TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~ 作:あずももも
5話 引きこもりニート→身分不詳少女・臭くて怖くて詰んで泣いちゃった
「………………………………」
僕は目覚ましを使わない。
だから、年に何回か昼夜が入れ替わる。
だって人間は25時間サイクルの生物で、本当は火星から来た生物だし。
そんな、暇なときに眺めてたわくわくする系統の動画を思い起こしつつ、意識がはっきりするまでぼんやりしていた。
ぼけーっとしていた。
そして今の時刻は夕方。
寝る前にちょっと飲み過ぎちゃったと思ったけども、感覚的には二日酔いにはなっていない。
お酒って不思議だよね。
体調次第で後に響いたりへっちゃらだったりするんだから。
「………………………………」
むくりと起きた僕はのろのろとスマホを手だけで探し、起きる気になるまでSNSで猫画像でも眺めるかと思ったけども――スマホのロックが解除されない。
しかたない、まぶしいけど顔認証で。
あれ、なんかスマホが重いし、でかく感じる……カゼとか引いたかな。
………………………………。
「?」
指先で暗証番号を入れようとして――なんだかやけに指が小さく見えて。
「……お酒残ってるのかな――――って、え?」
ぽつり。
クセになったひとりごとが、おかしい。
――『良いですか兄さん、ただでさえ口下手なんですから、ひとり言でも良いのでせめてしゃべる習慣をつけてください。大丈夫です、廊下までは聞こえませんから』って優花に言われてから癖になったつぶやきが、やけにかわいらしい声に。
「ん? ……あ、あー。……え?」
――声が、おかしい。
いや、違うか……僕の感覚がおかしいんだ。
「お酒……うぅ、お酒ぇ……」
きっと僕は呑みすぎてまだまだアルコールが抜けていない。
そうに決まっている。
つまり、今普通に起き上がると千鳥足で――あれは去年だったか、今みたいな状態の寝起きのまま勢いよく立ち上がったら、散らかってた足元のせいですっ転び、後頭部を強打したの。
たまたま休みの日で家に居た優花が駆け込んできたら、伸びている僕を発見。
その後のことは……うぅ、お酒で忘れよう。
僕はもぞもぞとなめくじのようにベッドを這い、実は流体だと噂される猫のごとくにベッドのふちから床へと軟着陸を試みたけども、
「――――……………………」
全身の毛穴という毛穴が開く感覚。
ぶわりと発散される汗の感覚。
――なんで。
なんで――この程度で、ズボンとパンツが脱げた?
何か致命的なバグが発生している。
それを認識したくない。
そんなせめぎ合いをしつつ、僕はそっと仰向けになって下半身をのぞき込むと――
「!?」
――ない。
何も、ない。
完全に、ない。
本来いちばんに目に入るはずの棒状の物体も袋状のそれも、見苦しい毛も――何も、ない。
そこにあるのは、妙にすっきりとし過ぎて作り物みたいな下半身――女の子のおへそとくびれ――股に、細いふとももだった。
「……!? ……!?」
指が震えだしている。
わなないている。
仰向けになるために踏ん張っている脚が、半分開いたままで震えている。
その脚は、やけに細すぎて頼りなくて。
――僕はとうとう、女に餓えるあまりに自らの肉体まで脳内変換を?
