TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~ 作:あずももも
「………………………………」
時計を見ると、もうお昼過ぎ。
僕の部屋。
カーテンはこの数年の通りに閉まったままで、窓の外からは昼間の落ち着いた賑わいがときどき聞こえてきて。
うん。
ここ数年の、安心できた寝覚めだ。
……ただひとつを除けば。
「………………………………」
「すぅ……すぅ……」
「なんで優花が……あ、そっか。あんだけのフラッシュバック――ってお医者さんは言ってたっけ――したばっかだから、できたら何日かは寝るときに傍に居てもらいなさいって。それで……」
僕のベッド。
……この体になって臭いってたまらなく感じられるようになったシーツと枕カバーと枕を総取っ替えしてどうにか眠れるようになった、今の僕には広すぎる寝床。
そこには、パジャマになっている優花が――彼女の部屋から持ち込んだらしい毛布の下で、僕に向き合うようにして眠りこけている。
「……そうだよね。昨日は優花が全部やってくれてたんだから」
僕は、まだ眠い頭を抱えたまま……なんとなくで、優花の寝顔を見る。
――数年ぶりに、まともに見た妹の顔。
本来なら毎日のように見て、毎年とか高校に上がったタイミングとかでがらりと変わる姿を――妹の成長を見る。
そのはずだったのに、記憶にある彼女の次は、もう――今の姿だ。
……兄、失格だな。
しかも昨日は学校を早引けさせてまで迷惑を掛けて……彼女にすがり付いて泣きじゃくって、漏らして吐いて。
「……いや、失格ってレベルじゃなかった……うん……あんだけしといて嫌われてないだけで幸運なんだ……優花は天使なんだ……超絶美人さんなのは見た目も心もで完璧なんだ……」
すっかり大きくなっちゃったけども、よく見れば前の優花とそう変わらない顔。
なのに顔のパーツはどれも美人さんになっちゃってるんだ。
「……眉毛、綺麗に整ってる……そっか、高校生にもなれば女子はそれくらいはするんだよな……まつげは昔から長かったし、鼻も高かったし……美人さんだよなぁ……小さいときからそうだったけど、肌、綺麗だよなぁ……前の僕とは違ってきめ細かいっていうか……モデルとかやれば良いのになぁ……いや、まじめさんだから勉強熱心だもんなぁ……」
寝起きから抱きつかれる形だったもんだから、彼女と僕の顔は30センチも離れていない。
そんな近距離で、見るものもないからじーっと見つめる。
「……?」
あれ?
なんだか、優花の耳が顔が赤くなってきたような……?
いや、気のせいか……カーテンのせいで薄暗いから見間違えだろう。
「大きくなったけど、小さいころと変わらないなぁ……ますます母さんに似てきて。モテモテなんだろうなぁ……優花だもんなぁ……」
「すう、すう」
なんだか鼻息が聞こえるくらいになってきた気がする。
気のせい?
「……すんすん。……優花の匂い……」
「!?」
そっと鼻を近づけて――男のときだったら「キモいって言われるかも」ってやるはずのなかったのに、今はなぜか普通にできちゃうし、したいと思うらしい――優花の首筋を嗅いでみる。
なぜだかは分からないけども、安心したくなるんだ。
「……寝汗、かいたのかな。いや、お風呂に入ってから病院に行ったし、帰ってきてから僕の部屋の掃除させちゃったからな……」
優花の、汗の匂い。
小さいころから嗅ぎ慣れていたから、安心できる匂い。
「!? すーっ、すーっ!」
「?」
鼻息が荒くって、顔が赤くって……眉に力が入ってる?
