TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~ 作:あずももも
「……おお……これが、スカート……」
鏡の前に立つ僕は、これまでのぶかぶかなパーカーかシャツじゃなく、ちゃんと下着――ぱんつで急所を保護し、けれどもスカートという下が丸出しなのを上からだけ防御する、腰巻き姿だ。
ちゃんとこの体に合ったサイズのシャツ――ごく普通の小学校女子が着ていそうな、謎のキャラがプリントされてるセール品――の下、腰しかちゃんと保護されていない格好。
しかもこのスカート……ふとももから結構スレスレで危険な気がする。
そういやミニスカートって書いてあったっけ……おすすめに出てきたのを適当にぽちぽちしちゃったから、いきなり最初から玄人向けになっちゃってる気がする。
「……女子ってすごいな。こんな恥ずかしい格好で良く平気だなぁ……すーすーするし。おしりとか下からまる見えじゃん。いや、股もか……やばいな」
そりゃあ話に聞くように、女装した男がどきどきするってのも分かるよ。
だって、半ズボンどころか運動用の短すぎるズボンよりも防御力低いんだもん。
これはもはや痴じょ……いや、やめておこう、世界の半分を敵に回すことになる。
この格好だと腰から下、つまりはぱんつで覆われている部分以外の足のつけ根から太ももは、ことごとくに空気にさらされている。
そりゃあ冷えるって言うよなぁ、女子は……夏場のクーラーも、冬の外も筒抜けなんだもん。
冬場とか冷房の効いたとこではズボン穿けば良いのにね。
「ズボンはサイズが合わなかったからサイズ変えて取り替えるとして……ふむ」
鏡の前の僕は、ちょっとばかり人目を引きすぎる顔立ちにふわっふわで長くてやっぱり人目を引きすぎる髪の毛。
「………………………………」
……すとっ。
イスに座ってみる。
接地面のダイレクトな感覚が、おしりを包んでくる。
「……ぱんつが……いや、スカートをこうするのか……」
スカートを、おしりの後ろから押さえる。
それでも、
「……太ももの後ろがちくちくぞわぞわする……慣れるしかないか……」
◇
「こんばんは……ぐっ、人が増えてる……おぇっ」
僕は配信開始早々に気持ちが悪くなった。
「気持ち悪い……吐きそう……ゲロ気持ち悪いぃ……」
僕はえずきだした。
やっぱり吐きそう。
「新規とか、ほんっと吐き気がするぅ……」
調子に乗って一升瓶飲んだ次の日くらい吐きそう。
「本気で気持ち悪い……」
【草】
【ひでぇ】
【視聴者に向かって「お前らが増えたから気持ち悪い」とかほざく配信者】
【草】
【草】
【おもしれー女】
【あれ、でも声が】
ボイチェン越しの僕の男声もまた、気持ちが悪そう。
よしよし、もう配信事故なんて起こさないんだから。
「! そ、そうだ……僕は男だから、女の子狙いの人は帰ってくれるよね……ふぅ、吐き気収まってきた」
吐き気が、すっと静まってくる。
ちょうど飲みすぎた後に胃薬とか飲んだ、あんな感じに。
「この登録者数も解除し忘れだろうし、同接数もまだ僕が女の子だって期待してのだから、そうじゃないって分かれば……安心した」
僕は安堵の息を漏らした。
吐き気もすっかり収まった。
体って正直だね。
そうだそうだ、ボイチェンで完璧に男に擬態できてるんだ、もはや誰も僕のことを女の子だなどと思うはずがないよね。
【草】
【そうだよねー、男だもんねー(棒】
【まぁ俺は普通にこの前のがおもしろかったから来たし、気にしないけどな】
【私も】
【こはねちゃんさん……配信止めたりしないで良かった】
【ほんそれ】
【TSしてるのになぁ……】
【↑だからしつこいって】
【こはねちゃんさん、BANしよ?】
「いや、最初から居てくれた人たちは怖くないし……荒らされてるわけじゃないからどうでも良いかな。TS連呼さえしなきゃ無害だし」
だってどうせ君、書き込み見た感じ小中学生でしょ?
