯に外に出るとも思えないし。

 

【草】

【確かに】

【絶対に出会うことのない2人で草】

 

【これ以上ない説得力で草】

【悲しい現実】

【そうだね、ごめんね】

 

【ひより「私は、こはねちゃんさんなら……」】

 

「VTuberのママとしてのリップサービスだと受け取っておきますけど心配すぎるので、もっと警戒心を持ってくださいね。いつも心配なのでこの際言っておきますけど、僕みたいに男って明言している相手に対して『私』っていう一人称とか、このコメント欄みたいに性別不明の言葉づかいじゃなくって『ですます』で丁寧にとか、イラストのアカウントと同じので運用してるとか、女性って見られてもおかしくない状態でリアルが推定男な存在とあまり親しくしない方が良いです。ネット黎明期から男性メインだったらしいネットって世界は今でも男が主流――少なくともオンラインで異性を探しているのは男で、そういう言動は極めて危険なんですよ理解してください先生、先生の性別がどちらであっても一方的に女の子認定して住所割り当てて押しかけてくるようなやばいやつが居るってことは知っておいてください。そしてそういう女性疑惑がある人が男と接触しているだけで、今盛り上がりかけたようにそういうのが大好物なんですよ、ネットって。聞いた話だと、慣れてる女性はコメント欄とかSNSで別のアカウントを作って、ここに居る人たちみたいに特徴のない男っぽい口調を演じたりするそうですからね、トラブル回避のために。男とのトラブル、そして女性同士でのトラブルを回避するために。それくらいしないと危険なんです、理解してください先生。未来があるからこそ気をつけるんです」

 

これだけ言っておけば……さすがに気をつけてくれるよね?

 

【ひより「はい……」】

 

【草】

【すげぇ……3分くらいすらすら説教したぞ】

【これをよどみなく吐き出せるこはねちゃん】

【コミュ障とは一体】

 

【でもこればかりはこはねちゃんが正しい】

【これは反論できないな】

【むしろ言いたいこと言ってくれてありがとうこはねちゃん】

【ネット上では不特定多数の「俺」が無難だしなぁ】

 

【コメント欄とかSNSとかの性別不明な独特のしゃべりって、個人情報マスクするのにこれ以上ないもんね】

【最近はそこまでじゃないけど、それでもやっぱ丁寧な話し方だけで女認定で絡まれたりすることもあるしなぁ……】

 

【ネットって怖いね】

【人類のすくつだからね】

【蠱毒かな?】

 

【今のYを見てるとわりとマジでそう】

【食らいあえ……もっと食らいあって対消滅しろ……】

【そういうやつらだけマッチングしてさっさと幸せになれ】

【草】

 

 

 

 

危機感のない先生のためにひと肌脱いだ僕は、勝利の盃を手にする。

 

こういうときのお酒は、苦しさを紛らわせるためのそれよりずっとおいしいんだ。

 

「ぷはっ」

 

【草】

【まーた飲んでる】

【こはねちゃん……? 息つくほど一気に飲んじゃダメよ……?】

 

ひより先生は――ほぼ確実に、女性――女子だ。

 

それも、たぶん本当に学生――普段のつぶやきから、ほぼ中学3年以降大学未満の。

 

加えるならば、どうにも危なっかしい発言からして中学生レベルの。

先生の絵柄的と絶妙にマッチするほどに、純粋な性格の。

 

――そのくらいまで僕にだってわかっちゃうほどに、危なっかしいんだ。

 

……そして、女性の多くは年上の男性に――たとえ無職ニートダメ人間だったとしても、惹かれやすいもの。

 

それはもう、今じゃ価値観的にアウトな描写の多い少女漫画――小さいころ、近所のお姉さんが「要らないから捨てるけど、読む?」って定期的にくれたんだ――を読めば分かる。

 

女の子は高校くらいまで相対的に男子より成熟してるからこそ、その上の存在を求めるんだって。

 

それが生物の性別的な本能なら仕方がない。

僕たち男が、女性なら年下から年上までストライクゾーンが広いのと同じく、本能だから。

 

そんな本能は、こんなダメ人間相手でも働いてしまっているらしい。

 

……僕の勘違いなら良いなって思ってたけど、そうじゃなかったら。

 

ううん、僕が1人で好かれてるって勘違いして自爆するなら、僕1人のプライドの問題だけで済む。

 

けども――本当だったら。

 

そう思えば、やっぱり僕は確証がないながらも「女性」としての彼女は突き放すしかない。

大丈夫、普段の書き込み通りの純粋な性格みたいだし、そのうち良い人と巡り会えるだろうし。

 

