TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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32話 優花が僕の中に入ってきた

「では……良いですね、こはねさん――いえ、兄さん」

 

「うん……で、でも、あんまりじろじろ見ないでぇ……」

 

「大丈夫。できるだけ見ないように、静かに丁寧に……優しくしますから」

「は、初めてだから怖いけど……」

 

「ええ、初めてですものね。でも、大丈夫」

 

ぎしっ。

 

ベッドが、軋む音。

 

「大丈夫です。ほら、力を抜いてベッドに体重を預ける気持ちになって……」

 

「うん……」

 

僕は、優花に言われたとおりにがんばって力を抜いて――

 

「……まずは換気ですね」

「うん……ごめん、部屋、壊滅的にしちゃって……」

 

「では、そちらの窓はお願いします」

「うん……」

 

――しゃあっ。

 

優花と僕の手で、この1年で数回しか開け放ったことのないカーテン、そして窓が全開にされ……この部屋の防御力は0になった。

 

「お酒臭いですものね……このままだと呼吸しているだけで酔いそう……」

「優花……足、気をつけてぇ……ガラス刺さっちゃうからぁ……」

 

びゅううう、と冷たい風が僕の部屋の中に入ってくる。

 

「……大丈夫ですか? 私が入っていて」

「うん……まだちょっと、ぼーっとしてるから」

 

――僕の部屋は高校以来、母さんにでさえ立ち入るのを拒んでいた。

 

だって、嫌だったから。

 

思春期特有のそれでもなく、男特有のそれでもなく――僕はただ、生まれつきで。

 

「……兄さんのような人についての文献、私なりに読んできました。室内が、イコールで大半の人にとっての自分のベッドや布団の中、あるいは心の中。そのくらいに大切なのですよね。感覚が繊細なために」

 

「……うん。はっきり自覚できたのは僕も20を過ぎてからだけど」

 

なんでも、普通の人は自室に入られても家族や友人相手ならそんなに気にならないらしい。

 

実際に優花だって――僕が引きこもるまでは頻繁に同級生を連れてきて部屋で女子会、もとい勉強会とかおしゃべりとかお泊まりとかしていたし。

 

母さんは話したいことがあると、優花の部屋に入って延々話しているし。

そもそもとして父さんと母さんは寝室以外にはプライベートなんてないし。

 

「感覚の繊細な人は、自分の部屋そのものが自分自身――心。だから、たとえ普段鍵を掛けていないドアでも、そこから1歩でも入ってこられると不安になる……ですよね? まだ、大丈夫でしょうか?」

 

「……うん。さっき、抱きしめてもらってたからかな……」

 

外はすっかり暗くなり、もう夜になっている。

 

病院から帰って――帰りは普通にタクシーで、また人見知りになっちゃって優花に全部任せきりだった――家についてほっとして、でもいろいろときちゃなくなってるから2人揃って着替えて。

 

……病院で漏らしちゃったけども、運が良かったのか量自体はそこまでじゃなくって、だから病院の近くで先生に買ってきてもらった無機質なぱんつはそのままで。

 

「………………………………………………………………」

 

「? ゆうか?」

「……はっ! い、いえ……っ」

 

意識してやらかしたときの恥ずかしさを意識しないようにしていたら、ふと立ち尽くしていた優花が映る。

 

……?

 

なんだか息が荒いような気がするけども……怒ってるわけじゃ、

 

「ふぇぇ……!」

 

「こ、こはねさん!?」

「だ、だいじょうぶ……きのせい、きのせい……!」

 

ぎゅううう。

 

とっさに毛布を丸めたのを抱きしめて、優花に心配をかけないようにがんばる。

 

……落ち着け、優花はもう全部見て聞いても受け入れてくれたじゃないか。

優花は敵じゃない、味方だ……僕の妹で家族なんだ。

 

「かわっ……!」

「かわ?」

 

川?

 

……ああ、こぼれたお酒とお水が川みたいになってるね。

 

「……そ、掃除。手早く終えますね」

 

ちゃりん、ちゃりん。

 

部屋中に飛び散っている酒瓶の欠片や、倒しちゃってぶちまけちゃったラックに乗っていたいろいろ。

 

――パニックのせいとはいえ、お酒の瓶をひっくり返して割ってるんだ、綺麗に片づけないと安心して眠れもしない。

 

寝ぼけて夜中にトイレに行こうとして破片をざっくりと――そうする可能性があるからって、綺麗にしてもらうことになっている。

 

……本当は僕がすべきなんだけども……そうだよね、今の僕、情けない子供だもんね、信用できないよね。

 

あと、単純に疲れ切ってできないのもある。

ただでさえ幼女……じゃないって思いたい……なのに、今日は疲れたから。

 

「ガラスを見える範囲で拾って、液体は拭き取って……今日のところはこれが限度。明日、床が乾いたら掃除機で吸い取らないと」

 

「うん……」

 

「ひとまずは部屋の入り口からベッドまでの動線――ここは濡れていないので、歩いてもケガをしないようにしてしまいますね」

 

かちゃ、かちゃ。

 

……僕の部屋に、ずっと誰も入れなかった部屋に、優花が入ってきて――部屋の奥も奥に居る。

 

「………………………………」

 

……けど、思っていたよりも抵抗感はない気がする。

 

なんでだろう。

今までは、誰かがドアを開けて1歩入ってくるのを想像しただけで頭がおかしくなりそうだったのに。

 

「……兄さんの、部屋。あまりじろじろとは見ないようにしていますけど……昔と、そこまで変わっていませんね」

「そう、かな」

 

「ええ。机周りが、ちょっと……いえ、かなり瓶や缶であふれかえってはいますが」

 

「こ、今度のゴミの日に空のはまとめて捨てようと……」

「くすっ。そういうことにしておきますね」

 

……本当なのに。

 

でも、僕の部屋が全然変わっていないのは当然だ――だって、数年前から僕自身がなんにも変わっていないんだからさ。

 

それに比べて優花の部屋は……きっと、すごく変わっているだろう。

 

だって、最後に入ったときは優花が中学生のときだ――そこから高校生も3年生、さぞ女の子らしい感じになっているだろうし。

 

「ねぇ、こんな夜に掃除しなくても……最低限にしてさ、リビング――は、やっぱりちょっと怖いから、優花の部屋とかで寝かせてもらうことは――」

 

――ぱりんっ。

 

「……? ゆうか、大丈夫?」

 

「だだだだ大丈夫です……!」

 

どうやら手が滑ったらしく、瓶の破片が割れる音がしたけども……ケガとかしてるわけじゃ、なさそう……?

