TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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30話 女医さんが僕を知っていた

「検査の結果は、どこも異常無し。極めて健康な――あくまで平均的に言えば、13歳くらいの女の子……となりました。切り傷、打ち身などはありますが、それ以外に問題はありませんね」

 

「良かった……! どこも悪くなっていなくて……!」

「良くなかったぁ……! 確定しちゃってたぁ……!」

 

血走った目で駆けつけてきたお医者さんや看護師さんたちに、あらぬ心配をされながら運ばれた先の病院。

 

いろんな機械で調べ尽くされた僕は、げっそりしていた。

対称的に――優花は、なぜかすごく喜んでいた。

 

「やっぱり女の子になってるんですね……」

 

僕は、もう諦めた。

いろんなでっかい機械で隅から隅まで調べ尽くされた僕は無敵なんだ。

 

「……ええ。こはねさん――失礼しました、直羽さんにとってはショッキングでしょうが」

 

「いえ、むしろちゃんと調べてもらって安心……は、できませんけど……」

 

お医者さんは、なぜか僕のことを「こはね」呼びしてくる。

 

まぁしっくりくるから良いけどさぁ……子供扱いはやめてね?

少なくとも書類上では25歳の成人男性でしょ……?

 

子供って、大人からでもいきなり子供扱いされたら分かるし怒るんだよ……?

 

「その……法的には同一人物だったとしても、医学的、遺伝学には以前の直羽さんご自身やご家族の方との関係性が無いことで、精神的な負担が大きいでしょうが……」

 

――事実は確定してしまった。

 

観測しなければ確定しないって思いたかった、その真実を。

 

「TS――性転換。それも、ご家族の誰とも違う遺伝子を持った、完全な別人へ。このようなことは、前例があります」

 

「ですよね……」

 

そうだよね。

こんなマンガみたいな現象、リアルでなんか――――――

 

「………………………………えっ」

 

えっ?

 

僕は、想像できなかった文脈に、思わず顔を上げる。

 

「……あるんですか? 兄と同じような事例が……?」

 

さすがに、なぜか嬉しそうだった優花までがびっくりしている。

そりゃそうだ、突発的なTSの前例があるとか聞いたらさ。

 

「はい。いずれも詳細は伏せられているようですが、年に数件程度はあるようです。以前は虚言や妄想として決めつけられて悲惨な結果になったことも多いようですが、少なくとも今ではご本人やご家族、ご友人の発言と感情と意思を優先するよう、通達が。本人とご家族、ご友人のいずれかとの証言が一致したら、暫定的にでも本人と見なすように……と。私も、調べて初めて知ったくらいではありますが」

 

……居るんだ。

 

僕みたいになる人。

 

――僕の、仲間が。

 

「そのことは追々としまして……直羽さん」

「はい」

 

お医者さん――優しそうだからか人見知りがそれほど発生していない女医さんが、僕に気を遣ってか優花を挟む位置取り、しかも少し離れたところで話しかけてくれる。

 

うん、こんな僕でも2メートルくらい離れてくれていたら、そしてときどきしか目を合わせてこなければなんとかなるんだ。

 

そしてこの人は、そこまで人見知りにならない。

初対面でも1メートルくらいまで大丈夫な人だ。

 

「あなたは、どうしたいですか?」

 

「僕が……」

 

「はい。――配信で、お聞きしました。直羽さん――いえ、『こはねさん』が高校以降で『失敗』続きだった人生を。それはきっとご本人の主観で左右されますが、誰にでも多かれ少なかれ、良くあること――あえてそう言ってしまいますが――思春期に良くある挫折です。それを挫折と捉える人も、そうでない人も――一瞬で忘れる人も居ます。でも、不幸な偶然の結果でこはねさんにとってはあまりにも辛い経験となり、大学でのそれ以降は引きこもってしまい、そんな人生を悔いている……と」

 

「………………………………」

 

……なんでだろう。

 

この人の声は……すごく、心地が良い。

 

初対面なのに、怖くない。

 

いや……話せている。

ときどきでも目を見て、口がからからになったり胃が痛くなったりしないで。

 

「人には、それぞれに精神的な負担を受けやすいことも、その限度もあります。その個人差は脳の仕組みから……本人のあずかり知らぬところである程度決まっていることもあります。それは特に多感な思春期のころは通常よりも強く影響しやすく……こはねさんが真摯に応えてあげていた、不登校の視聴者からの相談のように。その回答1つで――人によっては死を選ぶような事態にも、あるいは人生を切り開く希望になったりもするんです」

