TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~ 作:あずももも
「……はーっ、終わったー……疲れたぁ」
ゲーム画面に「RANK 1」のトロフィーが表示されるのを見て、僕は大きく息を吐いた。
ぎしっ。
最後の10分間の緊張から解放され、僕は背もたれに体重を預ける。
【おめ】
【おー】
【勝ったか】
【今回はストレートだったな】
【10連戦おめ】
【ていうかランクマで10戦10勝……すごない?】
【すごい】
【今日はキレが違った】
【マッチ運つよつよなのもあったな】
【まぁ今回は明らかな初心者も混じってたし】
【過疎ゲーでもそれなりに入ってくるんだよな、新規って】
【そしてボロ負けしてやめてくという】
【ぶわっ】
【泣いた】
【悲しい……】
【なぜ初心者は対人戦の極致で自爆していくのか】
【ていうかこはねさんは普段からすごいぞ】
【本人は絶対認めないけどな】
【「ニートだからむしろ弱い方」とかどんだけなんだよ】
【草】
【自己評価がナメクジ過ぎる】
【「練習できる時間換算で」とか不思議すぎる自己評価】
【こはねちゃんがんばった】
【最後が特にすごかったな】
【やはりTSが効いたか……】
「TS言うな。本当、今日は何なのさ……とはいえ今シーズンも、セカンドリーグとはいえ1位維持か……まぁ試行回数と仲間のマッチ運のたまものだけど」
配信の視聴者とは基本的に配信主を褒めるもの。
褒めないのはBAN対象ともいう。
僕は人にけなされると胃液が上がってくるからそうせざるを得ず、つまりはこのコメントはただ僕を持ち上げているだけのもの。
だから素直に受け止めると痛い目を見る。
僕は僕の実力をよく知っているんだ。
【それでもすごい】
【すごいけどプレイ人口的に……】
【おいやめろ】
【こはねたんは貴重な配信者なんだぞ】
【さ、最近は世代が一周して新人さんが入ってきてはいるから……】
【サービス終了の気配がない程度には安定して人口自体は居るから……ほぼ外国勢だけど】
【英語で打ってくれる方がまだ安心できる悲しみ】
だーっと流れるコメント。
隙あらばTS談義してたせいで、今日は止まることのない頻度の会話が続く。
「うん……最後は賭けだったけど、何とかうまく行って良かった。あと、ゲーム自体の人気は……うん……僕は好きだけど、世間って移り気で残酷だからさ……」
僕は、好きだけど正直もう手遅れなしぼみ方をしている気がするゲームの画面を見て――すっと目を逸らす。
「メジャーじゃないよね、今の。ゲームの人気とか、流行ってないと基本下がる一方だし……うん……ゲーム業界にも一定周期で流行があるし……ほら、一時期は天下取ってたソシャゲとかも、今や……だし……このタイトル、その1世代前が最盛期だったし……うん……画質も今からすれば悪いし、良いところがあるとすれば低スペックのPCでも遊べるくらいで……うん……祇園精舎っていうか……源平合戦っていうか……」
かける言葉が見つからない。
こういうときのための言葉。
【草】
【「うん……」なんだよ草】
【言わないのがこはねちゃんの優しさだぞ】
【祇園精舎で草】
【源平合戦とかなんでそんなワード出てくるんだよ草】
【まぁしゃあない】
【それでもこうして過疎ゲーをプレイしてくれるだけでしあわせ】
【分かる】
【でも、こういうとき収益化してたら投げ銭で祝えるのになぁ】
【かといって普通に受け取るのは困るって言うし】
【ゲーム自体も、配信で収益化できるほど競技人口が……】
【このゲームでも海外勢は再生数伸びてるのになぁ】
【何カ国では今ブームになってきてるらしいし】
【言語の壁か】
【おいやめろ】
【心が痛くなってきた】
時計を見上げると、たまたまうまくいったけど疲れた2時間が過ぎたことを実感する。
深夜の3時。
同接は、珍しくちょっと増えている。