僕は大人だから、子供の「悪意はないけど結果として悪意になってる」系のは、そこまで気にならないんだ。
そうだ、大人だから軽いいたずら程度は許してやる。
それが大人としての甲斐性ってやつだ……今は僕も子供だけど。
「どうせリアルでTSとかあるわけないんだし。フィクションだから楽しめるんだし……大体さ、TSとかって揃いも揃って美男美女に性転換するとか都合良すぎでしょ。夢見すぎ。あれはもうさ、無意識で自分が好みの異性に、体つきも含めてなれるっていう一種の奇跡とか魔法だよ。男女どっちからどっちでもさ」
あるわけあるしリアルだし、美少女になってるけども。
夢見すぎてることになってるけども。
いや、実際こうして姿形が変わるんなら美形の方が何かと便利だし、目の保養でもあるけどさぁ……。
あと、胸の大きさについては……黙秘しておこう。
この体の、お椀には遠いけどなだらかな丘にはなっている程度の体型は。
【草】
【つよい】
【そ、そこは創作もののお約束だから……】
【えー、そうかなぁ TSって言ったら分岐した宇宙の同位体の中から自分の好みの姿、無意識で拾う作業だから必然なのに だれだって好きな異性にTSしたいよね?】
【まーたこいつか】
【何言ってんだこいつ】
【まぁ美少女になりたいのはそう】
【俺も美少女だったらなぁ】
【おっぱいは欲しいな】
【スレンダーも良いぞ!】
【※こはねちゃんに群がってたああいうのがリアルで群がってきます】
【おろろろろろ】
【おろろろろろ】
【やっぱいいわ、美少女は眺めてるだけで】
【草】
【草】
ちょっと厄介リスナーだけど、「配信主からも相手にされてない」ってみんなが分かればおとなしくなる。
構ってちゃんってのは、そういうもんだ。
【でもなんでこんなのが居て対人恐怖症?平気なんだ?】
【「こんなの」扱いで草】
【前から居たらしいから……】
【えぇ……】
【そんな理由で!?】
【草】
「うん……不思議とね、初対面を乗り越えたらなんとかなるんだよ……まぁリアルではまず、その初対面を乗り越えられないから地獄なんだけどね……相手からも僕からも気まずすぎて、その次が続かないから……ごく稀に居る、男女どっちでも天使みたいな人が気を遣ってくれると生存できるけど、普通は敗北して撤退するんだ」
しかも明らかに年下って分かるしな、TS連呼する奴。
いくらこじらせてるニートだって、小中学生までならなんとかなるんだ。
「最初の頃から……1ヶ月に1人ずつくらいかな、少しずつ人が増えてったからなんとか慣れた気がする。もう覚えてないけど、たぶん。今みたいに人が多かったらもう無理だし、リアルならもっと無理」
【わかる】
【マジのイケメンとか美女って居るよな、性格まで】
【うっ……(発作】
【胸が痛い】
【初っ端からえぐってくれるこはねちゃん】
「んじゃ、この配信は他の人のとは違って、完全に僕の趣味のだから……この前の、いつも通りに好きなゲームをそのときのノリで行きます」
よし、もう大丈夫。
ちょっと増えちゃった人も、この前思いっ切り泣いたって思えば、
「……ぐぅっ……! だ、大丈夫……この数は幻覚……本当は普段通りに数人のはず……うぇっ……」
やっぱ、意識するとダメだ。
……この体になる前は、ここまでじゃなかったと思うんだけどなぁ……。
【草】
【落ち着け】
【自分に言い聞かせてて草】
【マジでパニック障害とかなら止めた方が】
【こ、こはねちゃんさんは、慣れた相手なら大丈夫だから……】
◇
「ふぅ、疲れた……ちょい操作ミスして負けた試合もあったけど」
僕は額の汗を拭って水分補給。
……そうだ、手が小さいんだ。
指そのものも短いし――たぶん、指先の筋力とかも落ちている。
けどもブラインドタッチとか、ゲームキーとかは覚えてるのが変な感覚。
……この体、本当にどうなってるんだろうなぁ……。
【惜しかったな】
【明らかに押し間違えとか多かったもんな】