「もしかして……」
「!!」
――ぎゅっ。
「!?」
「……男だったらこんなことはしちゃいけないけど……今は同性だし」
もぞもぞと移動した僕は、優花の頭を胸元へ引き寄せて……そっと抱く。
「……大きくなったなぁ、優花……僕が小さくなったのもあるけどさ」
「 」
「優花、小さいころは寝てるときに怖い夢見て泣きついてきたもんなぁ」
なでなで。
……きっと今でも悪夢を見るんだろう。
優花は、赤ちゃんの時から夜泣きがひどくって、それは小学生でも変わらなかったんだ。
普段からストレスも多いだろうし、昨日なんてストレスの塊を投げつけられたんだから悪夢を見て当然だろう。
「もう年齢が逆転しちゃってるけど……こういうところはいつまでも変わらないんだなぁ」
「 」
「 」
あ、静かになってきた。
良かった……小さいころの優花も、いつも抱きしめたらすぐに落ち着いてたもんね。
「学校……休ませちゃったか。何もないあたり、母さんたちにも伝えてくれてるんだろうし……くぁ」
優花の頭を抱えたまま、体を倒して枕へもたれかかる。
……僕には、こんなことくらいしかできないから。
だからせめて、優花が起きるまでずっと見ててあげようと思ったけども……「寝ちゃいけない」って思ったのを覚えてるのを最後に、僕は寝ちゃった。
◇
「……いやぁ、びっくりしたよ」
「ごめんなさい……」
ごうんごうん。
僕たちの前で回り始めた洗濯機。
「まさか両手両脚で、無意識でがっちりとホールドされてたとは……」
「ごめんなさい……」
「良いよ良いよ、サイズと柔らかさ的に抱き枕にぴったりだったんでしょ?」
必死に引き剥がそうとしたけども――無意識だからこそすごい力だった、優花の手と脚。
それが僕の背中を羽交い締めにしていた、あの絶望の時間。
数分間の格闘。
僕は敗北したんだ。
「優花、小さいころ悪夢を見て寝に来た次の日も、いつもこうだったもんね」
「ごめんなさい……」
「あのときは僕の方が大きかったから、普通に力入れなくても解けたんだね」
「ごめんなさい……」
「良いよ。全ては僕が小さくなったのが、いけないんだ」
ごうんごうん。
その前に立つ僕たちは……パジャマを脱いで、替えの下着で仲良く突っ立っている。
もはや羞恥も何もない。
羞恥は現在進行形で洗剤が浄化してくれている。
「優花に疲れさせちゃったのは僕だ……ごめんね」
「ごめんなさいごめんなさい……」
――優花に抱きしめられた状態で再び目を覚ました僕は、トイレに行きたかった。
なにしろ二度寝だ、普段の寝起きより強烈で切実な欲求だった。
けども、行けなかった。
優花もなかなか起きなかった。
その結果が……これだ。
「妹へ二度まで粗相を……僕はもうダメだな……」
「ごめんなさいごめんなさい……寝ぐせが悪いのが治らなくて……兄さんが泣くまでしても、起きなくて……」
僕が悪いのに、僕がおしっこひっかけたのに、それでも自分のせいだと言い張ってくれる優花。
……良い子すぎて心配になってくるくらいだ。
なお、我慢しきれなくなって――寝起きとあってそこそこ大量のあったかい液体を放出されたもんだからさすがに……かなり濡れきってから飛び起きた優花だったけども、そのときにはすでに遅し。
パジャマには熱い液体が広がるし、僕は悲しくて泣いちゃうしで大騒ぎ。
そんな僕たちは、お互いのお腹を僕のおしっこでびしょ濡れにして――お風呂に入った。
さすがに2度目ともなると慣れたのか、優花の裸を見ても気にならなかったっていうか、妹に密着しながら我慢できずに出しちゃったってのがショックすぎてそんな場合じゃなかったっていうか。
優花も優花で、ずっと黙ったままか、謝るだけで――怒ってるわけではなかったらしいけども、なんか変な顔してたし。
ちなみに……洗われたらしいけども、僕は気がついたら髪を乾かされていた。
よっぽどショックだったんだろうね。
かわいそうだね、僕って生き物は。
「………………………………」
「………………………………」
僕たちは、気まずかった。
けども――不思議と、いつもみたいに横隔膜が痙攣したりはしないで、ただただ普通に気まずくて――ちょっぴり嬉しかった。
◇
「ええ、家族が急病と伝えていますので……試験も終わったタイミングで大切な時期でもありませんし、休んでも問題はないようで。成績も……一応このまま勉強はしますし、模試の判定でもほぼ確実ですが、いざとなれば推薦でも問題ないと……」
「そっか」
――優花の用意した朝ごはん(僕的には朝ごはんで優花的にはお昼ごはん)を、テーブルで食べる。
こんなのは、彼女が中学生になったばかり以来の懐かしいこと。
……そんな期間、僕はずっと自分勝手に引きこもっていたから。
「……それにしても、兄さん」
「?」
懸命に食事をしていたところから顔を上げる。
「その食べ方……大変じゃありませんか……?」
「うん……すごく大変……」
ダイニングのテーブルとイス。
普通に使いやすいはずのそれらは――幼くなった僕にとっては、すこしばかり大きすぎるんだ。
腕を上げてごはんを食べる。
それは、かよわくなった僕にとってはとても重労働なんだ。
「……私が小さいころに使っていたクッション、探しますね」
「お願い……」
「それとも、子供用イスを」
「さすがにそこまでは小さくない……」
「ちなみに、身長は昨日測った限りですと――」
「これでも中1女子の平均はあるから」
「いえ、でも」
「個人差の範囲だから」
「小5――」
「個人差だから」
「………………………………」
「………………………………」
僕は、見栄を張った。
ばればれの、見栄を。
「……早く戻れると良いですね」
「うん……先生が知れる限りの情報だと、元の体に戻れた人は居ないらしいけどね……」
優花は、それに気づかないフリをしてくれる。
気遣いも完璧な妹だね。
「………………………………」
「………………………………」
もそもそ。
………………………………。
……やっぱり、この体は小さすぎるんだ。
背丈も座高も手のひらも口も、足の先がつかない脚も、膀胱も胃袋も。
「けぷ」
「兄さんはしばらくおかゆ……水分で膨らんでいるので、また少ししたら食べられますよ」
「だと、良いけどなぁ……」
僕は――優花が昔使っていたお茶碗によそられた、薄味のおかゆでさえ食べきれないほどに、幼くなっていた。