 

「……そっか。そうだよね。優花もお年頃だし、僕なんか入れたくないよね」

 

「!? ち、違います! むしろ大歓迎といいますか夢だったといいますか!!」

 

「夢?」

「あっ」

 

僕の方を見て、手元を見て……わたわたと手を動かして、危なっかしい優花。

 

……なんだか挙動不審な気もするけども、きっと僕がデリカシーに欠ける発言をしちゃったんだろう。

 

「ごめん、邪魔して……静かに待ってる」

 

ぎゅっ。

 

毛布をもっかい抱きしめて――ぽすっと枕へ倒れ込む。

 

「ふぅ……」

 

「………………………………!!!!」

 

目を閉じて、ごろごろ。

 

……部屋の掃除は、今の僕の体力とコンディションじゃ無理だ。

 

ただ散らかしているだけならまだしも、今は割れたガラスが散乱しているんだ。

 

優花はスリッパを履いてるから大丈夫だけど、僕は裸足だし。

……こんなことなら、子供用のスリッパも買っておくんだったな。

 

「はふぅ……」

 

「……! ……!!」

 

ごろごろ、ごろごろ。

 

配信の途中――何時だったかなんてもう覚えていないけども、そこからずっと吐いたり漏らしたり泣いたりで忙しくって、すっかり疲れているんだ。

 

それを自覚したとたんに――すうっと眠気が降りてくる。

 

「………………………………」

 

……帰りのタクシーも知らない人が居たから怖かったし、でも、今は妹の優花が居るしで、急に眠気が――

 

 

 

 

「……兄さん? ……そうですね、疲れましたものね」

 

優花は――昂ぶる気持ちを抑えるために、意図して「兄」を意識しないように無心で掃除をして数十分。

 

目に見える範囲の危険物を取り除いた満足感で立ち上がり、振り返ると――ベッドの上で毛布にくるまって寝ている、かわいすぎる「兄」を発見。

 

そこから数分ほど――そっと部屋を後にし、自室に戻り……目に焼き付けた光景を堪能した後に戻ってきた彼女は、小さくなった彼女の兄が風邪を引かないように、毛布をかけ直す。

 

「……この姿が、兄さん。私の、兄さん……でも、中身は兄さんそのもの」

 

あどけない顔立ち。

 

家族の誰とも――親戚とすら似ていない髪色と声。

聞けば「起きたときから既に結ばれていた」横髪を結う、リボン。

 

兄には聞かれないように――世話になった医師と相談をしたが、「まず間違いなく尋常ではない事象」という理解で、ひとまずは落ち着いている。

 

完全に、見知らぬ少女――内臓まで「女」になってしまっている、兄。

 

「それでも……兄さんは、兄さんです。私の愛おしい――」

 

「ゆうかぁ……」

「!?」

 

がばっ。

 

とっさに距離を取り――秘めた想いを聞かれてしまったかと、焦る彼女。

 

「………………………………」

 

「……寝言……良かった……」

 

ほっと胸をなで下ろし、窓とカーテンを閉じて電気も暗くし。

 

「……あとで、添い寝をしにきますね。ええ、お医者様からは毎日でもと言われましたから……ええ、ええ。これは、必要なことですからね」

 

幼くなった小さな体で、過酷すぎる1日を過ごした――自分の、愛しい兄。

 

彼だった彼女の寝顔を見てからそっと閉じたドアを後にした彼女は――ささささっと足音を消しながら急いで自室に戻り、ぱたりとドアを閉める。

 

「――――――ふぅー……」

 

そうして見上げた彼女は、ため息をつく。

 

「……これ……全部、剥がさないと危険……ですよねぇ……見られたら、さすがの兄さんでも……」

 

――その部屋には、何百枚と天井と壁に敷き詰めた兄の写真が、かつての兄が、彼女を見ている。

 

電灯とドアノブ、家具で隠れてしまう場所を除き、1ミリたりとも隙間を作らない、完璧だったはずの部屋。

 

本来なら学校から帰って自室に戻った瞬間に天国へと至るはずのその光景が……今の彼女に絶望を与えている。

 

「これを、全部撤去……うぅ、寂しい……大量の兄さんから360°くまなく視か――眺めてもらってやる気の出る勉強も、する気がなくなります……でも、兄さんが万が一にでも入ってきてしまって見られてしまったら……」

 

ぽた、ぽた。

 

つい数十分前までは兄を安心させるために笑みを浮かべていた彼女の顔には――止まらない涙が流れ出す。

 

「ああ……兄さん……今晩から寂しいです……私は何を希望にして、明日からどうやって生きていけば……」

 

そうして彼女は――連絡を聞いてから学校を後にして以降の数時間の重労働から、さらに数時間をかけて自室を修復した。

 

誰も入ってくることがなくなったからと安心しきって、気がつけば膨大な数になった写真を全部剥がし、貼った痕跡を消す作業に夜を徹してまで。

 

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