【この状況ならむしろよくやった方】
【まぁ対人戦ってメンタル勝負だから】
【どんまい】
【え、でも普通に上手かったけど】
【ルール知らないゲームだけど、危なげないっていうか】
【相手の居場所とか、ほぼ特定できてなかった?】
【全部解説してくれてたから簡単に見えたけど】
【普通に上手いんだよなぁ】
【ねぇこはねちゃん? もし良かったらなんだけど、またこの前のボイチェンで俺たちを誘惑してほしい】
【草】
【草】
【いきなり何言ってんだよ草】
【だって……】
【確かにかわいかったけどさ】
「……あー、あのドッキリの? どうしようかなぁ……SNSとかでやたら突っかかってきてた炎上狙いのアカウントたちが……うっぷ」
この世界は恐ろしい。
見ず知らずの相手に対し、初対面ですらないのに「死んでくれませんか?」とか「えっちなことしようよ」とか自分の自慢の棒の映像とか、平気で最大級のトラウマ投げつけてくるんだもん。
それを思えばリアルの方がまだ――
「あ、ちょっと吐いてきます……」
僕は急いでマイクをオフにし――この前の反省から意地で指さし確認をし、用意しておいたエチケット袋を手に――
「おろろろろろろ」
……この前ので吐くのが癖になっちゃったのか、それともこの体の感情が上下しやすいのか。
たぶん両方だろうな……吐いたのなんて中退した大学以来で――
「ろろろろろろろろ」
あー。
夕飯が全部出てくー。
【草】
【え、マジ吐き?】
【ちょっと男子ー】
【ごめん、そこまでとは】
【あーあ、切れてないよこはねちゃん】
【草】
【そしてげろげろ音とビニールの音が、今度は変換されて……】
【やっぱりこれは……】
【しーっ!!】
【そうだぞ、ギャン泣きアゲインだぞ】
【それは困るな……】
【草】
【男のゲロ音配信……斬新だな……】
【斬新すぎるわ!!】
【ちょっと、私ヘッドホンで……あ、なんか目覚めそう……】
【↑おいバカやめろ戻ってこい、その性癖は供給が果てしなく少なさ過ぎて修羅の道だぞ】
【↑そうだぞ、必死こいて台本書いて好みの声優さん、しかもゲロゲロOKとか稀少すぎる相手を探す作業が待っているぞ】
【さらにいえばげろげろプレイ許容してくれるパートナーとかもうね……】
【まぁ大半はドン引きして逃げるわな】
【うん……逃げられたよ……】
【逃げられたのか……】
【うん……最後は人として認識してもらえなくって……】
【草】
【具体的すぎる嘆きで草】
【この配信にはなぜやべーのばっか集まるんだろうなぁ……】
◇
「ろろろろろろろ」
この体はいろいろと緩いらしい。
筋肉量とか鍛え方とかね。
ほら、成人男性と幼女――じゃない、少女とじゃいろいろ違うからさ。
「ふぅ……ろろろ」
あ、追いげろげろ。
ストレス耐性も――一応、完全に逃げた形にはなってても25年の歳月でそこそこはあったはずのそれも、体と同じくまっさらな状態になってレベルダウンしてる感じ。
【結構げろげろ】
【大丈夫?】
【軽く炎上してたからなぁこはねちゃん】
【バズると一定数の敵が現れるからな】
【こはねちゃんに取っては俺たちも敵だけどな!】
【視聴者を敵呼ばわりしていく斬新すぎるVtuber】
【草】
【このご時世、「男」とか「女」とかいうワードを目にしたとたんに謎の自己解釈で噛みついてくるのが一定数居るから……一切内容読まずに……】
【みんな、主語の大きさと予防線には気をつけようね】
【それでも事故るときは事故るけどなぁ】
【こはねちゃんさんはかなり気を遣ってる部類なのに】
【かわいそう】
【メンタルくそ雑魚ナメクジこはねちゃんぺろぺろ】
【ぺろぺろ】
【うわぁ……】
【25の男だぞ?】
【え、大好物だけど】
【あら、かわいいじゃない】
【どんな男の子かしらね?】
【普通に婚期逃しそうな私にとってはガチで優良物件】
【養いたい】
【囲いたい】
【飼いたい】
【管理したい】
【育てたい】
