TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~ 作:あずももも
「――やあやあやあ綾瀬君! ああいや、今は『綾咲こはね』と名乗っているのだったかな綾咲君!」
「いえ、戸籍上は綾瀬直羽のままですので……教授」
「そうか! いやいやいやそれにしても実に可憐になったものだねぇ直羽君! 君がその容姿で新年度の勧誘に出てくれたなら万年不人気の我が研究室も大盛り上がりなこと間違いなしだねぇ! なにしろ今をときめくVTuberをしている君だからねぇ! あ、帰り際にサインでもくれたりはしないかねこはね君! 君と私の仲じゃないかレッサーパンダこはね君!」
「……兄さん、この方が……?」
「うん……中退したはずの大学の、ゼミの先生。いい人ではあるんだけどね……」
勇気を振り絞った僕は、ある日、教授へコンタクトを取った。
そしたらこの調子ですぐさまアポを取らされ、その日のうちにこうして教授の元へ――優花という保護者同伴で来ることになったんだ。
……正直、メンタルは結構回復してきてはいると思うけども、数年分のいろいろな負い目がある上……やっぱりちょっと怖いから。
特に、今の小さな体からすると……この存在感のすさまじい人は、ね。
「……大丈夫かい? 気分が優れないのなら別の機会でも構わないが。なにしろうちは研究したいことは山ほどあるのに肝心の学生たちが少ないせいで、日時の決まった予定というものは空いているからね! あと声も大丈夫かな? 距離は適切かな? 今までの言葉で君の自尊心を傷つけたり気分を害するものがあったら教えてくれ? 私はこれでも君をゼミ生の1人として愛しているんだ」
そんな教授は、こんな僕が少なくとも1年は在籍できるほどに気配りができる人だ。
じゃなきゃ、そもそも入ったりすらしなかったはずだし。
こういう軽口も、同時に入る配慮のおかげで本当に苦手な表現はないんだし。
「……大丈夫です……大丈夫な日だから連絡したので。あと、教授の声量は、前から怖くはないので……前から」
「そうかそうかそうか! いやいやいやいよかったよ! 今のような可憐な君に『嫌いです』などと言われたら! ……娘に嫌われるほどに凹むからね!」
「え? 娘さん、居ましたっけ?」
「いいや? まだ居ないが?」
教授。
どう見ても20代後半――はるなさんや男のときの僕と、同世代にしか見えない人。
いろいろとでかいはるなさんとは違い線は細く、普段から元気に溢れているところは同じで、声は廊下の先に届くほどに大きいというよりは通るもので、漆黒の髪は肩くらいまで伸ばし、オールバックに撫でつけたもの。
――――――ただし顔も声も中性的で、体の線も普段着の白衣で隠れているものだから、正直、性別は不明。
美男子といえば美男子、美女といえば美女。
ゼミの先輩たち曰く、その日の気分で男だとか女だとか言ってくるから本当に分からないんだとか。
……いろいろと有名な人だからあちこちに行ってるらしいけども、その写真は紳士から淑女まで千差万別な変幻自在。
『正体なんてないんじゃないの?』――だなんてのが飲み会の常套句だったっけ。
その独特の容姿とこの調子の性格と、非常に癖が強い人。
――そして、そんな彼の元に集った学生と来れば。
「正直、あれからずっと後悔していたのだよ、こはね君。あの陽キャパリピ自己主張自己肯定ナルシスト連中の中に君を放り込んでしまっていたことが。私を含めてね! ……いや、本当に済まない。君が去ってからは私も反省し、その次の年度からはほどほどの性格の者も積極的に混ぜるようにして改めて理解した。あれは、常人にとっては毎日が武道館並みなのだと」
「パ、パリピ……?」
「……ミンスタとかで顔や体を出してインフルエンサーとかしてるタイプの人たちのことだよ、優花。顔も体も……男でも女でも平均よりずっと上で、その上頭も回るしコミュニケーションが抜群な人たちのこと」
悪い人たちじゃない。
実際、初対面では一言も話せず、その次からもぽつぽつとしか返事すらしない、あらゆる面で平均以下の僕に対して嫌な顔もせず――そもそも眼中にもなかったとも言える――僕だけ何周遅れの勉強とかまで世話を焼いてくれていた人たちだ。
眼中にはないけども、「自分たちとは別の種族だけど、それはそういうものとして普通に友達として接する」――なんてことができる人たち。
自分への価値が高すぎるあまり、どんなに平凡以下な存在でもすべてをひとくくりにするがゆえにすべからく平等な人たちだ。
その本性はともかく、僕へのならともかく、彼ら同士のでも陰口とかすら聞かなかったんだ。
彼らは――この世界を積極的に謳歌していて、僕みたいなのが抱えるずんぐりした気持ちなんてのは味わっているヒマがないんだろう。
「本当にいい人たちなんだ。ただ、僕には合わなかった……それだけなんだ」
「兄さん……」
「……うん。だからこそ、せめてもの贖罪として今年度も君は大学へ、そしてうちの研究室に在籍していることになっている。少しばかり懇意の学長に頼み込んでね。何、学長とはマブダチなのだよ私は!」
どやあ、と――研究室に堂々と置かれている全身鏡に映る自身をちらりと眺めて満足する教授。
……そうだ、この人たちは他人の容姿にすら興味がない。
だって、自分たちが世界でいちばん優れているから。
だからこそ僕は、こんな人たちの中でも居られて――だからこそ、居られなくなったんだ。