 

「……配信……?」

 

「……ええ。私は、それを聞いていました。直羽さんの――いえ。こはねさんの、配信を」

 

僕は、先生の顔を見る。

 

家に駆け込んできたときから、ちゃんと見なかった彼女の顔を――目を。

 

優しい、目だ。

瞳を見ても、僕が全部見透かされている感覚がないんだ。

 

「あなたは、とても優しい人です。そして――恐らくは、いえ、秘密にする必要はありませんね――あの直後、『ちょっとした伝手』をたどり、あの相談者へそれとなくコンタクトを取りました。必要なら心理カウンセラーを紹介しようと……医者として、見過ごせなかったので」

 

……この人が、聞いていた。

 

あの配信を。

 

「……けれど、その方は――学校へ、行ったそうです。あの配信の、次の日に。他でもない、あなたの声を聞いて」

 

「………………………………」

 

僕の、まともな答えになっていない、答えで。

 

「そして、無事に復帰できたようです。『勇気を出して良かった』と――なによりも『相談して良かった』『誰かひとりでも、自分の気持ちを理解してくれたから楽になった』と……そう、言っていましたよ」

 

「………………………………」

 

彼、あるいは彼女が。

 

………………………………。

 

「本当に辛いときに、たまたま目にしたこはねさんの配信。そこで――絞り出すように悩み抜いて応えてくれた、その言葉が嬉しくて。本気で考えて出してくれた答えだからこそ、頭が晴れたような、そのような感覚になって。そして、その次の日に――『どちらでも良いから、自分がしたい方をすれば良い』――どんな応えでも、こはねさんが肯定してくれる。失敗しても、こはねさんが迎えてくれる。……生きてきて1番に、嬉しかったそうです。その言葉をもらったときが。ご両親にも友人にもぶつかれなかったからこそ、しまい込んでいた気持ちを理解してもらえて」

 

「……そう、ですか」

 

頭がふわふわする。

 

どんな気持ちなのか、分からない。

 

「あなたは、優しい人です。……去年あたりに少し厳しいことがあって辛かった私も、気晴らしで開いたままにしていた配信で――当時はまだ男性でした、あなたの声を聞いて、楽になりました」

 

先生は、席を立ち――診察室の丸いイスに座った僕の前に来て、しゃがんで。

 

「あなたは、駄目な人なんかじゃありません。ただ、少しいろいろなことが重なりすぎて、疲れてしまっただけ。優しすぎて、気を遣い過ぎて――そして、ご自分の価値を少なく見積もりすぎて、疲れてしまっただけ。全ての物事のタイミングが、悪かっただけ。それでも、疲れても配信という行為で――人を。少なくとも2人、確実に救ったんですよ」

 

「……僕が」

 

嘘だ。

 

そう一蹴したい僕が居る。

 

けども――女医さんの顔を見れば、分かる。

この人は、優しい人だ。

 

僕の人見知りがそれほど起きないくらい、優しい人だから。

 

「ええ。確実なだけで2人です。いえ、失礼しました……妹さんも含めたら最低でも3人。そしてご両親も含めたら5人ですね」

 

「はい。父も母も……兄が、また笑ってくれるのを……ずっと、ずっと……っ」

 

……また優花が泣いている。

 

また、優花を泣かせたんだ。

 

「嘔吐や錯乱状態を引き起こすほどのトラウマがあれば、引きこもるのは正しい逃避行動です。抑鬱状態とは、心を守るための本能。だからこそ、理解のあるご家族はそれを咎めず、受け入れていました。……通院されていた病院のカルテも共有させていただきました。その上で言えば――本当に優しくて――強い人です。こはねさんは――あなたの、お兄さんは」

 

「はい……はいっ……!」

 

立ち上がった彼女が、優花を静かに抱きしめている。

 

……泣いている妹を、包んでくれているお医者さん。

 

こういう人だったら僕だってちゃんと通院を――

 

「それで安定し……今回こそパニックを起こしてしまいましたが、致命的な結末を引き起こすようなことにはなりませんでした。引きこもったあと、社会に関わろうとしてご自分から配信を始め、少なくても人と触れあい――顔も変わり、体も変わり――性別も、変わり。何もかもが変わって本来ならあの程度でないパニックを起こしても良いはずなのに、あなたは今日まで1人で耐えてきた。こはねさんは、順調に――自力で立ち直りつつあるんです。ええ、今回の件がなかったとしても――2、3年のうちに。引きこもることで、ご自身の心をご自身で癒していたんです」