【ダメなままで良いんだ いや、ダメなままだからこそそのままで居てほしい】
【そうすれば一生寄りかかってすがってくれるから】
【ひぇっ】
【こわいよー】
【ダメンズか、それとも……】
【ダメンズならまだマシなんだよなぁ……】
【高齢化社会だしな……25とかまだまだ子供扱いだぞ、大学以降の社会ではマジで そもそも若い子……どこ……?】
【ショタよ!!!】
【しっしっ】
【この変なのしつこいよー】
「……ふぅ、もう大丈夫……声も聞こえてますか?」
僕の耳に届いている声。
女の子のロリヴォイス。
配信用のマイク設定を変更し、ボイチェンを経由せずに配信先へ届くように――前にやっただけだから不安もあるけども。
【!?】
【かわいい】
【きたぁぁぁぁ】
【あのときの声!】
【かわいい】
【ひより「かわいいです!」】
【ママ!】
【ナイスタイミング】
【あるいはギリセーフといったとこか】
【ひより「え? 何かあったんですか?」】
【あー】
【ちょっとコメント欄さかのぼれば……】
「あー、この前のがちょっとトラウマになってて……大丈夫ですひより先生、もう吐くものはなくなりましたから」
幸いなことに、この体の胃袋はこの体の容積に応じて小さい。
食べた量も少ないし、男の体でやらかしたときよりはマシなはずだ。
「あとは胃液くらいなのでなんとでもなります」
【つよい】
【ほんと、知り合い相手にはへっちゃらっぽいんだけどなぁ】
【胃液はよくないぞ】
【やっぱメンバーで分けてコメントできる数を絞った方が良いって】
【そうそう、「チャンネル登録から何ヶ月までコメントOK」とかさ】
【ひより「かわいいですけど、体、大事にしてくださいね」】
【やさしい】
【ままぁ……】
【↑こはねちゃんさんのママだからな?】
「本当に今は大丈夫なので……じゃ、この前のセールで買ってみたゲームでもしてみようかな、気分転換に」
ボイチェン無しの、僕の声。
それでみんなが盛りあがるんなら。
そうして僕は――「地声」での配信を始めた。
◇
「バ美声ってやつのボイチェンだって知ってるのに、なんでこんなにコメントが増えるんだ……吐きそう もう胃液しかないけど」
【草】
【かわいい】
【かわいい】
【かわいそうでかわいい】
【この声なら声優とか目指したら?】
【いや、今はむしろ配信の方が】
【でもボイチェンだろ?】
【それが何か?】
【問題でも?】
【いや、特にないな……むしろ良いかも……】
【だよな!】
【草】
【ボイチェンも技術が必要だからな、ソフトと発声とトークと】
【その準備に時間かけてたんならあのドッキリも分かるか】
【ボイチェンでも良い……かわいければ、夢を見させてくれたら……終わらない夢を、俺は求めているんだ……】
【↑ほんそれ】
【わかる】
【どうせなら引退まで夢見させてほしいんだよなぁ】
【けど大体は途中で冷まされる地獄】
【おろろろろろ】
【こはねちゃんの天職きた?】
【※新規相手に毎回ゲロります】
【もうだめだ……】
【草】
【相性が壊滅してて草】
【配信業と致命的に相性が悪くて草】
【ど、動画勢……だめだ、動画編集したことないって言ってたし……】
【やる気もないって言ってたらしいし……】
【動画編集はねぇ……孤独な作業が数時間でようやく10分超えって世界だし】
【もうだめだ……】
【草】
【ことごとく合ってなくて草】
【やりたいことと才能って、両方とも揃う方が珍しいからねぇ……】
――配信を、していなかったら。
この部屋の中、ただひとり僕以外に聞くはずのなかった、このかわいい声。
「こはねちゃん」――ひより先生の創造したもうたVTuberなアバターのイメージぴったりな声。
それを、こうして長時間、僕の耳から聞くことができる。
それを、こうして世界中の人に聞いてもらえる。
たとえボイチェンで本当は男だと思われていても、それでも聞いてもらえてかわいいって――