そんな感じでイラストからも、ひより先生は純粋過ぎる人。

だからこそ、はっきり言っとかないとね。

 

好意は嬉しい。

 

僕が人間として最底辺の存在と自覚していなければ、あるいはとも思ったことだろう。

 

でも、僕は社会的には存在しちゃいけないものなんだ――今の肉体も含めて。

 

――すぅっ。

 

「――まぁそもそも、たとえひより先生から詳細な打ち合わせとか言われてリアルで会おうって言われて目の前でサインとか簡単なイラスト描いてもらえるとかいう人生で最高の一瞬をいただけるとしても、いやすっごく欲しいし貯金全部どころか僕の臓器を対価にしまくった借金でも差し出して良いレベルだけど、僕、そもそも家から出られないしそもそもの大前提として初対面の人と会話できないので無理ですね。会話が成立しないので仲良くなるのすら無理です。近づいただけで嘔吐するので大迷惑掛けますね。トラウマ間違いなしで損害賠償か刑務所入りは確実です。『メンタル命な絵師先生に接近してゲロを浴びせかけた男』としてニュースで輝くこと間違いなしです。それより早くイヤホンとか外して授業に集中してください先生、聞いてたらダメニートになりますよ」

 

【ひより「はい……」】

 

よし、ここまで言っておけば良いはず。

 

誰だって出会い頭にゲロ吐いてくる男なんか嫌に決まってるもんね。

 

【草】

【草】

【ばっさりで草】

【キレッキレの自虐芸】

【ひより先生のためでもあるんだろうなぁ……】

 

【こはねちゃん、こういうとこは男らしいね】

【男は必要なら自分を悪者にできないとね】

【なにしろ自称成人男性のTSっ子だからな、キャラ作りは完璧なんだぞ】

 

「TS……まだその設定生きてるんだ……まぁいいや、実害はないし。それより昼までマッチングとかしにくいし、適当にこの前のセールで買ったのを……」

 

――あれから少しして、イスの上にいい感じのクッションを敷いて、マウスを買い替えたりして――服はシャツとぱんつだけを買って、元通りの生活をしている。

 

ゴミ出しとか家事も再開し、声も、体が縮んだ某名探偵のごとくに小さいスピーカー&返事を聞く用のマイクをドアの近くに置き、部屋の反対側でボイチェンでしゃべることにより、優花の耳もごまかすことに成功。

 

ゴミ出しの時間帯を深夜にし――さらには冬用のコートをかぶることにより、万が一の通行人にも「背が低いか、腰を屈めてる大人」って印象づけにも成功してるはず。

 

――背が低くって筋力がよわよわなのがネックだけど、それ以外はなんとかなるもんだね。

 

あとはあいかわらずにトイレとお風呂が……けど生物である以上、しないわけにはいかないんだ。

 

決していかがわしい目的じゃない。

ときどき座り込んでまじまじと見ちゃったりしても、決してそういうつもりじゃないんだ。

 

あ、さすがにまた漏らしたら泣き崩れること確実だから、トイレだけはちゃんと行くようになった。

 

元から優花の方が気を遣ってくれて滅多にばったりとかもないし……正直、もう、ここまで来たらいっそのことバレた方が楽だって、どこかで思っているから。

 

……優花が活動する時間帯は水分を摂らない生活になってるからか、遭遇する気配はないのには安心して良いのかがっかりすれば良いのか。

 

やっぱ、嘘って吐いてる方が辛いんだ……いや、今の僕は下手すりゃ追い出されるからしょうがないんだけどさぁ……。

 

【まーた時間溶かすゲーム始めようとしてる……】

【こはねちゃんには時間がたくさんあるからね】

【その時間でニート脱出とかしない……?】

【集中力とかあるし頭良さそうだし、資格とか取れば……】

【資格じゃなくっても、今はクラウドな仕事なら……】

 

「しない。無理。生理的に無理。勉強しなくなってるしアルコールでIQ下がってるし、文字越しでも他人と仕事の打ち合わせとかからして無理」

 

【草】

【断言してて草】

【ダメダメで草】

【まぁ20代なら……】

【脱出したくなったら言ってね  協力はするから】

 

「うん、ありがとう。じゃあ……おっと」

 

一瞬だけちらっと何かのウィンドウがポップしたのを無意識でクリックしちゃったのに、後から気づく。

 

……まぁ特に問題はないだろう。

 