この時間のことを考えると、むしろバズったといっても良い増え方。
――でもどうせ、次の配信では普段のぽつぽつとしか話さないしコメントも流れない地味な配信に戻るのは知っている。
僕には魅力がないから。
分かっているから、傷つきはしない。
でも、僕はこういうのが好きなんだ。
廃れた路地裏でパフォーマンスをしていて、酔っ払ってるからなんでも楽しんでくれる優しい人たちだけが見てくれているっていう、こんな場末の雰囲気が。
……だからそんな彼らがTSってのを望むのなら、1回くらいボイチェンでも使って女の子のフリするバ美肉とかくらい――。
疲れた目元を、かいた汗を拭うついでで揉みふぐしてから開いて画面へ向けると――ワンテンポずれて、僕と同じように目を閉じていたアニメ調の女の子が目を開く。
アバター。
VTuber。
僕は、そういうものをやっている。
もっとも――僕は、こんなかわいい子とはほど遠い、ごく普通の男だけど。
さらには、別にこれで生計を立てているわけでももくろんでいるわけでもない。
ただの、趣味。
無趣味なニートをしてると発狂しそうになるからの、せめて「何かしてる感」を実感したいだけのそれ。
僕っていう存在はクラスのどこにもなくって、同世代がみんな社会に羽ばたいて所属している今となっては、もはや霧のような何か。
「だからせめて誰かには認知してもらいたい」。
それだけの気持ちから生まれた「等身大の、もうひとりの僕」。
いくら自堕落なニートであっても、何かをしている錯覚でもないと考えたくもない将来の不安がやってくるんだから。
逃避先としての娯楽コンテンツをひととおり楽しみ尽くした後のニートは悲惨なんだ。
【こはねちゃんぺろぺろ】
【かわいい】
【男だぞ?】
【だが】
【それがいい】
【TSっ子だからな】
【それに、声に関しては脳内変換してロリヴォイスにすれば良いだけのことだしな】
【分かる】
【俺レベルになると声も顔も自由自在だぞ】
【それって相手が誰でも良いんじゃ……】
【そうとも言う】
【草】
【上級者で草】
「うん、僕はともかく、ひより先生が描いてくれた『こはねちゃん』はかわいいよね。僕はともかく」
【は??】
【かわいいんだが??】
【照れちゃって】
【かわいい】
【男口調で一人称僕な美少女とか大好物なんだが??】
【それでいて性自認が男ってのも……ふぅ……】
【「僕はかわいくないからな!」って真っ赤なTSっ子……ふぅ……】
【えぇ……】
VTuberとは、動くアニメイラストのガワをかぶり、そのキャラクターになりきって配信するスタイルの配信者だ。
そして僕は、俗に言う「バ美肉」――バーチャル美少女受肉、つまりはネカマをしているタイプ。
声とかまでもやってないし女の子なしゃべり方とか接し方もしてないから、本物のバ美肉さんたちには失礼だけど。
でも別に僕に女装願望があるわけじゃないし、ましてやTSとかファンタジーな願望もあるはずがない。
TSな話題が盛り上がったのも、今日が初めてだしな。
なんでか知らないけども今日が異常なんだ。
――僕は、もう25だ。
さすがにこの世界に魔法みたいなことなんて存在しないと、心の底で確かに理解しているんだ。
1年くらい前、この配信中に流れた「せっかく配信するんだし、せめて華が欲しいよなぁ」ってコメント欄で思いつき、推しの絵師さん――ひより大菩薩先生に頼み込んで描いてもらっただけのガワ。
それまでは本当に声だけでやってたから、そのときまではただの配信者。
それが今はVTuberという括りにはなったものの、やってることは変わらない。
ふわふわとしたセミロング――腰まで伸びる薄い紫の髪の毛、片方のサイドには小さな三つ編み。
今どきのアニメ、というよりは少女マンガに近い幼い印象の作画、琥珀の大きな目。
人懐っこそうな笑顔がデフォルトだから、配信ソフトで常に僕の動かない表情筋をモニターしているはず。