「……っ」
――ぞくっ。
そう思った瞬間、思わず全身が震える。
……何、今の。
………………………………。
「……ねえ、みんな」
【ん?】
【どうした?】
「僕――」
――ごくっ。
マイクからちょっと距離を離してごくりとつばを飲み込み、深呼吸してからマイクに普段よりも近づいて。
唇が――前のかさかさな男のそれから、薄くてぷるぷるしていて小さいそれになった今の唇を、マイクに触れるか触れないかまで近づけて。
「――――――――――ぼく、かわいい?」
僕が男だっていう自意識を置いておき、僕的にかわいいって感じる声――うわずったような、あざといような、媚びたような――そんな声を、出してみる。
羞恥心とか、いい歳した男がキモいとか、そういうのを塗りつぶすような、よく分からないどきどき。
………………………………。
……顔が沸騰していくのが分かる。
何これ、すっごく恥ずかしい。
顔が……耳たぶまで、じんじんとしてくる。
【 】
【 】
【 】
【 】
【耳がしあわせ】
【かわいい】
【ちょ、不意打ちで心臓止まったぞ】
【↑AED使え】
【大丈夫、なんか浮かんでる】
【↑成仏して】
【おばけこわいよー】
【草】
【※マジで心臓悪い人はリストバンドとか着けましょう】
【え? なにこのやべぇボイス】
【こはねちゃん……覚醒したか……】
【ボイチェンでここまでできる……?】
「そう、ボイチェン。ボイチェンで、外に出られない見た目をしたダメニートな男が、こーんな声してるの。……どう、かなぁ……?」
ぞくぞくぞくぞく。
映画の良いシーンとかでしかならないような、全身を痺れさせるような甘い感覚が止まらない。
あ、なんかめまいがしてきた。
でもやめたくない……不思議な感覚。
【かわいい】
【いい……】
【これが男だってのが最高】
【分かる】
かわいい。
僕が、かわいい。
【TSっ子が女の子な自分に目覚めた……いいよね】
【いい……】
【お前の趣味はともかく同意しかない】
僕は、褒められている。
【そういう設定って考えたら……アリだな】
【バ美肉はな、男だからこそ良いんだよ】
【男の方が男のツボを的確にね】
【分かる】
【今日はもうこれでいいや……】
こんな、僕が。
いや――「美少女になった僕」が。
「そっ、……か、ぁ……♥」
はぁ――と、変なため息。
……なんだろう、この感覚。
まるで熱が出ているみたいにぞくぞくしっぱなしで汗が止まらず、やけに火照ってるし――なんか、お腹が熱い気がする。
体って、冷たくなることはあるにしても、熱くなることなんてそうそうないんだけども……まぁいいや、なんだか気持ちいいし。
「はーっ……♥」
【あっあっ】
【あー、だめだめえっちすぎます!】
【吐息のASMRとか歓喜するしかない】
【朗報・こはねちゃんさん、覚醒】
【バ美肉TS系VTuberとして旅立つか】
【切り抜きOK? あ、もちろん完成動画は渡すのでこはねちゃんさんが投稿してくれたら】
【切り抜き職人!】
【お前儲かってるんならこはねちゃんさんの投げ銭解禁されたら使用料払えよ】
【草】
「えー? どうしよっかなぁ……? 僕、怖い目に遭ったからなぁー……?」
やばい。
こんなことやっちゃマズいって分かっているのに、止まらない。
だって、こんな――野郎どもが女の子になった僕に群がって、男って思い込んでるくせに興奮してるんだから。
【まずい! こはねちゃんがメスガキに目覚めた!】
【草】
【普段のしゃべり方はどうした】
【今はボイチェンで「女」に目覚めてるから……】
ぞくぞくぞくぞく。
その感覚は、熱は、さらに上がっていき――
「――うにゃあっ!?」
――じわっ。
がたたっ。
イスをはねのけ、思わず立ち上がると――
……ぽた、ぽた。
ぽたぽたぽたぽた……。
……あ、無意識で「門」を、ぎゅーって締めてるからぎりぎりなんとかなってる――けど。
「……うぇ?」
え……えぇ……?