システムの更新で再起動するだけなら配信も落ちるだけだし、その兆候もないし。

 

「じゃ、インストールしたら始めるから待っててね」

 

【はーい】

【はーい】

 

そうして僕は、新しいゲームをインストールしているあいだにトイレへと急いだ。

 

……もう二度と、おまたと足元がじわじわとあたたかくなる悲しいできごとは繰り返したくないから。

 

 

 

 

「……よし、盆栽ゲーは楽しいと知った。飽きたから対戦しないと」

 

【草】

【楽しい(飽きた】

【飽きるの早くて草】

【正直でよろしい】

【こはねちゃん、人見知りのくせにオンゲー好きだから……】

 

「オンゲーが好きなんじゃない、前からやってるからプレイ歴だけで一定数にアドバンテージ取れるから好きなんだ。反射神経が悪くってもある程度勝てなきゃやる気起きないよ。ほら、無駄に時間あるから戦術ノウハウとか実況動画とか漁れるし。格下相手ならなんとかなるのが楽しいんだ。知識と経験だけで新米とか調子悪い相手をぼこぼこにするのが楽しいんだ。あれだよ、OBだからってでかい顔していつまでも後輩の学校に入り浸るあれだよ。年齢だけでマウントを取れるから楽しいだけなんだ」

 

【草】

【それはそう】

【わかる】

【こころがいたい】

【心当たりあるやつ居て草】

 

【いや、でもそれ、わりとガチ勢の所業では……? 数年飽きずに戦術研究し続けるって……しかも格下とか、ぶっちゃけ大半が……】

 

【才能の無駄遣いとはこういうことか】

【これが某メジャーゲーなら、今どきはeスポーツプレイヤーにでも……】

【そうじゃないから悲しいんだよなぁ】

 

【お金ってね、あるところにしかないからね】

【人が集まらないと広告効果がね……】

【経済効果がないと、ただの趣味だからね……】

【ぶわっ】

 

2、3時間を楽しみ尽くしたゲームを閉じ、ほぼ毎日起動しているいつものゲームを起動。

 

過疎ゲーと呼ばれているオンライン対戦ゲームではあっても、平日の昼間は数分待てばほぼ毎回別のプレイヤーたちとマッチングできる程度の人気はあるらしい。

 

……まぁ人気作なら平日の午前でも10秒くらいでマッチするって考えると悲しくなるけどさ。

 

【?】

【あれ?】

【ちょいちょいフリーズ】

【ぐるぐる】

【俺だけじゃなかったのか】

 

「うん? こっちは特には……まぁ配信サイトはときどきこういうことあるしなぁ」

 

かちかちかち。

 

僕はその異変に特に気がつくこともなく、慣れた手つきでプレイする機体の調整をする。

 

ぴこん。

 

「あっ。……まぁいいや」

 

まーた無意識で、ポップしてきたウィンドウのOKかキャンセルを押しちゃった……けども、特に変わったことはないみたいだし。

 

「ん、マッチングは強敵だな……しばらく集中するね」

 

【え?】

【!?】

【待ってこはねちゃん待って】

 

【声! 声!】

【え? こはねちゃん女の子?】

【あっ……クリック音とか、これ、さっきまでボイチェン掛かって……】

 

今回の対戦相手には、僕が選んだ自機と相性の悪い性能の敵が、かつ、チームで参加してるのが居る。

 

どうせニートの暇つぶしではあるけども、僕にだって時間をかけてきた分程度はプライドがあるんだ。

 

「とりあえず初動は控えめに……狙撃ポイントへの警戒を……」

 

ひとまず戦いの最中はゲームに熱中しよう。

人に見られている以上、真剣にやらないとだし。

 

【聞いてねぇ!!】

【草】

【こはねちゃん、試合中はあんまコメント見ないからね……】

【だーから読み上げとか導入したらって前に言ったのに……】

【え、でもこれまずくない……?】

 

 

 

 

【ひより「こはねちゃんさんがイケボな男の人からかわいい女の子に!?」】

 

【草】

【ひよりママ、もしこはねちゃんの知り合いとか知ってたらすぐ教えたげて】

【よりにもよってこのタイミングで……】

【声バレとか、時間経つごとにやべー】

【ネカマバレは盛り上がるだけだけど、ネナベバレはリアル特定したがるのが多いからなぁ】

 

【ひより「本当に……知らないんです……え、どうしよこれ」】

 

【そんなぁ】

【こはねちゃんとママの仲の良さとこはねちゃんのこのロリヴォイス的に同級生とかかと思ったけど違うのか】

 

