TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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52話 玄関先で漏らした

「やだ」

 

じりっ。

 

「こはねさん」

「やだ」

 

じりりっ。

 

僕たちは対立している。

 

「こはねさん」

 

「僕に外出はまだ早い」

 

情勢は僕の優勢だ。

過去数年間で確固として裏付けられた実績がある。

 

「具体的にどのくらい待てば?」

 

「とりあえず3年」

 

ふふんっ。

 

「その根拠は?」

 

「えっ……根拠?」

「ええ、根拠」

 

ぴたり。

 

「………………………………」

 

ひとまずで3年って言ってみたけど……確かに。

 

「?」

 

外に出たくないのは確かな気持ちとしてある。

しかしながら男の頃には夜明けくらいに散歩で出ていたわけだし、外出自体は不可能ではない。

 

確かに調子の悪いときは無理だけども、そうでなければ――僕の敵である一般人の存在しない真夜中や早朝ならわりと平気なんだ。

 

そして今は、早朝。

 

寝起き、優花に起こされ洗面所へ連れて行かれ顔を洗わされ着替えさせられて――そして今に至るから、まだ人手は少ない時刻。

 

「………………………………」

 

今なら、まだ大丈夫な時間。

 

だけど嫌。

しいて言えば……「なんとなく、いや」。

 

「そうだ、僕の女の子としての肉体が、そうささやいて――――」

 

――ふわり。

 

「?」

 

あれ?

優花に僕、抱っこされた?

 

僕は、顔を上げる。

至近距離に、優花の顔がある。

 

「そう言える程度には元気みたいですので行きましょうね」

 

「や――あ、逃げられない……!」

 

距離を取ろうと動かす脚はことごとくに空振る。

だって、抱っこされてるもん。

 

「!?」

 

「……兄さん、ひとつ教えておきますね」

 

抱っこしてきている優花が――なにやらかわいそうなものを見る目で見つめてくる。

 

「如月先生も言っていましたが……その。肉体相応の思考回路になっているときの兄さんは、本当に注意力も散漫で……危なっかしいので、気をつけてくださいね……?」

 

「それは兄を抱き上げて連れ出そうとしながら言うセリフ?」

「ええ、先生からも試してみるよう言いつかっていますので」

 

ぱたぱた。

 

脚を――本気じゃなく、抵抗の意思を示すために振りながら、抱っこされるときは無意識で胸元で丸めている手をわきわきと動かしてみたりする。

 

「ぐっ……!」

 

ふむ。

 

「……確かに……そういや、そうなんだよなぁ……妙に子供っぽい動きをしたくなるっていうか……」

 

なぜか一転、苦しそうになった優花にそれでも抱えられながら――まずは羽織りものってことで、部屋へと運ばれていく僕。

 

僕は途中から抵抗を放棄した。

 

……これは、体格が圧倒的に違うからしょうがないんだ。

 

抵抗しようとしても――本気でも負けるから、されるがままになるしかないんだ。

 

いわば、飼われているペット――動物病院へ連れて行かれるときもとりあえずの抵抗はしてみせるけど全力ではしないし、諦めて悲しい目をするだけになるんだ。

 

ああ。

 

僕は、なんて無力なんだ。

 

 

 

 

「ひぃぃぃぃ……」

 

「大丈夫ですよ。通りには誰も居ません」

「それでもこわいぃ……ひぃぃぃ……」

 

外。

 

気持ちの良い朝――薄暗くしていた部屋の光度と近い環境。

そこで、僕は……女の子としてはゴミ捨て以外で初めて、外へ出た。

 

え?

病院?

 

や、あれは家の前に車を呼んでもらって、着いても数歩で病院内だし……こんな風に、家の玄関から10メートル以上離れてないし……。

 

「むぇぇぇぇぇ……」

 

「……我慢です、我慢……」

 

脚はがくがく、汗はだくだく。

優花が何やら声かけをしてくれているけども、僕には全く通用しないんだ。

 

「みぃぃぃぃぃぃ……」

 

「      」

 

ぎゅうううう。

 

立ってられないから、優花の腰へ――恥ずかしいとか気まずいなんて気持ちはもはや存在しない、ゆえに全力でしがみつく。

 

「むぁぁぁぁぁぁ……」

 

他人が存在しないから、吐き気はない。

その点だけは心配がない。

 

けども、

 

「あっ」

 

――じわっ。

 

「えっ」

 

――ちょろっ。

 

「あっ……あっ……」

 

「え!? あの、出る前にお手洗いへはちゃんと……」

 

ちょろろろろ。

 

あたたかい感覚が、足へと到達する。

 

「……あぁぁぁぁぁぁーん……」

「ちょっとまさか……こはねさん……!?」

 

「あーん、あ゛ぁぁぁぁぁぁーん……」

 

「も、戻りますよ! ほ、ほら、大声で泣いてしまいますとご近所さんが起きてしまいます……!」

 

「わぁぁぁん、あぁぁぁぁん……」

 

 

 

 

「死にたい」

 

ごうんごうん。

 

僕のぱんつとスカートと靴下を洗う洗濯機さんががんばっている。

 

「兄さん……」

 

僕はそんな立派な彼の前で、下はまるだしで――泣きながらあやされながら洗われたから――体育座りをしている。

 