なのに画面に映って動いているキャラクターは、甘えたさそうにこちらを見つめている。
服はパーカーにスカート――ただし配信画面には上半身しか映らず、つまりはおしゃれというよりは普段着な、妹みたいな印象を与える子。
それが、僕のガワの「綾咲こはね」だ。
……本名の「綾瀬直羽」をもじっただけの、だけどバーチャルな分身として違和感のない名前。
こんな呼ばれ方はしたことないけども、名前の漢字を見てたらふと思いついた名前――小さな羽を、なんとなくでひらがなにしただけ。
特に理由は無い、ただの「こはね」。
そりゃあこんなかわいい子にTSとかできたら、きっと人生バラ色だろう。
僕だってできるんならそうなりたいさ。
きっとちやほやされて自己評価も壊滅しているコミュニケーション能力も回復するだろう。
でもここは現実なんだ、異性に――別人になんて、なるはずがないんだから。
◇
「こはね」。
昨日までは「こはねさん」とか呼ばれてたのに、なぜか今日になって急に「こはねちゃん」とか呼ばれるようになって複雑になってきた名前。
どうせ今どきはみんながみんなVTuberで自分と全然違う姿になっているんだ、せめて名前だけは聞き覚えがあるものにしたい。
あと、どうせ全然違うのだと忘れそうだし。
そういう理由で名前の「直羽」から「小」さい「羽」――「こはね」。
あと、
「地味なゲームで地味なプレイスタイルで男の地声と来たらさ、せめて画面だけでも華やかじゃないとって思うのが男じゃん? PCゲーで、そのゲームとコラボしたアニメのMODとか入れたくなるのが男じゃん? だからこれはTSとかじゃなく、かわいいが正義だから。本当にそれだけだから。VRなChatでも、やっぱどうせなら美少女アバターにしたいってのも。男なら分かるでしょ? ほら、うちの国限定らしいけど、あそこでのアバター割合は6割から8割が美少女とか摩訶不思議な現象が起きてるって言うし。つまりは種族的な特性なんだよ。無機物ですら片っ端から美少女にする文化の末裔を舐めるな」
【草】
【分かる】
【かわいいは正義】
【アニメとゲームで「萌え」っていう言葉が意識されなくなるくらい浸透した末路】
【あー、「萌え」とかもう聞かないもんなぁ】
【そうか……もう当たり前になってるのか】
【完全にサブカルの一部になったな】
【廃れたわけじゃなく、もう土台になったか】
【ああいう絵柄は最初は少女漫画……女子向けのだったはずなのにどうしてこうなった】
【俺は別に気にしないけどなぁ、そういうの】
【ひよりママに描いてもらえて良かったね、こはねちゃん】
コメント欄は――たぶん、僕より年上の人が多い。
だからだろう、こんなニートだけどニートの中では若造の僕をよしよししてくれるんだ。
「うん。ひより先生は去年より前からずっと、推しの絵師さんだからね。ニートしてすさんでた僕の心をTLに流れてきたほんわかイラストで癒やしてくれた天使だからさ」
ひより先生は学生さんらしい。
というか高校生だと――SNSで、自分で言っていた。
そもそもとしてアカウントの雰囲気も、どう見てもそうだしな。
……覚えてないことにしてるけど、確か女子だって普通に自分から呟いてた。
でもそこに僕が「そういうの言うと危ないし、自撮りから身バレも危険ですし、何よりDMの嵐だからやめた方が良いですよ」って伝えて速攻消してたからセーフ。
それで僕のことも巻き添えでブロックとかされないで本当に良かった。
まぁイラストとか書き込みとかどう見ても女の子って分かるけど……たとえ男だと分かっていても、本人が女の子っぽい言動をするなら全力で騙されるのがネットのマナーってもの。
だから明言しない限り、変なのはそこまで湧いてきてないはずだ。
ゆえに、男と明言して男ボイスでしゃべってるから大丈夫……なのになんで今日はこんなことになってるんだろうね?