ま、まさか……この前みたいに、どばどばじゃないけどちょろちょろなのを……?
【!?】
【なんだ今の声】
【草】
【そういやこの前のときも変声出まくってたよね】
【なぁ、これやっぱり……】
【うん、今のイスの音とか、コップの水?こぼれてる音とか、さっきと違って……】
【しーっ、こはねちゃんが見ちゃったらまずいって】
【そ、そうだな! ボイチェンだな!】
【そうそうボイチェン! 今どきのボイチェンはすごいなー】
【こはねちゃん? お水こぼしたっぽいけどキーボードとかパソコン本体大丈夫?】
【何回もコップ、こぼすか……? もしかしたら……】
【こはねちゃん?? なんか調子悪かったらガチで救急車呼ぶのよ?】
【視聴者たちが心配している】
【俺たちは保護者だからな!】
【俺が、俺たちがパパなんだ】
【草】
【人見知りのコミュ障ニート幼女を保護する配信……ありだな……】
◇
「………………………………」
「………………………………………………………………」
――ぽた、ぽた。
すっごく脚を踏ん張って耐えた結果、最後の1滴が止まるも、足元はもう手遅れ。
振り返ると、かろうじて――この体は幼、もとい若いから反射神経も良いんだろうな――イスは無事だ。
それだけが幸運だ。
うん、物的被害が少ないのは幸運だ。
だんだんとほかほかしてた下半身がすーっと冷えてきてるけども。
……えぇ……?
調子に乗ったからっていって、気がついたらもう1時間くらいトイレも行ってなかったとはいえ……こんなので漏れる……?
トイレのことを忘れてただけで?
なんだかぞくぞくしてただけで?
女の子ってここまで漏れやすいの……?
あ、そういやくしゃみでも漏れるし、イスに座っててもうっかり漏れるんだって、漏れ対策のところにあった事例で書いてあったっけ。
くしゃみはともかく、座ってたんならあるはずがないでしょって思ってたっけ。
そんなことあったのにね。
………………………………。
……あぁ、女の子って漏らしやすいって、ここまで……じゃない!