【え? じゃあこはねちゃん、マジで引きこもりの女の子だったの!?】

【てか今までのって男声のボイチェン……?】

【なんでそんなことを……】

 

【何かあってトラウマ持ちのコミュ障、しかも女の子なら性別隠して目立ちたくないってのはありそうだけどな  ほら、特に男女関係とかさ、女性、しかも見た目が良かったらそういうの多いし、ネットだと女ってだけで変なの寄ってくるし】

 

【あー】

【女子同士はそういうのも怖いって聞くなぁ】

【なんか家の事情とかもあるっぽいしなぁ】

 

【顔出し配信者でも声出し手元だけな配信者でもなく、VTuber選んだ時点でな】

【それな】

【しかもわざわざ成人男性な声へのボイチェン……】

【自虐ネタがどうにも多いと思ったら……】

 

【こうなると「25歳大学中退引きこもりニートな成人男性」ってのがどこまで本当なのか限りなく疑わしくなってきたな……いや、本当にどこからどこまでなんだ……? こはねちゃんのメンタルのよわよわだけは信じられるけど……】

 

【草】

【マジでそうで草】

【これはマズいぞ】

【いろんな意味でな!】

 

【この声で25歳は……合法ロリ……しかも、作ってなくて完全に素で声優並みのロリヴォイス……演技してなくてこれなら、肉体年齢は下手すると……ふむ、ありだな……】

 

【草】

【お前……】

【わかる】

【むしろご褒美】

【性別以外全部本当なら俺歓喜】

 

【え、じゃあ、めっちゃ酔ってたときちょくちょく俺たちに反応してた下ネタとか……】

 

【!!!!】

【ガタッ!!】

【ちょっとアーカイブ漁ってくる】

【草】

【え、どうするのこれ  こはねちゃん!? こはねちゃーん!?】

 

 

 

 

「……ふぅ。やっぱりこっちは全員個人で敵には2つチームが、しかも上位クランのとか厳しすぎたぁ。不平等マッチングはんたーい……」

 

熱中しすぎて汗をかいた体をぱたぱたとあおぎ、酷使した目を閉じてイスに寄りかかる。

 

……この体……汗すら良い匂いなんだよな。

 

いや、汗自体は臭いよ?

 

臭いけども……優花のともまた違って、いや、優花のも中学生に入る前くらいから良い匂いになってはいたけども――決して変態的な意味じゃなく、制汗剤とか薄い香水とか意識するようになったからって意味で――この体は髪の毛が長いのもあって、普通に良い匂いがするんだ。

 

……しょうがないじゃん、だって僕の中身は男なんだから。

 

それがたとえ恋愛対象外だし犯罪な子供相手でも、胸は小さくてもかわいいし好みだし24時間一緒(物理)な仲なら、好きにならざるを得ないじゃん。

 

男ってのはちょろいんだ。

 

というか、自分のことを好きになるとかもはや末期だよね。

 

大丈夫、まだ恋とかしてないから。

大丈夫、まだそういう気持ちにはなってないから。

 

なってたら?

 

僕はもうアイデンティティーメルトダウンしてるよ。

 

ほら、言うじゃん?

 

女の子の快感は男のそれの何百倍とかってさ。

これでも僕は未知への挑戦を耐えてがんばっているんだ。

 

「………………………………」

 

僕はふと目を開け、部屋の隅から机の横に移動して久しい全身鏡を眺める。

 

――顔が火照り、とろんとした目つき、ふぅとため息をつく、あぐらをかいた下にはシャツとぱんつだけの、オーバーサイズなパーカーを羽織った、小さな女の子。

 

その、普段は意識しないようにしてる、脚のあいだの場所にどうしても視線が行く。

 

………………………………。

 

どうせいつかは男に戻るんだし、この体は僕自身と同じ……つ、つまり、ちょっとくらい遠慮しないで触ったり見たり揉んだりしても――

 

「――だめだめ。そういうことは考えちゃ」

 

ぶんぶんと振る頭でばさばさと広がる髪の毛。

 

そうだ、頭がぱーにでもなってみろ。

僕は本当にどうしようもない存在になるんだぞ。

 

「もう髪の毛、切ろうかな……せめてふとももに乗っかってくる分だけでも……さすがに腰までは長いよなぁ、あっちこっちこそばゆいし……」

 

腰まで伸びた髪の毛は、毛先がくるんとなる性質があるらしい。

それがいつもこうして座るとふとももをくすぐってくるのがこそばゆいんだ。

 