「けど、みんなもそろそろ寝た方がいいと思う。うん、思います。僕みたいに明日がないならともかく、みんなはあるでしょ? 明日が。起きるべき明日がさ」
【草】
【あいかわらずストレートで草】
【んじゃ俺もそろそろ寝るか】
【ランクマ終わっちゃったしな】
【このあと別ゲーとかやるの?】
「いや、僕もそろそろ。ランクマッチだったからお酒呑めなかったし、これからゆっくり呑んで寝るよ」
【えぇ……】
【まだ足りないの!?】
【呑めなかった(結構呑んでる】
【肝臓だけには気をつけてもろて】
「大丈夫。健康診断は半年に1回行かされてるから。強制的に……行くたびに人がたくさん居すぎて吐きそうになるし、胃液だけ吐いたことあるけど。検査中に。でも問題ない範囲キープできてるから」
【草】
【吐いたのか……】
【まぁちゃんと管理してるなら】
【人見知りが重症だなぁ】
【妹ちゃんナイスぅ】
【けど数値に表れにくいのもあるから気をつけてね】
【膵臓とか怖いからな】
【ほどほどになー】
【こはねちゃん、お酒好きだし強いもんねぇ】
【まぁ20代じゃ大丈夫だろ たまに休肝日作ってるし】
【飲み始めも20過ぎてからみたいだし、妹ちゃんに食事は管理されてるしな】
【何かあったら言えよー】
【おやすー】
【おやすみ】
【今日はTS僕っ子こはねちゃんを夢見て寝ます】
【草】
「それで悪夢見たら怒るからな。吐くぞ」
【草】
【草】
【だから音声テロ予告はやめい】
【おやすみー】
最後の書き込みから1人、1人と消えていく同接。
「今夜もありがとう。また明日……っていうか今日の夜に」
そして僕はひと呼吸置いて配信停止ボタンを押し、配信ソフトの画面とブラウザの配信画面の表示を、いつものように指さし確認。
「よし、ちゃんと配信終わってるな。……ふぅ」
今まで全世界――の中のごく一部のニッチな人たちに繋がっていた空間が、僕が引きこもる狭い部屋に復帰する。
ああ、安心する。
たとえるならスマホを機内モードにしたくらいに。
――配信者とは、事故って炎上する生態を持つ。
たとえば配信中にうっかり個人情報漏洩で身バレ。
たとえば配信中に立ち絵ソフトの不具合で顔バレ。
たとえば配信後の切り忘れで聞かれちゃいけない音声が入って他人に迷惑を掛ける――などなど。
「ま、僕みたいなのが炎上とかするはずないけどさ。バレて困る見た目なんてしてないし。優花みたいなかわいい女の子とかじゃないんだからさ」
僕は、あり得ないことを妄想して――その妄想を、お酒で流し込んだ。
◇
活動数年にして登録者200人ほど。
同接はたまに10人行くこともある。
深夜帯は流れ着く人が居るからか、今日の中盤はなぜか同接50人とか行ってたけど、どうせ数日後にははんな忘れているから変化はないだろう。
今日のは何かの間違いだ。
うん、吐き気も収まってきた。
そもそも深夜帯は切り忘れとか寝落ちが多いし、実際にはやっぱり普段の数人だろうし。
そんな木っ端すぎる存在がやらしたって、誰も注目なんてしない。
だから気楽に続けられる。
人に目をつけられる声やトークをしていないって理解してるからこそ、安心していられるんだ。
僕自身が大切にしているものなんてなにひとつ――アバターだけは大切だけど――ないから、いざとなったら簡単に捨てて「転生」――新しい名前で別人としてしれっと活動とかもできる。