僕は脚を絶妙に動かしながらマイクの元へそろそろと動き、
「……ごめん、パソコンにも掛かってる――みたい。飲みものを落としちゃったので……すぐ電源落として拭いたり乾燥させたりしなきゃだから、ぶつ切りだけど終わります」
【りょ】
【OK】
【大丈夫だと良いな】
【壊れたらSNSで報告して? 部品だけとか、ちょっとならカンパできるかも】
【パーツで済むんならいいけど……】
【さすがにパソコン本体が壊れたらひとりじゃ再起不能よね】
【ニートだからな、家族にせびるのにも限界があるだろう】
【ああ……それは、とても苦労しそうだな……】
【普通に働くより大変そう】
【草】
【それか部分的な収益化できたらの投げ銭な】
【投げ銭は振り込まれるまで月単位で掛かるから、カンパかなぁ……】
【すぐに電源落として乾燥させてみ デスクトップだったはずだから、まずはそれで】
【視聴者が優しい】
【こはねちゃんの配信だからな……】
【草】
【ぶわっ】
【や、優しいこと自体はいいことだし……?】
――ぷつっ。
配信画面をひとつずつ落とし、さらに指さし確認。
「……ふー……危なかったぁ……いや、もう手遅れではあるんだけども……」
――幸いなことに、僕はパソコンを足元には置いていない。
そしてさっきのは机の上の飲みものではなく、僕の股のあいだから下にしか被害をもたらさない。
だから、セーフだけどアウト。
……主に床に敷いてるオフィスチェア用の絨毯と、買ったばかりのぱんつと、
「うげぇ……スカートにも……」
ほかほかとあったかい湯気が感じられる、まだ新鮮な繊維の匂いがついたままの服。
「……使って数時間でこれとか……はぁ、やっぱ大変だなぁ、女の子って……こんなに簡単に漏れるのか……優花も苦労したんだなぁ……」
2度目ともなると慣れたものだし、諦めもつく。
これは、女の子の体のせい。
そう、思い込めるから。
「……とりあえず、トイレは頻繁に行かないと……あと、さっきみたいなぞくぞくするのも禁止かなぁ……」
お酒もたいして入ってなかったのに、あの緩さだ。
お酒が入ってたら、もっと酷いことになってたかもしれないし。
なんでぞくぞくしたら漏れるのかは分からないけども、たぶんくすぐったさとかかゆさとかに似てる感覚だったから変な悶え方でもしちゃったんだろう。
僕はのそのそのたのたと服を脱ぎ――大丈夫、ズボンじゃないからスカートとぱんつを下ろすだけだ――もしやと思って用意して積んでおいたタオルを、ドアの前へと取りに歩く。
おもらしとかさぁ……覚えてもいない20年前に卒業したはずなのにね。
今の僕は、何歳児並みになっているんだろうね。
園児並みかな。
………………………………。
……せめて、この体の身長と体重通りの年齢では居てほしいところだけど……中学生とか、女子が学校で漏らすことなんて聞いたこともないしなぁ……。
◇
「………………………………」
ふきふき。
――やらかした服をべちゃっと脱ぎ、もはや慣れてきた――部屋の隅にいくつか常備するようになったタオルで排泄した液体を拭っていく。
「ぐす……」
僕はみじめだ。
あまりにもみじめ。
こんなのはひどい。
僕が何をしたって言うんだ。
何もかなかったからか、そうか。
それにしても悲しすぎる。
あんまりだ。
何が空しくて、25歳にもなって漏らした後始末をしなきゃならないんだ。
社会に出た人とかは飲み会とかいう地獄があまりにも厳しすぎて、たらふくお酒を飲まされたせいでやらかすとかいう話くらいは聞いたことあるけどさぁ……それは抗えない地獄で肉体が傷ついたからだって知ってるからしょうがないんだけど、さっきの僕はそういうわけでもなくシラフに近かったわけだしさぁ……。
「……すん……匂いがきつくないのだけが救いかな……いや、むしろなんだか良い匂――――」
……ごつんっ。
僕は本棚に頭をぶつける。
「ぐす……いたい……」
この体は、どう見ても僕の恋愛対象とかそういう対象にしては行けない年齢のもので、言うなれば幼女だ。
「うぇ……」
そんな子の排泄物に欲情とかしてみろ、僕は本気で、人として終わるんだ。