ああ。

 

僕は……儚い。

 

「いい歳して家の前という往来で漏らして泣きわめいた」

「だ、大丈夫です! 幸いにして誰も……」

 

「優花」

「はい……」

 

僕は、悲しい目で見上げた。

 

「せめて、外出は……心の傷が癒えるまで延期してぇ……」

「兄さん……」

 

優花もまた、今日はずっと、かわいそうなものを見る目で見てくる。

 

ああ。

 

僕は、ここまで落ちぶれたんだ。

 

 

 

 

「すん……」

 

「今の兄さんは赤ちゃんだと先生も言っていたでしょう? 大丈夫ですよ」

「ひん……」

 

めそめそめそめそ。

僕は実に女々しく――物理的にも精神的にも――優花にあやされる。

 

僕の部屋、僕のベッド――朝ごはんを食べる気力すら出ず、もそもそと二度寝しようとしたらなんだか情けなくなって泣いてたら駆けつけてきた優花になでなでされて、しばらく。

 

ああ。

僕は、赤ちゃんなんだ。

 

「ゆうかぁ……」

 

「ヴッ」

 

「?」

 

「……ダイジョウブデスカラネー」

「うん……」

 

一瞬止まった撫でる手を見ていたら、またなでなでしてくれる。

 

「んぅー……」

 

「ダイジョウブデスカラネー」

 

そうだ。

この体が悪いんだ。

 

「ダイジョウブデスカラネー」

 

僕は兄として――たとえニートでも酒カスでも、懸命に生きてきたんだ。

男としての、兄としてのプライドをほんのちょっと抱えて。

 

なのに、こんな体になっちゃったから。

 

今もぐずって撫でられたくなってるのも、僕のせいじゃない。

そうに決まってるんだから、甘えても良いんだ。

 

「んぅ」

 

すりすり。

 

優花の膝枕へ――おなかの方へ顔をうずめ、すーっと息を吸う。

 

「     」

 

「?」

 

優花のおなか――おへその下の、太っているって意味じゃなく、女の子らしく膨らんだ――僕にもある臓器が入ってる、柔らかくて気持ちよくて安心できる下腹へおでこを押しつけていた僕は、気がついた。

 

いつもの優花の匂いの中に――ときどき嗅ぐような、何かの濃い匂いがふわり。

位置的に股ぐらに鼻を突っ込んでる形になってるせいで、普段より濃いだけかな。

 

なでなで。

すんすん。

 

撫でられて、吸って、こすりつけて。

到底妹にされて、して良いことじゃない。

 

けど、良いんだ。

今の僕は、優花の妹なんだから。

 

「おねえちゃん……」

 

「!?!?!?」

 

ぼそり。

呟いてみたら……ああ。

 

「ぐす……ふぇぇぇ……」

 

「!!! こ、こはねさん!?」

 

「んへ……おねえちゃんって言ってみたら、すっごくあったかくなったぁ」

 

「          」

 

朝、外へ引っ張り出されてから初めて口元が笑う。

お腹も胃もふにゃんとしてきて、リラックスしてくる。

 

「えへへ……」

 

ぐりぐり。

 

僕は、まるで本当に子供に戻った気持ちになって――

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

「なんですかこのかわいいいきもの……そうでした、兄さんでした……なんで兄さんはこんなにもかわいいんですか……」

 

あまりの尊さに半分気絶していた優花は、「兄」が寝入ったことで復帰した。

 

「……家から外に出たとたんに、粗相をしてしまうほどに怖かった……ごめんなさいね」

 

なでなで。

 

「妹」になった兄の、子供特有の細くて柔らかい髪質を――かつては自分が眠いときにねだってしてもらっていた、うとうととしているときにもずっと撫でる行為を、今度は優花自身がしている。

 

「でも」

 

――ぞくり。

 

「んぅ……」

 

無意識にスカートの中へ入り込む形になっていた、こはねの鼻が……もぞもぞと寝相を変えることで、濃度の高い空間から脱出する。

 

「ふへ……」

 

「――本当に、本当になんにもできなくなって私の助けがなければお手洗いすらできなくなったりする、兄さん……」

 

優花の瞳は、兄しか映していない。

 

「良いんですよ。朝から晩まで……朝起きて起こしてあげて眠くてむずかる兄さんをトイレへ連れて行って座らせてちゃんと出せるのを見守ってあげてちゃんと拭けないと困りますから私が綺麗に拭いてあげてええそうです女の子なんですから同じ女である私が毎回ちゃんと見てあげて拭いてあげるのは当たり前のことですしそれから洗面所で人肌の温度にしたお湯で顔を洗ってあげて拭いてあげて髪を梳かしてあげてかわいい髪型にしてあげて朝ごはんを用意してあげて一緒に食べてそして私は学校へやがては会社へ行き兄さんはただひとり家の中で私のことだけを想って待ってくれて帰ったらひとしきりすがり付いてきてくれてあやさせてくれてまたお世話を寝るまでずっとずっとしてあげる……そんな生活も良いなって、最近、思っているんですから」

 

彼女の思考は、兄を見すえた将来しか見ていない。

 

「……んぅ」

 

そんなことも露知らず――こはねになった彼は、とろとろと眠りへ沈んでいった。

 

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