特徴がないからこそ、できること。
特徴がないって、良いよね。
大ひより先生製作のアバターはもったいないけども……普通に手元の画面で僕専用のかわいいイラストとして表示しておけば良いだけだしな。
Vtuberの立ち絵ソフト使えば「まるで生きてるみたいに」呼吸とまばたきモーションで動く「こはね」をいつでも見ていられるし。
「……んくっ」
特段に声が良いわけでもなく、顔を出しているわけでもなく――ましてやイケメンでもイケボでもなく、何について詳しいわけでもなく、何が得意でもなく。
ごく普通の、どこにでも居る男で、トークがうまいわけでも話題がぽんぽんと浮かぶわけでもなく、テンションが高いわけでも一芸や専門知識があるわけでもない。
かろうじて慣れた相手にはそこそこしゃべれる――小学校低学年並みの知能に、アルコールで知性を落とせば小学校低学年男子並みにはしゃべれるだけ。
そして対面だと10歳以上の存在相手にはコミュ障を盛大に発揮し、出会い頭に吐くという先制攻撃も可能な、雑魚。
ただ、それだけ。
つまり僕は10歳の男子と代わらないんだ。
いや、年齢を重ねている分それ未満なんだ。
当たり前だ、こちとら大学中退引きこもりニートだぞ。
世間の最底辺だぞ。
話題なんかそうそうないし、テンションなんて上げることもない。
上げようとすればアルコールで頭をふやかすしかない。
そもそもきっかけがきっかけだ、僕はこの配信を声を出してコミュニケーションをする練習として使ってるだけなんだ。
あくまで妹――優花に頼まれたから。
僕の健康を心配して、懇願されたから。
だから。
「………………………………」
イスに寄りかかったまま、僕の手がさまよう。
こつん。
手が触れる――空き瓶。
こつん。
次の――空き瓶。
とん。
ああ、そろそろ空き瓶も空き缶もまとめないとな……と、開けてないのあったあった。
僕は未開封の角瓶を引き上げ、もどかしく封を外し、最寄りのコップへ――とくとくとく。
「ごく……ぷはっ。ストレートは効くなぁ」
空っぽの胃袋に直接流れ込んだウィスキーが、僕の脳と体を痺れさせていく。
まぁ1口だけだけどね。
いくら僕でもアルコール度数40とかをストレートでガバ飲みするのはやばいって分かってるから、それに水を足して割ってっと。
ニートだからこそ、健康には……ある程度は気を遣わないとね。
「………………………………」
配信終了画面――そこには、総コメント数が珍しく数百になったものの普段は100に届かない、弱小過ぎる配信者としての残酷な数字が表示されている。
人気なんて気にはしていない――というのは、嘘ではあるけど本当だ。
そもそもとしてVTuber業界の視聴者は男性で、つまりは女性――しかも若いほどに有利な世界。
そんな足切りで、まず男性VTuberというだけで――何か特別なものがない限り、9割方はそっぽを向く。
単純に性別でそうなるんなら、諦めもつくというもの。
聞けば、VTuberではなく配信者として顔出しをすれば――どんな男でもリアルの顔だと少しは親近感を覚えてくれる人が増えるらしいし、物好きな女性も来てくれるらしいけども、それは僕自身に抵抗があるから最初から却下。
自信がないから引きこもりニートなんてやっているんだ、僕の顔を見知らぬ他人から罵倒されてみろ、今後一生金輪際外に出られるはずがないだろう?