――現実を見ろ、脱いですっぽんぽんな下半身の感覚は確かにあるだろう。
そうだけど、でも。
いやいや、でも。
「………………………………」
僕はそっと、本来なら邪魔だけど便利な、男としての象徴の存在したはずの空間の先へと、片手を伸ばして行き――
――びりっ。
電気が走る感覚に、僕の体が跳ねる。
「ひゃあっ!?」
股に本来あるべき質量が存在しない、妙な隙間。
そこから昇ってくる変な感覚に変な声が出て、慌てて手を引っ込めて口を閉じる。
「……は? え?」
――ない。
なかった。
そして、全然違うけども確かに僕の体だという感覚を、指と股で感じた。
「――なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!?」
思わずで叫び――慌てて口を閉じる。
この状況を、客観的に見てみる。
引きこもりニート社会不適合者な成人男性のベッドに寝っ転がる女の子、しかも下半身すっぽんぽん。
こんなのを優花に見られたら――――。
「………………………………」
どっどっどっどっ。
耳を澄ませると、僕自身の荒い息と激しい鼓動がうるさい。
「………………………………」
そうして何十秒、それとも何分、僕はじっと耳をそばだてて動かないでいて。
「……はーっ……セーフ……」
ぽふっ、と、ベッドに体を預ける。
良かった。
優花はまだ帰っていないか、少なくとも聞こえてはいないらしい。
なにしろ寝起きで時間も見てないから、今がどういう状況なのかさっぱりなんだ。
ほっとした僕と――消し忘れてたディスプレイの、消し忘れてたアバターの子と目が合う。
僕は、のっそりと起き上がり――そしてシャツが肩から落ちそうになるし、袖が長すぎて、まくらないと手首が出ないのを発見し。
「――――――……………………」
そしてスマホをそっと持ち上げ――ロック状態で真っ暗な画面と、向き合う。
そこには――毎日見慣れていたアバターの女の子が。
ふわふわとしたセミロング――背中まで伸びる薄い紫の髪の毛、サイドには小さな三つ編み。
今どきのアニメ、というよりは少女マンガに近い幼い印象の作画、桜色の大きな目――それを可能な限りに現実へ持ってきたかのような、あどけない顔。
「……痛っ。これ、誰が結んだんだ……?」
ふと、顔の片側に垂れ下がっていた三つ編みを――「見たことはないけど毎日見ている」リボンで「結ってある」それを引っ張ってみるも、確実に僕の耳周辺が毛根だという証明を得た。
――つまり。
「僕、女の子に――いや、『こはね』になって……いるのか……?」
本来なら寝起き、かつアルコールのせいで不細工に見えるはずの僕の顔が映るべき場所に――予算が足りなくてひより先生に作ってもらわなかったはずの、目を見開いて驚いた顔をしている僕のアバターそっくりな顔が――映っていた。
◇
「……変わってない……」
僕はとりあえず二度寝した。
それで何かが変わると思った。
世界も僕も、何も変わってなんていなかった。
いや、変わっていたのが変わっていなかった。
「何だよこれぇ……」
絞り出すような声のはずなのに、声帯のせいで妙に愛くるしい慟哭。
「なんだよ、これぇぇぇ……!」
――ひとまず、認めよう。
とりあえずで迎え酒も試してから寝直したけども、事態は良くも悪くもなっていなかった。
いや、とっくに悪くなっていたのをようやくに自覚した。
「……なんじゃこりゃあ……」
恐怖にぷるぷると震えながら、なんとなくで体が変わってからの本格的な第一声を再現してみるも、腹立たしいくらいにかわいい。
そりゃそうだ、そのゆるふわな絵柄が気に入った僕が頼み込んで描いてもらった、いわば家宝とも言えるアバター、そのそっくりさんなんだ。
そんなこの口からは、当然、こういう声が放たれるだろう。
僕は、改めて下を見る。
――下着のシャツがふとももにまで掛かっているだけで、それ以外はなにひとつ身につけていない――女の子の体。
足の指が爪まで小さく細くなっているわ、すねからふとももが真っ白だわ、今は見えてないけど男が見ちゃいけないもののはずの股だったわ、シャツが胸元で左右にわずかに膨らんでいるわ、鎖骨が妙にはっきり見えるわ――そして、左右からちょっとだけ巻き込んできている髪の毛の毛先だわ。
うん。
これはもう、認めるしかない。
「僕……女の子に……」
ぽつりと口に出したその言葉で、世界が確定する。
そうだ――僕は、女の子になっちゃったんだ。
◇
僕は、起きたら女の子になっていた。
そして、どうやら夢でもないらしい。
そんな事実を認識した僕は――脱いだ。
「………………………………」
振り返った先のベッドにへばりついた、寝る前に穿いていたはずで、なめくじしたらずり落ちたズボンとパンツ。
そして、こっちは自分から脱ぎ捨てたパジャマ。
脱ぎ捨てた理由?
――臭かったからだよ、男の体臭で。
全然気にならなかったはずの――2年くらい使ってるパジャマに染み付いてた、僕の臭いが。
「………………………………」
どう表現したら良いのか分からないけども、臭い。
とにかく臭い。
毎日ちゃんとお風呂に入ってドライヤーで乾かしていても綺麗好きな自覚はあったけども――それでも臭い。
なんていうか、男臭い。
汗臭いとか不潔な臭いとかそういうわけじゃなく……「男」の臭いがするんだ。
「うっぷ……うぇ……ぐす……」
それを「別人の男」のものとして認識してるって事実で僕は胃液が上がってきたけども、僕は耐える。
臭いけども、これは僕が振りまいてた体臭なんだって。
優花や家族も、これを我慢してくれてたんだって。
そういえば、この部屋自体も臭い。
そう意識すると臭いし臭くて臭い。
「……っとと、さすがにまずいよなぁ」
換気でもしようとカーテンに手を掛けるも、窓際に立つ姿が「下着のシャツ1枚で突っ立ってる――高く見積もっても中学生の女の子」だと気づいた僕はあわてて下がり、クローゼットに潜り込んで、しばし――あった!