 

そうかな。

 

僕は全然、今もダメダメだって感じるんだけどな。

 

「……こはねさんさえよろしければ、アーカイブがある分程度はこはねさんの一言一句を暗記しています私が――」

 

「え?」

 

「……ちょっと先生! 介護班のことは……!」

「ご、ごめんなさい……! 『あのこはねさん』の前だと思うと、緊張して……!」

 

「……?」

 

ひそひそひそひそ。

 

優花が先生をヘッドロック――大丈夫かな――して、内緒話をしている。

 

……なんで?

 

 

 

 

「――こほん、失礼しました……徹夜明けなので変なことを。お気になさらず」

 

「はぁ……」

 

なんだか先生が、ちらっと変な雰囲気だったけども……気のせい?

 

気のせいだな、僕がきっと自意識過剰なせいだ。

この先生も言ってたじゃんか、僕はそうなんだって。

 

「妹さんも含め――こはねさんさえよろしければ、ご両親とも面会をさせていただき――あなたを、サポートします。投薬治療を望まれていないようですし、それをご自分で抑えられるのも理解していますので、主にカウンセリングと……『今の肉体』の状態を定期的に検診。あと、戸籍や公的な身分なども――ご要望があれば、すぐにでも」

 

「……本当ですか?」

 

「はい。こはねさんご自身の希望通りに」

 

戸籍。

家族との、繋がり。

 

「医者は――患者の望みを、可能な範囲で最大限に叶えるのが本望です。その伝手がありますので――ひとこと、言ってくだされば」

 

それが否定される見た目だったからこそ、今日までずっと不安だった、それ。

 

「……僕は」

 

こわい。

 

とても、怖い。

 

手に汗がにじむ。

 

「はっ……はっ……」

 

息が荒くなる。

 

「……兄さん」

 

「ま……まって、ゆうか」

 

――そうして先生と僕の間に割り込もうとしてきた優花を、声だけで制する。

 

「逃げても良い」――そう、僕は彼または彼女へ――僕自身へ、言った。

 

「ふー……」

 

そのことは、今でも変わらない。

 

けども。

 

「……僕は、ずっと逃げ続けてきました。みんなを投げ出して、みんなに守られて」

「それがあなたにとって最善の行動だったと……私は、思います。ご家族も――妹さんも、きっと」

 

――ああ。

 

僕の周りの人は――いつも、優しすぎるんだ。

 

そうだ、いい歳して引きこもりニートしても怒らないし追い出さないくらいに、僕を見てくれているんだ。

 

――――――――だから。

 

動悸は激しい――けども、僕は、目を開く。

 

「僕は――家族と。これまでの家族で、居られるんですか」

 

僕は、尋ねる。

 

ずっとずっと逃げて守られてきたんだ――なら。

 

ちょっとだってやる気になったのなら――後で後悔しようとも。

 

「身元不明な存在でも――僕の家族と」

 

「……それを望まれるのでしたら。大丈夫、その程度でしたら『伝手』へ電話をすれば――今にでもすれば、ほんの数十分でこはねさんは『綾瀬直羽』さんそのままで居られます。先ほどの通り、前例はありますので」

 

「……兄さんが……っ」

 

――そうだ。

 

聞かなかったことにしていただけで、僕は優花と両親を、泣かせてきたんだ。

 

「年齢と性別も――ある程度でしたら公的な情報も改ざ――」

 

「?」

 

「……こほん……言い間違えました。申請して、生活に支障のないものにできます。今すぐに決めなくても構いませんから、一度、ご家族で――」

 

――僕は、人の好意に甘えたくない。

 

そう、思っていた。

 

でも、今は――すぐそばで泣いている優花/妹の姿を、見たら。

 

「まだ全部は決められませんけど……ひとつだけ。家族とは……離れたく、ありません。僕は、引きこもりニートをしていたとしても……家族さえ良いのなら、僕のままで居たいです。両親の子供で、妹の兄で居たいです。なので、ひとまずは直羽のままで居られるように……して、もらえますか?」

 

優花は――お風呂ですっぱだかにさせられたのは僕を介護するためだからしょうがない――僕を、こんな僕を、今でも「兄」として扱ってくれている。

 

それが彼女の望みなのかは分からない。

 

けども、高校生にもなった妹を泣かせたんだ。

兄として、できることがあるのなら。

 