間違ってもこれまでの同級生たちがたまたま見つけちゃって、「うわこいつ綾瀬かよ、あの影みたいなやつ」とか言われたら……うぇっぷ。
「こくこくこくこく……ふぅ……」
よし、アルコールが胃液に勝った。
で、次にはこういうVtuberの配信ってのはゲーム実況が人気で、これについては僕もやっているものの……僕が配信するのは有名タイトルでも人気タイトルでもなく、僕が好きなゲームだけ。
みんなが観たい流行りものでもなんでもなく、ただただ僕が好きなだけのもの。
独りよがりだね。
しかもチョイスは僕の学生時代――主に高校生の出だしで失敗してから現実逃避してた先に好きだったタイトルとかで、とっくに旬は過ぎている――つまりは「懐かしいけど別に見なくて良いや」ってのか「配信者自体の少ない貴重な過疎ゲーだから見なきゃ」ってなるかのどっちかだ。
そのおかげで居着いている視聴者たちみたいに、ごく一部の濃いファンは来てくれるものの、そこから数十、数百と数字を伸ばせる見込みはない。
だけどVTuberとしての立ち絵はかわいいからか、たまに初見の人がふらっと入ってきたりはする。
もっとも――今日も数時間前に来た、「なんだ男かよ」って僕の地声を聞いて捨て台詞を吐かれるのがオチだけども。
本当に気にしてないから良いけどさ。
ま、大多数はただつけっぱでゲーム画面見てるだけだろうしさ、ミュートにしたりして。
「ボイチェン……いや、いいや……今さらだし」
今どきは技術がすごいらしく、ほぼリアルタイム、かつ違和感も少ないボイスチェンジャーを使えば――「綾咲こはね」のイメージに合ったボイスにはなれるだろう。
――実は、こっそり試したことはある。
そしてパソコンから1秒未満でかわいい声が聞こえてきてしまい、危うく自己同一性が崩壊して己に恋をしそうになったら、即座にアンインストールした。
あれは、危険だ。
あれは存在してはいけない技術だ。
コミュ障引きこもり無駄飯食らいダメニートにナルシストまで加わったらもう末期だもんな。
それにほら、VRなChatの世界とか大惨事だって聞くだろう?
僕も実際に美少女アバターで美少女ボイスでログインしたら、たぶんやられてた自信がある。
美少女なガワに入ってミラー――鏡越しに自分を見ただけでどきっとしたんだから。
まぁそれはともかく、それ以外の理由としては、
「女の子目当ての客層はなぁ……」
VTuber、配信者とは客商売。
「美少女のVTuber配信はオンラインキャバクラ」とはよく言われたもので、つまり男心をくすぐるような接待をしないといけないものらしい。
僕にはそんなのは無理だ。
男に媚びるのも、媚びないまでも愛想良くするのも。
かといって女性相手にホストみたいなお姫様扱いをするのも、また無理だ。
そんな神経を使うようなことを毎日何時間できるようなら、僕はとっくにまともな仕事で継続的に働いている。
コミュ障とはコミュ障だからこそコミュ障なんだ。
さらに生来の無口な男と来れば、ネカマをして接待もしてってのが続くわけもないんだ。
たまにあるハイテンションな日にお酒が入っていればあるいは……エイプリルフール企画でようやくって程度だ。
かといってトークもゲームスキルも、最低限のゲームのチョイスも、それらを向上させて楽しませようという心遣いもない。
この状態は、当然なんだ。
「……はぁ」
配信を終えたモニターには、僕の動きをトレースするアバターがため息をつく。
……僕だって、自分の声がイケボか――あるいは「この子」が出しそうな声だったなら、1日中でも自然にしゃべりたくなるだろうに。
「……いやいや落ち着こう、今日だってみんなが変なテンションになってたじゃないか……ボイチェンなんか使った日にはガチ恋勢とか現れかねない……男から好かれるとか、うぇぇ……お、お酒ぇ……」
TSなんてものは――少なくともある朝起きたらなぜか美少女になっていたとかいうのは、フィクションの産物だ。
魔法なんてものが存在しないこのリアルの世界において、あるはずがない。
忘れよう、視聴者たちが妙に盛り上がっていた「TS僕っ子こはねちゃん」像のことなんか。
だって――そんなことは、起きるはずがないんだから。