「すんすん……しょうがない、ひとまずはこれで……」
冬から押し込めてあったパーカーを、もぞもぞと羽織る。
確か、優花がどっかのおみやげとして買ってきてくれたけども、1回着てから忘れてしまい込んでたやつ。
「……ぶかぶかだ……」
本来なら腰の位置までだったはずの裾が、ふとももが半分くらい隠れるサイズになっている。
鏡で見て「そういやこういう女の子のファッションとかあったな」って妙に感心して。
――ついでに、今の姿が、パーカーのサイズこそ違うものの「こはね」としての「大きめのパーカーの下にスカートという立ち絵そのまま」――スカートを穿いてないだけ――だと気がつく。
「ひぃっ……!」
――ぞくっ。
冷たいものが、背筋を伝う。
目じりに涙がにじむ。
お酒を飲みすぎたときみたいに、初対面の人間を相手にしたときみたいに、胃が冷たく硬くなってせり上がってこようとする。
「……立ち絵そのままの姿。僕がおかしくなったんじゃなければ――いや、体はおかしくなってるけども――何か、あるよなぁ……」
思考能力は寝起きとあってクリア、五感も普段より敏感なまである上、シャツにパーカーだけの姿だからおなかとふとももがこそばゆいし、すーすーと寒い。
「呪い? いやいや、僕は呪われるほど世界に出てないし……いや、優花とか父さん母さんならあり得るのか……? でも、そんなことするなら、こんなかわいい姿とかじゃなく、いっそのこと醜悪な虫にでもして合法的にたたき出せるようにするはずだしなぁ……」
僕は本棚にあるはずの、かわいそうなことにある日突然に嫌悪感しかない存在に変身しちゃった、何も悪くないのにかわいそうな青年の末路についての本を思い浮かべる。
「……うん、穀潰しの虫とでも思っているんなら、その方が楽なはず……いや、処分するにしても人間代の虫は嫌か、そうだよなぁ……でも、こんな女の子を叩き出せるような人たちじゃないしなぁ……そうだったらとっくに追い出されてるはずだし……うん、家族じゃない……いっそのことハエにでもしてくれるはず……」
非科学的でオカルト的な動画は距離を置きつつも全力で楽しむスタイルの僕だけども、さすがにこの状況にはそういうものしか当てはまらないとも認識している。
――呪いで、女の子に?
それも、アニメとかマンガの美少女をそのままリアルに変換して持ってきたみたいな、とんでもなくかわいい子に?
「………………………………」
認めたくはないし、認知したくはないし、自覚したくはない。
けれど――少なくともこう考えられている以上、僕は女の子になってしまった。
なってしまっている。
ついさっきに見たことのない体つきと感じたことのない刺激で頭が沸騰しそうになったんだ、事実は事実として認めないと。
しかも――学校一の美人と鼻が高い優花に勝るとも劣らない、けれども絶対的に遺伝子の違う顔立ちの、幼い子に。
――きゅぽんっ。
「……ぷは。……とりあえず、味覚は元のままで良かったぁ……」
そんなかわいい子になった僕は――そんなかわいい子の吐息を酒臭く汚染した。
あと――こんな見た目と肉体でも、中身は僕のままだったらしい。
とりあえず、普段程度のアルコールは無事分解できるようだった。
◇
「おはよう……と」
ぽちぽち。
スマホを操作して、しばらく待つ。
――ぴこん。
【おはよう】
【もう夕方だぞ】
【まーた昼夜逆転か】
【知ってた】
【ねぇねぇTSした? した?】
「ひゅっ……」
息が止まる。
お腹がぎゅっと縮み上がり、冷や汗がにじむ。
「うぇっ……ぐす、うぷっ……」
僕は思わずスマホを取り落として体を丸める。
「ふぇ……ダメ、泣いちゃ……ぐす……」
そして自然に泣き出そうとしている体をなだめようと努力する。
「……すん、こわいのやだぁ……」
外見通りの幼い精神年齢な肉体が怖がるのを自覚しながら、震える手で開きっぱなしの画面をのぞき込む。
「あぇあぁぁぁぁ……」
ぷるぷる震える体が自発的な鳴き声を上げる。
【? 何の話?】
【あ、昨夜はなぜかこはねちゃんの配信でTSが盛り上がったんよ】