「ぶしっ、ぶしっ……泣いちゃダメだ」
……けど。
「……ぐす……」
なにもない、すべすべでつるつるの下半身。
細いふともも、小さな膝小僧。
股の先には何もなく、下っ腹はぽっこりと――太ってるわけでもないけど出ていて、小さなおへそがあって。
その手前には――今は上の服を着ているから直接は見えないけども、服の下から少しだけ突き出している、ふたつの物体。
女の子。
男とは決定的に違う肉体。
――その膨らみがあるということは、発育が早かったとしても、少なくとも10歳前後ではあるということで。
「………………………………」
じっとその構造を見つめていると、なぜか妙にお腹があったかくなってきて、その先にないはずのすっきりした場所からじんじんとした――――
「じゃない、だめだめっ。また漏れちゃう」
またさっきみたいな、僕の知らない感覚に襲われそうになったからぷるぷると頭を振ってどっかへやる。
長い髪の毛がぶんぶんと振られてシャンプーの良い匂い。
ついでで前に垂れている三つ編みがぺちぺちぶつかる。
「……男のときにそういうのを見ても、興奮とかなんてほとんどしなかったのになぁ」
僕は無理やりに考えを逸らし、男として情けなかった僕の体のことを思う。
「配信での明らかに若い人のとかそうだけど、やっぱ男はある程度性欲とかがないと活力的なのがな……ほら、モテない男用の本とか読んでも、紳士的でありながらも『君は魅力的な女性だから恋愛対象ですよ』ってアピールしないと女の子からは意識すらされなくなるって言うし」
男ってのは悲しいよね。
「でもさ、そもそもそういう欲求が無いとか少ない男ってさ、その原動力自体がないからモテようとか思わないんだよなぁ……魅力的な人が居ても、せいぜいが綺麗だなってぼんやり思う程度でそれ以上は……あれ? 僕、もしかして生物として最初から終わって――ぐす、ぶぇぇ……」
僕はまた悲しくなった。
なにしろ恋愛と結婚においては、もう虫けらからして男は選ばれるために一生を捧げなきゃいけない宿命。
「ひん……ぶしっ……ちーんっ」
僕は、夏にみんみん鳴いている彼らにすら届かない存在だったんだって。
「……でも、今の僕は」
――――女の子。
つまり、選ぶし求愛される対象。
しかも、とびきりの美少女で。
みんみん鳴かれる方で。
求愛――される方で。
「……胸とかあるし、生理は……分かんないけど。嫌だし今から吐きそうだけど、それが来るんなら……その、子供とか……」
適齢期の女性は、とにかくモテるもの。
つまり僕が、男たちに?
鏡の向こうで、下半身をすっぽんぽんにしておっぴろげにしてタオルで大切なところを拭っているままの僕を見る。
「………………………………」
――下半身を脱いで、つい数分前までびしょびしょにしていた女の子が、こっちを見ている。
「……はぁっ、はぁっ……」
その女の子は、だんだんと頬を赤くしていって、目もとろんと――――――
「………………………………………………………………はっ!?」
気がつくと、僕の顔は上気していて――なぜか息が荒くなっていて。
……つい今まで泣きそうになってたっていうか涙と鼻水が出てたっていうのに、一瞬で感情が変な感じになってる。
「……いやいや、僕は男、僕は男……こんなので興奮したらもはやメス堕ち……いや、でも肉体的には正常なのか……? いやいやでも、男にモテる妄想でときめいたりしたら、それこそ……」
――そんなことを考えながら、数十分。
下半身が冷え切るまで僕は、もし見られたら絶対に誤解しかされない格好と耐性と顔で、もんもんとしていた。
……メス堕ちは嫌だ。
何があろうと、嫌だ。
ニートを止めるのと比べられても嫌だ。
優花に土下座してむせび泣くくらいに嫌だ。
兄としての尊厳を手放そうとも、男を手放したくはない。
ないんだけども。
「……うぇぇ……」
でも、僕の体は勝手に泣き出す。
「ふぇぇぇぇー……」
だって、僕はもう「お兄ちゃん」なんかじゃなくって――ただの、女の子だから。
……それでも、心までは女の子にならない。
泣きながら、僕はそう決意した。