「けど、美容院とかやっぱ無理だし……うん?」

 

目の端が、何かを捕らえる。

 

なにやら高速で動く物体を。

 

それは、ディスプレイの右の枠。

 

そこには――だーっと、見たこともないスピードで流れるコメントの列。

 

「ん?」

 

……僕の配信にこんな勢いがあるはずがないし……さては荒らしか。

 

まったく、しょうがないな。

 

荒らし――嫌がらせ目的の誰かが適当な配信者の配信を、変なコメントとか無意味な長文の乱投で「荒らす」行為。

 

僕みたいな過疎配信者のところにも、年に1、2回程度は来るからもう慣れてるんだけども――

 

【ロリ配信者と聞いて】

【ムイッターから来ました】

【かわいいね、どこ住み?】

【DM見てくれた?】

【登録したけど何年生?】

 

【女の子】

【アバター通りの見た目って本当?】

【おじさんに興味はあるかな?】

【支援してあげようか】

【生通話とかできる?】

 

【ふともも】

【髪の毛長いの?】

【美容院怖いよね  切ったげよっか?】

【それはちょっと怖い……】

【えっ】

【草】

 

「ひゅっ」

 

まるで真冬の朝一番に採取された水を、頭からぶっかけられたような。

 

そんな表現でも足りない刺激が、一瞬で体を覆う。

 

【ムイッターで見たけど、こんなにかわいい声なのに何で野暮い男の声に?】

【ボイチェンソフトのXXXって、この前のアプデでフリーズするバグがあるんよ】

【確か中堅どこのVTuberさんもこれに巻き込まれて声バレしてたっけ】

【あれってポップアップ無視すれば大丈夫らしいけど】

【PCに慣れてない人とかマジメな人とかは押しちゃうんだよなぁ】

 

「あ……あ……っ」

 

――やらかした。

 

明らかに出会い目的とかのコメントともかく、頻繁に出てくる「ボイチェン」「アプデ」「バグ」「フリーズ」「地声」というワード。

 

そういえばさっき、2回くらい無意識でクリックを――

 

【あ】

【見たっぽい】

【ぺろぺろ】

【怯え声もかわいい】

【同接3000おめ】

 

「さ、さんぜっ……!?」

 

ばっ、と配信画面をのぞき込む。

 

――同接はちょうど3000、登録は999。

 

普段の何倍どころじゃない数字。

それが、ほんの数分で。

 

「……ひゃえぇ……?」

 

それに、思わずで変な声とともに脳が認識を拒否しようとする。

 

【草】

【どっからそんな声出してるんだ……かわいい】

【かわいい】

【これが演技じゃないってマ?】

【だって2年くらい男のフリしててさっきバレたんだぜ?】

 

【ネカマ――ネナベか、する意味あるの? こんなかわいい声の女の子が?】

 

【あるだろ? 今突撃して来てる俺たちみたいなのが嫌なんだろ】

【それはそう】

【それは申し訳ない】

【DMえぐいことになってそう】

【嫌だよなぁ……でもごめんね、祭りだからつい……】

【かわいいからね……ごめんね……でも好き……】

【草】

 

なんとか、なんとかで――鈍い運動神経のくせに、なんとか慣れでそこそこ鍛えられた反射神経。

 

それが、意味のあるコメントを拾い集める。

 

――ダメだ。

 

今すぐに配信を中止しなきゃって思ってるのに、いきなりのことで体が震えて……指先も、硬直している。

 

【立ち絵が完全に下向いて固まってる】

【かわいい】

【え? これがこはねちゃんそのものだって!?】

【声の感じからして小中学生だし……】

【まさかの自画像でVTuberに!?】

 

加速するコメント欄。

加速する同接数。

加速する高評価数。

 

怖い。

すべてが、怖い。

 

「ひっ……ぐっ、ふ、うっ……!」

 

――この体は、女の子の体は、感情が昂ぶりやすい。

 

お涙頂戴なベタなラブコメを見ても泣いて、前なら冷笑で飛ばしてた場面でお腹抱えて笑って、気に入らないことがあったりすると思わずものを蹴っ飛ばしたくなる。

 

「……ふぇ、うぇ……」

 

だから――泣いちゃったって、しょうがないじゃんか。

 

「うぇぇぇぇん……」

 

僕、今、女の子になってるんだから。

 

【えっ】

【泣いちゃった】

【ちょっと男子ー】

【ごめんね】

【けどムイッターで現在進行形で拡散されてるから、これからもっと……】

 

 

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