【そうそう、こはねちゃんさんがTSロリっ子だったってことになった】
【草】
【こはねさんがこはねちゃんになってるしTSの話題とか……なぜ昨日見に行かなかったんだ俺は……】
【かなしい】
【草】
【アーカイブで見ろ やたらテンション高かったからTS僕っ子に脳内変換すると捗るぞ】
「……ふぅ。大丈夫だ、昨日のネタなだけだ」
ばくばくとうるさい心臓を抑え、夕方のおはツイというものをしてぶら下がってくるリプライを読みながら、しばらくやりとりする。
……大丈夫だ、見た感じ昨日のネタを引きずっているだけで、誰も本気になんて当然ながらしていない。
そりゃあそうだ、TSなんて普通はあり得ないからな。
たぶん今日の配信でも似た感じになるだろうけど、軽く「そろそろやめよっか」って言えば、やめてくれるはず。
そうだ、基本的にコアなファンは聞き分けが良い。
だから、ちゃんと配信で言えば――――――って。
「……この声で? 女の子の?」
口から響いてくる声は、どう聞いたって幼い女の子そのもの。
――こんな声で配信なんかしたら、本当にTSしたってバレ――
「……ないない。そうだな、ボイチェンだって思われるはずだ……うん、とりあえずは問題ない。これまで何年も男声だったんだし……そうだ、ヒマなときひたすらムーチューブを更新しておすすめで出てくる動画とかの中に『男がボイチェン使って釣ってみた』とかあったし、この界隈ならみんなそう思うはず……」
そもそもとして配信も週7をノルマにしているわけじゃなく、なんかだるいとかでも休むし、理由もなしに1週間くらいふけるときもある。
趣味の配信だって公言しているし、事態が落ち着くまで休んでも変に思われることもないはずだ。
だから――
――――――こんこん。
「ひゅっ」
心臓が、わしづかみにされた感覚。
被捕食生物が天敵に見つかった感覚。
僕はもうだめだ。
「兄さん、卵、買ってきました」
「………………………………」
「? 兄さん? ……まだ寝ているのですね。それにしても、最近は卵まで高くなって……」
……とん、とん。
閉めたドア越しに――特段に不審に思った響きを含まないひとり言と、普段の通りの足音。
「………………………………」
「……はぁぁぁぁぁー……ぐす……こわくない、こわくない」
安心したからか、僕はへなへなと床に座り込んだ。
ついでに涙が勝手に出てきて、しばらくぐしぐしと手の甲でぬぐった。
なんだか幼児退行している気がするけども、この見た目の肉体相応だとしたら当然なのかもしれない。
そうだよな、人の性格とかなんて肉体に依存するんだ。
昨日までの僕を見ろ、幼いころから人見知りが治らないどころか盛大に悪化していたんだから。
――けどもそうだった、出かける前、そんなやりとりしたんだもんな。
学校から帰って来る途中に買ってきた卵。
それを伝えにきただけ。
特に理由があるわけでもない。
それに、僕がたまに徹夜をしたりして生活リズムをさらに崩すときがあるのを、彼女は知っている。
それか、単純に寝坊しているだけ。
そう、思ったはずだ。
落ち着け、落ち着こう。
妹にすら怯えて泣くようになったら、いよいよ人生終わりなんだから。
けども――そうか。
「優花への、朝の挨拶。……どうしよう」
困った。
これから半日を過ぎたあとに来る、明日の朝の会話。
妹との、唯一の――けれど、約束しているコミュニケーション。
1日2日ならごまかせるにしても――少なくともこの1年はがんばって起きてこなしていた儀式を、急にしなくなる。
不審に思って踏み込まれてもおかしくはない状況だ。
何しろ僕には、この部屋で勝手にすっ転んで意識を失ったのを発見されて泣きながら救急車で付き添われたっていう情けなさすぎる前科があるんだから。
「……これ、詰んだ?」
ふと気がつくと、僕は座り込んだ姿勢がいわゆる「女の子座り」というものになっていて、「ああ、本当に骨格まで女の子になっているんだな」なんてどうでも良い感想を覚えていた。
「……ふぇ、うぇぇ……」
――そして、やっぱり体は泣くのをやめられなかった。