「……あと、カウンセリングとか……受けてみようかなって、思います。ニートなのはあいかわらずとしても、せめて。ずっと、待ってもらえた分くらいは」

 

さっき、僕の部屋を空けてくれたときみたいに――今も、声を押し殺して泣いている妹のためにも。

 

「……家族と顔を合わせて、話せる……日常的に、できるようには……なりたいんです。僕は、みんなの家族だから僕で居られたんです。だから……お願いします」

 

ちょっとだけ、勇気を出してみたい。

 

そう、思った。

 

 

 

 

「あ、ちなみにですけど……こはねさん、いえ、直羽さんが」

 

「『こはね』で良いです。この姿では、そっちの方がしっくりくるので」

 

配信で慣れ切ってるからか、妙にしっくりくるんだよなぁ……綾瀬直羽ではない『綾咲こはね』が。

 

「分かりました……ではこはねさん」

「はい」

 

そのあとでいろいろ話し合って、でもやっぱり今日はこのまま帰って休んだ方が良いって言われて――優花から話を聞いたらしい両親が迎えに来てくれるのを待つあいだ、雑談をしていた先生が、ふと思いだしたように言う。

 

「こはねさん、大学は中退されて高校の卒業資格までしかないと言っていますよね?」

 

「? はい、そうですね」

 

優花が落ち着いてからいろいろ電話していたあとの、落ち着いた時間。

 

そこで聞けば、先生は、僕の顔がバレちゃったときも配信を観ていたらしい――お医者さんでも休憩時間くらいはあるんだとか、特に「こういう仕事」だからあるんだとか言ってたっけ――彼女が、なんだかこう、もにょっとした顔をしている。

 

「……その。検査待ちのあいだに照会してみましたが……」

「はぁ」

 

「――こはねさん。大学は『休学扱い』になっているようですよ……?」

 

「そうですか。………………………………」

 

 

………………………………。

 

「えっ」

 

なんでぇ……?

 

「え? で、でも、父は、兄の学費を、もう……と……」

 

優花も驚いた様子で、事実を述べている。

 

そうだよね……?

 

学費とか、僕が「辞めたから払わなくて良い」って言ったんだもんね……すでに顔を合わせられなかったから、文字越しでだけども。

 

「……どうやら、こはねさんの所属していましたゼミナールの教授が口利きをしてくれたらしく、特別枠でそのまま保留――『私的な留学』扱いだそうで。詳しいことは、直接尋ねてみなければ分かりませんが……とにかく、大学には在籍扱い。希望されるのならそちらへ事情を説明した上で」

 

「……兄が、大学へ戻れる……ん、ですか?」

 

――そんな、ことが。

 

なんで。

 

僕なんかのために、なんで。

 

迷惑しかかけなかったはずのゼミの先生が、どうして。

 

「……こはねさん。通っていた大学へ嫌な思い出があるのなら、無理をして通い直す必要はありません。高校卒業資格はあるのですから、受験勉強が苦でないのなら別の大学へ入り直すことも可能です。ですが、それとは別に」

 

先生が――もう、目を合わせられるようになった女の人が、ほほえむ。

 

「あなたは、そう動いてもらえるほどに評価されていたのかもしれませんよ。学科の違うところですので、成績のことはともかく……向上心、性格。こはねさん自身の、魅力で。あなたは――ご自分で思っているほどに、魅力でない人ではないようですよ?」

 

「………………………………」

 

……ああ。

 

今日は、本当に忙しいんだ。

 

忙しすぎて、笑ったら良いのか泣いたら良いのか、怒ったら良いのか悲しんだら良いのか――分からないんだ。

 

「そうです。兄は……話していると、こちらが安心すると言いますか」

「ええ、特に疲れ切った女性に効果てきめんなヒーリング効果を」

 

「分かりますか!?」

「私も1週間の修羅場のあと、ふと聞いた配信でその後も1週間ほど……」

 

感情に困っているあいだに、優花と先生がきゃっきゃと雑談に花を咲かせている。

 

……こうやって女性たちの間に入れないってのは、脳みそがまだ男だからなのか。

 

それともコミュニケーションが下手ってのは男女共通で、だからこの肉体にフィットする脳みそになってる今の僕も、脳みそが女の子だけどやっぱり会話が苦手なのか。

 

分からないけども、ともかく――

 

「くちっ」

 

……検査着って、すっごく寒いから何か着たいなぁ……。

 

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